2012年6月 6日 (水)

ヴァイオリンの弓

先日、ひとの弓選びのつきあいで、K先生のお宅にお邪魔するのだった。
先生はM音大の楽器博物館の創設に深く関わったかたで、とくに弦楽器の弓には造詣が深い。以前はそれで本を書きたいとも仰っていたのだが、現在のところ果たせていない。是非書いて頂きたいと思っているのだけれど。

先生のお宅にお邪魔するのは何年ぶりだか、僕はここ数年こころの時計が止まってしまったようで、思い出せなかった。でも、駅がすっかり様変わりしたのが全く記憶になかったから、6、7年は経っているのだろう。それでもお宅までの道は覚えているのだから、妙なもんだなぁ、と思った。

お邪魔して、最初は弓を選ぶ当人がいろいろ試すのを極力黙って眺めていたのだが、途中で先生が僕に
「弾いてみな」
と振ってこられて、結局最後まで僕の方が弓選びのテスターになったのだった。
延べで10本以上試させられたと思うが、10を超えたところから数えられていない。15本までは行かなかったと思うが、行ったかも知れない。

前に楽器屋で試したときと違って、基本的なところで弓の出来にばらつきはない。それで、ただ弾く分には差がつかない、ただしこれは中立的に全体安定、これは強くて太い音になるがやや鈍い、等々の旨を言ったら(前者はイギリス弓、後者はドイツ弓だった、他のそれぞれの国製の弓と性質が共通してい る)、
「いや、でも僕(=K先生)だったら付ける値段が全く変わるんだよ」
とのお答えで、あっ、と目から鱗が落ちた。
今例に挙げた2本でも、鈍い方は僕が安く買った弓と反応がほぼ同じなのである。ということは、値段はそこまで安くなるわけだ。
1本1本、まず根元と先を弦に当てたとき・・・とくに元が分かりやすい・・・の反応が個性的に違い、その反応の善し悪しが音の輪郭の明確さ不明確さとほぼ比例するのは、初めての経験ではないけれど、年の功か新鮮に感じられて、たいへんに勉強になった。
ついでに、K先生のお弟子さん(ご本人はチェロとガンバの弾き手なのに、合奏の指導をなさっていたので、ヴァイオリンのお弟子もいる)でソリスト級にまでのびた人たちがかつて使った弓も先生があれこれ面白がって取り出しては持たせてくれる。ああなるほど、あの人の個性だからこれが合ったのか、と思 い当たりつつ試すとたいへんに面白くもあったのだが、ふと気がつくと、結局おいらはモルモットで、弓の反応を先生と弓選び人が見て聴いて楽しむためのマネキンになったに過ぎなかったのだ。

試奏に使ったヴァイオリンがまたユニークで、表板がやたらと古い顔をしているのに、裏板とネックは新しめの感じがする。でも自信がないので黙っていたら、先生が
「問題。これはいつ頃の楽器だと思う?」
と意地悪く笑う。当然僕は答えられない。ふたを開けてみたら、表板は18世紀のイタリア、裏板は19世紀(これは伺わなかったがたぶん末だろう) のフランス、ネックは20世紀のドイツ、というキマイラ楽器だった。なんだ、正直に感じたままで良かったんだ、と半ば苦笑する思いだったが、これはやっぱ りそうそう分かるもんではない。さらに、この組み立てをなさったのが故人になられたMさんだというので、深く強く納得した。Mさんは、いちど訪問させて頂いたとき、ヴァイオリンがいかにきちんと寸法の定まった楽器であるかということを、どうも僕が相当物好きに見えたらしく、手取り足取り教えて下さった思い出のかたである。楽器の調整のたいへんな名人でいらした。こういうかたちでずっと生きていらっしゃるのだ、ということを非常に嬉しく思った。

弓の作り出す音の色や輪郭の違いはたいへん明白なのだけれど、これはいまの「科学」では量れないのだろうな、ということを、考え続けた。音色の違い、立ち上がりの違いは、声紋分析で出来る程度の精度では明確になるのだろうけれど、持った瞬間に感じる木の密度感(濃かったり薄かったり、決してそれは あり得ないのだが空洞のようにぺこっとしたりする・・・ぺこっとするヤツには今日ペコちゃん弓と名前をつけた)は触覚と同様にパラメータをとる方法がない だろう。で、この触覚の印象はまた音質に密接に結びついているのだけれど、これがまた測る術がないのではなかろうか、と思うのである。

それからちょっと昭和音楽史的な雑談で話に花が咲いて、つい長尻してしまった。楽しかった。

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2008年5月13日 (火)

クラシックで「アピール」するということ

あるアマチュア楽団の練習風景です。

演奏する曲は、20世紀の作曲家の手になるものですが、素材はその作曲家の故国に古くから伝わる民謡です。

民謡、という言葉から、私たちは普段「唄」しか連想しませんが、世界各地の研究家がどう言おうが、本来は、
「民謡は舞踊と切り離せない」
ことが多い。日本で言っても、たとえば<田植唄>と称するものなどは、田植えという労働をする時に唄われるものだ、と思われがちですが・・・実際に田植えをやりながら唄おうと試してみて下さい、とっても唄えるものではありません。
屁理屈を言えば、<田植唄>は平安期にはすでに記録の見える<田楽>と密接に関係のあるものです。その後の日本芸能史を追いかけてみれば分かることですが、<田楽>は元来は動きの激しい踊りを伴ったものと想像し得ます。しかも、それは「田植」という労働に際して、ではなく、あくまで「豊穣の神を楽しませて豊作を得るために」、ムラが大きく発達すると、さらに芸能化して「人間自身が普段のストレスを発散するために」、さらに都市が成立すると(といっても、日本の場合は京だけでしたが)「農民以外の階層を抱腹絶倒させるために」唄われ、同時に踊られ続けたものです。
(「田楽」から、純芸術的な「能楽」が発展したのは特殊なことですが、そう言う特殊化はどんな国にも見られることです。ですから、「能」の仕舞の落ち着いた舞いぶりに「田楽」の名残を見ることは誤りでしょう。)

思わず余談から入ってしまいましたが、最初に戻りましょう。

このアマチュア楽団が練習していたのはフランスの民謡です。
民謡である以上、本来、「舞踊」を伴っていたはずです。
そう思って音楽を感じ取り直してみれば、話はごく簡単に分かります。
この民謡、「ジーグ」のリズムを持っています。
クラシック音楽がお好きな方なら、「ジーグ(ジグ)」というのが舞曲のひとつであることは端からご承知でしょう。イギリス由来で、ルイ14世時代にフランス王室を中心に洗練されたものではありますが、リズムの躍動性から言えば、決して、上品でおとなしい舞曲ではありません。(また話をそらして恐縮ですが、そんな<粗野な>舞曲であったからこそ、西欧のバロック期の音楽家たちは、ダンス用の組曲のいちばん最後で会場のみんなに「それまでの窮屈な踊りのストレス解消」をさせてあげるために、ジーグを終曲に持って来たに違いない、と、私は想像しております。)

ところが、指揮者が楽団にこの曲を演奏させてみると、ちっとも躍動感が出ません。
・・・そりゃそうだ、アマチュアで、しかもクラシックの楽団なんかにはいる人は、照れ屋さんが多い。ヒップホップやブレイクダンスがもってのほかなのは、まあ、当然だとしても、およそダンスなんて名の付くものを踊ろうと思うだけでもどぎまぎしちゃう。社交ダンスでも、異性と手をつなぐと思うととたんにダメ。いいおっさんメンバーの中には、バーでママとチークダンス、なんてことにでもなろうものなら、ママに抱きつかれたとたん卒倒するほど、内気だったりする人も少なくないかも知れないのです(・・・いや、まさか!)。

(うーん、どうしたら、彼奴らを踊らせることができるのか・・・)
思い悩んだ指揮者さんが打った手は、こんなものでした。

「チェロ以外は、みんな立って! 楽器を演奏しながら、リズムに乗って体を動かしてご覧!」

楽器さえ手にしていれば、みんな、ほんとうは自分の中の躍動感を引き出す魔法の杖を持っているのと同じです。・・・でも、ここの人たちは、じっと坐っていただけでは魔法は使えないんだな・・・どうやれば魔法を使えるかに気が付かせればいいんだな。

いい思いつきです。

あとは、
「魔法も、使いすぎたらやばいからね・・・自分にまでかかってしまって、元に戻らなくなる」
・・・そうなんです、魔法の掛け方を覚えるまでは出来たとして、魔法からいかに「ごく自然に抜け出せるか」には、また別の方法をマスターしなければなりません。
でも、そんなのは、まだ先のことでいい。
まずは、魔法の杖の、本当に効き目のある一振りを覚えることが大切なのです。
音楽で使う魔法の杖は、自分を損なってしまうような悪い魔法をかけることは出来ないようになっています。人にお聴かせするのでさえなければ、まずは「魔法を掛ける」までの使い方を、存分にマスターした方がいい。

ところで、ここで、あるメンバーが言い出しました。
「なぜ、20世紀の人が書いたジーグじゃなきゃ行けないんですか? なぜ、17世紀や18世紀や19世紀じゃいけないんですか?」

「それはね・・・」
正体は魔術師である指揮者さんは言いました。
「あなたたちがまずマスターしやすいのは、近い時代の魔法だから。自分の見たことの無い時代が<見える>魔法を使えるところまで身につけてくれれば、あたしゃ別に時代は問いませんよ!」

優しいようで、厳しい答えでした。
だいたい、照れ屋さんのアマチュア楽団のみんなは、今ここでやっと魔法の使い方・・・すなわち、ここでは<20世紀なりの>ジーグを自分の心の底から<踊り>に変える魔法を、やっと手にしたばかりなのです。それも、
「これで本当に20世紀なりの踊りかたになっているのか?」
みんな、アタマの片隅に「??????」が無限に続いたままなのです。
謎を抱えたままで、かつ、内気なままで、この先、時代を遡るタイムトラベルをして、その時代の人たちまで巻き込んで楽しく踊りまくる魔法を、果たしてマスター出来るのでしょうか?

童話的で、ある意味では抽象的な「例え話」になってしまいましたけれど。
この先は各位にご思索頂ければ幸いに存じます。

本日は、雑談でした。失礼しました。

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2008年4月 3日 (木)

忘れ去られたこと・・・

私は、本は一度に1冊を集中して読むタイプではありません。
本当は、集中力がないから、かも知れません。
でも、本人は、
「1冊に集中してしまって、その世界に引きずり込まれるのには怖いから」
などという、訳の分からない理由で、そのような読書の方法をとっています。

ただし、普通、数冊の本を読むのでも、1つから3つくらいの「テーマ」らしきものを持って読書をしている「つもり」ではあります。・・・本人が自己申告しているだけですから、信じるかどうかはお任せします。

そんなテーマのひとつ・・・うーん、具体的には何をどう言うふうに、と、まとめていいのか分からない(この辺でいい加減さがバレますが)・・・で、数冊読んだうち、1冊はこちらへコメントを下さったふねさんにご紹介頂いて、姫野翠『芸能の人類学』(春秋社1989)というのを、他には友人にお借りして、吉田禎吾監修「神々の島 バリ」(春秋社1994、2006新装版)を読みました。

どちらもいい本です。

それだけに、・・・音楽に限っても、ですが
「あれ、こういうこと、僕の子供時代までは日本でもあったよなあ・・・」
と連想されることがいくつかあり、
「そうか、この場所ではこういうものがなくなっているのか、日本と似ているなあ」
と感傷的になる箇所もいくつかあり、えも言われぬ気持ちになりました。

ふたつ、ご紹介します。

まずは、『芸能の人類学』に出ている、台湾のアミ族の話から。

「・・・今やどこに行ってもテレビが見られる。最近ではパラボラ・アンテナを取り付ける家もでてきて、NHKの衛星放送を楽しんでいる人々が多くなった。一昔前であったなら、夕食後必ずどこかの家に何人かが集まって、酒をのんだりしながら歌う声が聞こえたものだが、今は皆各自の家でひたすらテレビを見ている。家庭内での対話もなくなってしまった(注:これには台湾の複雑な言語事情が絡んでいますので、日本と同じ理由からではありません)。・・・以前のアミ族の生活は大変オープンで、逆にいえばプライバシーが無きに等しかったが、今では全くその逆で、皆自分の家に閉じこもってしまう。いきおい、近所同士のつきあいかたが変わってきた。またラジオ、レコードなどの普及と相まって、西洋音楽を基礎にした流行歌がどんどん浸透してきた。その結果、ほぼ純正調で歌っていた歌は平均率に近くなり、発声も・・・ポピュラー・ソング的発声になった。」

ノンプライバシーが良かったかどうか、は別として、アミ族を覆ってしまったのと類似した閉塞感は、ここに記されたのが20年近く前のものでありながら、現代日本人が、たとえば職場で感じる窮屈感・・・「ほっといてもらうのがいい」という派と「ほっとかれると寂しい」派が分離して溶け合いようが無い状態を、私に連想させたりします。
私が子供の頃は、父親の職場に社内旅行がありました。
今でも社内旅行をなさる会社は、まだ無くなっていません。いや、決して減ったというほど大きく減少はしていないのかもしれません。
が、その場合でも、今の社内旅行と、私の子供時代の、父親の会社の社内旅行には、大きな違いがあります。・・・当時の社内旅行は、家族同伴が当たり前でした。それで、よそのお姉さんと席を並べて、お姉さんが「山寺の、オショさんが・・・」と楽しく歌って聞かせてくれて、おかげで小さかった私もこの歌を覚えた、という、楽しい記憶があります。

今の日本は、娯楽は基本的に「個々人のもの」であり、会社は「家族とは別に存在するもの」です。
・・・どこもかしこもがんじがらめに繋がってしまうことには問題もあり、私は思春期には家庭の事情に右往左往させられながら過ごしましたから、当時が必ずしも良い思い出だけを呼び起こしてくれるわけではありません。
ですが、窮屈さはあっても、それを補ってくれる「楽しさ」や「柔らかさ」は・・・家内の死という局面を前にし、錯乱していた時には特に違いを感じましたが・・・私の少年時代の頃の方が、もっと自然に訪れてきたし、いつでも優しい目で見ていてくれたような気がしたものでした。

「バリ島」には、台湾とは正反対とも思える発想が、今も生きています。
これは音楽について述べた部分から引用しますので、台湾の事情と単純に比較は出来ないかもしれません。

「彼らは音を単なる空気の振動としてではなく、気配として感じる能力を持っている。リーダーの微妙な挙動の変化で次の瞬間に鳴り響くべき音をメンバー全員が察知できる。それが予知できるかできないかがそのグループの合奏能力の高さを測る基準になる。バリ人はガムランをそのようなものとして捉えている。」(第9章、186頁から)

バリのこの例は、今の私を「失望」に追いやるようなものです。
学生時代、ヨーロッパ音楽をやるオーケストラに入団して先輩にいわれ続けたことは、
「音の膨らみの変化を聞いて、それに合わせろ。タイミングが合わないというのなら、パートのトップの指を見ても合わせろ」
ということでした。すなわち、演奏は指揮者の棒でテンポをとるのでもニュアンス作りをするのでもない・・・指揮者はあくまで、その英語での表現である「ディレクター」なのであって、団体としての合奏は自分たちが主体的に、かつ、上のガムランの話のように、「個人を主張するのではなくて、みんなで揃えるもの」だという教えを受けたのでした。

今の私は、そんなふうには、オーケストラで演奏できているでしょうか?
あるいは、それを分かっているメンバーに恵まれているでしょうか?
メンバーのことは信じたい。・・・とすれば、自分の伝達能力の低さを思わなければなりません。
せっかくオーケストラという場に参加していながら、CDの演奏を再現できればいいのさ、というだけの意識で、他メンバーとは共時性を持たない閉塞感の中で練習や本番のひとときを過ごすメンバーをひとりでも生み出しているのだとしたら・・・それは、指揮者のせいではあり得ません。分不相応でチカラも無いとはいえ、閉塞感に閉じこもるメンバーを生み出しても構わない、という音楽的土壌を作ってしまった、「コンサートマスター」なるお役目を果たしていない私の責任です。

いや、オーケストラのことに話を限りたいわけではなかったのですが。

どのようにしたら、私たちは、柔らかな「楽しさの共有」を、ケースによっては程よく保って行き、ケースによっては失われたところから甦らせることができるのでしょうか?

そのための手段を、現在の私たちは、知っているのでしょうか?

少なくとも、今日、「バリ島」を読み終えた私は、これらの手段を「忘れ去っている」私自身を、切なく思わざるを得ませんでした。

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2008年3月27日 (木)

寄り添う(2)〜弦楽四重奏

このお題、語るべきことが沢山あるのですが、語るのが怖いことだらけでもあり、間が大きく空いてしまいました。
弦楽四重奏でメンバーが寄り添うことについて、どう綴ったら伝わるかな、と迷っていました。
ですが、「寄り添う」というお題目で私に少しでもお話が出来るもので、伴奏付きソロに次いでもってくるべきものは、楽器1本ずつの集合体である、小編成の室内楽です。その中で最も作品数が多く、しかも、案外チャンとしたものを聴くなり演奏する機会がないのが、「弦楽四重奏」なのです。
・・・こいつをもってくるしかありません。

ソロ楽器がピアノ伴奏で演奏する際の「コツ」は、
「単に、『あ、次のところ、彼(彼女)の音の出し方だったら、こんなイントネーション、強さ、輪郭で弾いてくるな』を予測するだけ」
ということを、だいぶ前に述べました
ただし、その予測は、ソリスト側と伴奏側の双方でなされていなければならず、またその予測が一致していなければなりません。・・・アンサンブルは、突き詰めていくと、いくら編成が大きくなっても、この「予測一致の公式」が成り立つことが、いい演奏の大前提です。

純粋な管楽アンサンブルは、残念ながら私は少ししか経験したことがないので、事情に異なるものがあるのかも知れません。が、少なくともベートーヴェンの七重奏曲やシューベルトの八重奏曲でご一緒させていた(遊びで、でした。シューベルトは本来、初見では私ごときではとても手が出せません)経験からは、今回述べる弦楽四重奏とは、管楽器であっても異なることはないだろう、と思っております。
ただ、弦楽四重奏曲は、同じヴァイオリン属の楽器それぞれ1本ずつ、たった4本の楽器で演奏される点、たとえば「フルート四重奏曲」とか「ピアノ五重奏曲」を演奏するよりも・・・あるいはピアノだけに伴奏してもらうソロよりも・・・格段に難しい。見せかけのコミュニケーションで、たとえば旋律の動きがピッタリ合ったり、ブレス(弦楽も本来は適切な「ブレス」をとる必要があります)が一致していたりしても、音色感が異なったら、仕上がりはそれだけで台無しになる(これは後述する「弦楽四重奏曲の作られかた」に関係が深いことです)。それが弦楽四重奏の怖さです。さらに、当然、各メンバーの技術力に大きな落差があったら、まず弦楽四重奏としての演奏自体が成り立ちません。

・・・いきなりこんなことから入ったのは、自分が初めて「弦楽四重奏」を楽譜初見でやらされたとき(大学入学前の年のクリスマスでした)の衝撃が忘れられず、その後も「弦楽四重奏」に自ら加わって「いい思い」をすることが非常に稀で、今ではよっぽどでないと手を出す気にもなれずにいる、という原因を、少しアピールしてみたいからです。



半端にオーケストラ演奏をする方が、半端な弦楽四重奏をするより、遥かに気がラクです。

最初の四重奏経験をするまで、私は自分では
「簡単なレベルの楽譜であれば、初見でも弾ける」
程度の自信はありました。
そこへ、私の入っていた(恥ずかしながらコンサートマスターでした。コンサートマスターって何なのか、知らないままにやっていたのですけれどね)ジュニアオケに手伝いにきていて、翌年大学で先輩になるはずの人たちが、クリスマスコンサートが終わって、打ち上げをやっている最中いきなり、
「おい、Ken、カルテットやろう!」
まだケーキを刺したフォークを手にし、口に運ぼうとしかけたままの私を無理やり引っ張っていって、いつの間にか席を用意しておき、楽譜まで並べておいたのです。
曲はモーツァルトの初期のもので、緩徐楽章。これが、あとになって思うに、ファーストヴァイオリンを弾かされていたら、楽勝だったはずなのです。
あてがわれたのは、セカンドヴァイオリンでした。
セカンドヴァイオリンというのは、通常は簡単な伴奏音型の部分も多く、ポジションも低い位置で弾けますから、なめてかかった。これが災いしました。
モーツァルトの後期だったらなおさらダメだったに違いないのですが、それでも何とかごまかしがきいたでしょう。というのも、後期になると、ファーストヴァイオリンもしくはチェロが主役、という部分が圧倒的に多いので、仮にセカンドの私がメタメタでも、なんとか曲に聞こえるのです。
初期だった、というのが、落とし穴でした。この頃はまだ、モーツァルトの弦楽四重奏曲の作曲法では、ヴァイオリンは2パートとも同じ比重で書かれている。コンチェルト・グロッソの名残です。ですから、セカンドが弾けないと、音楽が崩壊するのです。・・・そんなこと、当時は、まだ知りませんでした。しかも、コンチェルト・グロッソと違って、私のパートを弾くのは私一人なのです。
勝手気ままにソロを弾いたり、オーケストラでもファーストだけが主旋律だと思って偉そうにしていた私は、このとき、まんまと先輩たちの陰謀にハマったのでした。
伴奏であるはずのセカンドにメロディなんかあるはずがない、と決めつけて楽譜を目にしましたから、もうこの時点で私は間違っている。敗北必至の状況におかれたわけです。
(あれ? メロディがない!)
演奏中、そんなことが起こって、慌てて自分の前の楽譜を見たら、メロディは自分の楽譜に書いてあるのでした。で、おっかなびっくり弾き始めようとすると、伴奏に回った他の3人が、わざと硬い音で弾いて、「おまえ、もっと大きく弾け!」とばかりに暗黙のプレッシャーをかけてくる。でも、私には其のメロディをどう言うニュアンスで弾けばいいのか、見当がつかない。結局、私はビビりまくって、最初の3、4小節を辛うじて弾いたきり、あとは全く弾けなくなりました。



自分の役割がその場その場でくるくる変わる・・・あ、ここは伴奏、ここは主旋律、ここは対旋律、というのが目まぐるしく入れ替わるのが、節約された編成である弦楽四重奏の作品には宿命とも言える性質です。
そもそもが、弦楽四重奏曲は、この曲種が誕生した頃に器楽世界でも重視されるようになった、和声学上の「四声体(ソプラノ・アルト・テノール・バス)」を自由に応用することを身上に作り上げられたものです。
したがって、「予測一致の法則」の適用範囲が、ピアノ伴奏のソロよりも広い。かつ、メンバー一人一人が、その作品を演奏するに充分な技術を持っていなければバランスがとれませんし、その技術は、決して「手先が同じくらい器用」なんてことでは済みません。弾いているのは4人でも、オペラでよく聞かせられるような、それぞれが個性を主張してまとまりがつかず、お客は誰が歌っているのを中心に聞くべきなのかが分からなくなる、そんな類いの四重唱のようであってはならないわけです。・・・4人であっても、極端にいえば、聖歌隊のように澄んだコーラスにならなければ、演奏する資格自体がない。


だいぶ慣れたあとに、私は弦楽四重奏で、もうひとつの苦い思いをしています。恒例の年度末アンサンブル発表会で、
「このメンバーではちょっと難しいかも」
と思いながら、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第5番の第1楽章に挑戦した時のことでした。
事前に、演奏会に出掛けて見学し、ベートーヴェンのプログラムでの奏法を観察して研究もしました。教材にしたのは、スメタナ弦楽四重奏団のものでした。
彼らの演奏では、別のベートーヴェン作品でしたが、弓幅を非常に小さく用いて演奏していました。そんな演奏なのに、音が伸びやかになる。(今でも決して優秀とは言えない私の目が、当時はいまよりさらに劣っていたために誤解したのかも知れませんが、そのように見えたのです。)
で、ファーストを担当した私が、あえて弓幅を小さくしてみました。スメタナ四重奏弾のようなわけにはいきませんでしたが、そうすることで、他のメンバーとのバランスがよくなるから、と判断したのでした。
本番中は、非常に気持ち良く弾けました。音色感も、「あ、チャンとコーラスになっているな」というくらいに合っていた・・・それだけは、間違いないのです。それがスケールの小さい、縮こまった「コーラス」ではあったとしても。

演奏のあと、いつもは優しいコントラバスの大先輩(OBさんでした)に呼びつけられました。
誉めてもらえるのかな、と期待して行ってみたら、私の顔を見るなり、先輩は真っ赤になって私を叱りました。
「なんであんな弾き方をしたんだ!」
・・・弁解はしませんでした。広がりを抑制しての演奏に仕立て上げたことは、充分自覚していましたから。
でも、悔しくて、悲しくて、なりませんでした。

私自身、アマチュアとしても、決して高いレベルとは言えないヴァイオリン弾きです。
ですが、弦楽四重奏をやりたい、となると、「予測一致の法則」を分かり合え、せめて自分と同等に張り合って弾いてくれ、協調して響いてくれる仲間が必要です。かつ、私も相手(3人もの!)に共感出来なければなりません。
残念ながら、学生時代でも上の程度が精一杯で、その後は私は・・・いいかたにはたくさん出会えましたけれど・・・私と合う四重奏の仲間には恵まれませんでした(それは、一緒に四重奏をなさって下さったかたの方から私に対しても言えるのではないかと思います。それだけ、四重奏で同じ方向性の相方を見つけることは難しい。なにせ、3人探して揃えなければならないのです!)。
二重奏までは、なんとかなる場合があるのですけれど。三重奏でもまだ、2人までが「読み取り合える」のだったら、残るひとりを物差しにすれば、曲に仕上げることは出来るのですが。・・・あ、漫才やコントも、2人いれば出来ますよね。。。そんな漫才でさえ、「いい相方」探しは非常に大変だそうですね。
ただ、弦楽四重奏の場合は、漫才の相方探しとはまた違う条件での困難さがある。和声の基本である「四声」の応用として書かれている、ということが、そもそも「全パートが均質な」響き作りを要求していて、そのことが、本当に良い演奏の実現を大変難しいものにしているのです。

素人にしてこうです。
プロでやっていくことがいかに大変か、は、察しがつくのではないでしょうか?



二つの例をお聴き下さい。


 (ウィーン・ムジークフェライン四重奏団、1992年録音)
 リングアンサンブルで何度も来日しているかたたち、私の大好きな人たちの演奏ですが、
 ウィーンフィルや国立劇場の激務の合間に四重奏をやっているからでしょうか、
 メンバーそれぞれに掛け持ちのお仕事も多いせいでしょうか、
 しっくり来ない気がします。・・・どうお感じになられるでしょう?
 なお、ウィーンフィルにはコンサートマスターが弦楽四重奏団を組む伝統があるのは
 ご存知の通りですが、ボスコフスキー以後は実質上途絶えていたのを復活させたのが、
 この演奏でファーストヴァイオリンを担当しているキュッヘルさんです。


 (ベルリン弦楽四重奏団、1971年録音)
 録音当時は東ベルリンだったベルリンシュターツカペレのメンバーですが、
 オーケストラの傍らでの室内楽、という姿勢での取り組みではないため、
 前者に比べて丁寧な音楽作りをしています。
 ・・・ウィーンと当時の東ベルリンの経済事情差も影響はしているのでしょう。
 兼業活動が少なかったか、他にはやっていなかったために、アンサンブルに専心でき、
 本格的な弦楽四重奏団足り得たとの印象があります。
 そういう意味では、同時期の名弦楽四重奏団だったスメタナ四重奏団やバルトーク四重奏団
 と全く遜色がない、いや、場合によってはむしろよりすぐれた演奏をしています。
 このときのファーストヴァイオリン担当はカール・ズスケです。

練習風景まで見ることの出来る映像は少ないのですが、私が昔見本にしたスメタナ弦楽四重奏団のものとは違う曲ではありますけれど、練習場面まで含めて収録してあるDVDが出ています。
それこそ、スコアに真っ赤に鉛筆を入れ合っているわ、しょっちゅうメトロノームで「出だし・きっかけ」のテンポは確認しているわ、で、その練習の徹底ぶりは、アンサンブルをたしなむ、あるいは聴いて楽しむすべての人に目にして欲しいほど勉強になるものです。機会があったら是非ご覧下さい。

Smetana QuartetDVDSmetana Quartet


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2008年2月25日 (月)

「イゾルデさん」は痩せられない?

映画「トリスタンとイゾルデ」にすっかり魅せられてしまったTさん、モノはついで、ということで、ワーグナーの楽劇の方をも見て・・・イゾルデさんが、あまりにも貫禄がありすぎて・・・戸惑ってしまったそうです。
「ああ、僕はオペラ鑑賞には向かない!」
・・・Tさん、そんなことで失望して死んではいけません!・・・あ、大丈夫ですね。。。

私自身、「トリスタンとイゾルデ」は、特に第2幕の音楽が大変美しく、大好きな作品なのですが・・・楽劇のDVDは何度も「買おうかなあ」とは思って、そのたびジャケットの写真を見て、「うーん、イゾルデさん、太りすぎ。僕とダイエットしましょう!」と言いたくなってしまう。でも、私がいくら頑張って、仮にダイエットで成果を上げても、映像の中のイゾルデさんは永久に付き合ってくれないんですよね。付き合ってもらえないのが最初から分かっているなら、映像の中のイゾルデさんは映像の中のトリスタン君と宜しくやっていてくだされば結構。ということで、とうとう買わずじまい。実演を目にするチャンスも無いので、CDだけで聴いています。

もとはといえば、しかし、イゾルデさんが痩せられないのは、ワーグナーが悪いのに違いない。
私はそう確信もしております。

だって、命を失うその間際に、あんなに声量も体力も必要な歌を歌わせるんですもの!
「愛の死」は、すばらしい愛の賛歌ではあるかもしれないけれど、言葉だけだから、まだ密度が濃くても許せる。ナマの歌にしてしまうには、あまりに濃くて、歌い手さんには酷です。

オペラで仰天した別の例では、チレアの「アドリアーナ・ルクブルール」がありまして、記憶ではこの作品、美しい歌手アドリアーナが、最後は結核でやせ細って死ぬはずなのですけれど、イタリアオペラを日本が招聘したときに演じられたそれでは、とても恰幅のいいかたがタイトルロールを演じていらして、臨終の場面の声のか細さ(かなりの高音で、歌うのは難しい)は、それこそ目をふさいで聴いていたら見事すぎるほどだったのですけれど・・・素直な子供だったんで、
「え? この人、ほんとに死ぬの? こんなにたっぷり食べてそうな人が、結核で!」
まじまじと画面に見入ってしまったのでした。



歌い手さんだけでなくて、楽器弾きでも、体格がいいと、肉体が大変良い共鳴体になるそうで、演奏家が太るのは悪いことではないんだそうです。
で、学生時代、オーケストラの先輩連中と一緒に師匠の家に集められると、
「体を作れ! 太らにゃいかんぞ!」
というので、大鍋に肉野菜をどっさり入れたのを競争で食べさせられました。
オーケストラ団員養成所のはずだったのですが・・・相撲部屋と、どこが違ったんだろう?

そこでは「食べる」競争に常に敗北していたはずの私が、あとになってみると、いちばんデブなんです。
これもまた、妙な感じです。

確かに言えるのは、楽器がきちんと振動していると、弾いて(吹いて)いて、楽器の振動は確かに素直に、この体に伝わってきます。体が楽器の振動を感じないときは、きちんと演奏できていない、ということは、断言できると思います。

・・・ではありますが。

体の太さと「振動をちゃんと感じ、より広げるための演奏が出来る」ということに、直接の関係があるのかどうか、は、おそらく誰もちゃんと計測したことは無かろうと思います。

ですので、

・デブ=いい音(声)がする

という等式が成り立つかどうか。学生のとき、鍋を食う前にちゃんと計測器を持ち込んで、データをとって置けばよかった。

こういうのを、「後の祭」と申します、ハイ。

最近では、オペラも「見てくれ」を重視して、あまりに太りすぎだとタイトルロールには採用してもらえない、という、デブ受難の時代でもあるようです。

ワーグナーついでで全然関係ない話を思い出しました。

「神々のたそがれ」の終幕間際で、ブリュンヒルデが、ジークフリートの遺体が焼かれる火の中に飛び込みますね(岩波文庫収録の、おそらく原型であろう「ニーベルンゲンの歌」にはこのような設定はありませんが)。
これは、どうも、アーリア系の古代には普遍的な風習だったようです。
「どうせ神話の中だけの話だろう!」
とたかを括っていたら、インド音楽を調べている最中、「ムガル帝国誌」を読んで、仰天しました。
死んだ夫を焼く火に妻が飛び込むのは、ヒンドゥー教の美徳として、17世紀にはなお、生きた風習として残っていたのでした。

残酷ですが・・・「ムガル帝国誌」の著者ベルニエは、結婚年齢の若かったであろう当時、12歳くらいの幼な妻が無理やり火に投じられる場面を目撃してもいます。

じゃあ、妻に先立たれた夫の方は、というと、そういうことをした形跡はありません。

・・・そんなもんなんですかね。。。
・・・男の身ながら、なんか、割り切れないなあ。。。

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2008年2月23日 (土)

思いやりの響き〜金管吹きの「心得」

    わかるとも、君のみごとな絵の前に立ってみれば、
    暗い樹林の中の透徹した眼は
    はっきりと見て取っていた筈だ・・・(後略)

    ----ユゴー「アルブレヒト・デューラーに」安藤元雄訳----



人間、勝手なもので、
「ああ、私、いま、ガックリ来てんのよ」
「えー? なんで、なんで、なんでー、あらそう。。。かわいそうに。いいのよ、そういうときはこうすればああすれば、それでもってさあ、、、」
いきなり面と向かって思いやられ、まくしたてられるとうんざりされるものですが。

オーケストラでそんな「損な」おせっかい思いやり役を受け持たされやすいのが、金管奏者なのではないかと思います。古典派までは、それでもトロンボーン、チューバの人は楽勝です。・・・トランペットまでしか出ないので。
「あ、また<思いやり>すぎて指揮者にお目玉クラってらあ!」
なんて、苦闘するトランペット奏者を眺めて溜飲を下げたりしているかも知れません。

娘のトロンボーンの恩師は、古楽からモダンまで幅広く出演するのですけれど、最近は、どんな縁でだか、とある町のジュニアオーケストラの面倒見まで頼まれて、辟易しています。
というのも、とても勉強家の方で、私なんか知らないような、弦楽についての素晴らしい文献を探し出して来たりして・・・私もコピーを頂いたりして助けて頂いているのですが、
「ジュニアオケだから、まず響きを大切に、から体験させてあげようかな」
と、比較的平易な楽譜を持って行くと、ご自分が不在の時に、古参の弦楽コーチが
「こんなの簡単すぎますから」
と、難しい曲に差し替えたりして・・・次に指導に行って見ると、子供たちは難しい曲に怖じ気づいて、初心者の子は結局手も足も出ないで、怖がって動けずにいるんだそうで
「かわいそうなんですよね」

「じゃあ、バッハのオルゲルビューヒラインあたりをアレンジしたものでも持っていかれたらどうですか? あれなら、単純なコラールより見た目が難しいから、弦楽コーチさんも採用OKするんじゃないですか? それ以上難しいものの編曲になると、コラールの響きも見えませんし」
「ああ、そうですねえ」
なんて答えて頂いて、自己満足に浸っている私です。



そんな私が、このトロンボーンの先生と、「江藤さんのヴァイオリンの音が壁に当たって跳ね返ってくるのが見えた思い出(大学時代の思い出を綴ったものです、ご記憶でなければリンク先をご参照下さい)」
についてお話したら、
「ああ、それは、オケ(オーケストラ)で吹くときの金管奏者の感覚とは逆ですねえ」
と仰られました。
「どういうことでしょうかね」
と伺ったら、
「私たちの場合は、響きが<後ろ>に回ることを最優先に考えますから」
「っておっしゃいますと?」
「ストレートに前に出過ぎると、たとえば弦楽器が大切な<細かい動き>をしているのまで覆い隠して潰してしまうことになるでしょう? お客さんも、聴いていて心地よくないはずなんです。ですから、ベルから音が前に出る、というのではなく、発音した音が後ろへ回ることを考えるんです」
「でも、それで、金管がテーマを吹いているのに隠れてしまう、ということはないんですか?」
「基本的には、ないですね」
「なぜ?」
「絶対的な音量はあるわけですから・・・音質をコントロールすればいいだけですもの」
「なるほど。」

技術的なことを述べるだけ、私は金管楽器を知りませんから、仰ったそのことだけを、ここに綴りとどめておきます。

が、よく勘違いされる事例で、これは古典派ですからトランペットだけが犠牲者になるのですが、モーツァルトのシンフォニーでティンパニと演奏する時に
「あなたは打楽器の役目をしているのです!」
と決めつけられて、不愉快な思いをなさる奏者の方も少なくないと思います。

・・・発想を変えましょう!

トランペットの音程は、確かにティンパニと「同じ」かも知れません。
で、トランペットが「打楽器」と同じで良いのなら、作曲者は本来「セレナータ・ノットゥルナ」のように、最初からトランペットなんかスコアに書かなくたって良いんです。
じゃあ、なぜトランペットが書いてあるのか・・・トランペットの「音色」が必要だからです。

ただし、必要なのは「音色」だけなのです。

モーツァルトの交響曲「リンツ」第1楽章の例をお聴きになってみて下さい。

(スウィトナー/シュターツカペレドレスデン)
 (※ 他にベーム、ホグウッドも参考に聴きましたが、同じバランスでした。)

ここで、トランペットがなかったら、色合いはどんなに「鮮やかさ」を失うでしょう!
だからといって、トランペトがこれ以上出過ぎたら、音楽がどんだけぶっ壊れちゃうでしょう!

このあたりの機微が、金管奏者としての「思いやり」のコツのようです。

ここにまた・・・トロンボーンなども加わると「響き」を構築するという重要な役目が待っているわけですが、参考曲としては、

(ガーディナー)

を上げておきます。
また、「フィンランディア」の記事を再度ご覧頂けましたら幸いです。

ご研究の一助にして頂ければ幸いに存じます。

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2008年2月18日 (月)

自然な「手」〜ベレゾフスキー

    あそこでは、あるものはすべて秩序と美、
    豪奢、落ち着き、そしてよろこび。

    ----ボードレール「旅へのさそい」から。安藤元雄訳----


さて、先般もご紹介しましたが、

ボリス・ベレゾフスキーピアノリサイタル(つくばノバホール)
3月9日(日)午後3時開演 (午後2時30分開場)

料金格安ですので、是非お越しになってみて下さいね!



「私、手が小さいんで、ピアノ上手になるの諦めたんです」
というコと話をしたことがあります。
「手が小さくても弾ける曲はいっぱいあるんじゃないの?」
ピアノはからきし、な私は無責任にそう言いましたが
「でも、小指が短いから、やっぱり、ダメ」
・・・そういうもんなのかな、と思いました。
私も男としては手が小さい方です。で、・・・本当は(本質的には)手の大きさと関係はないのですが、小指でヴァイオリンの弦をしっかりとらえることは、苦手でした。今でも得意とは言えませんけれど。
(江藤俊哉さんはしっかりした手の持ち主でしたが、旋律を豊かに歌う箇所では、わざと小指は避けて使わないようにしていました。証言もありますし、彼の校訂した楽譜に付いたフィンガリングも、意図的に小指を避けている部分がたくさんあります。ただし、江藤さんの場合は基本は出来ていたので、仮に本番で「あ、小指使っちゃった!」てなことがあっても、充分歌うことは出来ました。)

話は戻りますが、その、手の小さいコ曰く、
「オクターヴを取るのがやっとで、手がこう(と、やってみせてくれて)突っ張っちゃうんです」
・・・あ、それがいけないんだな、と、私は、自分のヴァイオリンを弾く手を併せて思い出しました。
「手が小さくたってね、自然なかたちになっていれば、チャンとした音が出るはずだよ・・・たぶん。。。」

指や手の甲を不自然に突っ張ると、必然的に筋肉が硬直しますから、滑らかな音楽が奏でられなくなります(これは管・弦・鍵盤を問わないはずです)。

歩いているとき、私たちの手は、掌が真っ平らになるくらいピンと伸びている、などということは絶対にありません。指先と手首を両端の点と考えると、そこからの延長線の交点を中心として30度程度の円弧になっているはずです。・・・奏者が楽器に向かう時にも、この円弧が保たれていれば、間違いなくその奏者は、「いい音・自然な歌」を奏でられる。

先日のウェスペルウェイ氏がチェロを奏でている映像でもいいですし、sergejoさんが掲載した、こちらのハイフェッツの映像でも良い、二人とも、手がこの自然な円弧を保っている様子が良く映されていますから、再度ご覧になって頂ければ幸いです。



さて、ベレゾフスキー氏がピアニストとして如何にすぐれているかは、全く同じ
「手の描く自然な円弧」
が常に保たれている、ということからも伺われます。

これは、キンキンさんの頁でリンクしている、驚くべき演奏(ショパンのプレリュードを、最初はオリジナルで、後半はベレゾフスキー氏自身【付記:というのは誤りでして、キンキンさんから、そうではなく、ゴドフスキーの編曲だとのコメントを頂きました。ありがとうございました。】が編曲した「左手だけのヴァージョン」で演奏している)でも充分観察出来ます。これも、リンク先をご覧になって下さい。

また、彼が、ソリストでありながら、素晴らしい伴奏者であることも、初めて「つくばでのコンサート」のことをご紹介した際に申し上げ、記事の最後にサンプルの音も付けておいたものでした。

彼の超人的な技巧はYouTubeでいくらでもご覧になれますが、
「すばらしい歌い手でもある」
ベレゾフスキー氏を知って頂くにはこちらが適切か、と思い、私の方はそちらにリンクを貼りました。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
・第1楽章

・第2楽章

・第3楽章

・・・過剰な「叙情」に走らないところは、ラフマニノフ自身の演奏を彷彿とさせます。
   (ラフマニノフ自作自演盤と聴き比べてみて下さい。)

・・・歌を堪能するには、「ソロ」のほうが断然いいので・・・それは是非、ステージで。

なお、彼の他の日程に付いては、やはりsergejoさんのこちらの記事をご参照下さい。

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2008年2月 9日 (土)

寄り添う(1)〜ソロ楽器とピアノの場合

先にご紹介を。特にピアノ好きのかたにはビッグニュースですので。

超絶技巧ピアニスト、ボリス・ベレゾフスキー氏のピアノリサイタルが、つくばノバホールにて下記の通り行なわれます。

  3月9日(日)午後3時開演 (午後2時30分開場)

このピアニスト、諏訪内晶子さんと同じ1990年に、おなじチャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門で優勝した人ですが・・・日本では残念ながら名前をご記憶のかたがさほど多くないようです。
が、ツウのかたにお聴きしたところ、いま日本で人気の海外有名若手より、技術ははるかに上、とのことです。諏訪内さんの伴奏をしたCDも出ていますし、ソロアルバムも多数あり、なかでもリストのピアノ協奏曲は2作+「死の舞踏」で1,000円(!)で入手できます。・・・彼に付いては本文中でも若干触れることになるかと思います。
演奏会のご案内は、映像をリンクしたりして、また別途致します。
リストピアノ協奏曲第1・2番

・・・これだけの実力の人のコンサートが、ノバホールでは信じられないほど安く聴けます!すぐに「ノバホール」へのリンクをクリックしてみて下さいね!



この演奏でもお聴きになりながらお読み下さい。
江藤さんが、NHK教育テレビの「ヴァイオリンのおけいこ」でいつも最初に弾いていた曲です。

 「江藤俊哉の芸術」より。伴奏:江藤玲子(BMG BVCC-38160-63)


このタイトルでいくつ綴るか分かりませんので、括弧内の数字は仮のものです。
「寄り添う」とは、音楽では(ジャンルを問わず)セッション、あるいはアンサンブルのこと・・・アンサンブルという行為をすること・・・を指します。この点、日常生活の、たとえば「恋人が寄り添う」・「夫婦が寄り添う」というのと比べて、多少、敷居が高くなります。

おとといは「好き」という意味を考える過程で家内の思い出にまた触れてしまいましたが、さて、音楽ではどうだったか、というと、家内はその面では私の「伴侶」ではありませんでした。
家内に伴奏させると、こっちが伴奏に合わせなければなくなる・・・家内はあまりピアノが得意ではありませんでしたから。ですので、一緒に弾いたのは3回だけ、それも、家内の伴奏に、本来は主体であるはずの私の方が「合わせる」なんて具合でした。
家内は家内で、歌が上手かったはずなのですが、ちゃんと聴いたのは結婚のお披露目のときと、家族で新年会をやったとき無理やり歌わせたカラオケのときだけです。これは、私がピアノが全然ダメなので、私の方が家内の伴奏をしてやれなかったことにも原因があるでしょう。

だから、男と女としての私たちの間には、基本は「音楽」なんて、全く介在していなかったに等しい。数度だけ一緒にいったコンサートで、数度、たぶん「同じ想い」を共有しただけです。

普段の生活で「寄り添う」には、これで充分でしたし、仮に一度も一緒にコンサートに行かなかったとしても、何の問題もなかった。離れていれば離れていたで、また心と心、体と体を寄せ合うためには、何も余計なことを考える必要がない。



セッションで、アンサンブルで、自分が「演奏をする」となると、しかし、「寄り添う」ためには、お互いのハッキリした意思表示と・・・よりいいセッションを成し遂げたいのなら・・・最善の「方法統一」が要求されます。

「僕はこう歌いたいんだ」
「でもさあ、それじゃあ、こっちのギターのリズムやニュアンスとは合わないよ」

・・・互いの手の内が分かっていない(技術レベルの差、技術のよりどころにしているものの違い、そして何よりも音楽そのものに対する理解の仕方の相違、共感力の不足)となると、この2行のやり取りを延々と繰り返さなければなりません。議論が半端な間は、セッション(アンサンブル)は、あまりいい出来が期待できない。かつ、標題の「ソロ楽器とピアノ」という程度の、二人でのセッションなら、即興の場ではどちらか一方に共感力がそなわっていれば、そこそこの仕上がりで楽しむ(分かっていない方のメンバーと、その場に居合わせるお客様は、ですけれど)ことはできます。しかし、完成度を高めたい、となると、さっきの2行のやり取りの頻度は、レヴェルの高い連中ほど数が多くなることでしょう。

・・・もし、現実のデートや家族生活で、セッションのようなやり取りを延延と繰り返さなければならないとなると、これはもう、ウンザリです。それでも、相手を「好き」でいられる間は、限界まで我慢することは、「お仕事」で似たようなことがあった場合に比べれば、ずっと簡単です!
(幸い同じ部場の人ではないのですが、私はおととい、久々に「こいつ、やなやつ」と思った年上の相手がいました・・・バカヤロー! 他の人からも「やなヤツ」と思われている相手だから、いいでしょう。いや、その前に、私自身が、実はまわりからしたら「とてもやなヤツ」かも知れない・・・当人は、意外と、そんなことには無神経なもんです。)



すぐに話が逸れるから、いけません!

ソロ楽器(歌を含む)とピアノ伴奏の二人、という組み合わせは、「クラシック」以外のジャンルでは、あまりないですね。他にはジャズくらいかな。ピアノを三味線に持ち替えれば、ソロ楽器側は尺八か民謡歌手か、といった具合で、こうしたヴァリエーションは民族音楽では世界各地に存在しますが・・・脱線しますので、そっちへは敢えて顔を向けないように、我慢します。

話を元に戻しますと・・・「自分の音楽を持っている!」と明確に意識している人は、その音楽に「寄り添ってくれる」伴奏者を、非常に神経質に選びます。

<「技術のある人」は伴奏者は選ばなくても演奏できちゃうんじゃないの?>
そう勘違いしやすいし、指のパラパラ回る演奏家には、アマチュアの方が極端ですが、プロでもこの点、認識誤りをしている人が大勢います。

江藤俊哉さんは・・・って、また彼の話に戻るばかりなので恐縮なのですが・・・伴奏者を厳選した人です。自分をちゃんと理解してくれる妹さんが、長いこと、ピアノ伴奏者として、江藤さんの「音楽の伴侶」でした。江藤さんの幸せなのは、その後、息子さんがこれまたすばらしい「父親の理解者」になったことで、息子のマイケルさんと共演したシューマンのソナタは、是非復活販売して欲しいCDのひとつです。
妹さんとの共演は、いま時点でも何とか「江藤俊哉の芸術」で入手でき、聴くことが可能なのを確認できましたので、非常にありがたく思っております。

で、次にあげる、ある新聞記事からの引用文の際に江藤さんの伴奏を務めていらしたのがどなたなのかが、分かりません。けれど、文の主旨から推測するに、少なくとも、このときの江藤さんの伴奏者は、江藤さんの音楽に心から「寄り添う」ことが出来た方だったはずですし、そのおかげで、お聞きになっていた方もまた、安心して音楽に「寄り添う」ことが出来たのではないかと想像しております。(情報を下さいましたO様、ありがとうございました。最初の部分は、O様による、記事のご紹介)
以下、引用。

素敵な新聞投稿のご紹介です。と申しても、この1月22日に亡くなられた江藤俊哉さんの思い出話、沁みじみ転載させて頂きます。筆者の方には、電話でお許しを頂きました。朝日新聞・大阪本社版《声》の欄です。


-------------------------------------------------
《停電の会場で 江藤さん演奏》    
                   牛乳販売業 能瀬栄太郎(岡山市 70歳)

 戦後の日本を代表するバイオリニストだった江藤俊哉さんの悲報を本紙で知った。真っ先に思い浮かべたのは、50年ほど前に聴いた岡山市公会堂での演奏である。この公会堂は、空襲で大きな被害を受けずに残り、市内で大きなイベントが出来るのは、ここだけだった。当時、労音の会員だった私は毎月一回、ここへ音楽を聴きに行った。音響効果は悪く、車の音が聞こえた。冷暖房の設備もない。床はコンクリートで、5、6人がけの長椅子が並んでいた。演奏中、コウモリが飛び廻ることもあった。

 江藤さんが、クロイツェル・ソナタの第2楽章をピアノ伴奏で演奏中だったと思う。突然、停電になり、堂内は真っ暗になった。しかし、演奏はそのまま続けられ、約千人の聴衆は静かに耳を傾けていた。10分後に明るくなったが、演奏は何ごともなかったように終わった。暗闇の中で、バイオリンとピアノの音色が絡み合うように響き渡り、曲と同名であるトルストイの小説への理解がいっそう深まった思いがした。江藤さんのご冥福をお祈りする。

   ------------------------------------------------



「寄り添う」コツは、大学時代に、先輩に散々叱られ叱られ教わりました。
音楽全般に対する価値観が正反対だったため、結果的に私はその先輩達とは袂をわかってしまったのですが(それでも、この先輩たちが私の最大の恩人たちであることは、いつも心の中で変わりません)・・・以降、音楽で「寄り添える」相手にはなかなか巡り会えません。・・・ひとつには、私のレベルが低いこと。もうひとつには、相手をして下さる方に「共感能力」を見出し難い場合が多いことがあり、ある時点で、セッション的な小さなアンサンブルをすることは断念してしまい、今日に至っています。

本来は「寄り添う」だけなら、あまり難しいことではなくて、
「あ、次のところ、彼(彼女)の音の出し方だったら、こんなイントネーション、強さ、輪郭で弾いてくるな」を予測するだけなのです。それを、二人だけでやるのですから、本当ならピアノ伴奏だけでのソロは、セッションとして非常に楽なはずなのですけれど、これがなかなかそうは問屋が卸してくれません。仮にこっちが予測をつけていても、相手側は私の「次」について予測をしてくれない。・・・これでは、成り立ちません。

人数が増えたら、なお一層大変です!・・・いずれ、そのこともお話します。



冒頭でご紹介したベレゾフスキー氏が、チャイコフスキーコンクールの同期生である諏訪内晶子さんの伴奏をした例をお聴きいただいて、今回は終わりにしましょう。

地味かも知れませんが、優しい旋律の曲を選びました。

・・・お互いによく「共感」しあっているのが、ハッキリ分かりますね。
しかも、本来「ソリスト」であるベレゾフスキー氏が「伴奏」とはなにか、をよく心得ている点は、傾聴すべきです。(次回のご紹介では彼の素晴らしい技巧を「お見せ」出来ればと思っております。
・・・諏訪内サン、檀那さんに言いつけますよ!(って、話が違うわいな。)

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アーティスト:諏訪内晶子

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2007年12月10日 (月)

感じあえる?(共に聴くということ)

まず、奏でること。
ついで、音楽を「読む」こと。
※最後に、評価すること。

それらを考え直すことで、自分を慰めようとして見たのかもしれませんが、最初の二つを綴っての後味は・・・「ああ、オレってやっぱり分かってないなあ」という嘆かわしい気分の方が大きいかもしれません。「最後に」することは、「評価」ではない。発想の最初から、ストーリーを間違っていたことになります。心からお詫び申し上げまして、いちおう、今回考えた3項目を締めくくりたいと思います。



またまたヤマカズさん流の大袈裟な表現になりますが、
「愛し合える」
ということは、補いあえる、ということだったのかな、と、いまは痛感させられる日々を送っております。
家内を亡くして、結婚前に周りの人が私のことを
「だけど、あの人、面倒そうだから」
と言っていたのを一笑に付していた彼女の、私にとっての大事さが、日々、胸に突き刺さってきます。
独身時代に舞い戻ってしまって、直情径行への抑制が利かなくなっている自分に気が付き、愕然としています。


ここに悲しみを綴り続けた日々もありましたが、それで精一杯で、正直言って「悲しみ」に浸る時間はそれしか許されませんでした。今月に入るまで、子供たちのことは別にしても、これほどかかるとは思っていなかったのですが、一年間、家内の死をめぐっての事務処理や折衝に追われる日々でした。で、夜にようやくブログを綴ると、あとはポツンとした気持ちで位牌に手を合わせ、朝はまた、一応は心を新たにするつもりで位牌に手を合わせ、尊敬する人物の一人である法然という人が遺書として残した文句(意訳しますが)
「権威者が示したものでもなく、学問で得た知識からでもなく、ただバカになりきって祈りなさい」
を、朝晩欠かさず唱えるのが唯一の慰めでした。慰めの短い時間が終われば、明日のために充分眠らなければならないし、今日のために(「ウツ」で情けない状態にはありながら)立ち上がって出掛けなければなりませんでした。

事務も、供養も、あと数日で一段落します。
そうなってみると、ところが、上のたいへん素晴らしい言葉も、慰めにならなくなってきてしまいました。「信じる」心の薄さゆえ、だと思っております。・・・所詮、自分はそれだけの「コップ」なのです。

「信じる心の薄いのは、むしろよいことだ、いつか濃くなれるのだから」
法然さんは、他のところでそんな言葉も残しています。・・・ですが、それすら頼りにして良いのかどうか、今の私には、まだまだ見えません。

人と「思い」を共有する・・・ある部分は大人になって割り切って・・・という能力が、如何に自分には欠けているか、を思い知らされるばかりです。
家内が、どれだけ見事に、そんな私の欠点を補ってくれていたかを、痛いほど感じます。
・・・家内のために、私は何が出来たでしょう? 出来ていなかったとしたら、「愛し合っていた」などと言う資格は、私には無いのかもしれません。

自分が自分の欠点に直面せざるを得なくなってみて・・・仮に家内の魂が「かばってやろう」と手を出そうとしても、それは神様が、仏様が、お止めになるでしょう。
芥川の「蜘蛛の糸」を、思い浮かべて頂ければ、この辺の機微はお分かり頂けると思います。
奇しくも、女流作家ラーゲルレーブ(「ニルスの不思議な旅」の作者)が残した<キリスト伝説集>に、「蜘蛛の糸」と実によく似た物語が描かれています。聖者ペテロが、地獄の母を救おうとして、やはり1本の細い糸を垂れたのだったかな・・・その糸を見たとたん、けれど、ペテロの母は、あとから一緒によじ上って来ようとする亡者を押しのけ押しのけし、悪態をつきまくるのです。その結果どうなったか、は、「蜘蛛の糸」と全く同じです。

家内の魂に向かって、神仏はこう言っていることでしょう。
「あいつを、おまえから卒業させなければならないんだよ」



「卒業」というのは、学校で形式的に成されるものであっても、大変に貴重です。
ここ2回挙げてきた、ヴァイオリンの演奏は、それぞれの奏者にとって、「録音をし、発売する」という、卒業の一つの形態でもあります。
ですが、中には
「え? これで本当に卒業したの?」
というものもありましたし、
「いったん卒業したのにやり直してみました」
「あのー、前の方がお人としては素直かと存じますが・・・」
というのもありました。
「今時点での私はここまでです。次のステップのためにも」
・・・それが、最も良心的な演奏だった、と私は感じるのですが、どうでしょうか?


最初の件を綴った時、ヒラリー・ハーンの弾いたバッハの例を挙げました。
それが「オイストラフの音に最も近い」という綴り方もしました。
ですが、実際には、ヒラリーの演奏は23歳としての「卒業」の音であり、演奏です。
もう一度挙げます。

オイストラフ自身が同じ曲の演奏を残していまして、これが私にはたいへん衝撃的だった、ということをも、簡単に述べました。ヒラリーの音には、彼の演奏姿勢に共通する要素が豊富にあります。
ですが、作り上げた音楽は、全く違っています。ここに、それを併せて挙げてみます。

これを弾いているオイストラフは60歳です。
今の音楽観から言えば古くさい、という評価が十数年前にはされていた演奏ではありますけれど、古くさいと評価する尺度がどこにあるのか、と、私はむしろ言いたいところです。
「聴かせる」工夫に、今なお新しい感性、それを充分に実現できるだけの年輪を感じさせられます。
テンポの取り方ももちろんですが、現行出回っているこの作品の楽譜は、実際にはヒラリーの弾いているポジションでフィンガリングが(指使い)施されているのが一般的でして、前にヒラリーの演奏を挙げた時の他の2例も、ヒラリーと同じポジションで弾いています。
オイストラフの音色がヒラリーと違って聞こえる秘密は、フィンガリングの違いにもひそんでいます。彼は、音楽に陰影を・・・とくに、翳りを深めるために、たとえばわざと高いポジションを用いています。ヴァイオリンの1番細い線(E線)で弾ける音域を、2番目の線(A線)で弾くなどしているのでして、これはオイストラフの校訂譜に施された運指の通り弾いてみると、オイストラフが作り上げたのに近い効果が私のような素人でも得られることから確認出来ます(残念ながら、ここに掲げた、CD化された録音では、LPで聴くほどに明確には分かりません。音がクリアに加工された分、かえって効果が不明瞭になりました)。

いずれにせよ、20代前半の「卒業」と60歳の「卒業」を同じに捉えることはできません。

ではありますが、私たちが本当に耳を傾けるべきは、ヒラリーはヒラリーが築いた世界、オイストラフはオイストラフの達した境地、どちらをも「素晴らしい」と感じられるかどうか・・・おのれに備わった「鼓膜の感性」がいかほどのものなのか、という自己の内面なのではないでしょうか? 自己が、感性をどの程度持ち合わせているかによって、私たちは、ヒラリー・ハーンやダヴィッド・オイストラフと、初めて「共に」音楽を聴くことができる。



最後に、日本人ヴァイオリニストとして(いえ、世界中のヴァイオリニストの中で)私が最も尊敬する一人である、五嶋みどりさんの演奏で、
<エルガー「愛の挨拶」>
をお聴き下さい。

この曲は、私が家内と最後に一緒に弾いた曲です。・・・もっとも、それから2年経ちました。
町内会の文化祭に出演を頼まれて、恥じ入りながら弾きました。
家内は音楽の教師のくせにピアノは苦手で、選べるレパートリーが狭いのです。この曲は、ピアノがそう難しくありません。それでも家内は腱鞘炎を起こすほど練習して・・・でも、私にとってはアンサンブルにならない。家内の方が伴奏のはずなのですが、私が家内のピアノに合わせてメロディを弾く、という具合でした。
それでも、別に、私は家内の音楽が好きで家内と一緒になったわけではありませんでしたから、まあ、こんなもんだよな、と、それなりに仕上げてお茶を濁しました。
このときを併せて、家内と二人で演奏した機会は、全部で3回しかありません。
家内は歌は贔屓目ではなく、掛け値なく上手かったと思っていますが、こちらは僕がピアノを弾けないので、とうとう伴奏をしてやることが出来ませんでした。・・・まあ、学校の授業で、生徒さん相手に、存分に歌っていたようですから、諦めもつきました。

音楽教師の妻を持つ、アマチュアオーケストラの団員ではありましたが、家庭に音楽があったわけではありませんでした。
・・・ただ日々の生活だけがありました。
・・・それで充分でした。

だからかえって、この1曲が、寂しさと楽しさの入り交じった思い出の中で、大切に感じられます。

みどりさんの演奏は、暖かさに満ちたものです。

 伴奏:ロバート・マクドナルド 1992年演奏
 SONY SICC 340

私の側に、天使が現実の姿で接していてくれた時間は、15年に過ぎませんでした。
弱い私には、あまりに短かった。

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2007年12月 9日 (日)

「読めば」分かるか?(楽譜のこと)

昨日は、言ってみれば、楽器を「どう奏でるか」について考えてみました。そう言う意味では、音楽そのものに突っ込んだ話にはなっていません。・・・読み直すと、再整理も必要な気がします。
ですが、今日考えたいことの前提ではありますので、ご一読頂ければありがたく存じます。



今日も、私にとって身近な楽器であるヴァイオリンを通じて考えてみます。曲も、やはり、過去自分が悩まされたものを素材にします。


その前に。

いつも屁理屈ばかり綴っている、こういうヒネクレ人間は、およそマンガなんて読まないんだろうな、という印象をお与えになると思います。
その印象は、当たり、です。
でも、何故読まないか、という理由は、奇妙に思われるかもしれませんが、
「マンガを読む方が難しいから」
です。
活字だけ並んだ、標題の小難しい本を読むのは、専門になさっている方は必要があってのことですから、それなりの困難さを伴うはずです。その本が、本当に「価値ある」ものかどうかを見極めなければなりませんから。
ところが、私のような「アホな」一般人にとりましては、活字だけの本のほうが、惰性で読める分、マンガという、作者が違えば個性も変わるのが絵にはっきり現れるものを「読む」より、遥かにラクです。本に書いてある内容をどうイメージするかは、絵が無い以上、私の自由です。分からない個所があれば、読み飛ばしも効きます。で、百頁の本のうち1頁にでも印象深い箇所に巡り会えれば、「ああ、読んで、分かった」と言い切ってしまうことも、素人ゆえに許されます。「分かった」と思った一つの言葉さえ覚えておけば、それをもとに、私が誤解した内容を、(いつもここでやっているように)百行以上の屁理屈に仕立て上げることも、簡単に出来ます。

マンガの方が、むずかしい。

伝える道具としてのマンガは、とても優れていると思います。
今日、用事で出掛けたら、息子が本屋に行っています。
何を手にしているのかな、と思って覗いたら、
<続・ツレがウツになりまして>
というマンガでした。
家内が生前、私の「ウツ」への心配を息子にはずいぶん話していて、たぶん「おとうさんを助けてあげてね」って(ホントにそうだったかどうかは分かりませんが)言っていたせいなんでしょう、まだ家内の生前にも、息子がこの本の正編を買って帰ってきたことがありました。
「続」のほうは、ウツである夫が回復して、家庭を拠点に仕事が出来るようになった、というハッピーエンドです。息子にすれば、そこに、まだ起伏の収まりきっているとは言えない私(父)の姿を重ねあわせるのでしょう。真剣に見入ってくれていました。で、
「おとうさん、大丈夫だよ。君も姉ちゃんも応援してくれてるし。おかあさんもずっと応援してくれてるから」
安心した顔で振り返ってくれた息子に、せめて正面から笑顔を見せてやることが、この子への恩返しだと思って、そうしました。

すみません、話が逸れました。
伝えたい内容・目的が明確なマンガは、子供が小学生でも、内容が誤解なく伝わる。
でも一方で、「ウツ」である私自身には、息子が手にしていたマンガの意味するところはストレートに突き刺さってくるだけに、活字だけで書いてある「ウツ」の本よりも、むしろ入り組んだ思いを抱かせてしまう。絵がほんのりした雰囲気なところにも、作者の単なる画風ではない、「祈り」のようなものさえ感じてしまう。たくさんのことが、いっぺんに、どっと押し寄せてきて、圧迫を感じてしまうほどです。
・・・マンガの持つ「難しさ」とは、そういうものではないか、と思っております。

ついでながら、幕末期の日本人の文盲率が非常に低いことに西洋人は大変驚いたそうですが、当時の文盲率の低さに貢献したのは、「絵双紙」という、マンガのご先祖様のおかげです。
・・・ついで話は、これだけにしましょう。



楽譜というのは、読むための基本知識さえ身につければ、「活字だけの本」にもまして「読みやすい」(20世紀中盤以降となると一筋縄ではいかないものが増えるとはいえ)ものです。
約束事を覚えるのが面倒と言えば面倒ですし、いい演奏を聴けば、聴く人にとっては楽譜なるものの存在そのものが不要ですから、普通には「抽象的で難しい」というイメージの方が強いかとは思います。
このことを、裏側からご覧になってみて下さい。
・約束事さえ覚えれば、漢字や単語・熟語を知らなくても、言葉を知らなくても読める
・「抽象的」というのは、世の中の三角形を全て正三角形で描いてるのと同じ
  =つまり、いろいろな「かたち」が単純なひとつにまとめられているから、
   図柄の違いにとらわれる必要も無い
・・・という理由で、「へんな結論!」と叱られるかもしれませんが、世の中、楽譜ほど読みやすい「読み物」はないのであります。

音楽の種類によって、楽譜のルールに違いがありますので、世界の全ての楽譜(いちばんよく知られている五線譜と、雅楽の楽譜など)を同列に眺めようとするなら、やはり各国語を覚えるような努力は必要ですが・・・そういうことは無視しましょう。どんな種類の楽譜にしたって、それが読めるようになるためのルールは、数学の公式よりも少ない。まして、言葉を覚えることに比べたら、ずっと簡単です。
脱線ですが、「音譜が読めなくてもカラオケは歌える」というのも、ある意味では「カラオケのテロップ」を「メロディ」というルールと一致させるルールを身につけているから出来ることで、これも「楽譜が読める」ことの、一つの変形に過ぎません。・・・このことを語り出すと饒舌がますます止まらなくなるので、やめておきますけれど。



今日挙げるサンプルは、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番の第3楽章です。
スコア(楽譜)をお手持ちの方もいらっしゃるでしょうし、ヴァイオリンを弾くかたなら実際お弾きになった経験をお持ちかと存じます。
学生時代、私は偶然に、この協奏曲の、オイストラフの校訂譜を、練習場で拾いました。誰の落としたものなのか、勿体ない、と思って、聞いて回りましたが、持ち主が見つからない。で、しばらく自分で大切に持っていましたが、お粗末なことに、就職してたびたび転居するうちに(結婚前の9年間に6回は転居しました)見当たらなくしてしまい、悔しがっているところです。

モーツァルトの協奏曲の楽譜は3番以降が圧倒的に多く出回っていますが、アマチュアが最も弾きやすいと感じるのは、おそらくこの第3番でしょう。
「読みやすい」楽譜の中でも、とりわけシンプルで(それは例に掲げる音を聞いて頂ければ想像をつけて頂けるでしょう)、つい、「弾いてみよっかナ!」と誘い込まれる作品でもあり、その中でも終楽章がいちばん、楽譜の顔付き(模様)もシンプルです。

それが、弾く人によって、次の3例のように変化します。・・・実は、1例目と2例目は、同じヴァイオリニストが15歳の時に弾いたものと、42歳の時に弾いたものです。






第1例が、楽譜そのものを素直に「読んだ」、素朴な演奏だと思って下さい。
第2例になると、ところが、弾いているテンポ自体が一定でなくなるだけでなく、第1例では単純に弾かれていたメロディが、つやっぽく色付けされている。
ちなみに、この2例の奏者は、アンネ=ゾフィー・ムターです。いまや大変に色っぽい「おばさま」、いえ、「おねえさま」ですが、15歳当時は純朴なお顔のお嬢ちゃんでした。

果たして、もともとが非常にシンプルな楽譜に対して、第2例のように「色目を使って私のようなスケベオトコを誘惑する」演出を施すことが許されるのかどうか、が、今回の<悩みのタネ>です。

結論から言えば、やはり
「シンプルなものはシンプルに」
でなければ、楽譜を「正しく」読んだことにはならないだろう、と私は思っています。
・・・お聴きになってどうか、は、お任せします。ですが、第2例の、作品のシンプルさに似合わないカデンツァ(途中でソロだけが華やかに技巧を凝らしてみせるところ)の存在だけで、ムターはちょっと調子に乗りすぎてるんじゃないの、と言いたい気がします。・・・ヴァイオリンはどう弾けばどう鳴るものか、を知り尽くし、それを高価な宝石の数々に変えて、ティアラやネックレス、ブレスレットに仕立て上げているのですが・・・うーん、私はやっぱり貧乏人なせいなのか、素顔の美しさを損ねてまで身を飾り、化粧する女性には抵抗を感じます。(但し、この第3楽章ではあまり極端には走っていません。本来、第1楽章で比較して頂くべきだったのですが、容量の関係で・・・すみません。ちなみに、ここでの私の見解は、ムター自身が明言しているモーツァルト観とは全く逆のものです。プレヴィンと離婚したのとは何の関係もないことだけれど・・・)

第3例も、テンポに変化があります。ですが、カデンツァでは曲本来の素朴さと釣り合わせていますし、テンポを変える部分も「ここにモーツァルトの歌の区切りがあるはずだ」という計算のもとでなされていることは理解できます。奏者がクレメル、伴奏がアーノンクール/ウィーンフィルだ、と明かしてしまえば、クラシックをお好きな方には「むべなるかな」と言って頂けるでしょう。
全集版の楽譜では、モーツァルトのスタカートを「・」と「'」に明確に区分していますが、クレメルらの演奏はそれに9割方忠実に従ってもいます。「大人の・妖艶な」ムターの方は、無視しています。これも、一つの尺度にはなろうかと思います。クレメルらの演奏が、許されるギリギリの線上にある、と、私には思えますが、いかがでしょうか?

昨日に引き続き、なかなかうまく言い尽くせず恐縮なのですが、
「楽譜を読む簡単さ」
「それ故に陥りやすい危険」
という二句をキーワードにして、何度かお聴き比べいただく時間をお取り頂ければ幸いに存じます。

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