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2012年9月27日 (木)

守るものがあるうちは

何が楽しくて生きてんのかなぁ、と、思う。
定時での帰りぎわ、となりの職場の同期に
「こんな早よからどこ遊びに行くん?」
と冗談を言われた。
「いつもニコニコ真面目な直帰だい!」
答えを知ってて言ってくるんだから、別になんてことはないんだが、つい、
「何の楽しみもねぇよ」
と付け加えてしまった。

演奏会だ飲み会だ、と、だいぶ行けるようにはなってきたけれど、6年前、家内を亡くして最初のうちは、娘も中2、息子も小5、で、どんな用事や娯楽に行くにも子連れだった。そのほうが、今思うと、しんどいなりにも気分は楽だった。子供らにトサカが生えてきた最近のほうが、留守宅を考えると、気が気ではない。

ただし、楽しいとか楽しくない、とか思う、いちいちのことは、今どうか云々以前に、つきつめれば、家内の死なるひとつのこと以外は、自分の意志で全てを選択してきたのだ、と、この頃感じる。
選択の結果は自分ひとりでは決まらない、周りがどうか、なるダイナミズムもあって、自分と周りの関係が「運」というやつだから、甘んじて状況は直視しなければならない。

これだけは言えるかなあ、と思うのは、
「守るものがあるうちは強い」
なることである。

「子供らは守らなければ。他には誰にもできないんだから」
と思ってきたから、踏ん張れた。
また、そう思っているあいだは、外からも誰かが助けてくれる。

トサカが生えてきたガキども、というのは難儀で、
「わかったから、もう手放してちょ・・・あ、でも少し待って」
といつも言っているみたいなもんだから。
どこまで守っていいのか、を見失い始めたら、ズルズル弱くなるだろう。

「守る」
は、諸刃のやいばだと、つくづく恐ろしく思う。

どこかで、子供らが、子供らなりに「守る」ものを見つけられるチャンスを、やらなくちゃならない。

見つけられたら、やつらは強くなるだろうな。

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