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2013年2月17日 (日)

「見られる」意識

昨日は息子が留守で娘が眠り惚けているうちに、「わが心の歌舞伎座」という映像を見て、ひとりで涙をこぼしていました。役者さんに語らせながら、2010年に建替えのため閉鎖された歌舞伎座の舞台と日常の人々の暮らしを描いたものですが、この中で喋っている 中村芝翫さん、中村富十郎さん、勘三郎さん、團十郎さん、と、4人もの役者さんが、新歌舞伎座の完成を見ずに亡くなってしまいました。どの人も、数少ない観劇経験の中で、舞台から直接、演じる面白さ、素晴らしさを印象づけられたかたたちばかりです。

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http://www.amazon.co.jp/dp/B008FRVT7S/

この映像を見ると、劇場は芝居の工場だ、と、思い知らされます。

大きな世界から見ればささやかな建物の中で、決してお客に直接目に触れることのない人たちが、想像を絶するたいへんな数で、みんな芝居のために立ち働きながら、隠れた日常を過ごしている。しかも、見えないところにいながら、誰もが、(お客様に)「見られる」のだという、はっきりした意識の中で、自分たちの最終製品である舞台上の芝居に向けて一心不乱になっている。

直接の舞台まわりに限って2つだけ。他はまたメモしたいと思います。

Amazonのレビューにも載っているのだけれど、「仮名手本忠臣蔵」の判官切腹の場面で、塩谷判官(浅野内匠頭)の切腹の場に控える家臣を演じる役者さんたちは、ずっと静かに平伏している。舞台に乗っている人たちは、当然です。・・・実は、舞台から見えない袖のところにも、家臣に扮装した役者さんがびっしりといるのです。この人たちは、お客様の目に触れない。でも、舞台の上の人たちと同じように、ずっと静かに平伏している。
「忠臣蔵」は幸いにして前半だけ一度じかに拝見するチャンスがあったのですが、この場は空気が張りつめて客席からも咳一つきこえない。この緊張は何だろうか、と思っていたら、こんなことがあったのでした。

「勧進帳」を演じる白血病上がりの團十郎さんが、最後の六法で花道を駆け終わってお客様の目に触れなくなったとき、力も尽きて息も上がって、付き人さんに抱きとめられるのは、病気上がりだからとばかりはいえない舞台への賭けを強く感じさせる姿でした。
團十郎さんは上手な役者さんではなかったと思います。
まだお父さんがご健在の時に共演していた助六で、かつぎを演じていたのを見たけれど、十代の時のなんか、まるで素人演技です。
その人が、二十歳そこそこで大きな後ろ盾となるはずだった父親を失い、それからヘタクソなりに必死で、たぶん、自分には役者しか道は無いと思って血相変えて生きてきたのです。そんなのは面相に出さない鷹揚な人だったけれど、お書きになったものを読むと強く感じます。

こうしたドキュメンタリーを見ていて、ああ、自分はどこまでも甘いなぁ、と、つくづく思いました。

自分も、年に2度だけは、お客様が「見ている」と意識しなければならない場所に縁があります。それは自分個人が見られるのではなくて、所属しているオーケスト ラが見られるのであるけれど、その部品としては、いちおうお客様にはっきり「お前はこういう部品だ」と見止められます。役割をきちんと果たさなければアン ケートには名指しでご批判を受けます。自分自身の中ではきちんと果たしたつもりでいても、お客様の目と耳にそぐわなければ、叱られます。
それを素直に受け入れられてこなかったなぁ、という思いが一つ。
もうひとつは、いまごろそのマズさに気づくなんてお粗末だなぁ、との苦笑い。
正月の演奏会のアンケートがまとまって、オーボエの年下の方の子がそれを読んで
「みなさん辛口ですねぇ」
とつぶやいたので、いや、そんなでもないよ、と笑ってやったのだけれど、辛口を仰って下さるのは、アマチュアの芸ごとでもお客様が真剣に見聞きして下さっている大事な証しなのです。しかも、正月は、いらして下さったお客様のほぼ全員がアンケートを出して下さったのだということです。僕らの団体なんて、人一倍拙いことしかできていないのだから、有り難いと思わなければなりません。
要約からは省かれていたけれど、当日ひとに教えてもらって、中の一枚に
「あいつの表情が良かった」
と書いてあるのを目にした時は、胸を撫で下ろすのと同時に、この歳になってやっと入口の前に立てたとは、ほんとうに恥ずかしことだなぁ、でも、気づけて良かったなぁ、としみじみ感じたのでした。

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