2013年5月22日 (水)

しあわせはどこにあるのか

幸せはどこにあるのか、なんて、考えてみたら、考えたことがなかった。

ひがむことなら、たくさんある。

ウチに帰っても、喜びがない。
だからといって、よそに行っても誰が100%受け入れてくれるわけではない。・・・ほんの少しの間だけ、そんな経験は出来たころもあったので、過去の幻を引きずっているだけなのか。
それでもなんで、真面目にウチに帰るのか。
どこかや誰かが好きだ、と思うことをやめないのか。

おれはバカじゃないか、と、そう感じることばかりだ。

が、ひがむことが出来るあいだは、ひがむゆとりがあるということだ。

なんの感情ももたなくなったら、不幸せということをも、自分は思うことなどなくなるだろう。・・・そしてそうなったら、外からの目はやっと残らず、
「あの人は不幸せだね」
と囁きあうに違いない。

不幸せだ、とも感じられなくなることが最大の不幸せなのだとすれば、その不幸せに自分の「不幸せ感情」を付き合わせてみて初めて、幸せのありかも見えてくるんじゃないだろうか。

心に起伏があること、つらいことをつらいと思えること、悲しいことを悲しめること、つまらないことをつまらないと退屈できること・・・そういうあれこれを感じられるからこそ、苦もないこと、よろこばしいこと、面白いこと、それぞれの大切さもまた、感じられるのだ、と、いやでもそのように、信じられるものなら信じてみたい。

幸せは、どこかにころがっている、絶対的な何か、ではないのかも知れない。

いっそ、どこかにころがっていたら拾ってすませたくはあるのだけれど。

半分は自分への説教で、半分はなんとかなりたくての自己暗示。

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2012年12月19日 (水)

むちゃくちゃ寒い日だった

この冬いちばんではなかったのかも知れないが、自分が感じた中では今朝がいちばん寒かったし、夜、運転してきた自動車の中でも寒くて手がかじかんで困った。

先々週はノロウィルスに負け、先週は木曜から集合住宅大規模修繕でウチの番の配管工事が始まり、日曜は娘の成人式用写真撮影なので、気持ちがバタバタしているのが大失敗だった。
新年から使ってもらう新商品申込み用のツール(Excel)を、CDに焼く作業を急いでやったまではよかったのだが、大ドジの作り損ねをしていた。
注文を聞きききギリギリまで手直しをしたのはいいとしても、プライヴェートの気持ちのバタバタにとらわれ過ぎて、CDに焼き込む前の自分の最終チェックがおろそかになっていた。
セルの結合をふんだんに使った元ファイルを渡されて用心はしていたのだが・・・
レイアウトをいじるのは極力勘弁してくれ、と、はじめはガードをかけていたのだけれど、それではあまりに窮屈だから、と緩めたのも失敗の元だった。
最後の最後で、セルの結合が思いがけないところでたくさん切れてしまっていて、表示の不具合が、CDすべて(220ほどだった)を焼いてから判明。
手直しして、ひとりのかたが協力してくれて、CDを焼き直して昨日発送したのだけれど、今日また別の箇所が判明し、営業さんは「ここは狂っているからご容赦下さい」と、CD配布先に謝罪文をFAXする段取りを組んでくれた。

目の前が真っ暗だった。

・・・でも、身内の誰も、僕に文句を言わなかった。
・・・なにごともなかったようの振る舞ってくれさえした。

お詫びと感謝の気持ちでいっぱいである。

我が家の工事は今日で終わり、帰宅して、預けていたカギを工事事務所に受け取りに行った。そうしたら、工事途中でクロスを一ヶ所過失ではがしてしまいました、ついては土曜に打ち合わせをさせて下さい、と言われた。
帰って確認したら、たしかにちょっとだけ、クロスの剥がれたところがあった。
子供らの部屋に入れ込んだ荷物は、土曜日に片付けるつもりだったから、この日の打ち合わせで了承してきた。
ここの工事事務所の人たちも、遅くまで頑張っている。

頑張り過ぎてはいけないかも知れないが、頑張らんといかん、と思った。

洗面所のものだけ戻して、でもくたびれてしまったので、台所は今日は食器とフライパン類を戻しただけにした。で、息子には、部屋が開いたら、いま 枕元においているものを全部自分の部屋に引き上げてくれ、と言ってあるので、必要に応じて土曜には息子の部屋用の棚も探してくる。

ともあれ、感謝を忘れたらいかんのだ、と思い知る10日間を、仕事場でも住まいの方でも過ごした気がする。

マザー・テレサを僕なんかが引くのはおこがましいのだけれど、反省させられた言葉からいくつか。(僕自身は世渡り都合からかたちだけの得度をした ことがあるのでキリスト教徒とは言えない。・・・彼女の言葉はキリスト教の信仰に根ざしているけれど、宗教の垣根を超えていて、しかも見かけの優しさとは 裏腹に、たいへん厳しい。)

日々の生活の一つひとつの行いに愛をこめましょう。
平和のうちに喜んでいらっしゃい。神が下さるものはなんでも受け入れ、
神が取り去られるものはなんでも、ほほえんで差し上げましょう。

・・・ほほえんで、っていうのは、なんとまあ、身に染み付いていないと苦しいことか。

簡単なほほえみで、
どれほどすばらしいことができるのか、
わたしたちは、まったくわかっていないと言えるほどです。

・・・と、そういうことだ。僕は人の微笑みに救われた。

もし、わたしたちが願うなら、
人が失敗したときでも、
神は、方法を見つけてくださいます。

・・・そのように、まわりが願ってくれた、ということだ。
・・・神に対するイメージがどんなものであっても、ここでは許されている。

きよくなりますように。
わたしたちはだれでも、
きよくなる可能性を秘めているのです。
そして、きよくなるための道は、祈りです。

「心の清い人は幸い、その人は神を見る。」
もしわたしたちが互いの中に神を見いださないなら、
愛することは、とてもむずかしいでしょう。

「神を愛しているといいながら、
 あなたの周りにいる人たちを愛していないなら、
 あなたはうそつきだ。」
(ヨハネの言葉からの引用)

・・・僕は、嘘つきである。

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2012年10月 2日 (火)

心経連想

こないだ仕事関係先のアパートで爆発事故を起こした人の意識が、あれからまだ戻らないんだそうだ。
建物や、他の部屋に住んでいた人たちの「後始末」が出来なくなるから、それは困ったことなのだけれど、忙しく現場を行き来している担当さんの大変さをヨソに、自分は、
「意識がない、って、どんな感じなんだろうか」
に好奇の思いばかり抱いている。

倒れているのを見つけたとき、家内の顔が本当の意味で無表情だったのは、一生忘れないだろう。
表情がない、というのを、あのとき初めて見た。それは、人形のよう、ですらないのだった。つまりは、言葉で表せない。
意識がない人は、一様にあんなふうになるのだろうか?
たぶん、そうじゃない。
祖母は、意識がなくなったときにも表情があった。祖父は家内と同じだったかもしれない。今だからそう思うが、見たそのときは分からなかった。

もし表情が無くなった状態で意識を失っているのなら、それは・・・語弊はあるけれど・・・幸せなことではないのかな。

日々を「思い」とかいう虚構の中で暮らしていると、あっけらかん、とした顔にはなれないのではないかしらん?

意識は、空(くう)なのと同時に色(しき)だ、逆も真だ、なる、お経の説は、正しい気がする。だから苦なのだ、とは、まったく正しい。
絵や、歌や、物語は、美しい。
それは結晶になったフィクションだからだ。
受け止められれば、果てしなく美しい。
フィクションは、結晶になった意識だからだ。とらわれたら最後、がんじがらめになる。

だから、その中にいるのは、果てしなく苦しい。

じゃあ、そこから遠ざかるのが賢明なのか?

結晶になったものが絵や歌や物語なのだから、たどれば、その素は、みんな、日々を生きるそのことの中にあるのだ。
結晶ではないから、正体も清濁も見極めがたい。苦しさがおぼろになるから、つらくなる。

本当の無表情になれて初めて、僕らは、全部のしがらみから解き放たれる。
それを幸せと言わずして、なんと言うのか?

それでもまだ、そんな「幸せ」のほうに身を置き続けるほうがマシだ、と、また明日突っ走る準備に余念がない自分とは、いったい何であるのだろう?

意識を失った無表情は、さて、本当に幸せなのか?

だとしたら、幸せ、って、どんなことなのだろう?

ここまで考えた屁理屈が仮に本当だ、というのなら、僕は、本当の幸せよりは、いま苦しいときに浮かび上がった瞬間に見る、嘘かも幻かも知れない仮の幸せのほうが、じつは、まだはるかに好きだ。

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2012年3月 1日 (木)

「関心」について

反省の屁理屈シリーズである。

人が「関心」をもつとき、「関心」の中身はまず自分を<中心>にして決まる。
・・・と、人のすべてに拡げてしまっていいのかどうか。
・・・少なくとも、僕はそうだ、ということに、ひた、と苦しむことが多い。
・・・だから、また、僕自身を<中心>にして考える。

子供たちと話すとき・他の人たちと話すとき・SNSなどに書き込むとき、言葉のではなく、気持ちの行き違いを感じることは少なからずある。では、「何と」行き違うのか、といえば、それはもう「自分の気持ちと」でしかない。
それが起こるのは、自分が話すことに対して、だけとは限らない。人と人の対話を見聞きしても「自分の気持ちと」行き違う何かを感じてしまうのである。

だから、自分は感情過多症とでも言うべき輩だと思っている。

挨拶して、挨拶が返ってこなければ、腹を立てていた。
話がズレれば、腹を立てていた。

あとは、少し記号化してみるなら、こんな感じだろう。

Aさんの言うことにBさんが過剰にBさんの言い分で応じること(それは別に喧嘩腰のものとは限らない。Aさんを思いやって、の対応の中にも、AさんではなくBさんの「気持ち」のほうに強く寄っている場合なら、同じことである。)

Bさんが「思いやりをこめて」Aさんに応じているのに、Aさんが無視したりするのにも、あるいは【直接間接に】罵倒で応じたりする【そのときAさんの罵倒の対象はBさんではないこともある・・・それを言うと話は難しくなるだろう】のにも、腹が立ったりした。

このAさん、Bさん、どちらに「自分自身」を当てはめてみたら、それぞれどうなるか?

・・・全部、自分自身も同じことをしているのである。最初の2つは、これらにばっちり含まれている。
・・・だから、いちばん腹を立てなければならない対象は「自分自身」なのである。

じゃあ、腹を立てないためにはどうするか。
言葉なる道具の使い手である自分が、感情の起伏が前提の生き物である限り、残念ながら、というべきか、幸か不幸か、というべきか、はたまた当然というべきか、腹を立てないための万能の回答など、ありえないだろう。
(ちなみに、禅の「悟り」は「腹を立てる」ことを含めて、感情が揺れ動くのを否定しているわけではない。それを「最大限減らしたい」とき、ではど のようにするか、の答えを見つけるのが「悟り」だと、僕は受け止めている。答えの程度に高低があり、だから「悟り」にも大小がある。・・・こんな付け足し は、余分かも知れない。)

まぁまたこんな阿呆なことばかり考えていた。

「関心」の対象についてまで考えてみるつもりだったが、今考えたいことにとっては、もうこれだけで充分なので、やめておく。

ウチのエレベータで毎朝会うのに、「おはようございます」と声をかけても向こうからは何にも返って来ないおっさんがいる。前はそれでいつも、自分のはらわたが勝手に煮えくり返っていた。
最近はもうこっちも挨拶しないことにしてみたら、不思議と腹が立たなくなった。
今朝は、おっさん、収集所に持っていくゴミを片手に乗り込んできた。
1階について、おりるときに、開くボタンを押して、おっさんが先に出るのを待とうとしたら
「あ、いいですよ、大丈夫です~」
と声がかかってきて
「ありゃ、そうですか、あはは~」
と馬鹿笑いしてしまった。
たったこれだけで、妙に気がラクになった。

挨拶が苦手だったりする人もいるのだ。
挨拶が信条に合わない人だっているのだ。

向こうがこっちに合わせる道理もないし、こっちが向こうに合わせる筋合いもないわけだ。
こっちが挨拶したけりゃ挨拶は続けて、向こうがしたくなければそれはそれで構わないわけだ。
(いろいろ尾ひれをつけやすいことだけれど、原則がはっきりすれば事足りるので、つけない。)

案外、日常は、こんなことに気づかないまんまで、勝手に腹を立てたり立てなかったりして過ぎている気がした。

でもって、このあとまた、あたいは別のことですぐぷりぷり怒っていたりしたんだからしょうもない。

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2012年2月26日 (日)

プライド

(前に書き留めた日記から)

抽象的なことを綴る。
もっと具体的に簡単に、と思っていたけれど、どうもそこまでの能力がない自分に気がついた。

日本語としての「プライド」は、「誇り」と同じ意味だということになっている。
「誇り」とはなにか、と調べてみると、「名誉に思うこと」とか「自慢に思うもの」とある(角川必携国語辞典による)。

だから、日本語では、
「プライドを棄てた」
という言い方が成り立つ。もうなにも自慢したり誇ったりはしない、ということを指すのだろう。
ところが、「棄てた」はずの何かに何かがちょっとでも触れると、
「プライドが傷つく」
などと、棄てたはずなのに、そんな奇妙なものがくっついてくる。

日本語的発想からは、棄てても棄てなくても棄てようがなく、「プライド」は身体から離れない摩訶不思議な「なにものか」であるということになる。

いま、英語やその他の、他の言葉そのもので「プライド」にあたる語を説明した辞典がない。ただ、ラテン語で英語のprideに対応するのはsuperbusなる語だということになっていて、これは奢ることや傲慢さを表すものだという対称までは出来る。これだと日本語の「プライド」とは少々ズレる気がする。「奢り」や「傲慢」は棄てた、と宣言し、傍目からそう見えるような人でさえも、「プライド」は傷つくことがあるからだ。
「プライド」というのは、少なくとも日本人の発想の中では、
「生きていく自分を保つ、自分の中の重石」
のようなものなのではないだろうか、と感じることが、ままある。

常に中にあるものだから、持っている結果表面に現れる「誇り」や「自慢」や「傲慢」を棄てても、なおそのかたちが尖っていることで、自分の内部をすたずたに傷つけ、血だらけにすることもあるのだ。

そうではあっても、この重石がなければ、僕達のからだは、いとも簡単に虚空に投げ出される。
投げ出されることで、仮に肉体の機能は保っても、精神の死を迎えることなど、いとたやすく起こってしまうのだ。

だから・・・僕たちは、僕たちの中に抱えているこの「重石」が、僕たちの中から自分自身を切り刻まないように、そのかたちを上手に丸めて行かなければならない。

表づらだけ人に優しくしたって重石のかたちが変わってくれるわけではない。
あるいは、人に優しくされて丸まって行くとも限らない。
優しさの軽い流れが急過ぎて「プライド」の重さを流し去るには力が不十分であることもある。水の働きと、なんらかわるところはない。

重石そのもをのを他人の重石にむやみにぶつけても、これはまた、お互いの重石の先っちょをますます尖らせるだけだ。それによって傷つくのは相手も勿論である。自分自身は、なおさらのことである。

どうしたら、自分の重石は丸くなるのだろう?

自分が重石の中の成分だと思っているあれこれについて、まずは自分の「傲慢かも知れない」視点から分析をしてみる。
そのうえで、同じ要素を他者はどう扱っているか、を対比してみる。
さらに、それぞれどちらが「是」でどちらが「否」かを仔細に検討する。どちらも「否」かも知れない。どちらも「是」であればすぐ幸せになれるかもしれないが、「プライド」を磨く愉悦を味わうには、たいへんものたりないことになるだろう。

「あ~、天国って幸せなところだってきいたけれど、幸せすぎるって退屈なことだねぇ」

とぼやいた、とかいう亡者の話を、どこかで聞いたことがあるような気がする。

こんな話である。

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2012年2月20日 (月)

底の剥がれた靴を巡っての超詭弁無底哲学的独白

いざというときには、誰も助けてくれない・・・というのを、悪い意味で考えていたうちは、つまらなかったかも知れない。

いざというとき、とは「とっさ」でもある。救急車だって人が倒れたその瞬間に来てくるなんてことがあり得ないのを思い出せば、いざという時に助けれくれる誰か、がいないのは別にあたりまえだと分かる。

でも、たったそれだけのことが分かるまで、おいらは何年かかったか!
いいやまだまだ気付いた程度で、
「だめだ、いかん、どうにもならん」
と、人に、自分に、腹を立てる愚は繰り返してきている。根がとにかく短気なのだろう。

どうせだから、腹が立つものは立つ、と割り切ったほうがいいのだろうと思う。

そう思ってみると、つくづく「論語」なんてのは嘘つき書物だ、と・・・けなしてみようかと探したら、現物がどこかにいってしまった。
分かりやすい嘘はここだ。

・四十にして惑はず   ~四十にして「も~どうでもいいと」決めつけ
・五十にして天命を知る ~五十にして「あ~やっぱりあかんかった」と悟る

ここまでは自分も終わった。

・六十にして耳順ひ   ~六十になったら「おらこうなんだから譲れん」てことか
・七十にして心の欲する所に従ひて矩を踰えず。
 ~これなんかまさに「老いたら頑固で人に耳を貸さない」そのものだよなぁ。

になるんではないだろうか。
ほんとうは、嘘つきなのは「論語」に並んだ字面ではなくって、それをめぐるひとりひとりの勝手な解釈なんだけれど、深入りしない。

ともあれ、気付く必要がなかった人生の期間が、47年。気付かないと生きていけないことを思い知って5年。

肝心なことは

・いざ、の瞬間から自分がどれだけゆっくり時間をかけたりアンテナを張ったりして助けを求められるか

・いざ、の瞬間に頭に血がのぼったことをどう笑ってごまかすか

なのかも知れず、いつまでも「いざ」の瞬間に自分が思ったことにしがみつかず(そんなことは外からは誰にも、いちばん信頼している相手にだって分 からないのだから)、まわりにどう柔らかくこちらを可能な限り理解してもらい、当然の代償として、理解してくれる相手のことをこちらも可能な限り理解する ことなのかも知れず。

・・・いやぁ、一生かかっても無理だなぁ。

ということで、靴の底が剥がれかけになって難儀した今日、帰宅の道々、どうやってこれ以上そこが剥がれないようにしたまま新品を調達できる場所までもたせられるか、のために、おいらは靴さんの
「底の接着のされ方具合はこんなですから、無茶なガニマタで歩くのはよして下さい」
なる声に
「はいはい、へいへい、了解です~わーい(嬉しい顔)
と満面の笑みで応えつつ歩み、本当は救ってくれるはずのところの店じまいが心配なのだが決して駆け足も急ぎ足もせず、自分にとっては赤十字マークのついて見える店が開いているのを発見するや、ようやくほっとするも、履いて着た靴さんに気取られないよう
「高かったら新品は諦めてあなたの底を貼り直してなんとかしますからね~」
とささやき、値札を見て
「なんだ~やっぱり高いわあせあせ(飛び散る汗)
と焦ってみせて靴さんが安心したところを見計らっておもむろに脱いで新品を試し履きし、
「いちおう、予備で買うんですからね!」
と断りを入れて
「でもあなたの履き心地には叶わないので・・・あなたが直るまでの間に合わせですから」
と、惚れ惚れされるようにウィンクして見せて、帰宅するなり
「んじゃ、古い靴さん、さようなら!」
をしたのであった。
靴さんの心の真実なんか、結局うっちゃってしまって。

・・・こんな醜い心でいいのだろうか?泣き顔

と、息子のレンタルしたDVDを返すために、新靴の履き慣らしがてら歩きながら、またアホなことばかりで頭の中がクルグルしていた。

ついでに
「プライドのない人間は所詮つまらない」
なる別のことを深刻に考えたりもした。
それはただプライドがあればいいという単純な話ではない、プライドを持ちつつ折れどころを知っているような人こそすごいのだ、というすごい話なのだが、今日はすこしでも早寝をしたいので、これでやめておこうね。

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2011年11月30日 (水)

生きた感覚は、大切だ。

先週久しぶりに調子が大きく崩れたら、日曜にお風呂屋さんに出向いたときを境に体重が落ちず、むしろ増え始めた。不調で運動量が減ったはずなので土日にけっこう歩いたつもりだった。ちょっとショックを受けた。で、娘と飯を食って一休みした後、子供らに飲み物とおやつを買ってやるのを口実に、近所を徘徊してきた。帰り着く手前で、胃が動くのを感じた。体調が崩れていたあいだは消化も進みが悪かったのかもしれないと思った。食う量は日々そんなに変わっていないのだから、食い物が胃腸にとどまっている時間が長いと、栄養もそれだけ余分に取り込まれた、のだろうということにしておく(医学的に間違っていて指摘をうけてもシカトしよう)。

職場では、このところよく、表計算ソフトでの作業簡便化のために自動処理出来るツール作りを頼まれる。作るのは構わないが、自動と言っても手作業がどう進むかを体で知らなければ妙なものにしか仕上がらない。頼んでくる人が男性だと、たいていしかし、手作業のときは何を思ってどう作業を進めているか、気合いとムードでしか把握していないから、用心して念入りに作る。念入りにすると、今度は使い始めたとき何か勝手が違って困るらしくて、それはこっちも困るので、並行してマニュアルも作ってしまうようにしている。そうしておくと、あとで「何でこうなるのか?」なる説明は求められないので、必須である。

だいたい、コンピュータを使う人のほうは、ある数字を別の場所に移す時に、その数字がもともとどこにあって、どういう理由から場所を移すことにしたのか、なんて、絶対と断言出来るほどに、意識しない。機械のほうは機械のほうでやっぱり、何の意識もなしに、人が手を加える通りに数字の場所を移すだけである。ただし、機械のほうは、数字が動くその瞬間から、ソフトの仕組みで保たれているあいだは「絶対的なこの場所から、絶対的なあの場所へ」という「記憶」を持っている。この絶対的な場所の記憶は、人のランダムな記憶とは性質が正反対だ。「A地点からB地点へ」を「アという場所から右にいくつ左にいくつ上にいくつ下にいくつ垂直にいくつ水平にいくつ」と置き換えてさせるのだって、表面では絶対的と見えずとも、実のところは「絶対」の世界で指示なのだ。こうしてやらなければ、どんな単純作業だろうと、機械は一つも自力でこなすことは出来ない。

ネットでの交流の中で、写真の心得のある人は、とらえた風景を、カメラのレンズまかせだけじゃなくて、ご自身の経験の裏打ちを通じてさらに僕らの感覚にもどう訴えるかをそれぞれのご流儀で練っていらしたりする。そうまでしないにしても、自身が心魅かれたり胸打たれた瞬間を巧まずに捉えた写真もまた、ただのレンズまかせではないのを感じて、嬉しくなってしまう。いや、レンズがないと写真がうつらないだけであって、そこにあるのは、こんな尊敬すべきかたたちの、間違いなく体にくっついている実物の目そのものが捉えた、人としての気持ちなんだなぁ、と、その前で呆然とさせられるのが幸せに感じられるのだと思う。そして、本職の画家のかたの絵は、さらにそんな感覚が目を超えて把握しているはずのものに、お仕事としてじっくり向き合っていらっしゃる結晶なのだ。

音楽の本もさまざまに関心を移しながら読んでみているところだけれど、東ヨーロッパの音楽でさえも五線譜に落とされた時点で見失われたものがいっぱいある、との視点から書かれたものに昨日巡り会った。先に読んでおきたい雅楽系の本があるので、そちらはまだ保留であるが、読むのが楽しみである。雅楽のほうの本も楽家の人がお書きになったもので、先に読んだ(これは何年も何回も読んでいた本だった)洋楽系の、雅楽も実際に履修された人の著書にあったようなことに対して、やんわりと異論が述べられていて、特定の譜表(五線譜であったり文字譜であったり)や統率(指揮の類・・・雅楽には絶対的な指揮権者はいない旨が述べられている)にとらわれる危険をさりげなく語っておられるのには爽やかさを覚えている。
日本の音楽だからヨーロッパの音楽だから、ということでは、全く無い。洋楽にしたって、とくに小さな合奏を豊富に経験した人なら、楽譜だけでは如何ともし難い息の合わせ方について何かしら思うところはあるだろうし、独奏を常にする人でもやっぱり、音符や記号では書き表されていない気の流れは誰かからきちんと学んだもの、でなければ無手勝流でも人間としての感覚(感情、ではだめなのだ)を正直に捉え、適切に再現出来るようでなければ話にならないことは痛感しているんじゃないだろうか?

写真や絵や音楽は例えに出しやすいだけなのであって、世の中のことみんなが同じなんだと、今日はコンピュータとにらみ合いをしながら、ずっと考え続けてみたりしていたかもしれない。

ほんとうに、生きた感覚は大切だ。
それを大切に出来ないかったら、自分というものは、生きていないも同然だ。

なんだ・・・また訳の分からん饒舌になってるなぁ。

おっさん、もう寝たほうがいいよ。

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2011年4月16日 (土)

簡単なことからでも、勉強を。

実家に、一回目の大揺れのときもボランティアさんが来てくれて、ズレて壁に食い込んだアップライトピアノをひきずり出してくれた。
こないだからの福島震源の揺れで、またズレて、またきてくれたが、東京からのサラリーマンさんがひとり、青森からの学生さんがひとり、地元の女性の高校生がひとりだった。
終わったところに、僕の卒業した高校の野球部員がぞろぞろ「ボランティア活動はありませんか?」と訪ねてきたので、近所の独り暮らし家庭に連れて 行ったら、あいにく所用で今日はダメだという。翌日にしてもらうことにしてかえしてから、オフクロは、翌日が土曜日だと気がついた。高校は休みである。
「これじゃ明日は来ないかもしれない」
ってんで、明けてから、その独り暮らし家庭にボランティアセンターの電話番号を教えに行ったら、そこへ昨日の野球部員がきたのだそうな。
で、オフクロは、僕に礼を言わせるから、と、部員一人一人に名前を書かせたらしい。そのリストは、ただし、当面は送られてこない。

海辺の、ヘドロを取り除きながら、の作業までの激しいしんどさはないかも知れないが、老人世帯ばかりのところでは、本当にありがたい。

あれだけの規模の本震だったから、余震はまた今回のように別の独立大地震のようなかたちで起こる。
もうひと揺れきて、こないだはもった家々も、どれだけ倒れずにすむだろうか?
実家については、室内ドアの枠は歪んで鍵がかからなくなったらしく、いままでの地震ではびくともしなかったブロックの土留めが、膨らむように歪んでいる。

リストをもらうまでもなく、母校にはお礼の手紙くらいは、すぐにでも出したい。

いま自分がひとりもので子供を持っていなかったら、すぐにでもサトに行ってみたいし、そこから海の方へも福島へも向かいたい。
現地に行く以外は、もう何を綴ってもむなしいし、価値観があわなければソッポを向かれるだけだし、自分も人に対してとる態度だ。

つくづく、むなしくなった。
沈黙は金、かも知れないし、巧みにそれを貫いている人に尊敬も本気で感じるが、僕は愚かである。ずいぶんとわめいた。

http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/energy/

これから、をちゃんと考えるつもりがあるなら、被災がわずかだったしなかったりして、少しでもゆとりのある人には、前後左右を子供の目と好奇心に返って、自らの価値観というメガネをいったん脇に置いて、可能なだけ勉強をして、しっかり裏付けを持って欲しいと願うばかりである。

災害だから特別に考えてしまいがちだが、自分自身の経験では、トラブルを解決するのに、人のアドバイスなんかひとつも直接役にたったことなんかなかった。
自力本願のときは、学ぶことが、唯一の解決への近道だった。誰にとってもそうなのではないか、と思う。

たくさん学んで初めて、当面のわずかひとつへの突破口が見える。学ぶ量は、だから、コストで考えたらとても採算は悪い。

見えない「自分というコストのロス」に、負けていることから、気がついていかなければならない。

自分の価値観・判断を常に検証しなければ。まず自分という矛盾に向き直るには、嫌でも、自分と正反対とはなにか、に高いコストを払って勉強する精神の姿勢が必要なのではないか?

勉強は一歩下がるためにするのであって、頭でっかちになるためにするのじゃない。コストのロスを覚悟しつつ自分を洗い替え、わずかなひとつの突破口を見出だせるかどうかに賭けるためにするのである。

人のweb上の発言、webだけの情報を眺めて右往左往したり声高になって来た自分にも反省はある。震災から一ヶ月、まだ何も環境改善出来ていない人にとっても、そろそろ生活を軌道に乗せなければならないと焦っている人のためにも・・・わたしたちはボランティアと同時に、いったんアタマをサラにして、災害への対処法について基本的なことを、自分に理解出来るところから、きちんと勉強していかなければならない。

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2011年1月 7日 (金)

感・不感、信・不信。

20代の頃、当時の職場の朝礼で、
「弁慶がいろんな長刀を集めたみたいに、心にたくさんの種類の物差しを持てるように、人から盗み取りたい」
などと、大それたことを喋った記憶がある。
リハビリのため、と5年前に最初に始めたこちらのブログのほうにも、その後カカアが死んでから、思い出したように、似たようなことを綴ったこともあったと思う。
・・・恥ずかしいから、読み返さない。

現実はどうか。

子供の頃から漠然と感じていたことではあるけれど、見えるもの聞こえるものは所詮自分の目耳から伝わってくるもの以外にはないし、さらに振り返れば、自分の目で自分の顔は見えず、自分の耳で自分の声を聞くことは出来ない。自分の顔が目に見えるのは鏡を通した裏返しの「虚像(光学的にそうなのであって、別に比喩ではない)」でしかなく、自分の声が耳に聞こえるのは骨を通したものと壁に跳ね返った響きの混じりあった曲がりくねったもので、鼓膜に真っ直ぐ届くものではない。

これは、誰でもそうである。

「感じる」ことは、だから、常に自己中心的であると言っていい。
「感じる」ことには、切り離された複数の異なる目盛りを持つことは出来ない。自分の外に自分の感覚を置くことは出来ない。そんなものは、決して「感じられる」ことはない。

で、さらに、
「感じる」
ものを(確実な世界として)信じるかどうか、は、
「アタイはジブンをシンジる!」
なんて安直であっていいのか、となると、難しい。
信じかたが頑固に自己中心的であると、もっと広く「感じる」ことが可能な世界への道を、自ら閉ざすことになるのではないか?

しばしば、愛想良く、いろんな世界、いろんな人の感性に向かって
「アタイはアナタをシンジてますから!」
みたいな笑顔を向けてみるけれど、そんな「アナタ」のほうからの応えが、「ジブン」が期待するような態度で返って来ない時、不愉快な気持ちに成る。
実は、これは「ジブン」が「ジブン」の思っている以上に頑固に、
「アタイはジブンをシンジる!」
なる意識を持ち続けている現れなのではなかろうか?

ある人の表面の性格から、その人が、そんなコダワリを持っていると断定することは出来ない。
「アタイはジブンをシンジる!」
的発言を日常的にしている人であっても、絡んでみると思いのほか、こちらの勝手な言い分に聴く耳を持ったりしている。
・・・このあたりは、狭い自分がその人を心から「鏡」とするに足るかどうか判別する上で大きな鍵になるように思っている。鏡に出来るのなら、虚像(これは比喩)ではあっても、その人からこちら自身の「何か」を新たに見いださせて貰う恩恵に預かれる。

逆に、会話する分には感じなかった不信を、突然持ったり持たれたりするのは、「ジブン」と「ジブン」がつまらないぶつかり合いをした状態を、その時のお互い、またはどちらか一方が、なんらかのかたちで創り出してしまっているからに他ならないだろう。

もともと入りは甘いくせに、おいらは猜疑心が強いほうではある。カカアがクッションになっているうちはそれで目をつぶれたりつぶってもらえたりしたことも多かったのだと思う。なので、男所帯で子供たちをダシに人と接することになってみてから、よけいにそんな思いが強くなって来ている。

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2011年1月 1日 (土)

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

去年一昨年のいまごろ何を宣ってたかな、と振り返ったら、まあちんまりしたもんだったなあ。前に綴ったものを読み返すと、なんかヘン。

というわけで、前だけ向いたほうが良いかもしれない。

小さな小さな世界の中でしたけれど、自分が自分が、としゃしゃりでるところから、子供たちの受験が口実とはいえ、ようやく一歩退く時間を持って、かえって物事の面白さが見えて来たのかなぁ、と思っています。まして、何事に秀でているわけでもありませんので、「いいもの」の見分け聞き分けがせめてもの分であると知ると、硬い引用になりますが、世阿弥のこんな言葉がいいなあ、と思われてきます。そんなふうに、子供たちをはじめ夢を追いかける人たちを、そしてもちろん、円熟の境地にあるかたをも、種類を問わず、精一杯応援できるようになっていければ、もっともっと面白かろう、と感じる年の明けです。

少年にてし出だす所の二曲の間に、舞にてもあれ、音曲にてもあれ、生得、舞へば面白く、謡へば感のあらんは、はや「苗」なるべし。苗をば何と育つるものやらん。ただ田水をたたえて、おのれと育つるばかりなり、と見えたり。さて、早苗ふしだちて、植田になりて、次第々々に本付く時分に、草を取り、水を入れて、雨を待ちて、やうやく稲葉になる頃は、肥立つ時なり。また、「稔る」とは、はや色づきて、日ごろ待ちつる雨水をも、今は厭ひて、日を待ち、陽気に曝して、これをもて扱ふは、稔らせむとなり。(世阿弥の「遊楽習道風見」という文)

いまのことばに直したもの
少年期に演ずる歌曲・舞曲のどちらでも、舞でもいいし歌でもいいのだけれど、生まれつきの素質で、舞えばおもしろく歌えば感心されるというのが、すでに「苗(なえ)」というのだろう。その苗をどんなふうに育てるか。ただ田を水でたっぷりにしておけば、苗自身で育つのだ、とおもわれる。さて、初々しかった苗も節が見えるように成熟して来たら、あらためて田に植えて、根が付いてくるころに雑草を取りのけ、あらためて水を入れて、降雨を待つ。ようやく稲葉になるころが(その苗だったものが)成熟に至り始める時なのだ。また、「稔る」とは、すでに、こがねに色づいて、それまでは欲しがった雨水をも今では必要としなくなるところからはじまるものなので、世話するほうとしては、日光を待ってそれにさらして、この稔って行く稲葉の面倒をみるのは、たくさん実が入るようにとするためなのである。(小西甚一訳をもとに改変)

まあ、ほんとに、この言葉がわかるくらいに、自分自身がもののよく見えるヤツになれれば、ということ自体が高望みかもしれませんが。

本年もよろしくお願い申し上げます。

ぼんやりいちにち過ごすつもりだったのに、娘が「外に行きたい」とうるさい。

あ〜あ。

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