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2017年6月15日 (木)

人格

子供たちが生まれたとき、女房には
「わが子っていったって、お前とは別人格なんだからな」
と言った。
よくも偉そうに言ったものだ。
そのまま自分に跳ね返ってくるとは思わなかった。

家内が急に死んで、数日呆然となった。
それから突然、あ、娘と息子には母親がいなくなったんだ、と気が付いた。
子供らにとって、これからは、親は自分ひとりなのだった。

どうしたらいいのか。

娘は中二で息子は小五。まもなく進学。
人格だなんて、まだまだ海のものとも山のものともつかない。
その親を、果てしなく人格未完成な自分が、この先ひとりでつとめる。
出来るのか問い直さねば、などとは、考えようがなかった。
そもそも、人格ってなんなんだか、実はさっぱり分からない。

まあ、そんな難しいことは、いい。
何から始めたらいいのか。

そうだ、朝夕の飯作りだ、と思い付いた。

洗濯もあるけれど、洗濯機に洗濯をしてもらうことと、洗濯物を干すことは、できた。ウツを患ったのもあって、そのおり妻に教わっていた。

料理調理は、家内の過保護下にあったので、ほとんどしたことがない。
いちど焼きそばをやったら、べしょべしょのぐしょぐしょになって、それでも「おいしい」と妻や子供たちが食ってくれた。
炊飯器に米と水をどんな割合で入れたらまともにご飯が炊けるのか。
味噌汁はどうやって作るのか。
それがさっぱり分からなかった。

炊飯器は電気だから、米をカップで何合とか量って、それとおんなじ数字のところまで水を入れればいい、あとはスイッチを入れるだけなのは、なんとか分かった。
コメは研ぐものだ、というのだけは、かろうじて知っていた。

味噌汁が、困った。
やったことがない。作りかたも想像がつかない。
味噌汁の作りかたが載った本と、味噌汁を作るのだから味噌を買いに行った。
帰って、テーブルにふたつ並べて、にらめっこした。
にらめっこしていても、味噌汁はできない。
仕方ないので、ご近所さんに電話で教えてもらった。
「だしをいれなくちゃ、ダメですよ。」
そうなんですか。
だし、って、婆さんは鰹節でとってたっけな。でも、どうやるんだ。
「粉末のだし、普通に売ってますよ。」
あら、そうなんだ。
またスーパに行ったら、たしかに粉末だしなるものが置いてあった。その粉末だしと、具にするワカメを買ってきた。
ワカメを水で戻したら、十倍ぐらいにふくらんで、腰が抜けた。
おそるおそる鍋に湯を沸かし、お玉で味噌をおっかなびっくりしながら溶き、粉末だしをちょっとふったら、ワカメの味噌汁らしいものが出来た。
心で泣いた。
多すぎたワカメは、多すぎるサラダに見立てて、子供らに食わせた。

毎朝毎晩、こんな具合。

それでも一年くらいは、子供らは黙って食った気がする。
いや、気のせいで、そんなに長くはなかったかもしれない。

おかずは、ワカメサラダばっかりだったわけではない。
煮物もやった。

しばらくたったある朝だったか、晩だったか、子供らに言われた。
「お父さんの作るおかず、ワンパターンなんだよね」
「そうそう、いつもめんつゆの味だしね」
だって、亡妻愛用だっためんつゆを入れるのが、子供らになじむんじゃないかと思ってたから。
「おいしくないよ」
いや、煮物だけ作ってたわけではない。
カレーもやった。カレーにはめんつゆは入れなかった。カレーだけは文句を言われなかったが、めんつゆを入れなかったからだったのかも知れない。
他に何か作ったのかどうか、まったく覚えていない。
「だめだよ、これからは、私が作る」
と、娘。
「僕も、そのうち」
と、息子。

父ちゃんは目の前が真っ暗になった。

翌日からは娘が、作った。
しかし数日で作らなくなってしまった。

それからは、ご飯と言えばスーパーやコンビニで買ってきたものか、ひたすら外食、とあいなった。
今も、そんなものである。

こんな話のどこが、人格の話なんだろう。

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