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2014年6月21日 (土)

菜の葉にとまる蝶の話(1)

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(*数字 とあるのは、文中に資料名を入れると面倒なので末尾に載せた印です。)


新婚のお盆に実家に帰って、縁側にすわっていましたら、私の鼻に紋白蝶がとまって、しばらくじっとしていたことがありました。
それを見て、家族が異口同音に
「ああ、死んだおばあちゃんがきたんだね、あんたをかわいがっていたからね」
と言うのでした。

蝶はとまるところを間違えただけだったのかもしれません。
蝶がとまるべきなのは菜の「花」です。「鼻」ではありません!
歌でも
「蝶々、蝶々、菜の葉にとまれ」
というではありませんか。

・・・あれ?
菜の「花」ではなくて、菜の「葉」ですか?

これも何かの間違いなのか、と、歌詞をもういちどながめますと、そこではたしかに菜の「葉」となっています。

これはもともと外国のメロディであったものに歌詞をつけた野村秋足という人が国学者で、愛知県岡崎市勤務のときに上司の命令で集めたわらべ唄からことばをもってきたのだそうです。(*1)

この蝶がモンシロチョウだとするならば、たしかにとまるのは菜の「葉」であって「花」ではないのです。それは「菜の葉」がモンシロチョウの幼虫にとって大事な食糧であるからで、だから成虫の飛ぶモンシロチョウは産卵のため菜の「葉」にとまるのです。(*2)

ふうん、そうなんだ、と感心してしまいました。
それに目をやっていて詞にした人たちもすごいなあ、と思ったのでした。

そもそも、なんでこんなことが気になりだしたのか、というと、私の鼻に蝶がとまったのを思い出したからではありません。
夏も近づき怪談話を漁ろうかしら、と、欲を出して、四谷怪談で有名な鶴屋南北の全集をめくりはじめましたら、『四天王楓江戸粧』(*3)という歌舞伎脚本の中から突然、

 てうてうとまれや菜の葉にとまれ(てうてう=蝶々)

という詞が飛び出してきたのを目にして、ビックリ仰天したのが始まりです。
もしかしたら、蝶々に「菜の葉にとまれ」と呼びかけるのは、江戸時代のうちにかなりあたりまえになっていたのかも知れない、と考えました。

それで「菜の葉にとまれ」の唱歌「蝶々」の詞の由来が気になって調べましたら、先の野村秋足のことを調べた先生が、わらべ唄からきたのだ、と仰っているのを見つけたというわけです。

もっと目で確かめてみなければなりません。

文字になっている資料で「菜の葉にとまれ」にはどういうものがあって、年代はどれくらいさかのぼれるのでしょう?
とりいそぎネットを検索しまくったり立ち読みをしまくったりして、わらべ唄には見つかりませんでしたが、次のようなのが出てきました。

・清元「玉屋」1832年(天保三年)~二世瀬川如皐作詞 初世清元斎兵衛作曲
  蝶々とまれや
  菜の葉にとまれ
  菜の葉いやなら
  葭の先へとまれ
  それとまつた葭がいやなら
  木にとまれ

 http://www51.atwiki.jp/junhogaku/pages/154.html

・地歌「菜の葉」~歌木検校 ( 1720? - 1790? )
   言葉さげたら思うこと
   菜の葉にとまれ 蝶の朝

 http://kousenn.com/okeiko/okeiko-2.html#nanoha

・『山家鳥虫歌』(1772)大和 (岩波文庫 39頁)
  蝶よ胡蝶よ菜の葉にとまれ
  とまりゃ名がたつ浮名たつ

さらっと探したわりにはぽんぽんと出てきました。

・・・が。

18世紀半ばより前のものとなると、目を皿にして探しても、これっぽっちも出て来ません。

はた、と行き詰まってしまいました。

これはどういうことなのか。

蝶が菜の花畑で目につく光景が、18世紀半ばより前の日本にはなかったのでしょうか?
そうではなかったのなら、18世紀半ばになるまで、菜畑を飛ぶ蝶の光景がなぜ日本の人の目には入らなかったのでしょうか?

たったこれだけ見ての感覚では、「菜の葉にとまれ」の詞は、清元だの地歌だのにとりこまれているところから、わりと流布していたような気がするのでした。
花ではなく葉にとまる、と観察できていたからには、詞にした人たちは当然、菜畑で蝶が飛ぶ光景をあたりまえに目にしていたことでしょう。
でもそれが畑をはなれずにいる暮らしの人たちだけだったとしたら、清元だの地歌だのになんか、なりっこないのです。これらは「都会」の芸能だからです。
そのへんに、この詞が馴染まれるようになった年代や社会の、なんらかの特徴や背景があるのではないでしょうか?

こんな具合に興味が湧いてきましたので、いろいろ調べてみることにしました。

たいそう時間がかかるでしょうから、まず自分の趣旨を忘れないためにこの1回目を綴っておきまして、これからゆるゆると先へ進んでまいります。



*1:上田信道『岡崎発の「蝶々」∼学校唱歌の源流をめぐって∼』 http://www.okazakicci.or.jp/konwakai/19okazakigaku/19-1.pdf

*2:稲垣 栄洋、三上 修『蝶々はなぜ菜の葉にとまるのか』(角川ソフィア文庫)ほか

*3:『鶴屋南北全集』第一巻 成立:文化元年【1804】 「てうてうとまれや菜の葉にとまれ」のある箇所は南北ではなく烏亭焉馬の作。「足柄山の場」背景の長唄

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