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2010年7月25日 (日)

雲を見た

寝る前のお酒は、また発泡酒に戻した。ひとばんひと缶。

けさ、娘はいつもよりのんびりペースの登校。
遅い時刻だった分、もうかんかん照りだった。

息子と僕は歯科検診。息子は大きな問題は無く、今日でおしまい。僕は気になっていた差し歯のことを話したら、こん、と叩いてくれて、それで差し歯がはずれた。前にはとれたことがないヤツだったことも判明。歯茎が緩んだからだろう、という見通しは合っていた。火曜日に所用で休暇を取るので、火曜の昼近くにまた治療に行くが、今日仮づけしてもらったのでもだいぶしっかりついていて、飲食のときに心配することがなかった。

息子と立ち食い蕎麦で昼食をとり、それから息子のギターレッスンに行く。先生には毎度のごとく無駄話でご迷惑をおかけする。

夕方に娘と待ち合わせなので、息子と本屋に行く。一緒に勉強すると、どうも自分は中学理科も分かっていないのが実感されたので、ブルーバックスの『発展コラム式 中学理科の教科書(第1分野)』というのを自分用に買った。これで取り急ぎ、息子と一緒にできる準備のための勉強をすることにした。鎌倉のガイド本も探したが、今日のところは入手までは断念した。どれがいちばんいいのか分からなかったし。

娘が着いて、故障したイヤホンの代替品を買いに行き、それからデパートの上階のレストランで食事。息子は本当はデパートの入口でうなぎを見かけてうなぎが食いたくなっていたのだけれど、レストランのほうにうなぎの店がなかったのと、デパートのうなぎは高かったのとで断念。
デパートのレストラン、店の作りだけはこぎれいにしていたけれど、店員が若い女性ばかりで・・・都内のデパートでも似たようなもんだけれど、都内に比べて致命的なことには・・・態度が機械的だし食事なんかを運んでくるのもなんだかがさつだし、僕の膳の味噌汁がこぼれたのでわざと「あっ」と声を出してみたら、
「はっ! お待ち下さい!」
と走って戻ったのはいいけれど、味噌汁がこぼれたところを撫でるように一拭きしたくらいで、
「失礼しました」
のひとこともなかった。
・・・この店には二度と行かない。
・・・立ち食いそば屋のおっちゃんおばちゃんの仕事のほうが、ずっと心がこもっているのをあらためて感じた。

地元に戻って、息子も満足させてやりたくて、うなぎを覗いたら、ずっと安いので、明日の晩飯用に3つ、でかめのを買いそろえた。

昼間は息子はいつもの勉強はしていなかったし、夕べは僕との勉強をしていなかったので、妥協で、今夜は僕との数学と地理の勉強にした。

へろへろである。

子供たち、まあ、よく一緒に歩いてくれる。如何せん、子供たちの要望に応えるには、最近は体力がついて行かないのを実感させられる。

もうひとつは、子供たちとの会話は愉快なのだけれど、喋りながら、なぜだか、ぼんやりとした「かなしみ」を感じるのが、やるせない。

それは、前のように「カカアがいなくなったから」という通り一遍な理由ではないみたいな気がする。
というより、理由なんて、これ、といったものは何にも思い当たるものがないといえばないのである。

ただ、なんとなく
「かなしいなあ」
と思う。

子供たちがませてきて・・・自分はそれに精一杯合わせていて・・・でも、だんだんに、おいていかれるんだなあ、って感じるからなんだろうか?
そういうのとも、なにか違う気がするのではあるけれど。

説明出来ない。

三人で歩いていて、デパートを出たところで、面白い具合に日が当たっている雲を見た。

ケータイのカメラでは思うように写らなかったし、撮った場所が地下駐車場の出入り口だったので、警備の人に追い払われた。

そういえば、昼間はきれいな瑠璃揚羽を見た。これを写したくて粘ったけれど、とうとう撮れなかった。

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2010年7月18日 (日)

ものさし

いままで読んできたモーツァルト作品の個々記事へのリンク・・・抜け漏れはありますが、ザルツブルク時代のものをようやく終えました。



リスト考:(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)
(9)(10)番外-ショパン-

「いろんな種類のものさしが持てるチャンスだと思って頑張ります」
とは、初転勤で職種が変わったときに朝礼の挨拶で言ったことだったと思う。

四半世紀経って、
「まあ、ずいぶん思い上がったことを言ったもんだ」
と感じる瞬間が増えた。

娘のものさしはよく分からんとこが多い。
息子のは猫のものさしに近そうである。
人の数だけものさしはある。
が、それ以上の数にはならなそうである。

自分は所詮、自分というかたちの「ものさし」しか持っていなくて、出来てる材料がまた、思いのほかに固いんだなこれが。

人の説明を聞くには人の目盛によりそわなければわからない。・・・分かったつもりになるのは簡単だけど。

人に説明するには、相手の目盛で測れるようにしなければならない。
わかってもらったつもりになるのも、わかってもらえないと癇癪を起こすのも、面倒なことを考えるよりはずっとラクだけどなぁ。

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