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2009年3月14日 (土)

職場復帰一週間

本14日は、体調及び準備不十分で、新規記事の掲載は諦めました。
・・・今日は午前中も夕方からも、ちょっと寝込んでしまいましたし。

前夜から午前中にかけて凄い風が吹いていましたね。
息子は、土曜日ではありましたが、卒業式の日でもあり、朝から学校の卒業生を見送るために登校しました。
息子達、下級生はほんのちょっとの登校で帰って来たのでまだいいのですが、今日卒業式を迎えたお子さんたち、ご父兄のかた、先生方は、さぞや大変なことだったろう、と、お察し申し上げます。
一方で、こんな嵐の中での卒業式は、必ず強く心に残って、卒業したお子さんたちには一生の思い出になる。
そう思うと、嵐の中の記念行事も、悪いことではないのかもしれません。

2週間休職をしていまして、月曜日から新たな気持ちでの出社、のつもりでしたが、サラリーマン社会の中への回帰はさほど新たな刺激もないだけでなく、病休明けで行ってみたら、事前にその仕事をやるために休み初めの日も終える日も決めていたのに、上司からひとこと、
「ああ、あれ、僕なりにやってしまったから。・・・で、マニュアル作ってくれるかなあ、別の人に引き継ぐから」
・・・と、ご本人は私の負担を軽減するつもりからだったのでしょうが(休む前に、いざという時に備えて仕事の手順などはこの上司に一通り説明しておいたのです。ただ、あくまで、もし予定通りに復帰できなかったら、というときのためだ、という前提を「共通理解」したうえで、の説明のはずでした。実際、内容は結構負荷のかかるものではあります)、その宣告から初日が始まるという、ガッカリモンのスタートでした。
私にとっては唯一、出先で行なう業務でもありましたので、職場に縛られる日々の中で、ある意味で貴重な息抜きでもあったのですが・・・

余計な思いやりは、こんな具合に、いっぱいしてもらえるものなんですよね。
肝心の、理解して欲しいことは理解されることは無い。

裏返せば、自分が人を見る目も、たぶんそんなふう。
人を思いやる、といったって、たぶん、ずれてる。

いい教訓を得た、と思いながら、これから残り10年間のサラリーマン生活をおくろうと思います。

とにかく、無我夢中で、
「手があいてしまったらどうやってごまかそうか?」
を考え続けて職場に通った一週間でしたが、ひとつ、涙が出るほど嬉しかったのは、隣の職場の友人が、私だけでなく、子供達のためにも、特別なお守りをわざわざ用意して、手渡してくれたことです。

温かい心に触れられる一瞬ほど、何もかも忘れられる至福のときはありませんね。

・・・あまりに何もかも忘れ過ぎていて、しまった、朝にやった洗濯物を、まだ干していない!


この1週間の記事
・ヘンデル:「王宮の花火の音楽」のスコアを読む
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-066c.html
 ※ オーケストラをやる上でスコアを読むことのむずかしさ

・フォーレ「シシリエンヌ」:好きな曲024
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/024-15eb.html
 ※ 家族の思い出話付きでございます

・メンデルスゾーン:初期の弦楽交響曲群(1)
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-03a3.html
 ※ メンデルスゾーンを単純に「ロマン派前期」作曲家とみてしまうのは
   この作品群をよく味わうことで、視点を変えなければなりません。
   彼はウィーン古典派からではなく、「前古典派」とこんにち呼ばれる
   プロイセン系の音楽をストレートに受け継いでいます。

・3月8日練習記録(TMF)
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/tmf-a6fa.html
 ※ 参考に、演奏姿の3例を動画をリンクしました。
   力んだ演奏とそうでない演奏を見分けるには、管・弦を問わず、
   奏者の肩と口元をご覧下さい。
   この部分の力みが音に反映しているのをご理解頂ければ
   ありがたく存じます。

・ルネサンス仮説の見直し:曲解音楽史番外
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-c3af.html

・齋藤友美賀 ヴァイオリンリサイタル
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-b5cc.html

・曲解音楽史56)ドイツ圏での音楽ジャンル規定
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/56-653d.html

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コメント

Kenさま 
 こちらにカキコさせて頂くの、初めてでしょうか。
チョコチョコ拝見し乍ら、筆無精・打鍵無精でご無礼しています。

> こんな嵐の中での卒業式は、必ず強く心に残って、
> 卒業したお子さんたちには一生の思い出になる。

 今日のこの記述、本当にそうですよ。これで、友人の結婚式を思い出しました。
何年前かを書くと、歳がバレますが、バレて困る歳でもないのですが・・・
その大阪で行なわれた結婚式、当日が交通ストライキだったのです、市電も市バスも
みんな止まって、街はガ〜〜ラガラでした。当然、タクシーは長蛇の列で、
やっとこさ、会場へ辿り着きました。どなたも、着くまでの苦労話で持ち切りでした。

 彼女はウェディングドレスでした。日頃、オヘチャの彼女がスゴく輝いて美しく、
驚嘆しました。お初にお目に掛かる新郎も、マジメがタキシードを着たような人でした。
お料理も美味しかったと思うのですが、記憶に有りません。

 ただただ、新郎新婦の紹介も招待客の祝辞も、交通ストの話ばっかり、
「ストのお蔭で一生忘れられない日になるでしょう」でした。
10年ほど後、会社が倒産し音信不通でしたが、渡米していて平穏な日々に大転換。
彼女にも私にも、孫がいますし、彼女のご主人は先月亡くなられたけど、
私の記憶の中では、タキシードのご主人が鮮明に残っています。

 今までの経験から思い起こしてみると、幸せが不幸に転じるより、不幸が幸せを
運んで来ることの方が多い気がします。

> 私だけでなく、子供達のためにも、特別なお守りをわざわざ用意して、
> 手渡してくれたことです。

 このお話を拝見して思いました。これも、Ken様が、身体頑健ルンルンの人なら、
こんな優しさに触れることはなかった訳です。お子さん達の為にも、って泣けました。
隣の職場のお友だちに、宜しくお礼申し上げて下さい。kenさんのことが気に掛かり乍ら
何も出来ない私です。そのお友だちの気持ちが有難く、心から感謝しました。

投稿: さざ波moo | 2009年3月20日 (金) 11時54分

mooさま

だいぶ遅いコメントへの御礼で申し訳ございません。

ブログのほうでは、結構不精をしております。(^^;

家内の死を通じて、私は本当に友と呼べる人、家族と呼べる人の判別がつくようになりましたが、それも考え直すと、判別したところで自分の中で「人を差別し評価する」ことに繋がるだけですので、よろしくない面もあるかな、と、目下、反省中です。
ただ、本当の友、というのはまことに有り難いです。

子供達も、ようやく母の死を客観的に捉えられるようになって来て、今日など、買い物しながら思い出話をしては笑えるようになっていました。
家内は対外関係では女性に珍しいくらい、かつ、短気な私など思いもよらないくらい客観的で的確な判断をして、周りを丸く収めるのが上手くて、舌を巻いていたものでしたが、家庭人としては、新婚当時はべそっかきで、実家に電話した後では、何を言い合ったのか分かりませんが必ず泣き出したりしていまして・・・下の子が幼稚園に入る頃までそんなことが続きました。
子供達に対して癪に触ったことがあるときの口癖がとんでもなくて、
「そんなことばかりするなら、おかあさん、ウチを出てっちゃうから!」
にはじまり、果ては
「もう、おかあさん、死んじゃうから!」
でして、言わせておかないとストレスがたまるだろうから、私も我慢して黙って聞いていましたが、今思い返すと、あれは叱っておくべきだったのかな、と感じられてなりません。
自己暗示で命を縮めたところも、あるような気がするのです。
でも、今日は、そんな「おかあさんの口癖」を笑い話の種にして、親子三人で大笑いしながら食事が出来ました。2年半という時間の、決して短くはなかったことを、あらためて思いました。子供達はまちがいなく精神的に成長し(勉強の出来は最悪ですけれど目をつぶりましょう)、「おかあさん」は、この分ではたぶん、安心して極楽往生でもあるでしょう。苦しんだ日が1日ですんだ、事故死ではなかった、我が家で息を引き取れた、などというのは、長い病気に苦しむ人、犯罪や不当な事故でいのちを奪われる人の多さを考えたとき、「おまえ、幸せだよな」と声をかけてやりたくなるようないのちの終え方です。
私自身は、そう言うわけにはいかないのかも知れないから。

でも、頂いたお守りが、きっと、私たち一家を危機にはさらさないように働いてくれる、と、今は強く信じることができております。

これも、mooさんにも、いろんなみなさんにも、優しく見守っていただけているおかげです。

本当にありがとうございます。

・・・どう綴ったらいいのか分からず、それも遅くなった理由ではありますが、言い訳にはなりませんね。お詫び申し上げます。

投稿: ken | 2009年3月21日 (土) 01時01分

 音楽にうとい私が、こちらにカキコするなど場違いも甚だしいのですが、《嵐の中の卒業式》を拝見して昔のことを思い出し、つい書いてしまいました。丁寧なメッセやご返信を頂き、恐に存じます。

人は、温々とした環境から《上人間》になるのは、中々、難しいようです。私は小学校3年で父が亡くなりしました。37歳でした。私を頭に6人の子供と母が遺されました。路頭に迷う不幸です。でも、一度も怒ったことのない父に、私は可愛がって貰いました。しかし、下の弟妹たちは、父の顔も覚えていません。写真を見るからこれがお父ちゃんかと思うだけ、と言うのを聞いて、本当に申し訳なく、後ろめたい気持ちになりました。

こんなことを書くのは不謹慎ですが、誰かが亡くなっても、子供さんが大きかったりすると、親をその歳まで楽しめて何て幸せなんだろうと、よく思いました。戦時中、同級生には両親が戦死して、親戚に引き取られて来た友人もいました。彼女に較べたら、私はなんて幸せなんだ。これで泣いてなんか居られないとも、思いました。一人で頑張って6人を育てた母は、長女の私に取って戦友です。お宅のお子さま達も、きっと、kennさんをそう思う時が来ますよ。

自分が自分を助け乍ら生きて行くしかないんですよね。母が疲れて肩を叩いてというので、よく叩いて上げました。これでもかと言うくらい丁寧に緩急自在に工夫して叩くので、mooは上手だと誉めて呉れるのですが、それが辛く悲しかったです。何もしないで疲れさせておけば、母は早く死んで、子育ての苦労から抜けられるのに、私は最大の親不孝をしているのだと、心の中で泣き泣き肩を叩いていました。

でも、思うに、一番可哀想なのは亡くなった父です。お宅で言えば、奧さまです。一番死にたくなかった人です。その悲しさを思えば、残されたものの悲しみなど眼じゃ無いと思います。父を悲しませにない為に、私が泣かないで生きているコトが大事だと、よく思いました。その割には、全然なってない人生を終わろうとしていますが、並みの人間はこんなものかと、諦めているのが現状です。

奧さまのことを、kenさんのコメントで、時々、拝見しますが、その度に、ホントに亡くなって欲しくない人だったと思います。ご家庭のためにですが、社会の為にも、奧さまの為にもです。惜しいなあ・・と、何度、思ったか知れません。お目に掛かったこともないのに変ですが、私の直感です。

「もう、おかあさん、死んじゃうから!」っての禁句ですね。でも、「死んででやるから!」じゃないとこがいいなあ・・・と、変なとこに感心し、優しいお人柄を思いました。一家の太陽が消えたのは、本当に取り返しがつきませんが、一人一人が蝋燭の明かりを持って照らし合えば、太陽に追いつかないまでも明るくなります。ご家族が、お母さんを思い出して笑い合ったと仰る文章で、私はとても救われています。

> 「おまえ、幸せだよな」と声をかけてやりたくなるような命の終え方です。
 そうですよね、今の世の中で如何に生を終えるかは、選べない丈に大きな課題です。
でも、拝見していて思うのですが、奧さまのお幸せは、一生懸命支え合って生きている素敵なご家族がいらっしゃることです。

お守りは、きっと効くと思います。神社のご祈祷も効くでしょうけど、何より効くのは、下さったご友人の優しさがぎっちり詰まっているからです。取り留めのないコメントで、ご免なさいね。ご家族に嬉しいことが一つでも多い日々でありますように! レス、お気遣いなく。

投稿: さざ波moo | 2009年3月22日 (日) 16時05分

mooさん、ほんとうに、重ね重ねありがとうございます。
お言葉のひとつひとつが身にしみます。

明日、家内の誕生日なのですが、前にお隣に住んでいらしたかたが(家内の死後も、ご一家でいちばんよくお付き合いして下さるかたなので親戚以上に有り難いのですけれど)果物を持って来て下さいました。
私の日記もよく読んで下さっていて、
「ほんとうに、みなさん、あったかいですよね」
と仰っていかれました。・・・ご自分も、ですのに。
でも、仰る通りでして、私は、そして私たち一家は、家内も含めて、世界でいちばん幸せかもしれません(世界、というのはいくつもあるものですから! 一つくらいの中でそう言ってもバチは当たらないでしょう)!

お返事に、
「だから、人間も案外捨てたもんじゃない、と思っています」
と申し上げました。

mooさんのお母様にはかなわないけれど、娘も、そして息子も、いまだ戦場の直中とはいえ、私にとっては既に大切な戦友です。
娘のほうは、今日はご褒美でミュージカルを見に行かせていますが。

今夜は「おかあさんの誕生祝い」を3人でやります。

環境がどう変わっていこうとも、家内・・・おかあさん・・・が、僕たちが心配で困っちゃうことのないように、元気で明るく過ごして来ているところを、今夜も三人で見せてやろうと思っております。

再び、心からの感謝を申し上げます。

投稿: ken | 2009年3月22日 (日) 16時23分

kenさま
 取り留めのない気兼ねしいしいのカキコに、お礼を仰って戴いては身が縮みます。
我が家の苦難の時代は、貨幣価値が激しく変わり父が持っていた国債も紙切れ同然になりました。
でも、戦後の物資不足で皆が困っていましたし、塾や習い事も今ほど盛んじゃ有りませんでした。
上流家庭は兎も角、庶民の家庭では、着るものだって継ぎ接ぎしていましたし安上がりでした。

 貧乏暮らしには、それも幸いしました。片親でも、僻むことなく暮らしていました。
その所為か、私はノー天気です。病気でもないのに愚図だし横着だし怠け者です。
でも、そこが私の長所かな、と思っています。短所を長所と見るコトで、新たな発想も
生まれる気がして、バカボンじゃありませんが、これでいいのだ〜という日々です。
人生には、色々な泳ぎ方があると思います。どうか、お大事にお過ごし下さい。
レスなしで結構です。お気遣いなく。

投稿: さざ波moo | 2009年3月23日 (月) 04時38分

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