2014年4月 5日 (土)

父ちゃん悶々記(1)

親父の葬儀が済んでから五日ばかり実家にいて、それから帰ってきたのだが、悶々とするようなおみやげも持ち帰ったのだった。
錯乱の母をなだめすかしながら、妹と三人で親父の死後の諸手続きに走り回り、明後日はとりあえず帰れる、と、やっと一息ついたその晩、おみやげが突然この目に飛び込んできた。
数日ぶりに入浴して、ふと股間を見たら、陰嚢・・・タマタマ袋の左半分が右半分の四倍くらいに膨れ上がっていた。こやつである。
昨日までは、なんともなかったのに。
慌ててネットで調べたら、検索に引っかかるのは精巣癌の体験記ばかりである。
父のお骨が中陰壇に祀られている前ではあり、膨らんだ部位が部位ではあり、すべてが悪くて親や妹や同行の我が子たちにも言えず、一人悩んで帰路についた。

翌日から仕事である。社長は東京からわざわざ通夜にも葬儀にも参列してくださったし、同僚は一人残らず香典を下さったから、個別に「萩の月」を配りつつ御礼を申し上げた。が、タマタマのことはやっぱり誰にも打ち明けられない。
ほんとうに癌だ、と分かってしまっていたなら
「タマタマですがタマタマの癌なんですと。ガーン!」
とやって失笑を浴びるか冷たい目線に身を刺されるかができたのだけれど、まだ分からないからそうもいかない。
で、ほんとうに癌だと分かっても、別にいまさら死ぬのは怖いと思うことだけはなかった。
とは言っても、まだ娘は大学生だし、息子はこれから専門学校に入るのである。さて、死んでしまうのだったら、子供たちのこの先を誰にどう言って委ねようか。これからさあ楽しみだ、と準備していたことを、もうだめなんだからどう整理しようか、などなどばかりが頭の中をぐるぐるして、ちょっと泣けてきた。
病名に笑い、境遇に泣く。

悶えていても仕方がない、仕事が休みの土曜日がくるのをひたすら待った。
念のために、生前の家内が一生懸命読んでいた『家庭の医学百科』を夜中に紐解いてみた。
「睾丸(タマタマのご本尊)自体の炎症は、外傷で睾丸を強く打ったときにおこる以外には、とくに多いものではありません。ですから睾丸に無痛性のしこりをふれたら、むしろ睾丸腫瘍が疑われますから、なるべく早く専門医に診てもらうべきです。」
押し出しのファーボールみたいなもんだった。
覚悟を決めなければならない。
こういうことの専門医となると、泌尿器科だ。

歩いて十分のところに、個人経営だが泌尿器科も備わった総合病院がある。幸い土日も午前中は診療している。朝起きて、ここに飛び込んでみた。
書いた問診票を覗き込んだ受付のお姉さんが
「あら、泌尿器科ですね・・・うちは水曜と金曜に外から先生にいらして頂いて泌尿器科やってるんで。でもそれを待っていたら一週間経ってしまいますから」
すぐにでも診てもらえるところがいいので、ご紹介します、と、そこからさらに十分先の泌尿器科専門の医院を教えてくれた。
専門が専門だから患者さんはそう多くないだろう、早く診てもらえるかしらん。
気もそぞろにたどりついてみると、たしかに患者さんはそう多くはなかったが、少なくもなかった。
また十分ほど待って、診察室に呼ばれたら、四十代くらいのばりっとした感じの坊主刈り医師だった。
「どうしました?」
「はい、父の葬儀のあとに・・・」
「葬儀は関係ないからいいの。症状。」
むかっときたが、でもこれで、この先生は信頼できると思った。
「タマタマの左半分が突然膨張しまして」
「いつから」
「四月一日」
「おしっこ調べれば分かりますから、まず尿検査して、それから見せてもらいますね」
とのことで、尿検査。
「おしっこは全然きれいでしたよ。それじゃ」
脱がされて、見せて、お医者さんが仰天して、文字通りのけぞった。
「うわ、特大だ。ほんとうに急に大きくなったの? やばいじゃん。すぐエコーしましょう」
隣室でエコーすることに。
「これが腫瘍だったらやばいなあ」
あたくしの心のうちもそうである。あまり言わないでほしい。
「あ、なんだ、違う」
違うのかい。
「水ですよ。水でいっぱいになったんだ」
「ああよかった!」
思わず叫んだら、先生の方もなんだか安心した顔でニコニコしていた。
「針で刺しても出せるんですけどね、どうせまたおんなじになっちゃうから。うちでは麻酔ができないんで、できるところに紹介状を書きますね。来週にでも連絡とってみて。そこも泌尿器科は毎日じゃないので」
そんな会話で、規定だろう代金を考えるとかなりの格安で、先生はエコーの映像データのCD-ROM付きで紹介状を作って持たせてくれたのだった。

安堵して帰宅すると、娘と息子が腹を空かして待っていた。いつものごとく飯を食わせにファミレスまで運転して行った。
喋っていて、娘が最近下着のサイズが合っていないとぼやくので、食後は娘の下着買いに出向いた。お店の係の人が丁寧にサイズの見直しをしてくれているので1時間近くかかり、男親としてはちょっとその場にいづらいので、離れた場所で待った。
それからまた近所の大きな公園に行き、息子も含めた三人でしばらくぶらぶらと歩いた。
先週の月曜日に、まだ生きていてもっと生きるだろうと信じていた親父に会いに行ったのだった。そのころは桜もまだ咲き始めだった。戻ってきてみるともう葉桜になりかけていた。公園なら、それでもまだ桜を満喫できるだろう。
歩きながら眺めると、芝生にはいっぱいの人がシートを並べていて、中には三味線を弾きながら民謡を謡っている初老のご夫婦なんかも見かける。
真ん中に大きな池があって、オカカモメがたくさんいる。小さい女の子がよちよち、餌を手にしてふちに行くと、半野生の生き物はさすがに目ざとくて、群れて弾道ミサイルのように突進してくる。女の子はびっくりして尻餅をついて餌を落としてしまった。昨日かなり雨が降ったので、芝生の上はぐしょぐしょだ。それで、尻餅をついた子のお尻もぐしょぐしょになってしまって、お母さんは
「あーあ」
と溜息をついていた。
足元は桜の花びらだらけだった。
よく見ると、そうでない花もあった。
地べたに咲く小さな青紫の花は、なんというのだろう? ずっと見覚えはあるのだけれど、花に疎いので名前を知らない。そんなやつがまた、いちめんに咲いている。
でも歩いている人たちはこの花なんか別に気にも留めていない。桜の散った花びらを踏んづけるのと同じあっさりさで、花々を踏んづけて行ってしまう。
まあしかし、気づいたところでなにも変わらないのではある。いちおう気づきはしたけれど、僕だってやっぱり、咲いた花がいま咲いているということになんの大切さも感じてやらないで、散って敷き詰められた桜の花びらと咲いている花々とを分け隔てなく無神経に踏んづけて歩いたのだった。

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