2008年1月25日 (金)

「間」と「動き」〜落語を例に

1776年にモーツァルトが作った3曲のピアノ協奏曲について、他の作曲家との比較を含めて触れるつもりだったのですが、そのためには「間(ま)」と「動き」について知っておかなければならないことに気づかされました。
ですので、その前置き、の意味も含めて、なのですが、「間」と「動き」は何も音楽に限られた現象でも問題でもありません。



前に「紳竜の研究」のご紹介で、(「間」という言葉そのものは出しませんでしたが・・・DVDそのものでは使われています)漫才でもそれが大切に考えられていることに触れました。
漫才は、残念ながらCDになっているものは少ないので、お聞きいただける材料を用意できません。
ですので、落語から拾ってみました。・・・あとで、サンプルを聞いていただけます。


ついでに、脱線させていただけるなら(って、勝手に脱線していきますが)、「間が悪い」なんていうのは私達にとって日常茶飯事でして、まずは生活の中に・・・人と人のコミュニケーションの中に、「間」というものが既に存在する。
普段の暮らしの中で遭遇する「間」には、決まり事があるようには思えないでしょう?
でも、芸能は、それを意識的に、「芸」のために利用するから、「間」についても公式のようなものがはっきりあります。
恋愛系のドラマ、それも「青春モノ」でよく使われる「間」の公式で、私が大嫌いなのが、
「鈍感な男Aが、好きな女の子Xのためにあるプレゼントを持っていく・・・と、そこには、Xとキスしている別の男、器用なBがいた」
っていうやつでして・・・ドラマだからまだ目に見えるのでマシなのかも知れんけど、私は天性の鈍感で、この公式に当てはまるドジはしょっちゅうやってきた上に(今も、かもしれません)、器用な男Bを目撃できないままミジメな結末を迎える、ということが多々ありましたので、身につまされてしまって・・・
「またかよー、やめてくれよー」
と、テレビで娘が見ているのを消して、顰蹙を買ったりしています。
ドラマで見せつけられるとイヤんなっちゃうこんな公式も、「お笑い」に転化されると、不思議と気にならないのだから、「お笑い」という芸は、すごいもんだなあ、と感じちゃいます。
なので、「自分で自分を笑え」、かつ、「そんな自分が笑ってもらえる」ようになれたら、大したもんなんだがな、なんて思ったりします。
・・・ですが、この例のようなものは、どちらかというと公式の変数に「ネタ」を収めてしまった類に属するもので、項目もヴァリエーションも豊富にある。

この世にドジがいる限り、ネタに不足はござりませぬ。



ネタを濾過した「間(ま)の公式」というのは、多分、そんなに多くはないのでしょうね。

・大きく開ける
・小さく開ける
・まったく開けない

究極は、この3つだけかな?

(こっからしばらく、読み飛ばしてもいいです)ただし、開ける対象は、道具や美術品のように動かないものであれば「空間」ですし、作業する行為や音などのように動くものであれば「時間」であって、「間」の字に付く前の一文字が違います。
「空」と「時」は、本来は切っても切り離せない縁があるようで、物理学が発達してしまった現代では「時空」などという言葉も生まれていますけれど、そんなややこしいことを考えてもきりがないし、だいいち、私はそこまで追いつける脳ミソは持っていませんから、あえてくっつけないでおきます。
何でも「音声付の映像」で見ることのできる世の中になりましたから、映像を材料に使えば、今回こねようと思っているよりも、ずっと大きな屁理屈(ホラ話)を繰り広げることも出来ますけれど、「音」だけに限って「観察」するほうがラクですから、このたびは「空」の方は切り捨てます。・・・ただし、音声の中から、いま、この空間で何がなされているか、を想像する必要には、迫られるかもしれません。その部分は、お読みくださるかたにお任せして、私は逃げておきます。(ここまで。)



「品川心中」という落語の例です。
古典落語ですから、話の定型部分があります。演者が違っても、話は同じ。
同じ話をどう「違って」聞かせるか、というところに、噺家さんの、「間」の工夫があります。

本筋に入る前に話す部分(マクラ)は人によって自由ですから、ここだけは、題材は同じ(品川という場所はどういうところか・品川の遊郭での客引き・引かれた客のその後の次第・吉原との比較、という構成になっています)でも話題の内容が少々違います。この、違うところを、2例聞いて頂きます。

時代が違うので入り口(マクラ)の話題が違っているのは、当然といえば当然なのかもしれません。志ん生の頃にはみんなが知っていたことが、志ん朝の頃には忘れられてしまった、というところにも、志ん朝が話題のつくりを工夫しなければならなかった、ということが、聞き比べるとはっきり分かります。
ですが、耳を傾けていただきたいのは、そこではありません。
志ん朝は志ん生の次男で、親子ですから、お客さんから笑いを取るタイミングをどうするか、ってあたりは、もう少し似ていてもいいんじゃないか、と考えられませんか?
ところが、まったく違う。
志ん生は、始めたすぐのところから、もうお客の笑いを「つかみ」に行っている。
志ん朝の方を聞くと、・・・馬鹿笑いをしているバカな客が約1名いるようですが(私に似たヤツかもしれない)・・・客席が「笑い」に乗り始める前に、入り口の話を終わらせてしまっている。だからといって、お客は「つまらない」と思っているわけではなさそうなムードが、こんな録音からでも伝わってくる。

何が、どうして、こんなに違うのか?

この「品川心中」、25分ほどの落語なのですけれど、実は、そこはやっぱり親子だけあって、本編に入ると、笑いを取る個所は、全編通せば気づいていただけるのですが、二人ともほぼ同じなのです。ただ、笑いの、「つかみ」に行き方が違う。それが既に、このマクラの部分ではっきりしているのです。

・何が=「動き」が
・どうして=「方針が異なるから」
違うんです。

時代の違いに着目して説明した方がラクをすることが出来ますし、たしかに「時代の常識」の相違が語り方の方針を変えさせているのも重要なポイントではあります。
でも、そのことをあえて無視して、どのように「方針が異なる」のか、に耳を傾けてみて下さると、
「ほほう、なるほど」
と思っていただけるものがあるんじゃないか、と、いま、かように考えているわけです。

なにが「ほほう」か?

「動き」です。
・・・なんだ、話が堂堂巡りしてるじゃないか!

いや、本当に、単純に、「動き」の「方針を変える」ことで、取れる笑いの質が違っている。
「動きの方針」は、「間」のとり方をどうするか、で決まっている。そこに「時代」は関係ない。

「間」の数え方は、結構難しい。息継ぎのための間なのか、お客の反応を待つ間なのか、次と連続して聞こえるけれど本当は「間」が挟まれているんじゃないか、等々、複雑です。
で、聞き取った限りの結果を記してはおきますが、私の耳はあてになりませんので、数えなおしてみることをお勧めいたします。

マクラの終わるところ(志ん生は「板頭」の言葉、志ん朝は「白木屋」の言葉の出てくる前)までで、
・志ん生の間:15程度。そのうち5つは、「息継ぎの間」、10が「客の反応待ちの間」
・志ん朝の間:5程度。そのうち1つだけが「客の反応待ちの間」で、あとは殆ど、「間かどうかはっきりしない、瞬間的な<息継ぎの?>間」
という具合です。

「間」の多い志ん生の方が、喋りがゆっくりしている。つまりは、動きが遅い。これは、話し始めてすぐにお客の笑いを「つかんで」しまっておいて、あとは均等な「動き」で喋りを続ける戦略なのでしょう。

マクラでの、志ん朝の「間」の少なさは、「つかみ」への持っていき方がオヤジさんとはまったく違う発想に基づいて設計されていることに由来します。戦略の前提として、話す内容に説明をたくさん加えている。その方が、後の本編が分かりやすくなるだろう、と考えたのでしょう。
ですが、「説明」というのは「理屈」ですから、「間」をあけながら「理屈」をならべたんじゃあ、(この文章と同じように)お客さんが飽きちゃう。ですので、本編の始まるところへ「つかみ」を持ってくるために、わざとマクラは一気にまくし立てるのです。
上手いのは、単純に一気に行くのではなく、息継ぎの間は前半に5つ集中させ、マクラ(「白木屋」という言葉が出る前まで)の3分の2の位のところに1つ目の「仮のつかみ」を持ってきて、お客さんの緊張をほぐし、本編(「白木屋」からあと)で笑える準備をして置いてある。この、たったひとつだけの「客の反応待ちの間」の時間的な位置が、これより前過ぎても、後ろ過ぎてもダメなのだと感じます。・・・前過ぎては本編までにお客さんは飽きますし、後ろ過ぎると、本編との笑いにくっつきすぎて、メリハリが薄れます。
で、本編に入ると、「客の反応待ちの間」(実際に笑いがとれている)の占める割合が圧倒的に増えます。

このあたりに留意して、もう一度お聞き比べになってみて下さい。
今度は志ん生を先に持ってきて置きます。

どうでしょうか?

なお、二人とも、演じた落語がそのまま活字にされて文庫で出版されていますから(筑摩書房。志ん生のほうは、もう古本でないと手に入らないかな?)、より正確に「間」の数を数えたい場合には参考にできます。ついでに、どこの部分をどういう抑揚で語っているかを、赤ペンで波線かなんかで書き込んでみると、速度感だけではない「動き」の面白さについても気がつけたりするはずです。・・・私はやってませんが。
その辺は、お好きにどうぞ。

五代目 古今亭志ん生(1)火焔太鼓(1)/品川心中/鮑のしMusic五代目 古今亭志ん生(1)火焔太鼓(1)/品川心中/鮑のし


アーティスト:古今亭志ん生(五代目)

販売元:日本伝統文化振興財団

発売日:2001/03/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

志ん朝復活-色は匂へと散りぬるを り「品川心中」「抜け雀」Music志ん朝復活-色は匂へと散りぬるを り「品川心中」「抜け雀」


アーティスト:古今亭志ん朝

販売元:ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル

発売日:2002/08/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月20日 (日)

子供孝行〜付:チャップリン映画祭、期間延長

娘が高校受験直前なのに、今日は「壮行会」という名目で、昼から夜まで、子供らと三人、新宿で楽しんでしまいました。

・・・本当は、素敵な女性と二人でデート、が理想なのですが(まあ、誰も相手してくれない)、平日の夜はこの子たちが食事や風呂の支度を手伝ってくれ、休日は、一週間頑張った疲れで昼まで寝ている。
元気をあげて、恩返ししなくちゃ、罰が当たります。
本当はMr.Beenの新作「Mr.ビーン カンヌで大迷惑?!」を見たいところでしたが、娘が先日、自分だけチャップリン映画祭に行かなかったのをぼやいていましたので、まずはそれを見に行って、そのあとはフルーツパーラータカノでデザート、それから好きなもの(娘は「色とデザイン」に関する本と、コブクロのCD、息子はチャップリンの写真集と「Been」映画版のDVD)を買ってやり、晩ご飯もレストランで。
一週間分の生活費を1日で使ってしまったけど、いいでしょう!

今日のチャップリン映画祭は「殺人狂時代」

・リンクしたのは、ワインに混ぜた毒物での殺人試験をやめるシーンです。

全編をじっくり見たのは初めてです。内容について、いまさらくどくど言う必要は無いでしょう。一言だけ許されるなら、この作品、チャップリンが初めて素顔で出演した自作であることに、私は大きな意味をみいだした気がしました。
なお、観客のアンケート結果から、25日のアンコール上映は「モダンタイムス」「街の灯」に決りました。
また、新宿ガーデンシネマでは、会場はワンフロア変わりますが、映画祭自体、2月1日まで延長されることになったそうです。
「独裁者」以降、とかく「モラリスト臭くなった」と陰口をたたかれることもありますけれど・・・彼の作品に「モラルの押し売り」は無い、と私は感じています。
この機会に、ぜひ一作品でもご覧になってみてはいかが?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月19日 (土)

DVD「紳竜の研究」(2):島田紳助の講義

前回、2枚組DVD「紳竜の研究」をご紹介した際、紳助氏が
「心で記憶せなあかん」
と述べていたことをご紹介しました。

彼がこの言葉を、吉本興業の学園で述べた際の講義が、DVDの1枚目に収録されています。大変示唆に富む、名講義だと思います。
「メモは、とらんでええよ。とらん方がいい」
講義の中で、彼がこう言っているので、私もメモを取らずに拝聴しました(というのはウソで、ブログのネタにするから、少々はとったのですが)。
何故メモを取らん方がいいか・・・それは、
「心で記憶せなあかん」
ということと密接に関係しています。
ご本人の言葉通りではありませんが、

「出会って、経験して、強く印象付けられたことは、一生忘れない。本なんかで読んで、むりやり脳で覚えたことは、いつかは忘れてしまう。だから、今日の講義も、聞いて、強く心に残ったことを財産として持ち帰って欲しい」

そういう、紳助氏の、若手に対する強い思いが現れている。

で、本当は中身を紹介したかったのですが、文字に起こすと、「べつに、彼の話なんか心に残らなくてもいい」人にまで読んで頂くことになるかもしれず、「いや、是非、心に残したい」人には、濃い内容の講義の百分の一も心に残してもらえないことになりますから、DVDが講義の細目に付けた目次、みたいなものだけをご紹介するに留めます。(ただし、私が「おお、ポイントはここか!」と感じた部分の要約は、ちょっとだけ残しておきます。)



・才能と努力〜過剰練習は、むしろマイナス。ネタより、基本的なことを練習しなければならない

・笑いの教科書〜無い。自分で作る。

・相方と戦略〜自分の中に出来た「型」に合う相方を探した。

・XとYの分析〜笑いのパターン(X)、世の中の変遷(Y)で、自分の公式を作る。

・漫才〜オレに必要なヤツを探す。竜介とは価値観を共有できた。

・運と計算〜運は、その時誰がいたか、くらいのもの。そこから計算を始める。

・心で記憶する〜強く思ったことは、一生忘れない。感じたことを喋る、その時に、心の記憶の引き出しが、ひとりでに開く。そのためには、いつも感じなければならない(感情の起伏が激しくなければならない)。

・TVのヒミツ〜誰も、スーパーマンにはなれない。「賢い」必要はない。「賢いチャウんかな?」と思われればいい。

・感じる心〜数多く「心で感じた」やつほど、いろんなことができる。(喋っている言葉の中に「絵」がある。)

・「やる」という「こと」〜「才能無かったな」、でも、充分やり尽くして満足すれば、次へ進める。違うものが見つけられる。

・M‐1の戦い方〜2分で戦える作戦を立てる。ラスト30で決める。初めの1分を捨てろ。

・ネタと演者〜演者ではなくネタが面白い、というのは、芸人にとっては「欠点」。

・競争〜自分の中での、自分の分析。それを友達に喋らない・・・競争だから。友達を増やすために来たんじゃない、勝つために来たんだ。

・夢〜成功すれば何でも叶うのは、この世界だけ。が、夢が叶ってしまったら、夢は失われていく一方なのは残念。夢を語り合ったら、それだけは、オレは君たちに負ける。



「M‐Ⅰ」以下は、これから「笑いの芸」を志す若者への、彼の「エール」ですね。

紳竜の研究DVD紳竜の研究


販売元:R and C Ltd.

発売日:2007/05/30
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月13日 (日)

DVD「紳竜の研究」(1)漫才も音楽も同じなんです

9月以降、「笑い」の話題は実質的に中断し、先日から催されているチャップリン映画祭について触れたのみでした。
・・・頭の中では、どう考えていったらいいか、はずっと進行中だったのですけれど、求める材料が手中に出来ませんでした。

「間奏:笑いと暴力」なる駄文を綴って以降、念頭にあったのは、1980年前後の漫才ブームで活躍した人たちでした。上記駄文でとりあげたのは北野武監督の映画ですが、彼も漫才ブームの中で「ツービート」のボケとして、「暴力的なネタ」をポンポン展開する一方、その内容が知的なことで、多くのファンを獲得したのでした。・・・ですが、現状、「ツービート」についてはDVDで映像を入手することが出来ません。

併行して思い浮かべていたのが、「紳助竜介」でした。
暴走族ルック(つなぎ)で(紳助の顔立ちが、いかにもゾクでした)現れ、一見「暴力」ネタを始めるかと見せて、実は「暴力的」なのは見せかけだけ、いざ蓋を開けてみると「情けない」話が展開される、というところが非常に新鮮でした。
・・・今、この路線を継承しているのは、<にしおかすみこ>だけかなあ、と思います。しかも、彼女は漫才ではなく、一人芸としてそれをやっていますから、ご自身には「紳助竜介の系譜上にいる」という意識はないだろうと私は思っております。

竜介さんの方は、私の家内と同じ49歳で、私の家内と同じ2006年に、私の家内より8ヶ月早い4月に亡くなりました。
「50歳になったら1回だけ<紳助竜介>を再結成して漫才やろう」
と約束していたそうで、その時を期して「つなぎ(彼らのユニフォームでした)」も新調していたそうで、返す返す残念です。

この二人の往年の漫才を見ることの出来るDVDが、ようやく出たのを知りました。
昨年の5月には出ていたようですが、情報をつかんでいませんでした。先日、やっと入手しました。
・・・もっと早く見たかったなあ、でも、見られて良かったなあ、と、感慨深く思っています。



伊勢の「三曲万歳」は三味線を弾き、鼓を打ちながらのものでしたが、寄席に入って以降の漫才は、楽器を用いずに「ボケとツッコミ」の二人で演じるのが定型になっていきます。もちろん、楽器を用いたものも昭和中盤(私の子供時代)まで生き残っていましたが、「玉川カルテット」を除けば、早くにコミックバンドへと変化し、消えていったように記憶しています。

「語り」だけの二人漫才でも、しかし、音楽的なリズムが大切だったことは・・・漫才ブーム以前のものでは目だちませんが・・・このDVD「紳竜の研究」から、強く印象づけられます。(これは洋の東西を問わないようで、チャップリンが自作映画で音楽まで作曲せずにいられなかったのは、「笑い」にリズムの要素が欠かせないことを彼が強迫観念になるほどまでに思い知っていたからではないかと思います。「黄金狂時代」の中のパンの踊りは、彼自身が音楽まで考えていなかったら、面白みが、半減とはいわなくても、最小で2割は減じていたのではないでしょうか?)

DVD「紳竜の研究」は2枚組ですが、1枚目は紳竜の活動期のドキュメントと紳助が吉本興業で行なった(きわめて真面目な)「笑いを引き出すとはどんなことか」についての講演、2枚目は紳竜の漫才(島田洋七氏が副音声で解説)という構成になっています。

それぞれに、注目すべき点があります。今回は、まずは1枚目の注目点の中からひとつだけ採り上げておきます。

ドキュメントの出来については少し不満もありますが、インタヴューを受けているいろいろな漫才師の方が述べていること、そのあとに収録された講演の中で紳助氏が述べていることに、次のような共通点があります。

「漫才はリスムが命。音楽と同じなんです」

異口同音に、そう言っている。

オール巨人氏の言葉(そのとおりではないですが)。
「紳助は、歌わせたら音痴なんですわ。でも、喋りでは完全にリズム(註:テンポ、と言い換えてもいいのでしょうね)を掴んでいる。私は弟子を取る時には、そいつに<おまえ、歌はうまいか?>って、必ず聞きます。<いや、ダメです>と答えて来たら、<カラオケかよって練習せい!>って言いますわ。でも、紳助君は、歌は下手でも、もう身に付いているから、<歌、ヘタなんや>っていう彼には<お前はええんや>って言ったんです」

紳助氏自身が、謙遜気味に、自分の音痴を認めながら、講演の中で、「音楽も(漫才も)同じや。リズムが大切なんや」ということを、繰り返し、言葉を変えて語っています。

相方の故・竜介氏が、そんな紳助のリズムに必死で食らいつき、成長していく様は、2枚目を洋七さんの解説を聞きながら見ていると、大変良く感じ取れます。

「心で記憶せなあかん」

講演の中での紳助氏の決まり文句は、これです。
心で記憶していないと、リズム感、テンポ感は絶対に身に付かない。

では、掴んだリズムを如何に「笑い」に繋げていくのか・・・このことについては、また別途、紳助氏の言葉に耳を傾けてみましょう

紳竜の研究DVD紳竜の研究


販売元:R and C Ltd.

発売日:2007/05/30
Amazon.co.jpで詳細を確認する

あたしだよ!!DVDあたしだよ!!


販売元:Viictor Entertainment,Inc.(V)(D)

発売日:2007/07/19
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月 8日 (火)

チャップリン映画祭in新宿その他

昨日、モーツァルトの作品紹介の中で、場違いとは思いつつ、チャップリンを引き合いに出してしまいました。

本当は、最近出た別の、日本人の漫才DVDを素材に、「演じることの勘どころ」を勉強してレポートするつもりだったのですが、先送りします(だいたい、自分に<勘どころ>が分かるかどうか、感性が甚だ怪しい、との危惧もありますし)。

で、ちょっとだけ、チャップリン。映画の中身のことではないのですけれど。(各映画のタイトルへのリンクで、内容は分かるようにしました。)



彼の残した中で、最も私の記憶に刻まれた言葉・・・

「人生は、短い目で見れば悲劇、長い目で見れば喜劇」

つい最近知った言葉ですが、反芻するようになってから、
「あ、私も喜劇を生きているんだな」
と、・・・精神不安定な日々を送っていてお恥ずかしくはあるのですが・・・思い出しては自分を笑えるようになってきた気がします。・・・誰もがそうだったら、人生、もしかしたら、どんなに不幸でも楽しい。(ホンマかいな?)



チャップリンの映画については、一時期、著作権が切れたということで数作品のDVDが500円で入手できましたが、その後の係争で、不可能になりました。
ただ、高価でも、やはりブックレットと特典盤付きのBOXセットのほうが、たとえば彼が上のように語るに至った心を窺い知るためには大変貴重な資料が特典ディスクに収められているので、結果的には「悪くなかったかも」と感じております。なお、一作ずつのバラ売りもしています。(ただし、初期のドタバタ短編はまた別の高価なボックスセットを入手しないと全部は見られませんので、いまのところその場その場で見つけた1枚ずつをちまちま息子に見せています。)


それはともかく、今、新宿の伊勢丹と通りをはさんだ映画館で、「チャップリン映画祭」をやっています。(下記リンクでは、他地方での上映映画館も分かります。札幌、青森、名古屋、大阪、福岡で開催中。)
1日に3作品を上映、好きな作品の上映時に1作ずつ鑑賞する、という形態で、1月25日まで開催されています。
アンケートが用意されていて、
「最も笑える作品」
「最も泣ける作品」
を書くようになっています。
最も票の集まった作品を、25日にアンコール上映するそうです。

1月6日に、私は息子の希望で「独裁者」を見てきましたが、お客さんが少なくて・・・ゆったりは見られるものの、なんだか寂しい気もしました。
没後30年で、チャップリンの静かなブームも始まっていることと思いますが、やはり、スクリーンで見るのはDVDでは得られない感動があっていいものです。
お時間がお取りになれるようでしたら、お出かけになってみてはいかが?

「チャップリン映画祭」のページ

ちなみに、明日以降の「新宿ガーデンシネマ」での上映スケジュールは下記のとおりです。
1回目)10:00〜、2回目)13:00〜、3回目)16:00〜、4回目)19:00〜

1/9〜24の1回目=「ライフ・アンド・アート」(ドキュメンタリー)

2回目
1/09〜1/14:「モダンタイムス」
1/15〜1/19:「犬の生活」「キッド」「担え銃」
1/20〜1/24:「殺人狂時代」

3回目
1/09〜1/14:「巴里の女性」
1/15〜1/19:「独裁者」
1/20〜1/24:「のらくら」「サーカス」

4回目
1/09〜1/14:「ライムライト」
1/15〜1/19:「黄金狂時代」
1/20〜1/24:「街の灯」



チャーリー・チャップリン ライフ・アンド・アートDVDチャーリー・チャップリン ライフ・アンド・アート


販売元:ジェネオン エンタテインメント

発売日:2007/12/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する




| | コメント (1) | トラックバック (1)

2007年12月29日 (土)

CHARLIE THE LIFE & ART

家族の気分転換に、私の実家へ来ています。
おかげで、2003年にアメリカで制作された、チャップリンのドキュメントをDVDで見ることが出来ました。
「チャーリー・チャップリン ライフ アンド アート」(角川映画株式会社)という邦題が付けられています。二時間の映像の中に、彼の生涯にきざまれた心の溝が、友人や評論家、ジョニー・デップなどの俳優、彼の子供たちへのインタビューを通じ、巧みにたどられています。
内容は、文字で綴られた伝記を視覚で明確に裏付けてくれる、充実したものです。アメリカは、この手のドキュメント作りが実にうまい。そうした中でも出色の仕上がりになっている作品ではないかと思います。
まだじっくり見たことのない「ライムライト」を見たくなりました。が、息子が他に持って来たのは「モダンタイムス」なんです。。。
ちょっと残念。

チャーリー・チャップリン ライフ・アンド・アート DVD チャーリー・チャップリン ライフ・アンド・アート

販売元:ジェネオン エンタテインメント
発売日:2007/12/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年9月26日 (水)

間奏:笑いと暴力

過去数回、「笑い」そのもの、というよりは、「笑いが演じられる場」を、日本に限って、どちらかというと歴史の断片を拾ってみてきました。

それは「神社の境内」という結界の中で生まれ、「神人」という一種の流浪の民の手で固定された場から開放されたのでした。

他に、おそらく仏僧の説教、あるいは僧崩れの聖(ひじり)たちによる説教節から派生したであろう「落語」において、寺院が似たような「起源の場」であったでしょうし、はなから流浪の民であった傀儡子集団(彼らがどのように登場し、どのように消滅したかも興味深いところです)が荷った「笑い」もあったはずです。

「場」については、こんなところで概ね分かった、としましょう。

では、肝心の「笑い」はどうやってもたらされたか・・・本来、「笑い・コメディ」の演芸そのものを楽しもうと設けたカテゴリですのに、思わぬ脱線でスタートしてしまいましたが、「楽しむ」ためには「楽しめる」ための前提条件はある程度把握したい、という屁理屈根性がここでも先に芽吹いてしまったため、つまらん話の連続になったことを心からお詫びしつつ、かつ、つまらんかったら読まんでおいてくださることを切に願いつつ、もうちょっと屁理屈に浸らせて下さい。

本題に戻ります。

これまで「笑いの場」を考えながら、自然と脳裡に浮かんだのは、「笑い」と「暴力」のつながりの深さです。

いくらなんでも「暴力」だけが笑いの要素だとすることは大間違いなのでして、それは徐々に見直していくことになるはずですが、それにしても、「暴力」が観客に「笑い」として許容されてきたことには、小さからぬ意義を、何とはなしに感じるのです。

殴り、殴られ、蹴り、蹴られ、は、少なくとも私が子供時代に見ていた演芸では「笑い」を取る最も手軽な方法でした。

ただし、どの程度までの暴力なら「笑い」として許容されるのか・・・これは、考え出すと大変に難しい。

一つの例として、北野武監督の一連の初期映画作品についてみてみましょう。

鮮烈な印象を人々に与えた彼の初期監督作品は、「暴力もの」が圧倒的に多い。しかも、それは漫才師ビートたけしが演じていた「笑い」を取るための「暴力」とはまったく異質のものでした。その道徳的、あるいは美的・芸術的意味は、今は問いません。この場で問うことが無意味だからです。

そうした一連の「暴力もの」の間に、他に特異な一つの例外を除いて、彼は二作だけ、「笑い」主体の作品を制作しています。

お下劣に徹した「みんな~やってるか!」

彼にしては珍しい人情ものである「菊次郎の夏」

「みんな~やってるか!」の方は、それまでの数作での集中に疲労した北野監督がおもいきりハメをはずして精神的起死回生を図ったものではなかったか、と、私は勝手に考えております。内容は漫才時代の暴力ネタ・下ネタ・汚物ネタてんこもり。そのため評価は高くなるはずはありませんでしたが、特段悪口も言われませんでした。

「菊次郎の夏」は、一般家庭でも安心して子供に見せられる(とはいえ、競輪とか変態オヤジが登場します)穏当な内容です。ところが、北野ファンには、こちらは猛反発を食らったのでした。芸人の中でも北野氏を畏敬してやまない松本人志が「菊次郎の夏」だけは徹底的にこき下ろしていたのが、私には大変印象的でした。どういう理由でそこまでこき下ろしたのか・・・は、しかし、あまり理解できていません。言えるとすれば、「菊次郎の夏」は暴力シーンが少ないか、他の作品よりも緩められた間接表現になっている(ただし、間接表現でも凄みがある、というのは、代表作「HANABI」で北野氏が観客に強く印象付けることに成功しています)・・・それは「笑い」をとることを重んじたためであったとしても、北野武という人物の持っている価値観からすれば「逃げ」だったのではないか、と、松本には切なく感じられたのではなかろうか、という推測のみです。

で、この「推測」の松本感情に、この先具体的に見ていく「笑いの起こし方」の重要なキーが隠されているのではないか。

あまり囚われてはいけませんが、そのあたりを考慮しながら、今度は「演じられる笑い」に目を移していきたいと考えております。

お粗末さまでした。

みんな〜やってるか!DVDみんな〜やってるか!


販売元:バンダイビジュアル

発売日:1999/06/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する


HANA-BIDVDHANA-BI


販売元:バンダイビジュアル

発売日:1998/12/18
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月21日 (金)

移動した笑いの「場」(万歳〜漫才)


小沢昭一の「新日本の放浪芸」〜訪ねて韓国・インドまで〜

この前は敢えてリストからはずしたのですが、「新猿楽記」の中に、笑いをとったかもしれない演芸がもうひとつ載っています。

「万歳」です。

但し、他の演目同様、名称が載っているだけで、内容は分かりません。

雅楽に「万歳楽」が残っていますけれど、関係があるかといえばあるかもしれませんし、ないかもしれません。とはいえ、少なくとも神事と関わる「祝い言」ではあったでしょう。で、平安期の朝廷は未だ、天皇のみならず、貴族階級全般が、神話の神々とのかかわりを失っていなかったはずです。

貴族全盛のこの時代は、荘園制の時代でもありました。神社も荘園(御厨【みくりや】と呼ばれました)を、特に東日本以西にかなり領有していたはずです。

で、その御厨に出向いて貢納物を収集してくるのが、神人(じにん)という、流動的に神社に所属していた連中でした。わざわざ現地に赴くからには、自分が神社の正式な遣いであることを証明せねばならず、そのためには現地の民の前で、神事を演じてみせるくらいの事は、したのではないかと思います。神事は、「古事記」のアメノウズメノミコトに象徴されるように、日本では卑猥で滑稽なしぐさをするのが通例だったかもしれません。

「太平記」に描かれたような混乱期、さらには応仁の乱を経て、中央権力が衰え、地方に有力者が割拠するようになると、荘園制は崩壊してしまいました。それとともに、「神人」という言葉も、文献から姿を消します。それでも神社は何とか、これまでの収入を維持しなければなりません。どうしていたのでしょう?資料漁りをしていないので、私にはそのあたりの事情は掴めておりません。

ただ、面白い映像資料を見ました。小沢昭一氏による「新・日本の放浪芸」というDVDです。続とあるからには旧編もあるのですが、こちらはCDで、かつ私はとうとう入手し損ねました。映像が見られるなら、ま、いいか、という感じです。

で、この「新−」の映像は<尾張万歳>で始まります。この万歳は、滑稽さよりは祝儀性を前面に出しています。古形とみなすべきでしょう。

続いて現れるのが伊勢の「三曲万歳」です。三味線・鼓・胡弓を携えた三人組が、めでたい言葉をネタに、その言葉を洒落にしていき、「何々とかけてなんと解く」「その心は」式で面白おかしく漫談を展開していくものです。(音声の例を添えられず残念です。)

演じ手のかたへのインタヴューも収録されていて、これが非常に興味深いのです。

昭和の中期までは、このかたたちは農閑期になると五ヶ月かけて伊勢・志摩・奈良方面のお得意さん廻りをしていて、ある年に行くのを欠かした家からは、翌年出向いてみると、「去年あんたらが来いへんかったから、うちの誰々が死んでしもたわ」と、よく叱られた、というのです。彼らの万歳は、単純に娯楽として享受されていたのではなく、「めでたさをもたらすもの」と考えられていたわけです。

演芸場に持ち込まれた「漫才」も、こうした万歳と無縁のものではなく、近代に入って、やはり地方回りをしていた万歳師が大阪の演芸場に常連となったことから、寄席に定着して行ったものなのだ、ということも、またこのかたたちがお話になっていました。「漫談」の要素のほうが強調されて、表記も「漫才」に変わってしまったものの、「万歳」と神のつながりは、<笑うかどには福来たる>という慣用句の中に、今も生きているとみなしてよいのでしょう。

さて、万歳師は、こうして推測してみると、神人の後裔ではなかろうかと思われるのですが、先に「流動的に神社に属した」と述べましたように、おそらくは、やはり奈良・平安期の「傀儡子」や「私度僧」「高野聖」と類似した流浪の民であり、それがたとえば伊勢神宮からフランチャイズを受けて「伊勢神人」として営業して歩いていたと考えてみたら、はずれているでしょうかね。

貢納物収受の手段だったろう「万歳」(私の勝手な想像ですけれど)が、中央権力の失墜とともに移動の芸と変じて近代に至り、ふたたび中央集権化した世の中に「寄席」という定着の場を得て行った過程には、時代時代の人々が、どのようにして<楽しみ>、<安らぎ>を得ようとしたかと密接に関わっていたのではないでしょうか? また、その時代の経済生活のありようとも、つながるものがあったのかとも思われますが、どうでしょう?

なお、「神人」と呼ばれてはいながら、彼らはどうも無頼の徒であったらしい形跡があり、その姿がよく現れる、鎌倉幕府の記録「吾妻鏡」の中に、現在の埼玉県にある久伊豆神社で、隣接する大河戸御厨の人(武士階級か?)との間で喧嘩狼藉をはたらいたという趣旨の記事が残されています(建久五年六月三十日条、ただし「伊豆神社」となっている)。・・・明治初頭まで神社の護衛を買って出ていたのは博徒と呼ばれていた人々ですが、これはおそらく博徒たちも神人の後裔のうちで、出稼ぎ演芸をしない留守部隊が転じていった姿なのだ、などという推測をしたら、これも間違っているでしょうかね。。。

新猿楽記・雲州消息
小沢昭一の「新日本の放浪芸」〜訪ねて韓国・インドまで〜

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月12日 (水)

「笑いの場」の日本史断片

地域を日本に限ります。
「堤中納言物語」・「宇治拾遺物語」・「古今著聞集」興言利口巻十六・・・笑いの文学は、私なぞのような素人の知る限りでは、このあたりが早い存在で、平安末期から鎌倉初期のものです。
「笑い」を文学によって知る、というのは、「笑い」を演ずるよりも、おそらくは幾分高度であって、それが「笑いの文学」を独立して生み出す時期をある程度は「実演」よりも遅くしているのではないかな、と、勝手に推測しております。
ですが、これらを読んでみても、「笑い」が展開される<場>は、貴賤を問わず日常生活の中での<構図のズレ>(Wikipediaにあった、笑いを生み出すものの定義でしたね)であって、どこか特別な場所ではありません。何故そうなのか、は、いずれは考えなくてはいけないのでしょうが、今は深入りしません。とにかく、「書かれた」笑いの<場>は、日常生活の描写である、という点で、「演ずる」笑いとは世界を異にしていることだけを、肝に銘じておきましょう。

では、笑いを演ずる<場>はどうか?

現在では、ビルの中にあるか独立した建物である「演芸場」の舞台。・・・大道で演じていることはあっても、東京でさえ滅多に目撃できません。「建物の中の、舞台」という場所が普通ですね。
江戸時代には、臨時に小屋を作るのが普通だったかと記憶しております。で、小屋掛けで演芸をやる、というのは江戸時代になるまで一般的ではなかったはずです。・・・すみません、参照資料が乏しいので、このあたり、「違うよ」という場合には、どうぞご教示下さい。
では、江戸時代以前はどうだったか?
豊臣秀吉も、それ以前には足利義満も大いに保護した能楽、この能の幕間劇として演じられた能狂言が、一体どんな場所で演じられたのか、能舞台の起源を突き止めておりませんので、私にははっきり分かりません。いずれ「能狂言」を観察する日が来ますから、その際に確認してみようと思います。・・・こちらも、いい資料があったら、是非ご紹介下さい。

もっと古くはどうだったか?

これは、絵画史料として「年中行事絵巻」があります。模本で非着色ではあり、錯簡もあるのですが、巻十三の最後に、どこかは明らかではありませんが山城国のとある明神社らしい場所が現れ、その境内で、法師(目は見えている人たちのようですから、おそらくは私度僧か聖の類いだったのでしょう)達が面白おかしな舞を群衆の面前で披露しているところが描かれています。失われた原本は後白河院時代のものだったことがほぼ間違いないとされていますから、信用すれば、平安時代から鎌倉時代への移行期の風俗だったことになります。

(クリックで拡大し、見やすくなります)
Nengyoudengaku

田楽や散楽(猿楽)が「笑い」の演芸と密接に関わっていたことには、証言があります。
藤原明衡『新猿楽記』(しんさるがくき、しんさるごうき/1064年頃成立)の冒頭部です。

「予廿余年以還。歴観東西二京。今夜猿楽見物許之見事者。於古今未有。」
(よ、にじゅうよねんよりこのかた、とうざいのにきょうをへみるに、こよいさるがくけんぶつばかりみごとなるは、こきん【ここん】においていまだあらず。)

と、歯切れの良い文で始まるこの名古典には、次から猿楽の際に演じられる芸能がカタログのように掲載されています。
これは実は、江戸期の見せ物についてまとめた朝倉無声「見世物研究」(昭和三年。現在は、ちくま学芸文庫で読めます)と対比していくと非常に興味深い芸能ばかりなのですが、今は独断で
「これは笑いをとっただろう」
というものを選別し、現代思潮社刊のものの注釈によって説明を加えておき、朝倉「見世物研究」に対応する演目があれば、併記してみましょう。
順番は『新猿楽記』に登場する通りとします。

・侏儒舞(ひきひとまい):こびとが身振りおかしく舞う芸〜朝倉=「畸人」に含む
・独相撲(ひとりすまひ):(現在も神事となって残っている)〜朝倉=そのものはないが、「珍相撲」というのがある。
・独双六(ひとりすごろく):平安期の双六は賭け事でした。ですから叩き売りよりあやういけれど、結局は「寅さん」みたいな稼業
・骨無骨有延動(ほねなしほねありえんだう):間接外し、ですかね。
以下3つは「モノマネ」のようです。
・大領の腰支(たいりやうのこしはせ):お偉いさんのマネをして、ふんぞりかえってみせたものでしょうか
・エビ漉舎人之足仕(えびすきとねりなしつかひ):小間使いの人がエビを掬う時の滑稽な足付きを真似したものだ、と推測されています。
・氷上の専当の取袴(ひかみのせんだうのとりばかま):同じ小間使いでも、社寺の小間使い。たとえば、ずり下がってしまた袴を上に引っ張る仕草でもしてみせたんでしょうか? おデブさんなら思い当たるフシがあるはず。
・蟷螂舞(いぼじりまひ):カマキリの仕草で踊ったんでしょう。
他にも該当があるような気もしますが、これくらいに限ってみましょうか。

前回は、話題にしたコント55号のネタに「暴力」的な要素がある点を上げておいたのですが、一見したところではこれらの演目の中に「暴力」の陰は落ちてはいないように見えます。・・・「暴力」という言葉の持つイメージは陰惨ですし、コントの中では和らげられている点は見ておきました。
「暴力」という言葉で区切ってしまうと不透明になる、見物人の、世の中に対する「どこか冷たい目」というものは、しかし、これらの演目にも充分内在しているのではないかと思いますが、これまた次回以降の課題と致しましょう。
・・・今回「新猿楽記」の演目をリストアップしたのは、「年中行事絵巻」の描写が「笑い」の場面であることのウラをとることが主目的なので。。。

それにしても、神社の境内は、映画では古くは『無法松の一生』、新しいところでは北野武『菊次郎の夏』でも喧嘩の場所として描かれていますね。これにも示唆的な何かが含まれている気がしてなりません。

「笑い」のカテゴリなのに、固い話ばっかりで恐縮です。こんな調子で参ります。
・・・ウケなくても、所詮、マイナーな独善ブログでございますから。
・・・いえ、すねているのではなくて、そうではなくて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月30日 (木)

笑いは「構図」のズレ・・・なのか?(コント55号のネタから)

いきなり硬いタイトルで、「笑い・コメディ」を語るにはふさわしくないかもしれません。

「笑いは構図(シェーマ)のずれである」(シェーマ=元は<図>や<計画>を表す言葉)
とは、Wikipediaの「笑い」の中にある定義(というほど厳密ではない部分なのですが)の引用です。
「うまいこと、まとめたなあ」
と感心したので、引きました。ご容赦下さい。
(って、別に、あんまり読まれないからいいか・・・)

更に、この定義についての説明を引用しますと(やっぱりちと難解ですが)、

「例えばコントなどで滑って転ぶ政治家が演じられて笑いが起きたとすると、『政治家は真面目で威厳ある人で、滑って転ぶことなどありえない』という構図を受け手が持っていて、それがずらされたことによって笑いが起きたことになる。しかし受け手の常識が『政治家に威厳があるとは限らない』『滑って転ぶことは意外な出来事ではない』『政治家が転ぶというネタは目新しいものではない』などを含むものだった場合、構図のずれが発生しないため笑いは起きない。同じ出来事に対して笑いが起きるかどうかは受け手の持つ構図に依存すると言える。
また、笑いは立場によって意味を変える性質がある。転ぶ政治家を見ている人にとってはおかしな出来事であっても、政治家自身にとっては不名誉で笑えない出来事になる。」

まさにこの説明を検証するにもってこいの短いコントが、コント55号のDVDに収録されています。
題して

・机(下記DVDの「フジテレビ編」に収録)




TBS・フジテレビ・テレビ朝日合同企画 祝!結成40周年記念 コント55号 傑作コント集 永久保存版


DVD

TBS・フジテレビ・テレビ朝日合同企画 祝!結成40周年記念 コント55号 傑作コント集 永久保存版


販売元:ポニーキャニオン

発売日:2005/10/19

Amazon.co.jpで詳細を確認する


次郎さん紛する秘書が、演説会の場で、欽ちゃんの演じる「尊大な代議士」に殴られ、踏まれ、飛び蹴りされる場面で、まず会場は大笑い。
欽ちゃんの演台は首から吊り下げる、という代物で、これは上のWikipediaの説明では細分化されていない、亜種の「構図のズレ」を生んでいます。『政治家は威厳がある』の中に含まれる、演台は『三面をしっかりした木の壁で囲まれ、倒れることなどありえない』という構図が、観客側にはあります。これを<不安定な、首から吊り下げただけの薄い板>に挿げ替えているのです。
かつ、この演台についた脚が、ほんの5センチ角ほどの「もろい」ものだ、というところで、「構図のズレ」はさらに誇張されています。・・・上の説明のような、笑いを生むか生まないかスレスレの線にある単一のズレが、たったこれだけの工夫で補強されているのは、このコントのクライマックスを見れば分かります。

欽ちゃんが秘書・次郎さんに
「演台の足が長すぎる」
と注文をつける。そこで、次郎さんは足を切っていくが、初めは1本しか短くしない、
「いや、これじゃバランスが崩れる、こっちの足もだ、こっちもだ」
と注文されるままに、次郎さんはどんどん足を切っていき、しまいには4本全部をすっかり切り取ってしまう。
その結果、欽ちゃん代議士が「スッテンコロリン」ひっくりかえるところで舞台暗転、となる。

単純なものではあっても、ひとつきりの「ズレ」ではなく、二つの、しかしある意味で一体化した「ズレ」を誇張することにより、笑いをとっているわけです。
(もっとも、こんな文に綴ったところでお読みになった方は笑えないでしょう。あるいは、シナリオを読んでも、コントそのものを完全に文章化しても、可笑しくもなんともないでしょう。笑うためには、実際に目にすることが必須です。)

これを、普段
A.『政治家に威厳があるとは限らない』
B.『滑って転ぶことは意外な出来事ではない』
C.『政治家が転ぶというネタは目新しいものではない』
方の構図をかたくなに持っている人が見たとしても、笑わないでしょうか?

注目すべきは、このコントで使われる「構図のズレ」は2つきりだという点でしょうか。しかも、二つ目は「メイン構図の亜種」にすぎません。

1)政治家は尊大
2)政治家を取り巻く「小道具」は立派

ある一つのものに対してであっても、人が持ち合わせている「構図」・・・おそらくそれは「価値観」・「常識」を複合的に捉えての用語なのでしょうが・・・は、じつは案外さらに<複合的>なのでしょう。
しかも、「こんなネタでは笑えない」はずのA.B.Cの「構図」の持ち主でも、あるいは政治家自身でも、アンチテーゼ側の構図を2つ持ってこられただけで、笑えてしまうに違いない、という出来です。突っ込んでいけば、それは2つきりの「構図」の中に、更にちょっとした捻りを加えているから笑えるんだ、ということが確かめられるのですけれど・・・そこまでは、やめておきましょう。

Wikipediaの説明も例に出したコントも、たまたま政治家ネタなので、ひとつだけ別のエピソードをあげておきます。

チャップリンの代表作の一つ、まだ第二次世界大戦に参戦していなかったアメリカからも危険視された映画、『独裁者』は、じつは映画の中で皮肉られているヒトラー自身が数度ばかり試写を鑑賞し、笑い転げた、という話もあります。真偽の程は分かりませんが。(このリンク先でないところで読んだ記憶があるのですが・・・)


演者が「笑い」をとるためには、その<複合的な構図>から、いかに単純なものを数少なく、一般常識的に特徴の著しい部分を取り出し、組み合わせるかに賭けなければならない。

上記はもうだいぶ前の例ですが、我が家の小学生が今見ても笑うくらい、鮮度を保っています。
「目新しくない」はずのネタが、「目新しい」
普段は「エンタの神様」の<新しい>笑いを楽しんでいる若者たちにも、充分ウケるのではないかと思います。

なぜなら、「エンタの神様」(上記とは別リンク)の面々も、単純に新しさを狙うのではなく、このコントにあるような「基本」を忠実に守っている人ほど人気が高いように見受けますから。


採り上げたコント55号のネタには、興味深い「問題」が・・・あ、また。どうしても、硬い。・・・2つはあります。
第一には、暴力ネタであること(極端さを避けてはいます)。
第二には、些細なことに見えるかもしれませんが、舞台で演じられている、ということ。

笑いをとりやすいネタが「暴力ネタ」だというのはチャップリンの初期サイレント映画が「暴力ネタ」だらけなのを見ても「そうなのかな」と思わされます。これはまたあらためて観察しましょう。
また、演じられる場所、については、おそらく「語れば長くなる」歴史的考察が必要です。大袈裟ですが。

さて、次はどっちから見ていきましょうか?

また数日、思案することと致します。

・・・なお、このカテゴリを「政治ネタ」にしていく考えは、私には全くありません。念のため。

| | コメント (0) | トラックバック (2)