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2012年6月 6日 (水)

ヴァイオリンの弓

先日、ひとの弓選びのつきあいで、K先生のお宅にお邪魔するのだった。
先生はM音大の楽器博物館の創設に深く関わったかたで、とくに弦楽器の弓には造詣が深い。以前はそれで本を書きたいとも仰っていたのだが、現在のところ果たせていない。是非書いて頂きたいと思っているのだけれど。

先生のお宅にお邪魔するのは何年ぶりだか、僕はここ数年こころの時計が止まってしまったようで、思い出せなかった。でも、駅がすっかり様変わりしたのが全く記憶になかったから、6、7年は経っているのだろう。それでもお宅までの道は覚えているのだから、妙なもんだなぁ、と思った。

お邪魔して、最初は弓を選ぶ当人がいろいろ試すのを極力黙って眺めていたのだが、途中で先生が僕に
「弾いてみな」
と振ってこられて、結局最後まで僕の方が弓選びのテスターになったのだった。
延べで10本以上試させられたと思うが、10を超えたところから数えられていない。15本までは行かなかったと思うが、行ったかも知れない。

前に楽器屋で試したときと違って、基本的なところで弓の出来にばらつきはない。それで、ただ弾く分には差がつかない、ただしこれは中立的に全体安定、これは強くて太い音になるがやや鈍い、等々の旨を言ったら(前者はイギリス弓、後者はドイツ弓だった、他のそれぞれの国製の弓と性質が共通してい る)、
「いや、でも僕(=K先生)だったら付ける値段が全く変わるんだよ」
とのお答えで、あっ、と目から鱗が落ちた。
今例に挙げた2本でも、鈍い方は僕が安く買った弓と反応がほぼ同じなのである。ということは、値段はそこまで安くなるわけだ。
1本1本、まず根元と先を弦に当てたとき・・・とくに元が分かりやすい・・・の反応が個性的に違い、その反応の善し悪しが音の輪郭の明確さ不明確さとほぼ比例するのは、初めての経験ではないけれど、年の功か新鮮に感じられて、たいへんに勉強になった。
ついでに、K先生のお弟子さん(ご本人はチェロとガンバの弾き手なのに、合奏の指導をなさっていたので、ヴァイオリンのお弟子もいる)でソリスト級にまでのびた人たちがかつて使った弓も先生があれこれ面白がって取り出しては持たせてくれる。ああなるほど、あの人の個性だからこれが合ったのか、と思 い当たりつつ試すとたいへんに面白くもあったのだが、ふと気がつくと、結局おいらはモルモットで、弓の反応を先生と弓選び人が見て聴いて楽しむためのマネキンになったに過ぎなかったのだ。

試奏に使ったヴァイオリンがまたユニークで、表板がやたらと古い顔をしているのに、裏板とネックは新しめの感じがする。でも自信がないので黙っていたら、先生が
「問題。これはいつ頃の楽器だと思う?」
と意地悪く笑う。当然僕は答えられない。ふたを開けてみたら、表板は18世紀のイタリア、裏板は19世紀(これは伺わなかったがたぶん末だろう) のフランス、ネックは20世紀のドイツ、というキマイラ楽器だった。なんだ、正直に感じたままで良かったんだ、と半ば苦笑する思いだったが、これはやっぱ りそうそう分かるもんではない。さらに、この組み立てをなさったのが故人になられたMさんだというので、深く強く納得した。Mさんは、いちど訪問させて頂いたとき、ヴァイオリンがいかにきちんと寸法の定まった楽器であるかということを、どうも僕が相当物好きに見えたらしく、手取り足取り教えて下さった思い出のかたである。楽器の調整のたいへんな名人でいらした。こういうかたちでずっと生きていらっしゃるのだ、ということを非常に嬉しく思った。

弓の作り出す音の色や輪郭の違いはたいへん明白なのだけれど、これはいまの「科学」では量れないのだろうな、ということを、考え続けた。音色の違い、立ち上がりの違いは、声紋分析で出来る程度の精度では明確になるのだろうけれど、持った瞬間に感じる木の密度感(濃かったり薄かったり、決してそれは あり得ないのだが空洞のようにぺこっとしたりする・・・ぺこっとするヤツには今日ペコちゃん弓と名前をつけた)は触覚と同様にパラメータをとる方法がない だろう。で、この触覚の印象はまた音質に密接に結びついているのだけれど、これがまた測る術がないのではなかろうか、と思うのである。

それからちょっと昭和音楽史的な雑談で話に花が咲いて、つい長尻してしまった。楽しかった。

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