« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2012年10月24日 (水)

確かな鑑賞者であるために

尊敬するSさんの、雑誌に掲載なさった論文を拝読した。

大学で教えていらっしゃるSさんは、近・現代日本文学の素晴らしい読み手で、教わる学生さんは仕合せだと思う。
今回の論文も目の覚めるような切り口で、あっと驚かされる。もういちど原作に当たり直しながら、再読・三読しなければならない。

すぐれた読み手になるのは大変だけれど、よい読み手であろうと「努力」するのだったら、コツがあると思う。
ただし、僕はあまりに「努める」ことばかりに猪突猛進するから、害悪をはらんだ読みをしてしまいやすい。
何かに感動した、と誰かの表明した文章が、ネットの上にあるとする。
その下に延々と
「それは、素晴らしい!」
ばかりの感想が並んでいると、もうウンザリする。
だからといって、穿った感想があれば、それはそれで「違うだろう」と目くじらを立てる。
まだ、「イイネ」かなんかつけとくのが無難である。
でも、それもなんだか違う気がしてくる。
僕の方がつけてもらうのは嬉しいのだから、ためらう謂れがあるのかどうか、よく分からない。
こんなふうにしているうち、なんだかうんざりしてくるのである。

どこに間違いがあってそうなるか、は、はっきりしている。
文を読もうと臨むときに、自分を白紙に戻していないのである。

ネットの文は、やや特殊ではある。ブログでは少ないが、SNSならば感想がくっついていることが多い。感想がくっついていれば、感想がくっついた状態で、全部が一体として目に入り、内側で音声に置き換えられた言葉を通して耳に入るからである。だからいっそう、読んでいて感情はぐるぐるしやすいのかも知れない。
これはこれで、文章本体と感想を切り離すべきか、くっつけるべきか、の問題があるのだけれど、どっちがいいのか、は、文章そのものの内側に規定されているのであって、そこを読み取る目が要求される。しかしこれは、あくまで応用問題である。

本体だけの文章については、高田瑞穂という人の「新釈 現代文」(もともと高校生向け参考書だった)に、こう述べられている。一ヶ所だけ変更してある。

「『散文の読者は、足場の悪いところを散歩するように一歩ごとに自分の均衡を確かめねばならぬ。』これはフランスの哲学者アランのことばですが、この確認=追跡は一歩一歩、出来れば筆者の足跡の一つ一つを踏みつつ、なされなければなりません。追跡に飛躍は禁物です。多分この道を来るだろうと予想して先まわりして待ったりすることは非常に危険です。筆者はしばしば中途で進路をかえるものです。」(ちくま学芸文庫版 88頁)

たとえば僕なんぞといった小市民の文章は綴り手がどうだなどと考える価値もないのだが、Sさんの今回の論文の冒頭部には、有名だった、しかも文章とは何かを知りつくしていた某作家が、たいへんヒットした自作に関して、おのれの変えている進路に読者が気付きもしなそうなことにへそを曲げるわがままをしていることを、巧みにあぶり出している(Sさんはそれをわがままだと仰ってるわけではなく、受け手の僕がそのように読み取ったに過ぎないのには留意しなければならない)。

「Mは『「(某超有名作)」の通俗的成功と、通俗的な受け容れられかたは、私にまた冷や水を浴びせる結果』になったと回想している。ではどのような『受け容れられ方』をMは望んだのだろうか。
 (略)その構想とは『・・・どの一頁にもデカダンスの影もとどめぬ小説であり、考へられるかぎりの「作者不在』の小説』であるという。(略)実際の読者の受容が素朴で、アンチテーゼの意味を捨象していることにMは失望を感じたわけである。」

こうなると、文章とは果たして、根源的・本来的にコミュニケーションツールなのだろうかどうなのだろうか、と、はた、と振り返ってみなければならない。

単純に見るだけなら、Mのこうした考えとは正反対な視点をとる優れた文学者もまた存在するのであって、谷川俊太郎などには

「文学に人間の言語活動の中で、或る特殊な治外法権を与えてしまうことに私は反対だ。」(「言語から文章へ」1976年 『岩波講座 文学3』所収)

なる表明がある。ただし、いまは仮にMの発想が「治外法権」である、との前提にたってのことだから、厳密にはよく確かめなければならない。あとに続く谷川さんの言葉には、実はこのあたりはかなり混沌としているのだ、と、また悩まされざるを得なくなる。

「創造とはより深められた現実の発見であると言えるのではないだろうか。」

ともあれ、他の人が書いたものでも、あるいは「きのうの自分」が綴ったものでも、それを目にする「今日の自分」を白紙に戻さなければ、僕らは谷川さんが言っているようなかたちでの文章の読み取りは出来ない。

「言語から文章が生まれるためには、個人の媒介が必要だ。どんな無性格な文章も、客観的な文章も、その根を個人の魂におろしていると私は考える。法律の文章や、科学論文の文章などのように、或る集団が書いたかのような文章もあるけれど、それらの文章も言語から分離してくる過程で、たとえ複数ではあっても個人の手をへているだろうし、またそれらが文章として成り立つのは、それらを読み取る個人が存在しているからである。」

・・・すなわち、こちらの色で眺めてこちら自身に没入するのではなく、敵を読み取ろう、と、ひたひたと読む目を持たなければ、良い読み手とまでは行かなくとも、最小限の確かな読み手にはなれないのだろうと思う。

上の谷川さんの「言語」を「音」だの「かたち」だのと置き換えてもよいだろう。
そうすれば、音楽なり美術なりも、やはり確かな読み手となるためにはどうしたらいいか、が、少しは理解できる気がする。
もっとひろげてもいい。
人生の確かな鑑賞者であるためには、最初に何があるか、それは個人のどのような手をへられて、いまこのかたちなのか、を、振り返り振り返り歩まなければならないのではなかろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月20日 (土)

「戸塚囃子」を大切に守って・・・新宿区「ふれあいフェスタ」明日10月21日

日時:10月21日(日)
   オープニングセレモニー9時55分より
   戸塚囃子は15時より
場所:都立戸山公園・新宿スポーツセンター
アクセスは下図をご覧下さい。

3560366_1804061306_199large



東京のど真ん中で、祭囃子が頑張って生き残っている。

頑張って、というところが切ないのですけれど、ほんとうに、頑張って守ろう、ってお気持ちで、ずっと活動を続けていらっしゃる方々がいるのには、頭が下がっております。

新宿区には戸塚囃子というのがあって、笛大好きな名人、吉田紘一さんのご指導で、若者も子供たちも、一生懸命、日々の訓練に励んでいます。

そのお披露目が、明日10月21日、新宿区ふれあいフェスタでも行なわれる、とのことで、ご紹介申し上げます。

学校教育の中でもなく、囲われた劇場の中でもなく、広く親しめる場で、私たちの「日本の音」に触れることが、私たちにとって、暮らしと一体になり、暮らしを浄めてくれる<文化>を大切に感じる最高の機会であり、喜びでもあります。

明日も大変よい天気。
ぶらっと高田馬場〜西早稲田界隈を散策しながら、ぜひお触れになってみませんか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

井上ひさし こまつ座 「宮澤賢治に聞く」

9784167111243

http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784167111243
文春文庫 650円(税込)

論理的に考えられることは、とても大事だと思っています。
神話や伝説にしても、人間が考えに考えたすえに、自分たちの生活に論理を見つけたひとつの結晶ではないか、とも思っています。

そして論理を論理にするのもしないのも、私たちの使う「ことば」です。

「ことば」は論理的に使われないとダメなのか、というと、そうではない対極に、文学が挙げられます。

ほんとうは、文学には文学の論理があるのであって、それを読み解けなければ、文学を理解したことにはならないのであるとも、思います。

では、読み解けなければ文学は読まれる価値はないのか、となると・・・そこが、なにやら違うように思います。

もともと、なにかを明らかに知りたい、という欲求は、なにかを「ことば」にしきれないところから生まれてくるものです。最後はそれが結晶となったり濾過されたりして論理になるのかもしれませんが、それはともすると論理の味気なさにつながります。

文学は、結晶になったり濾過されたりしていく「ことば」を、工程の途中でいったん止めることで生み出されます。すぐれた文学は、そこから、論理化されるのとはまったく別の方向に生産ラインを引いて、論理の同位体を結晶化させて行くのです。

「論理にならない論理」とでも言うべきものを、見事に結晶化させて見せたひとりが、宮澤賢治だったのかなぁ、とわたしは感じます。
ただ、そのことばは、好きになる人には心地よく流れるかもしれませんけれど、書かれた傷みをハナから過敏に受け止めてしまうと、まるきり論理で固めた結晶構造と非で似たるものの格子に、がんじがらめにされてしまって、あまりにちくちくして困ってしまうのです。
普通の論理ではなく、賢治の論理を、いくぶんかでもあらかじめこの手につかんでおいて読み進めるのでなければ、途中で迷子になってしまうでしょう。

ひさしく見かけなかったのですが、どうやら6月に、井上ひさしさんの「宮沢賢治に聞く」が文春文庫で増刷されたようです。
私はこれが、賢治文学の最もすぐれた入口になってくれると信じているのです。

井上さんは、自分の劇の上演を手掛けてくれていた こまつ座 さんと協力して、他にも樋口一葉や太宰治の文学への入口を作ってくれています。残念ながら、いま新品では見かけません。

入口、だなんて言うと立て過ぎで、これらはみんな、結局は井上戯曲の宣伝です。
巻末は必ず、それぞれの作家に題材をとった井上さんの戯曲のダイジェストで終わっているのです。そうしてそこで、読者がはらはらと涙を落とすように、巧みなだましのテクニックで組み立てられています。「宮沢賢治に聞く」で言うと、こんな具合です。

Ⅰ 賢治の宇宙
Ⅱ 宮沢賢治はこう生きた
Ⅲ イーハトーボさまざま
 講演 賢治の世界
Ⅳ イーハトーボの劇列車

はじめの3つはなんだかよく分かりませんが、分からないうちに、最後にたどりついてみると、井上さんの「イーハトーボの劇列車」を半強制的に読まされ、その最後のト書き、

「赤い帽子の車掌は・・・ふと客席に目が行き、はっとなって立ち止まる。万感の思いをこめて、『思い残し切符』を観客席めがけて、力一杯、撒く。」

なんてところでけむにまかれて、「思い残し切符」ってなんなのか全然分からないくせに、もうだらだら涙を流させられたりするのです。

しかしながら、この組み立てが、文学という結晶の格子にそって、実に見事な足場を築いている。ですから私たちは、いまさら井上さんの戯曲なんか読 まなくとも(いや、この人は小説より戯曲がすぐれていると私は思いますから、ほんとうはぜひそちらも読んでほしいのです)、足場からもう一歩、作家さんの 手で明らかになった結晶に、自然と一歩踏み出してみたくなる、という寸法です。

井上さんは、実生活では失敗しましたが、相手が文学なら、自分の「恋」を成就させるにはどうしたらいいか、を、よく知り尽くしたひとでした。
思い入れが強い。でも、ただの思い入れではない。感情に流れないよう、じっくり戦略を練るのです。その戦略で、恋した文学者の文体を、ついにはそっくりそのまま自分のものにしてみせて、文学をぎゃふんと言わせるのです。

井上さんらしきひとが賢治と面会を果たす顛末を書いた冒頭のインタビュー記事は、まことに賢治の文体になっていて、活字になったそれを見た賢治は
「おめ、おらをばがにすんでねぇ!」
と怒りながらも、まんざらではないはずだと思われます。


宮沢賢治に聞く      聞き手・井上ひさし

 こういう次第で、編集部に七人のひとがいて、それぞれの流儀で仕事をしていました。だれも言葉を発しませんでしたから、そこらはしんとしています。編集長がびっくりしたようにいいました。
「おかしいぞ。いつの間にか八人のひとがいる」
 そこで数えてみると、たしかにひとが八人いるのです。ひとりも知らない顔がなく、ひとりもおんなじ顔がなく、それでもやっぱり、どう数えても七人ではなく、八人おりました。みんないまにも泣き出しそうな顔をしています。
「ふえたひとりがあの有名なざしき童子だと思う」
 とわたしは、自分がざしき童子でなければいいがなあ、と思いながら言いました。みんなもわたしとおんなじことを考えていたようで、口ぐちに、
「自分だけは、なんだってざしき童子ではない」
 と言い張って、一所懸命目を見張って座っておりました。
わたしは次の手を考えついてこう言いました。
・・・・・・
「自分はざしき童子ではないという自信のあるひとは、これからわたしが一、二、三と号令をかけるから、号令のおわらないうちに事務所から出てゆくこと。では一、二、の三」
「ざしき童子だ」
だれかが叫んで逃げだしました。みんなもわあっと逃げだしました。わたしは泣きました。

はたして、賢治はどのようにして、井上ひさしさんの前にあらわれたのか・・・、どうぞ、あとは現物をとって、楽しみにお読み頂ければと存じます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月 2日 (火)

心経連想

こないだ仕事関係先のアパートで爆発事故を起こした人の意識が、あれからまだ戻らないんだそうだ。
建物や、他の部屋に住んでいた人たちの「後始末」が出来なくなるから、それは困ったことなのだけれど、忙しく現場を行き来している担当さんの大変さをヨソに、自分は、
「意識がない、って、どんな感じなんだろうか」
に好奇の思いばかり抱いている。

倒れているのを見つけたとき、家内の顔が本当の意味で無表情だったのは、一生忘れないだろう。
表情がない、というのを、あのとき初めて見た。それは、人形のよう、ですらないのだった。つまりは、言葉で表せない。
意識がない人は、一様にあんなふうになるのだろうか?
たぶん、そうじゃない。
祖母は、意識がなくなったときにも表情があった。祖父は家内と同じだったかもしれない。今だからそう思うが、見たそのときは分からなかった。

もし表情が無くなった状態で意識を失っているのなら、それは・・・語弊はあるけれど・・・幸せなことではないのかな。

日々を「思い」とかいう虚構の中で暮らしていると、あっけらかん、とした顔にはなれないのではないかしらん?

意識は、空(くう)なのと同時に色(しき)だ、逆も真だ、なる、お経の説は、正しい気がする。だから苦なのだ、とは、まったく正しい。
絵や、歌や、物語は、美しい。
それは結晶になったフィクションだからだ。
受け止められれば、果てしなく美しい。
フィクションは、結晶になった意識だからだ。とらわれたら最後、がんじがらめになる。

だから、その中にいるのは、果てしなく苦しい。

じゃあ、そこから遠ざかるのが賢明なのか?

結晶になったものが絵や歌や物語なのだから、たどれば、その素は、みんな、日々を生きるそのことの中にあるのだ。
結晶ではないから、正体も清濁も見極めがたい。苦しさがおぼろになるから、つらくなる。

本当の無表情になれて初めて、僕らは、全部のしがらみから解き放たれる。
それを幸せと言わずして、なんと言うのか?

それでもまだ、そんな「幸せ」のほうに身を置き続けるほうがマシだ、と、また明日突っ走る準備に余念がない自分とは、いったい何であるのだろう?

意識を失った無表情は、さて、本当に幸せなのか?

だとしたら、幸せ、って、どんなことなのだろう?

ここまで考えた屁理屈が仮に本当だ、というのなら、僕は、本当の幸せよりは、いま苦しいときに浮かび上がった瞬間に見る、嘘かも幻かも知れない仮の幸せのほうが、じつは、まだはるかに好きだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »