2008年7月 2日 (水)

目次紹介「バッハ 演奏法と解釈」

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クラシックCD検索に便利!バナーをクリックして下さい!
村治奏一リサイタル at つくばノバホール 是非足をお運び下さい! 7月6日(日)午後3時から。
昨日おすすめした パウル・バドゥーラ=スコダ「バッハ 演奏法と解釈」 は、税抜7,500円という高価なものですので,図書館でお読みになれるのでしたら図書館の利用もご検討なさったらよろしいかと思います。 ただ、本文部分だけで622頁、楽譜及び作品、文献の参考リストに前書き・あとがき等を加えると686頁の大著でもあり,そうした資料部分やちょっとした文章にも無駄なところがありません。本当に読み込むためには、あげられた譜例も逐一「観察」すべきです。 言えるのは、確かにこの本は副題に「ピアニストのためのバッハ」とある通り、鍵盤奏者を念頭に置いて書かれた本ではありますが,鍵盤楽器が弾けない人、あるいは楽器は全く演奏出来ない人、さらに楽譜が読めない人でも、バッハ作品を通じて「音楽の本質とは何か」を考える上で非常に有益な情報を得ることが出来、考える材料を豊かに提供してくれる、ということです。

そこで、以下に目次だけでもご紹介し、必要に応じ、たとえば「楽譜が読めない人も大丈夫です」・「これは演奏者なら熟読すべきです」等の簡単なコメントを添えて置きたいと思います。



日本語版によせて

はじめに

第1部 演奏に関する諸問題

第1章 18世紀の演奏を伝承するC.F.コルトの手回しオルガン
この本が実は「ミステリー」に匹敵するスリルがあることを、最初のこの章がよく知らせてくれます。ですから、内容はヒミツです。楽譜が読める読めないに関わらず、この本を手にしたら必読です。

第2章 リズムの研究
「リズム」とは「ブレス」ありき、であるというところから念頭に置いて読むべきです。楽譜が読めない方は譜例は「絵」として眺める程度で参考にすることは必要でしょうが、それで理解が大変になるようでしたら、まずは楽譜は見ないで、本文の趣旨をお掴み下さい。その際、むずかしい用語については、「だいたいこういう意味かなあ」と推測するだけでも結構です。

第3章 バッハの正しいテンポを求めて
<はじめに>以外は楽譜の知識がないと読むのが大変かもしれません。その場合、<はじめに>だけは是非お目通し下さい。

第4章 バッハのアーティキュレーション
この章と次章は譜例が豊富なので、楽譜の知識がないかたには理解するのが大変かもしれませんが、逆に楽譜が読めても著者の言わんとするところが汲み取れなければ、そこに秘められた非常に重要な<意味>は分からずじまいに終わります。些細な譜例(では決してないのですが、敢てそう言っておきます)に囚われず、じっくり本文をお読み下さい。

第5章 強弱法
第4章と同じことがいえます。

第6章 響きの問題
本章と次章は譜例が少なく、楽譜の知識がなくてもほぼ大丈夫です。が、バッハがこんにちの「ピアノ」の前身を弾いていたかも知れず、「音楽の捧げもの」はその楽器を念頭に書かれたかも知れない、など、歴史的に貴重な、面白い読み物でもあります。ただ、そうした記述の表面に囚われず、標題にあるとおりの「響きの問題」を・・・これはちょっとした著者の意地悪だと思えてしまうのですが・・・本文を通じて、自分なりに問題設定し直し、考察し直さなければなりません。

第7章 チェンバロとピアノのテクニックおよび表情豊かな演奏について
第6章に準じます。

第8章 原典版楽譜の諸問題
*鍵盤作品の楽譜にご興味のある方だけしか、実用上は用がないでしょう。・・・ただし、版の考え方・選び方についてどう考えるべきかの重要な議論がなされていますので、演奏をなさる方は目を通しておくことをお勧めします。楽譜に縁のないかたでも、もし文献などの比較検討、注釈の是非に関してご興味がおありでしたら、本文を追いかけてみるだけで、「ほう、音楽の世界ではこう考えるのか!」ということが、視界を広げてくれるでしょう。

第9章 作品の構造と演奏のまとめかた
短い章ですが、この本における、一つの頂点です。必読、とだけ申し上げておきます。

第10章 平均率クラヴィーア曲集第1巻の<プレリュードとフーガ第8番>
・・・楽譜を読めない方は、いちおう、お読みにならないほうがいいかもしれません・・・というのは、この章はCD等の録音を聴きながら読むべき章ではないからです。この点は、楽譜をお読みになれるかたもご留意下さい。この章は、楽譜の「読み方」についてのレクチャーです。


第2部 装飾音の研究
※この「第2部」については基本的に章の名称を記すに留めますが、大切なことは、第2部から受けとめるべきことは「装飾音の種類別の演奏法」ではなくて、「装飾音」というもの(とくに記譜と各種文献や習慣との異同比較を再読三読して概観的に掴めるようにしたうえで)、その現象を通じて、第1部第7章及び第9章にまとめられた「豊かな音楽表現は如何にあるべきか」を考察するディテイルが、ここにリスト化されているのだ、という本質です。ですから、演奏にあたる人は、自分が理解出来るかぎりの範囲で(私などは力量不足で理解しきれなかったのですが)、この第2部をいつでも大切な「手引き」として参照出来るよう読み込むべきであると考えます。

第11章 はじめに
第12章 17〜18世紀における装飾法の発展
 *トリルは上から始めるべきか下から始めるべきか・・・それが問題だ!
  答えは、この章をまず読んでみて下さい。楽譜が読めなければ本文だけ読んでも興味深いです

第13章 J.S.バッハの装飾
第14章 プラルトリラー(第2部の中で最も長大で重要な章です)
第15章 アポッジャトゥーラ
第16章 長いトリル
第17章 モルデント
第18章 アルペッジョ(17、18章は、読む方によっては「目から鱗」になります!)
第19章 記譜されていない装飾音の適用
第20章 バッハの鍵盤作品における自由な装飾


エピローグ

付録1 鍵盤作品の主要楽譜
付録2 <半音階的幻想曲とフーガ>におけるテキストおよび演奏に関する諸問題

編集後記

参考文献一覧
楽曲索引(バロック時代の作曲家はともかく、古典派から20世紀音楽まで幅広く引用されていることが分かり、驚嘆なさると思います。引用例にはマーラー「大地の歌」やベルクの「叙情組曲」他などまであるのです!)



図書館で、充分に時間を割いてお読みになれる場合、1〜4章、6〜7章、9章は是非、楽譜が読める読めないに関わらず、お目通しをお勧めします。ただし、図書館で読む場合には、楽譜に拘泥しないで、文意を「大きく」捉えられるよう、ある程度「跳ばし読み」することも辞さない読み方をなさったほうがよろしいでしょう。

ピアノで演奏なさるかたにとっては、目の前に特定の作品しかなく、発表会も迫っている、という時には、ちょっとタイミング的に役に立たないかもしれません。表層的に「課題曲」の部分だけを読んでも、そのかたのためになるような記述は全くされていないからです。
演奏者にとっては、どこにどの譜例があるかまで読み込んで「事典代わり」になるのが理想なのでしょう。・・・私にはちょっと無理そうでしたが、本来はそこまで読み込めなければいけないのだ、と痛感しております。

・・・それでも、自分が「フレーズ」を考えるためには、たいへん参考になりました。とても悔しかったのは、自分たちの演奏会の前に読み終えることが出来なかったことです(実は昨日やっと1回目を読み終えました)。・・・バロックの演奏会ではなかったとはいえ、「ああ、演奏会の前に知っていれば!」と、とくに第2部に関して傷みを覚えるほど切なく感じた本でした。

この本の価値が、上手く伝わりましたかどうか。自信がありませんが、今回はこれにて。

アフィリエイト

Bookバッハ 演奏法と解釈 ピアニストのためのバッハ


著者:パウル・バドゥーラ=スコダ

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2008年6月17日 (火)

ここへ帰る・・・(BWV6第1曲)

Tokiomusikfroh

来たる6月22日は、私共のアマチュアオーケストラ、東京ムジークフローの定期演奏会です。詳しくはバナーをクリック下さい!20名様(ペア換算10組)まで無料ご招待申し上げます。ご希望の方は本ブログのプロフィールページから、記事掲載者宛メール下さい。・・・バナーは、sergejOさんがご好意で作って下さったものです。



「あれ? ここにも、おうちのない人がいるんだね」
最近、我が家の最寄駅の前にもホームレスの人が陣取るようになったのを見て、私と一緒に歩いていた息子が言ったことばです。

20年前に東京へ転勤し、当初は郊外勤務でしたので、出社先では滅多にホームレスの人を見ることはありませんでしたが、会社の本部のある新宿に出かけると、西口にはホームレスさんが集まり始めていました。バブル経済崩壊前後にはその数も都庁への通路を埋めるほどに増え、ダンボールで作った仮住まいには、あのあたりに多い美術専門学校の学生が独特な絵をペイントしたりして、いっときは
「臭う美術館」
のような具合でしたが、そのダンボールもある日いっせいに撤去され、そこに仮寝していいたたくさんの人たちも、おおかたは施設に収容されたとか、で、姿を消しました。

出張で大阪へ行けば行ったで、天王寺の動物園裏の通路は、やっぱりホームレスさんのダンボール仮設小屋でいっぱいでした。・・・こちらは、どうなったでしょう? 天王寺方面はもちろん、大阪へも出かけることがなくなって、もう5年は経ちました。大阪でも、「ホームレス街」のようなものは、もう存在しないのでしょうね。

それでも、いま、どんな土地へ出かけても、まだポツリポツリと、ホームレスさんを見かけます。

これを綴り始めて、思わず、歴史や社会の話に脱線しそうになったのですが、その辺を目的にする意図はありませんので、上のことは「回想」するにとどめます。



息子が
「おうちのないひと」
と言ったとき、どんな気持ちでそう口にしたのかな、ということを、いま、考えています。

「帰ってもお母さんがいない」家へ、息子は毎日帰ってきます。
母親の生前からそうでしたから、母の生死には関係なく、息子には「帰るおうち」(といってもマンションの1戸ですが)がある、という<無意識>が、ずっと存在しつづけているのでしょう。
ここで待っていれば、やがて姉もここへ帰ってくるし、父もここへ帰ってくる。・・・母親は、(その死後すぐに話してきかせた事ですから、確信さえし続けてくれていれば)いつも自分の体の中にいる。

・・・父と姉と、どちらも帰ってこなくなったら、この場所は、それでも今の息子の「帰るおうち」でありつづけることができるのだろうか? 娘にとってはどうなのだろうか?

・・・いや、娘や息子を私に置き換えるほうが、先々を考えたときには現実的です。

子供たちは、やがて進学なり就職なり、自立した職業につくなり結婚するなりを通じて、このいま「帰るおうち」を出て行き、別の「帰るおうち」を持つことになるのでしょう? それとも、「帰るおうち」を失うのだろうか? それは、子供たち次第なのですがね。

私は・・・?



子供たちは、逞しい。
ここで、この気の弱い、情緒不安定なオヤジが考えるようなことは、いま、一切念頭にないでしょう。
二人とも、毎朝、張り切って学校へ出かけていく。

私といえば、お恥ずかしいていたらくでした。
新婚当初は、仕事がら私より帰りの遅いこともあった家内が帰ってくるまで、先に帰宅してしまったときの私は、家内のクルマがいつ戻ってくるか、と、ただぼんやり、クルマが入ってくるはずの駐車場を眺めていました。
出張が多い時期は特に、でしたが、家族が無事に家で過ごしているかどうかが気になって・・・というよりは、家族からポツンと離れて一人いる自分が寂しくて、仕事が終わるとすぐに電話を入れていました。
「まったく、お父さんは心配性なんだから」
と、家内にはよく笑い飛ばされたものでした。
「うつ」で休業せざるを得なくなったときは、家内が朝出勤するとき、その背中が見えなくなるまで、足取りを目で追いつづけました。
これは、今の住まいを、私は私の「帰るおうち」だとは思えていなかったからだったのか。
家内はおよそ「はかなさ」とは無縁の容貌に言動でしたが、それでも何か、家内といる一瞬一瞬が「はかない、仮のもの」だという思いが、いつも胸の奥底にへばりついていたのでしょうか?

いま、子供たちには、そうした「はかなさ」は、全く感じません。子供たちのいのちは若緑に彩られていて、「男ヤモメ所帯」の境遇も苦にせず、活き活きと登校していきます。
ですから、その背中を、私も見送ったことがありません。家内の生前からの決まりごとで、玄関を出てからエレベータに着くまでの間は見ていますが、そこまでです。
息子は、私の家事の兼ね合いもあり、いまのところたまたま、出発時間が私とほぼ同時ですが、
「離れて歩いてちょうだい」
と言われてしまいますし、それは正しい主張だなあ、と納得も出来ます。

「帰るおうち」があるためには、出発し、成し遂げられる目標地点がなければなりません。
子供たちが、どんなささいなことでもいい、自分なりの目標地点さえ定めてしまえば、そこまでで、いまモノとして存在する我が家、スポンサー(毎月赤字ばかり出していますが)としての私は、もはや子供たちにとって「帰るおうち」である必要は、全くなくなります。

私は・・・?



昨日概要を掲載したバッハのカンタータのうち、

は、「ルカ福音書」第24章29節のドイツ語訳を歌詞としています。
(せっかくカンタータに触れているので、その中の1曲だけでもお聴き頂こうと思ったのが、これを綴り始めたきっかけでした・・・が、いまは、自分でこの調べを聴きながら、自分に問いかけなければならなかったのか、と、思い知らされています。)

Bleib bei uns, denn es will Abend werden, und der Tag hat sich geneiger.
私たちとともにお泊りください。夕暮れが近づき、日ははや沈もうとしています。
(講談社版)

復活したイエスだからこそ、このような優しい言葉を受けられたのでしょう。
愚鈍の私は、「人生の黄昏」を迎えたとき、たとえそのひとときの仮の住まいとしてであっても、このような「帰るおうち」を与えてもらえるものかどうか・・・

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2008年6月16日 (月)

J.S.Bach:BWV4〜6

Tokiomusikfroh

来たる6月22日は、私共のアマチュアオーケストラ、東京ムジークフローの定期演奏会です。詳しくはバナーをクリック下さい!20名様(ペア換算10組)まで無料ご招待申し上げます。ご希望の方は本ブログのプロフィールページから、記事掲載者宛メール下さい。・・・バナーは、sergejOさんがご好意で作って下さったものです。



本日はカンタータBWV4〜6についての基礎データのみを記します。
アーノンクール/レオンハルトの全集のCD2におさまっている3作品です。
すべて、1724-25年の第2回年間カンタータシリーズの作品です。
「カンタータシリーズ」についての説明は、別の機会に綴ります。
教会暦の知識については、主として八木沢涼子「キリスト教歳時記」(平凡社新書203)のお世話になります。


BWV4 "Christ lag in Todes Banden"
詞:Martin Ruther(1524)
「キリストは死の枷に横たわれり」〜演奏日:1724年4月9日、1725年4月1日(復活祭)
※1725年は、同日に『復活祭オラトリオ』BWV249も演奏されています。「オラトリオ」と言いながら実質的にはカンタータであるこの作品は、同年初めに書かれた祝賀用(ヴァイセンフェルス宮廷向け・・・どういう宮廷だったか?バッハとの関係は1713年に遡る、ザクセン地方の宮廷です。あるじはヴァイマールの縁者であったようです。この宮廷はザクセン=ヴァイセンフェルス公国の拠点であり、教会カンタータは1700年にクリーガーというカペルマイスターがルター派の神学者の詩に曲を付けたことがその起りだとのことです。ちなみに、バッハは1713年も世俗カンタータである「狩猟カンタータ」BWV208を提供しています。)の世俗カンタータ(BWV249a)のパロディ(転用)であり、アーノンクール/レオンハルトの全集(およびカール・リヒターのカンタータ選集)には収録されていません。

さて、復活祭。イースター、ですね。
イースターの日取りは325年の第1回ニケア公会議で「春分の次の満月後の最初の日曜日」と定められました。・・・ということは、春分の日の曜日は年によって違うわけですし、春分の日の次のいつが満月かも、年によって違います。したがって、その満月後の最初の日曜日も年によって違いますから、イースターの日は毎年変わることになります。
さらに厄介なことには、上に定められた日の基準となる「春分の日」は、東方教会では天文学上の春分の日ではなく、325年の春分の日であったユリウス暦の3月21日ということになっています。西方教会も3月21日固定ですが、ユリウス暦の、ではなく、グレゴリウス暦の3月21日としています。(東方教会には、さらに複雑なルールもあります。)
そこで、東方教会と西方教会では、イースターの日取りがずれることになります。
1725年は4月1日が西方教会でのイースターだったのですね。ということは、満月は3月26日から31日の間だったのですね。
さらに、Wikipediaの記事によれば、「イースター」の語源は<ゲルマン神話の春の女神「エオストレ(Eostre)」の名前、あるいはゲルマン人の用いた春の月名「エオストレモナト(Eostremonat)」に由来している>とのことで、元来ゲルマン民族の春祭りであったものが「キリストの復活」を祝うものへと変えられたことがうかがえます。カトリックは、ゲルマン人の教化に当たって、このような祭典の転化を数多く行っていたようで、このことは阿部謹也「ハーメルンの笛吹き男」他の記述からも分かります。
復活祭から7週間は、「復活節」というひとつの季節として位置づけられています。

・・・で、「復活」を祝うその日のカンタータとして、なぜ「キリストは死の枷に横たわれり」なる、しかも嘆きの動機をもってはじるカンタータが演奏されたのか?
このカンタータ、作曲されたのは、じつは1714年より前(1707-8年の可能性大)の作品ですが、もともとイースターのために書かれたカンタータで、1707年のミュールハウゼンでの採用試験で演奏されたものではないかと推測されています(作風はブクステフーデの影響を色濃く受けているそうです)。日本人の常識では「暗いな〜」という開始部を持つのですが、詞の内容は第1曲から第4曲まではイエスの受難の意味を説くものでありながら、第5詞からは民がイースターを心待ちにしていたことを現すものに転じて行くのであり、カンタータ全体を呼ぶのに冒頭の歌詞を用いていることから「なんとなくイースターに似合わない」印象を受けるだけであって、ちゃんと主旨には沿っているわけです。

編成:コルネット、トロンボーン、弦楽器群及び通奏低音
構成:シンフォニア(ラメントの切分動機による)〜合唱〜二重唱(ソプラノ・アルト)
    〜アリア(テノール)〜合唱〜アリア(バス)〜二重唱(ソプラノ・テノール)〜コラール



BWV5 "Wo soll ich fliehen hin"
詞:1,7曲Johann Heermann(1630)、他は不詳
「我いずこに逃れ行かん」〜演奏日:1724年10月15日(三位一体祭後の第19日曜日)

三位一体祭(三位一体の主日)については、BWV2を参照下さい。・・・それにしても、この年の三位一体の主日は6月4日だったのですから・・・ずいぶん先まで、それにまつわるカンタータが演奏されたものですねえ。・・・じつのところ、クリスマスの前まで、特別な祭日でなければ「三位一体の主日」を基準としたカンタータが、毎日曜日に演奏されたのです。それだけ、「三位一体」というのが、ルター派にとってもカトリック同様最重要なこととして考えられていたのでしょうね。

編成:オーボエ2、弦楽器群及び通奏低音
構成:合唱〜コラール〜〜アリア(バス)〜レシタティーヴォ(テノール)
    〜アリア(二重唱:ソプラノ&アルト)〜コラール



BWV6 "bleib bei uns, denn es will Abend werden"
詞:1=ルカ伝24-29 2,4,5=不詳、3=Nikolaus Hermann/Nikolaus Selnecker、6=Martin Luther(1542)
「我等のもとにとどまり給え、はや夕べとなれば」〜演奏日:1725年4月2日(復活祭第2日)

復活祭については前記BWV4を参照下さい。

ルカ伝24章29
「私たちのところにお泊りなさい、まもなく夕方で、日も傾いたから。」(塚本虎二訳、岩波文庫)

編成:オーボエ2、オーボエ・ダ・カッチャ、弦楽器群及び通奏低音
構成:合唱〜アリア(アルト)〜コラール(ソプラノ)〜レシタティーヴォ(バス)
    〜アリア(テノール)〜コラール



CD、歌詞関連については、sergejOさんのこちらにリンクした頁をご覧下さい。
日本語訳の書籍は高価ですが、sergejOさんの紹介している頁からですと、原語・英訳等で歌詞が参照出来る上に、作品を巡る論考を読むこともできます。

その他CD検索はしたのバナーをクリックしてみて下さい。(今日、シュッツ作品を探すのに利用させて頂きましたが、便利でしたヨ!)
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キリスト教歳時記―知っておきたい教会の文化 (平凡社新書)

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2008年5月30日 (金)

J.S.Bach:BWV1〜3

ラ・プティット・バンド at つくば(6月1日)、是非お出掛けになってみて下さい!(リンクしてあります。)キンキンさんによるこのコンサートの紹介は、こちらこちら。学生さんは、交通費を加味しても、超オトク価格です!



(長ーい前置き)
J.S.バッハについては、日本ではもしかしたらモーツァルト以上に愛好者が多いかも知れず、国際的に活躍している小林義武さんはじめ、優れた研究者にも恵まれています。
その分(本来はモーツァルトを含めた他の作曲家についてもなのですが)、いまさら私ごときが見直しをはかるなどという僭越をする余地は全くありません。

先日、新発見のオルガン真作と思われるもの(BWV1128)についてニュースを目にし、楽譜を読み込んでしまったのが運の尽きで、どうひっくり返したって私には大バッハが分かっていない、ということを痛感もしました。

そんなところへ、sergejOさんのサイトで、アーノンクール/ラインハルトのバッハ・カンタータ全集が昔年の三分の一の価格で入手出来る(60枚組!)、というご紹介があり、キンキンさんのところでは「ドイツ・ハルモニア・ムンディ設立50周年記念限定BOX」という、バロック期の音楽を楽しむには絶好のものが出ていることが掲載されており、さんざん迷ったのですが、
「これは、どっちも買いだ!」
という結論に至りました。

「音楽史」は世界中見渡しても、西欧ほど明確になっている地域は他にありません。
ですが、人間の歴史というのは、辿ってみると面白いもので、表面上は各地域(大陸アジアなら大陸アジア、島嶼部アジアなら島嶼部アジア、ヨーロッパならヨーロッパ)で勝手に進行しているように見えながら、少なくとも大陸が分断されていないかぎり、案外、古代は古代、中世は中世、近世は近世で、どこでも似たようなことが起こっている。
なぜそのようなことが起こっているのか、は、歴史書には出ていないのです。それは、従来、歴史というものは、特定の国がその国のアイデンティティを確立するために「書かれる」のが最大の目的だったからだろうと思います。
地域が違っても同じような「時代の変化」がなぜ起こったのか、は、むしろ、その時代のとある年にスポット的に登場した旅行記や見聞記のほうからうかがい知ることができることのほうが多いような気もしています。そして、その背景には、(スペインの南米侵攻についての報告類のような例外を除き)文書の表舞台には殆ど現れることのない、大勢の無名の商人たちが築き上げていた交易ネットワークがあったらしいことが、たとえば日本の例でも円仁(慈覚大師)「入唐求法巡礼記」にチラチラ顔を出す朝鮮人商人たちの活動ぶりから推測出来ます。

であれば、音楽についても、書かれなかった「歴史」をしっかり辿るには、注目されて来なかった地域の情報を探ることも変わらず重視すべきではありますが、変遷が現在でも詳しくたどれるヨーロッパ音楽について、もっともっと、基礎的な精神基盤を体得することを欠かしてはいけないのかも知れないな、という思いが強くなりました。

特定の人物の様式、ということについてなら、幸い、モーツァルトという、その生涯と作品の年代を対応させるのが現在でも比較的容易な人物を通し、時間をかけながら自分なりの<観察>はしています。

そういう路線の延長でもいいのですが、また違った方針で接することの出来る音楽家はいないだろうか、と考えますと、少なくとも「ルター派プロテスタント」の精神との関係においては、ヨハン・セバスチャン・バッハという恰好の対象が存在するのだ、ということに、ようやく気づいた次第です。
個々の作品の作曲年代・前後関係の確認はモーツァルトに比べると格段に難しいのですが、こちらもモーツァルトと肩を並べるほど研究者の多い人物、かつ「作品の録音を耳にし易い」作曲家でもありますから(同時代の周辺情報もハルモニア・ムンディのお得セットで・・・これはむしろモーツァルトより恵まれた状態で・・・得ることが出来ます)、違うアプローチの対象として、この人を選んでみよう、と思うに至った次第です。

ただ、モーツァルトの場合は家内の生前に楽譜を「全集」で揃える贅沢が許されましたけれど、大バッハに接してみようと思い立った現在の環境は、それを許しません。

従って、アプローチの方法は、次のようにしていこうと思っております。
・宗教作品については、教会暦との関連性を最優先に知ることを狙いとし、
 プロテスタントにおける教会暦の意義と、カトリックのそれとの差に付いて簡単な知識を貯える
・その他の作品については、同時期ないし先行する時期の音楽から彼が何を受け取ったかの
 概略的な流れを把握する
 
幸いにして、カンタータとオルガン曲(BWV1000番台を除く)、管弦の器楽については、既に音源材料は揃いましたので、大きなところでは4声のコラールと(オルガン以外の)クラヴィア作品群以外には、耳で確かめる上での支障はあまり大きくありません。
ただし・・・耳で確かめる必要性がどこまで生じるか、は、方針とするアプローチがどちらかというと文献頼り(手持ちはわずかですが)になって行く可能性が高いので、まだ何とも分かりません。

ちなみに、当面は教会カンタータについて、なるべく全集のCD1枚ずつの作品をまとめて、それが教会暦のいつに対応するか、教会暦でその日はどんな意味を持っているか、だけについて記して行くだけですので、お退屈さまな記事になるかと思いますが、ご了承下さい。(今日の分も非常に機械的に綴ります。)

まずは、試行錯誤です。教会暦の知識については、八木沢涼子「キリスト教歳時記」(平凡社新書203)のお世話になります。



(とってもあっさりしすぎな本編)

という次第で、本日はカンタータBWV1〜3についての基礎データのみを記します。
アーノンクール/レオンハルトの全集のCD1におさまっている3作品です。
(作品の構成については、本日は時間の関係上省略し、明日にでも補記します。)



BWV1 "Wie schoen leuchtt der Morgenstern"(oeはオー・ウムラオトなのですが、文字化けしちゃうので・・・)
Philipp Niclai原詞(1599)〜ただし、中間のレシタティーヴォは簡略化されている由
(1724-25年の第2回年間カンタータシリーズの最終作)
「暁の星はいと麗しきかな」〜演奏日:1725年3月25日(受胎告知の祝日)

この祝日は、カルヴァン系のプロテスタント以外はすべてが祝う日です。
祝われる内容については、今更言うまでもないでしょう。

天使は乙女の所に来て言った。
「おめでとう、恵まれた人よ、主があなたとご一緒だ!」
(「ルカによる福音書」第1章28節、塚本虎二訳、岩波文庫「福音書」による)

編成:オーボエ・ダ・カッチャ2、ナチュラルホルン2、弦楽器群及び通奏低音
構成:合唱〜レシタティーヴォ(テノール)〜アリア(ソプラノ)
    〜レシタティーヴォ(バス)〜アリア(テノール)〜コラール


BWV2 "Ach Gott, von Himmel sieh darein"
ルターによる「詩篇」12のパラフレーズ。ただし、第2〜5曲については不明
(1724-25年の第2回年間カンタータシリーズの第2作目)
「ああ神よ、天より見給え」〜演奏日:1724年6月18日(三位一体祭後の第2日曜日)

「三位一体」は、伝統的なキリスト教が重視して来た、例の「父と子と精霊」というものですが(このこと、八木沢さんの本からは脱線)、この概念がローマカトリックの主軸になるまでは泥沼の神学論争があったことは、初期キリスト教の文献が示していることです。「三位一体」が概念として公のものとなったことが、一方では数多くの<異端>派を生み出しましたが、そのなかでも中国まで伝わったネストリウス派は、現在でも細々とながら西アジア北部に命脈を保っています。ちなみに、「三位一体」の教えを記念する「三位一体の主日」の祭日は、東ローマ系(正教系)では設けられていません。
これは蛇足ですが、ルター派は、カトリックのモラル墜落を攻撃したものであるため、基本的にはカトリックが大切にして来た概念はそのまま受け入れており、私たち日本人がよく誤解して来たことですが、ラテン語のミサも「ルター派だからやらない」ということは、ありません。
BWV2が演奏された日曜日は「三位一体の主日」後の第2日曜ですが、この日が特別な祭日なのかどうかは、私には分かりませんでした。ご教示下さい。(CD全集の解説からは、もととなった詩篇がこの日のためのものであり、人間が神に向けて発する嘆きを表した内容になっているのだそうです。)
「三位一体の主日」そのものは、(複雑ですが)復活祭から50日目の日曜日の、さらにその次の日曜日とされています。これは、初期の「正統」教会が、いったんそこから離脱したものの復帰を認めたのがこの日であったことに由来するそうです。「三位一体の主日」は、早ければ5月20日に到来しますが、この年はそれから29日もあとですね。この年の復活祭(イースター)が遅かったことが分かります。(計算すれば分かるのですが、今日はやめときます。)

編成:オーボエ2、トロンボーン4、弦楽器群及び通奏低音
構成:合唱〜レシタティーヴォ(テノール)〜アリア(アルト)
    〜レシタティーヴォ(バス)〜アリア(テノール)〜コラール


BWV3 "Ach Gott, wie manches Herzeleid"
マルチン・モラーの18の讃歌から、ヨハネ福音書2-1-11に基づいたもの。第3・5曲は不明
(1724-25年の第2回年間カンタータシリーズ中の作)
「ああ神よ、心の痛手いと多く」〜演奏日:1725年1月14日(顕現節後の第2日曜日)

顕現節(エピファニー)は、イエスの洗礼を記念する日で、起源はクリスマスよりも古い、とのことです。2世紀の後半にはエジプトで祝われている、とも、八木沢さんの本にあります(別の書籍での確認は、とりあえずサボります)。これは、もともとエジプトでは1月6日がナイル氾濫の日とされ続けて来ており、古くからのナイルの神オシリスの祭礼が行われていたものが転化したのだ、と説明されています。この直後の日曜日が「主の洗礼日」となっていることは分かっているのですが、さらにその次の日曜日になぜこういうカンタータが歌われたのか、は、すみませんが、調べきっておりません。(調べがついたら書き換えます。)  

編成:オーボエ・ダ・モーレ、トロンボーン、弦楽器群及び通奏低音
構成:合唱〜コラール〜〜アリア(バス)〜レシタティーヴォ(テノール)
    〜アリア(二重唱:ソプラノ&アルト)〜コラール



※バッハがライプツィヒで試みた企画である「カンタータシリーズ」についての説明は、別の機会に綴ります。

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