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2013年2月16日 (土)

右と左

昨日だか一昨日だか、店で出されるコーヒーカップの把手がどちら向きか、というのでリンクを紹介しているかたがいらっしゃいました。

で、探してみたら、イギリス式は取っ手が左、アメリカ式は右、というのでやんやと喋りあっている掲示板がありました。
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2006/0307/081001.htm?o=0&p=2

いまは、良いカップの、とくに内側の模様が見えるようにするために、把手は右なんだ、という、これがもともと紹介して頂いたリンクでした。
http://www.oishicoffee.com/cup/muki_cup.html

あれ、いつも行っているドトールはどうだったっけ。私は何につけ無神経なので、全然覚えていませんでした。
右でした。これは、ロゴが書いてある方を飲み手側に向けたときそうなるように出来ている。左にすると、文字のない方が飲み手側に来るのです。

Doutorcoffee

そうか、と思って、先週行った系列店(コロラド)や、その前に行った星乃珈琲店で写した写真も調べたら、みんな右でした。今日昼飯に行ったデニーズで、おかわり自由コーヒーを頼んだら、特別な絵やロゴもないのに、やっぱり右で出して下さった。

最初のリンクの方で、なぜ右か、いや左か、を、たくさん実用から理由づけなさっている。どれも一理あるのだけれど、本当は、特別にこれだ、と決められるものはないんじゃないかな、と感じています。
合理的な説明、というのは、見た目にあとからくっついてくることも少なくないんじゃないだろうか、とは、最近いろいろ考えるところです。

これまた一昨日、拝読したあるかたの文に、雛人形の男雛の右左の話題がちょっと出てきたのが面白かったのでした。
雛人形のことはともかく、それを拝読する僅かばかり前に読んだ服部幸雄「大いなる小屋」(講談社学術文庫)に、日本は左側を高位と見る価値観が根強かった、だから上手【かみて】は(演じ手 から見て)左なのだ、と、実際に劇中で低い身分の仮の姿から高位の本来の姿に変わる時の役者の位置の移り変わり(下手の低いところから上手の壇上に変わっ て行く)を載せて説明してありました。

なるほど、杓子定規にそうなのではない、と断りはあったけれど、それで舞台を見ると、役柄による配置が、時代物の「熊谷陣屋」でも世話物の「髪結新三」でも原則として守られているのが面白い。

熊谷陣屋〜首実検の場面で、
【しもてから】熊谷妻(下)〜敦盛母(上)、熊谷直実、義経


髪結新三で、
【しもてから】新三、源七親分。新三の下剃の勝奴は基本は後ろに下がっています。


二幕目第三場では、しもてから勝奴、新三、家主長兵衛となります。

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