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2012年7月28日 (土)

クリーニング屋のおじさん

無能である、と綴って、本当にそうか、と自問して、今日はもうひとつ頭から離れないことがあるので、続いてしまうが綴ってしまう。

今はワイシャツは洗濯して着ているが、もとはスーツやワイシャツはクリーニングに受け取りに来てくれるおじさんがいた。
息子が幼稚園の頃の夏休み、息子がクラブのプール(子供用の小さいもの)に週1回行っていたが、カカアが仕事で送って行けない日があった。
いつも通勤に使う車を置いていったので、僕が休みをとって車で送って行くはずだった。
息子と駐車場に行ったら、車はパンクしていた。
仕方がないので、かろうじて時間にゆとりがある、と、歩けば30分以上かかる幼稚園まで、炎天下を歩く決心をした。
少し歩いただけで大汗をかいていたら、クリーニング屋のおじさんが配達途中で通りかかって、席を一生懸命あけてくれた。僕と息子はそれで無事に幼稚園までたどり着いた。

カカアの死後は墓の手配のことで相談して助けてもらった。
墓問題の解決まで1年かかったが、ウツも治っていないところに不本意なトラブルが重なって、落ち込んでいる僕を、おじさんはいつも柔らかい笑顔でふんわり励ましてくれた。

墓のことが落ち着いて真っ先に考えたのは、いずれ僕は子供たちから自立しなければならない、ということだった。父子家庭はそうしないと子供の将来に足枷をはめる、という例を、生前の家内が職場で見た話の記憶から、痛いほど感じていた。
自分は、自分と生きてくれる人、自分も心底宝物に思える人と、また二人で生きたいと思った。
おじさんにそれを話したら、
「ぜひそうなさるべきです。奥さんも、奥さんにこだわったまんまで生きて行かれるのは望まないと思います。」
と言われた。

それを頼みに、とにかくなんとか羽ばたきたい、と、ずっと思っているのだが、子供らのあれこれにひっかかって、いまだに羽ばたけない。

やっぱり無能か。

おじさんは、さっきの言葉を下さった少しあと、僕のうちの前まで来たところで、カカアと同じ病気で倒れた。
幸いにして心臓から離れたところが裂けたので、その場で僕が呼んだ救急車で運ばれて一命をとりとめた。
この病気がきっかけで、クリーニング屋さんのお仕事は続けられなくなった。

お見舞いに行ったが、おじさんの退院後は会えずじまいである。

今でも元気でいてくれるよう祈っている。

おじさん自身、うちのカカアの死ぬ数年前に、奥さんを亡くしていたのだった。お子さんはもう自立していたのだけれど。

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