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2013年6月 8日 (土)

家や近所の建物のこと【こどものころ(1)】

暮らす景色がこんなに変わると思っていなかったので、育った頃のことも忘れてしまいそうだから、ぽつりぽつりと綴っておこうか、と、ふとそんな気持ちになりました。

【家や近所の建物のこと】

育った家は、仙台の、東の外れにありました。(燕沢住宅122号、という、いまでは無くなった住所でした。別の住所は、燕沢字苗代沢3でした。)

平屋の長屋というヤツでした。四世帯の隣同士がくっついていました。それぞれの世帯が、もともとは南六畳北三畳の二部屋の西側に、板敷きの小さな台所がついていました。せいぜい肩幅くらいの流し台の横に、こじんまりしたガスコンロがあったくらい。そのまた脇に、手絞り機のついた洗濯機がおいてありましたが、これは父か母が給料をはたいて買ったものだったのでしょう。

仙台は昭和二十年七月十日の空襲で旧市街が全て焼け落ちましたが、この長屋は、それで焼け出された人たちが住人の大半だったかと思います。
うちは北材木町(いまの市民会館の道路向かいのあたり)というところにあったのですが、やはり空襲で焼けました。

狭い長屋でしたが、各戸の南面に庭があり、それを思い思いに板塀で囲むお宅、生け垣で囲むお宅がありました。でも、うちは幼児の自分を含め五人家族で、元の作りでは狭いということもあったのでしょう、南の六畳の前に、さらに四畳半を増築していたので、庭らしい庭はありませんでした。それでも、靴脱ぎの脇には、木の小さな縁側がありました。
庭がなくても前の道路が庭なようなもので、幅は2メートルあったかないかで車も来ませんから、そこに好きな花や、僕が小学生になると宿題で持ち帰った朝顔やヘチマを植えました。物干も、今思えば、道路にはみ出すかはみ出さないかのところにありました。道の向かい側には一斗缶がおいてあって、ゴミはそこで燃やすのです。ゴミ収集などというものはありませんでした。生ゴミは、引きとる業者さんが週に1、2回、さほど大きくないトラックでやって来るので、トラックのところまで出しに行くのでした。

うちと北向かいのお宅とを隔てる道は、幅がせいぜい五十センチくらいでした。そこを、シジミ売りだのなんだのという人たちが、台所仕事をしている主婦・・・我が家では祖母でしたが・・・相手に商売に来るのでした。竿竹屋さんま竹竿を担いで通ったんだから、担ぐのが上手かったのでしょうね。

南側はせり上がりの斜面で、その向こうには小児科のお医者さん、米屋さん、八百屋さんと肉屋さんと卵屋さんが小さな一棟に入った建物があり、その並びのところが、バスの通る道でした。幅は六メートルくらいだったかな。それでもずいぶん広く感じました。この道は砂利敷で、アスファルト舗装(そのころはコンクリート舗装と言っていましたが、工事の様子を思い出すと、アスファルトだったはずです)になったのは僕が小学校に上がった前後のころだったかも知れません。

米屋さんと肉屋さんにはお姉ちゃんがいて、赤ん坊だった僕をままごとの人形代わりに遊んでいました。

長屋はうちのかたまりが中央で、西にもう四世帯、東にもう四世帯ありました。その先に下り坂の広めの道があって、道を挟んでうちの方寄りには酒屋が、向かいには床屋さんがありました。
北にもうちのかたまりと同じように十二世帯があって、そこにまた四メートル道があり、同じ住宅セットがさらに2つありました。その北に、どぶ川を挟んで公園がありました。
下り坂の道の向こう側も似た感じで、そちらは川よりも手前の、少し高い場所に、ささやかな公民館の建った公園がありました。この公園を、子供だった僕らは「うえの公園」と呼んでいました。川のこちら側だったからです。あちら側の公園は「したの公園」と呼んだのでした。

「したの公園」の西の脇には人だけが通れる幅の上り坂があって、上り口に木の橋がかかっていました。橋は、ただ板を並べて渡してあるだけで、手すりも何もありません。
どの家もネズミがよく出ましたので、ネズミ取りを持っていて、ネズミがかかると、この橋に行って、紐で縛ったネズミ取りをゆるゆると川におろして、退治したネズミを流すのでした。

そんなあたりが、僕の育ったあたりの様子です。

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