« 食事【こどものころ(10)】 | トップページ | 仙台後半(日記から) »

2013年8月24日 (土)

仙台前半(日記から)

5日朝に自宅を出、昼に大宮から新幹線に乗って仙台へ。はやぶさだと1時間10分で着いてしまう。就職したてのころの東北新幹線は大宮止まり、大宮~仙台間は2時間20分くらいではなかったかな? 在来特急でも4時間、夜行の急行で6時間だったが、ずいぶん速く感じた。今は、旅気分のかけらもない。それでも最初のトンネルにさしかかると、ああここをくぐると白河だな、東北だ、と、少しほっとするのである。

仙台に着くと牛タン飯屋を探すのが、ここ数年の習慣になった。子供らに味を覚えさせておきたいからだ。あたりはずれがあって、今回はハズレのほうだった。焼きすぎでかたかった。
牛タンを食ってから商店街をぶらぶらし、夕方実家に入った。晩飯のあと疲れてすぐ眠った。以降、行動していないときは気力もわかず、たった1冊持ってきた文庫本も読み進まず、なんだかいたずらに体重だけ急増している気がする。

16日はお寺に塔婆を頂きに行き、それから郊外の墓園までお参りに行った。べったり暮らしていたころに比べて、新しい道があまりにたくさん出来ていて、運転していてどこを走っているのか分からないので困った。夜に姪二人が来て泊まって、夜中は暗がりでガキどもの笑い声がずっとやまなかった。姉のほうはラーメン屋のバイトでお店でも重宝がられて張り切っているようだ。妹のほうは中学生になって剣道部に入った。僕がその年頃に使った竹刀を持って行っているらしい。

今日17日は姪たちの親どもも朝やってきて、うちの3人と総勢7人で松島へ。子供たちを乗せたくて遊覧船の切符を買い、いざ乗船したら、2階に行きたければさらに600円払えというので仰天。ここいらの船は昔からあまりに割高な気がするのだが。

Matsushima

湾を一周するなかに、牡蠣棚がぽつりぽつりあって、50%回復したとアナウンスしていたので安堵した。両隣の町は津波でひどいことになったのに、この辺は島がたくさんあるのが幸いして、波高が2メートルにしかならなかったのだそうで、伊達政宗が海岸沿いに建てたお堂も無事だった。
姪たちの住んでいるところは仙台市内だが、津波の直後に津波が被ったと地図に出て、3日間連絡もとれなかったので、もしかしたらとあきらめたのだった。その話をしたら、姉のほうのお友達はひとり、のまれたのだそうである。母親と買い物に行っていて、忘れ物をした、とひとりでうちに帰ったところで地震にあい、そのまま津波にもあってしまったらしい。

|

« 食事【こどものころ(10)】 | トップページ | 仙台後半(日記から) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/95716/53019877

この記事へのトラックバック一覧です: 仙台前半(日記から):

« 食事【こどものころ(10)】 | トップページ | 仙台後半(日記から) »