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2012年2月26日 (日)

プライド

(前に書き留めた日記から)

抽象的なことを綴る。
もっと具体的に簡単に、と思っていたけれど、どうもそこまでの能力がない自分に気がついた。

日本語としての「プライド」は、「誇り」と同じ意味だということになっている。
「誇り」とはなにか、と調べてみると、「名誉に思うこと」とか「自慢に思うもの」とある(角川必携国語辞典による)。

だから、日本語では、
「プライドを棄てた」
という言い方が成り立つ。もうなにも自慢したり誇ったりはしない、ということを指すのだろう。
ところが、「棄てた」はずの何かに何かがちょっとでも触れると、
「プライドが傷つく」
などと、棄てたはずなのに、そんな奇妙なものがくっついてくる。

日本語的発想からは、棄てても棄てなくても棄てようがなく、「プライド」は身体から離れない摩訶不思議な「なにものか」であるということになる。

いま、英語やその他の、他の言葉そのもので「プライド」にあたる語を説明した辞典がない。ただ、ラテン語で英語のprideに対応するのはsuperbusなる語だということになっていて、これは奢ることや傲慢さを表すものだという対称までは出来る。これだと日本語の「プライド」とは少々ズレる気がする。「奢り」や「傲慢」は棄てた、と宣言し、傍目からそう見えるような人でさえも、「プライド」は傷つくことがあるからだ。
「プライド」というのは、少なくとも日本人の発想の中では、
「生きていく自分を保つ、自分の中の重石」
のようなものなのではないだろうか、と感じることが、ままある。

常に中にあるものだから、持っている結果表面に現れる「誇り」や「自慢」や「傲慢」を棄てても、なおそのかたちが尖っていることで、自分の内部をすたずたに傷つけ、血だらけにすることもあるのだ。

そうではあっても、この重石がなければ、僕達のからだは、いとも簡単に虚空に投げ出される。
投げ出されることで、仮に肉体の機能は保っても、精神の死を迎えることなど、いとたやすく起こってしまうのだ。

だから・・・僕たちは、僕たちの中に抱えているこの「重石」が、僕たちの中から自分自身を切り刻まないように、そのかたちを上手に丸めて行かなければならない。

表づらだけ人に優しくしたって重石のかたちが変わってくれるわけではない。
あるいは、人に優しくされて丸まって行くとも限らない。
優しさの軽い流れが急過ぎて「プライド」の重さを流し去るには力が不十分であることもある。水の働きと、なんらかわるところはない。

重石そのもをのを他人の重石にむやみにぶつけても、これはまた、お互いの重石の先っちょをますます尖らせるだけだ。それによって傷つくのは相手も勿論である。自分自身は、なおさらのことである。

どうしたら、自分の重石は丸くなるのだろう?

自分が重石の中の成分だと思っているあれこれについて、まずは自分の「傲慢かも知れない」視点から分析をしてみる。
そのうえで、同じ要素を他者はどう扱っているか、を対比してみる。
さらに、それぞれどちらが「是」でどちらが「否」かを仔細に検討する。どちらも「否」かも知れない。どちらも「是」であればすぐ幸せになれるかもしれないが、「プライド」を磨く愉悦を味わうには、たいへんものたりないことになるだろう。

「あ~、天国って幸せなところだってきいたけれど、幸せすぎるって退屈なことだねぇ」

とぼやいた、とかいう亡者の話を、どこかで聞いたことがあるような気がする。

こんな話である。

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コメント

興味深い文章ですね.
プライドと誇りの違いは知らないのですが,「重石」は当たっているように思います.
本物のプライドまたは誇りは,他人からそれを否定されても,気持ちが動じることはないけど,それが偽者だと怒り狂うという反応が生じてしまう,という意味で「重石」がぴったりかなと.
どうも失礼しました.

投稿: coollife | 2012年2月26日 (日) 18時10分

coollifeさん

ありがとうございます。
いろんなひとのことを思いながら、最後は自分を振り返りながら綴ったものでした。こっちに載っけておけばあとで自分でまた振り返るかなぁ、と載せた次第です。
カナ言葉としての「プライド」は日本語なのでしょうね。
英語としては奢り・傲慢のほうが当てはまる、とのご示唆を受けました。・・・でも確認してません。確かめなくっちゃ!

投稿: ken | 2012年2月26日 (日) 19時03分

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