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2010年12月26日 (日)

六回忌

カカアが別世界に生まれ変わっていって、今日が満5歳の誕生日となりました。

でも、日本の仏さんは満年齢では数えないんですね。
この世側からみたら、六回忌です。
この時刻の頃は、まだこの世にとどまろうとガンバっていました。2時に僕がうたた寝し始めたときは、鎌倉大仏をかたどった小さな仏さんを一生懸命拝んでいました。

何を思ったのか、教員の仕事も忙しいのに、小学五年生になった息子のPTAの役員を春に引き受けて、ますます忙しくなって、家事が面倒くさくなって、キッチンに立つと
「あ〜、五十になりたくない!」
とわめくことが多くて、49歳と9ヶ月で、ほんとうに50にならないで、急に倒れてあちらに召されました。
満年齢ではなくて、数えで歳を決められるので、位牌には「享年五十歳」と書かれています。位牌にそう書かれているのを見たとき
「あれまぁ、いやがってるだろうか?」
と、ちょっと苦笑いしてしまいました。

遺体をCTにかけたら、急に破れた心臓以外は、きれいで健康そのものでした。
なんで心臓だけが、と思いました。
でも、僕が前の年にウツになったりして、カカアは自分が負けちゃあいけない、と、一生懸命踏ん張っていたんでしょう、一生懸命過ぎて、早くへし折れてしまったんだろう、と思うと、僕はあのころの僕が日々悔いられます。

いまの僕は、志望校の講習から帰って来てくたびれてうたた寝する娘を叱りつけて起こして、風呂に入れようとしています。・・・もう何回怒鳴ったかなぁ。

自分自身は、昨日コメを買いに行ったとき、恥ずかしいことに体をヘンに捻ってしまったらしく・・・あるいは寝ぼけてどっかにぶつけたのかも・・・腰の上あたりが痛くて動きが自由にとれません。
明けたら墓参りに行きたかったけれど、ちょっと延長です。

息子は、自分でやったパンク修理がうまくいかなかったらしく、また部屋で折り畳み自転車のタイヤのチューブを水につけたりしています。

五年も経ったのか、いや、五年しか経っていないのか、と、なんだか妙な気持ちです。

目標にして来た、娘と息子の同時受験がうまくいくところまで、あとひとふんばりではあります。

父親としてやれるだけのことを、してあげただろうか?
子供たちのほうが、むしろいろいろ、僕にしてくれて来たような気がします。

カカアが死んだ朝は、急にかき曇って、トコロテンのような雨が降り出しました。そのあとはきれいに晴れて、そのまま、葬儀の12月30日を間にはさみ、お正月まで、ずっと快晴だったと記憶しています。

先日チェロ弾きの友人の奥様が亡くなった、その葬儀のときは、朝はもっと激しい風まじりの雨で、それが昼にはきれいに晴れました。
そういうときは、ああ、亡くなった人が、この世への思いをひとしきり泣いて、きれいさっぱり忘れて、あちらへ行くのだろうな、と感じます。
別世界に行くときは、こちらでの世界でのことを忘れる薬を飲むのだ、とは、竹取物語にあった話でしたっけ?

五年のあいだに、楽隊で大好きだったHさん、職場で尊敬していたKさんも、それぞれ急死なさったりしました。
反面、通ってくれていたクリーニング屋のオジさんは、ウチの前で倒れたところを近所の人たちが見つけてくれて、ウチの前で介抱して救急車に乗せてやって、一命を取り留めました。
実家の親父も、実家のほうで、似たようなことになって一命を取り留めました。

たくさんのみなさんの周辺でも、いろんな死と生が、ばたばたと繰り広げられましたね。

いのちとは、ほんとうに忙しいものだなあ、と、五年の月日を振り返って、あらためて思います。

僕の大切な、僕を助けて来て下さった皆様が、ぜひご健康を保たれて、元気で幸せに新たな年をお過ごし下さいますように。

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