2007年12月27日 (木)

音楽と話す:いりぐちのおはなし

年明け1月5日にTMFの演奏会を致します(無料)。上野や浅草から近いので、お気軽にお越し下さい。
くわしくはこちらをご覧下さい。



モーツァルトは1776年を宗教曲を手始めに読んでいるところで、あと2作読めば一段落です。そこまでやって年を越すべきか、とも思いましたが、むしろこの素晴らしい2作で年明けを迎えた方が気持ちがいいかな、ということで・・・すみません、そのようにしました。
「曲解音楽史」は、次に扱いたいヨーロッパのキリスト教聖歌に付いては音源資料が胡散臭いものが多く、やっと「これならいいかな」というものを見つけたところで、文献と照合中です。クリスマス中に綴った記事をご参照頂ければ幸いです。
藤原定家は、「千五百番歌合」を読む時間が足りず、前進していません。正月休み中にめどを立てたいのですが・・・

去年の今日、今では私と息子が夜寝ている部屋で、家内はまだ肉体(からだ)を持っていて、朝っぱらから真ん中に陣取って堂々と寝そべっていました。昼から晩まで家内に会うための来客が絶えないにもかかわらず、起き上がりもせずに、極上の笑顔で眠ったままでした。

中学で音楽の教員をしていた家内ですが、家では音楽の話は、よっぽどでないとしませんでした。
でも、私と音楽の話をする時には、
「音楽って、どうやったら子供たちは楽しめるんだろうね」
授業を進める時の教材から段取りまで、面白く工夫するために問いかけてくるのでした。

「歌う、奏でる、そのことそのものが楽しければいいんじゃないの?」
「そのことそのもの、っていうのが、難しいんだよね」
「じゃあ、この映画のこの場面の話をしたら? ちょうどこの曲が出てくるじゃん」
「やってみよっか!」

・・・たとえば、こんなかんじでした。

そんな会話も直接出来なくなった今、これまで通り、私はブログで、私の好きな、あるいは私の興味に触れる音楽だけを綴り続けて、果たしてどれだけの意味があるのだろうか・・・ここ数日、ふと、疑問がわいてきました。
で、
「音楽という、そのことそのもの、って何だろうか」
これに答えてくれる良書を少し探してみましたが、残念なことに、見当たりませんでした。
・・・ああ、そうか、家内と会話していたから、当たり前だと思っていたけれど、普通には考えられていることではないんだなあ、と、気が付きました。

かつまた、私は、一介のアマチュアに過ぎないながら、音楽について以外を話題に出来るほど世界が広くありません。

ですので、音楽「そのことそのもの」を、あらためて見つめ直すことをしてみようか、それを私の、なんとかあと十年は生きなければならない命の糧にしようか、と思い立ちました。うまくいけば、それが音楽以外の話に繋がって行くかも知れず、そのおかげでお友達も増えるかも知れず、寂しがりの私には一石二鳥・・・ただし、うまくいけば、ですが・・・だという、小猾い企みです。

素人である私がどれほどのことができるかは分かりません。
かつ、別に、「音楽入門」だなんて大それたものを綴って行くつもりもありません。
既に好きな音楽をもっているだろう、たくさんの人にとって、音楽のもたらしてくれる喜び、悲しみ、楽しさ、寂しさ、厳かさは、誰かが綴るまでもなく、分かりきったことです。
ブログを通じてお友達になって下さった皆さんも(最後にリンクを列挙しておきますが)、音楽から得るさまざまな思いをさまざまに綴っていらして、私のブログもそんな数多くの方のもののささやかな一つに過ぎません。

ただ、音楽「そのことそのもの」には、もう死んでしまった人とも、これから生まれてくるいのちとも、そしてなにより、いま、同じ時を生きている人同士とも、「言葉」いらずに会話できる、素晴らしいチカラがあります。
会話の深さがどこまでか、は、言葉でのそれと同じく、話し合うお互い同士がお互いをどの程度理解しているか、あるいは、話す時にどれだけの距離を置き、あるいは壁を挟んでいるかいないか、によって決まります。
幸い、私は素人ではありますが、本職さんに混じって(お金を頂いて)演奏する経験もさせて頂けたり、小さな曲作りでバイトをした時期もあり、素人と本職の違いは、ちょっとは理解できるかなあ、と思い上がってもおります。
かつ、ヘタな自作曲をあこがれの女性に「献呈」しては失恋する、という、典型的な「会話不成立」場面も、懲りずに何度も経験しております。
経験を経て、自分は音楽「そのことそのもの」について(本当は音楽に限らずなのですが)、如何に<無知>であることか、他のどんなかたよりも思い知っていると自負しております。

「そのことそのもの」を<無知>の立場からみつめていけば、霊魂になった家内が私に問いかけてくれた
「見えるよ。見える? 外、見えるよ。」
の意味を悟ることもでき、世界も広げられるのではなかろうか、と、以後、そのことに生きる望みを託して行きたいと考えた次第です。(家内のこの言葉を耳にした経緯はこちらに綴りました。)

妙な前置きになりましたが、
「音楽と話す」と銘打った時には、私が以上のようなことをひとつひとつ、足りない脳みそで、可能な限りギリギリまで、順番に考えてみようと試みているのだ、とお察し頂ければ幸いに存じます。

長いのは今回くらいにしたいのですが、考えなければならない順番は、だいたい次のようなものかな、と思っております。

・「音楽」はなぜ心を動かすのか、の一番分かりやすい理由
・「音楽」を聴くだけの人は聴くのに必要な耳だけがあればいいということ
・「音楽」を歌ったり奏でたりするには「楽譜」がいるということ
・(ただし、カラオケのテロップでも立派な「楽譜」なのだということ)
・「楽譜」は読み物だ、ということ。では、どう読むのか、ということ

以下、段々に話が大風呂敷に広がって行くことでしょう!



以下、家内の死の前後からお友達になって下さったり、私を支えて下さったかたのブログへのリンクです。

JIROさん〜ものすごい分析力で時事を論じつつ(・・・私にはとてもできない!)、楽しい音楽、良質の音楽を豊富に聞かせて下さるサービス精神にあふれたブログで、たくさんの読者がいらっしゃいます。

仙丈さん〜・・・も、こちらは熱烈な阪神ファンで、たくさんの読者の支持を得ていらっしゃいますが、愛犬穂高君とのお話も愉快だし、すてきなお写真もお撮りになる。

ランスロットさん〜モーツァルト大好き。単身赴任満喫中。でも、大変な日々のご様子で。。。モーツァルトの音楽は良質な演奏をアップして下さっていますので、必聴です。ご出身(ご先祖様?)が長州人なので、吉田松陰・高杉晋作にもお詳しくていらっしゃいます。

YASUさん〜舞台・映画を語らせたら右に出るもの無し、だと、私は尊敬しております。自然を愛し、平和を愛する、素晴らしいおじさん(あ、叱られる!、もとい、)おにいさま、です。

ふるたこさん〜ブログではないのですが、ショスタコーヴィチの熱烈な、しかし、単純ではなく、精神的に深いところまで汲み取るファンでいらっしゃいます。いままで「ショスタコーヴィチって誰?何?」というかたも、ぜひふるたこさんのお話には耳を傾けてみて下さい。

キンキン@ダイコク堂さん〜文学ご研究が専門でいらっしゃるのですが、コンサートのマネジメントにも携わったり、いろいろ精力的にご活躍です。ブログには旅行記なども淡々と綴ったりなさるのですが、さりげなく添えてあるお写真がまた、構図が素晴らしいので感嘆させられるばかりです。ユーモアのセンスも抜群です!

イワンさん〜教育のご研究を専門になさり、教育を実践し、かつ、いつも深い自省を秘めながら、学生さん相手にはどうやら「おちょくり」を良くおやりでいらっしゃるような・・・すてきな先生。お好きな音楽はジャンルを問わず。私の知る、最も敬虔な魂の持ち主でもいらっしゃいます。

以上、本来は順番づけ出来ないほど、私にとっては恩義の深い方々です。

・・・あ。
・・・女性が、一人もいない。。。
(「そんなの関係ねー」は、いつまで寿命を保てるでしょうねぇ。)

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2007年9月 2日 (日)

森麻季リサイタル放送:9月3日、NHKFM

キンキンさんネタです、詳細部分のみ省略しての引用です。(キンキンさんごめんなさい)。

森麻季さんの、6月に東京で行われたリサイタルがNHKFMで放送されます。

NHK−FM 19:30〜21:10

JIROさんのところにも同じ話題が出ています
http://jiro-dokudan.cocolog-nifty.com/jiro/2007/08/nhkfmdvd_ef9d.html
こちらにはNHKの詳細情報へのリンクもあります。

キンキンさんのサイトに、森麻季さんをナマで聴きたい人へのご案内もあります。
こちら
http://daikokukinkin.blog59.fc2.com/blog-entry-161.html
是非覗いてみて下さい。

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