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2013年6月 9日 (日)

銭湯と夜空【こどものころ(2)】

【銭湯と夜空】

内風呂のある家、って、いつごろからあたりまえになったのでしょう。
育った長屋には内風呂はありませんでした。お風呂を家の中に持てたのは、お店をやっているところだけだったかも知れません。
他のうちの人たちは、公民館の西隣にある銭湯に行くのでした。週に2回か3回行くのでした。

銭湯は朝も営業していた気がしますが、昼はお休みで、入口を大きく開けて掃除をしていました。
家族で行くのは日が暮れてからです。
お湯は、木屑を集めて来て、それを炊いてわかすのです。
煙突から煙が出て来ると、夕方の営業が始まった合図でした。狭い町内ですので、どこからでも見えていたのかも知れませんが、僕は離れたところから見た記憶がありません。
入って右手が男湯、左が女湯でした。真中の番台には、たいてい、おばあちゃん・・・といっても、六十歳になったかならなかったかだったでしょう・・・が座っていて、そのおばあちゃんから切符を買って入るのです。
脱衣場は、そんなに広いわけではありませんでした。籐で編んだ籠があって、そこに服を脱いで入れました。
浴槽には、大人が10人くらい入れました。
お湯は澄んでいるとは限らず、泥水をわかしたような日もありましたが、みんな別に平気でした。
小さいうちは女湯に連れて行かれました。
頭を洗われるときが、ちょっとこわかった。仰向けに抱かれて、天井を見ながら洗髪されるのです。
どこの子もそうだったな。
浴場の入口を入ってすぐのところに、体を洗って汚れたお湯が流れ込む排水溝がありました。
子供は、おしっこがしたくなると、その溝をまたいで立ちションでした。女の子もでした。
今の性能には及びもつかなかったでしょうけれど、脱衣場にはガラス戸の保冷ケースがあって、そこに普通の牛乳、フルーツ牛乳、コーヒー牛乳、トレボンのりんごジュースやヨーグルトが入っていました。お風呂上がりにそれを買ってもらえるかどうか、いつもわくわくしましたが、いつも買ってもらえる、というわけではありませんでした。とくに、ヨーグルトなんて、何ヶ月かに1回で、食べられると分かると、ほんとうに跳び上がって喜びました。
保冷ケースの脇には大きな鏡があって、その隣に必ず、映画のポスターが貼ってありました。
東宝と大映と日活と東映が、入れ替わり立ち替わり。
日活だとヤクザ映画なのですが、東映は春夏秋冬はマンガ映画(アニメとは言いませんでしたね)のポスターで、
「行きたい」
と言って
「ああいいよ!」
と必ず応えてもらえたのは、親もポスターを眺めて諦めがついたからなのでしたでしょうか。
で、東映のあとには、たてつづけに東宝の怪獣映画のが貼られる。
こっちは、せがんでも行ける確率はやや低かったのでした。若大将シリーズとセットのときだけは大丈夫だったのではなかったかな。

夏はまだ空が暮れ切らないうちに出掛けるのでしたが、帰る頃には満天の星です。
とはいっても、3等星くらいまでしか見えませんでした。天の川も見えません。
それで、
「あれがおりひめ星で、あれが彦星だよ」
と教えられても、ちっとも分かりませんでした。
ちなみに、七夕祭りの有名な仙台では、七夕開催の8月初めの頃、おりひめ星がちょうどお空のてっぺんの場所にまでのぼります。
南から北に向かって下がる斜面沿いにあった住宅地なので、南の空はすっかりは見えません。それで、蠍座がどこにあるかも、しばらく知りませんでした。

冬が過ぎて、そろそろ春、というころには、北斗七星がお空のてっぺんに来ます。
これは、ひしゃく星だよ、と教えてもらえば子供でもわりと分かりやすくて、柄のところが
「大きな熊が天に投げあげられるときにシッポを振り回されたんで、しっぽがあんなに長く伸びたんだよ」
なんて話も、星はちっとも熊のかたちになんか見えなかったのに、なぜだかとてもはっきり覚えています。

それにしても、あの頃の夜道の月明かりの、なんと明るかったこと!

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