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2008年12月26日 (金)

家内命日:この1週間の記事

家内が死んで丸2年経ちました。

その直後から春先にかけて感情が乱れたまま綴った記事を大幅に削除したため、ブログ上では家内の登場は減ってしまったのですが、思い出となる記事は5月にリンクを貼りまくった記事を掲載していました。

http://ken-hongou.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_24df.html


個人的に、思いを深くして綴ったのは
「雪景色・・・ラフマニノフ」
http://ken-hongou.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_56b1.html

という文章です。

この2年、いろいろな葛藤あり、反面喜びあり、と、ドタバタ過ぎましたが、とくに子供たちの成長振りが発揮された喜びの場では
「カカアも見てるかなあ」
という思いを常に持ち続けていました。先日、三回忌供養を済ませて、なんとか自分も自分自身を振り返られるようになってきたかな、と感じるようになり始めたところです。

何よりも思い知ったことは、

「人というものは、一人一人が(表面的な言動の有無に関わりなく)<信じる>ものを持っているのだな」

「それは(自分も含めて、ですが)無意識に各々の心の底にこびりついているものであって、人と接するときには、まずこちらの<信じる>ことは捨てる覚悟で・・・「踏絵」を踏むことも辞さず、そのことで蔑まされることもやむなしとし・・・相手が何を信じているかを汲み取らなければならないのだな」

「それでもなお、相手のかたを含め、すべての人が満足や幸せを得ることは出来ないのだな」

ということどもでした。
それぞれについて、もっと言葉にしたいこともあるのですが、そうでなくても私は饒舌ですので、やめておきます。

上のようなことを思い知り、ひとつひとつの課題をクリアしていく中で、当面の最後に残ったのが、
「自分自身をどう支えたらいいのか」
で、これには迷いました。ですが、それも助けを得て、職場に迷惑をかけがちだった業務中の体調・精神不安定からも、だいぶ開放されました。

おかげさまで、私と子供たち二人、日々「漫才」のようなやり取りだらけで過ごしており、家内の生前からの「お笑い一家」方針は崩れずに守られております!

なお、JIROさんがご自身のブログに、家内のために音楽集をアップしてくださいました。心から御礼申し上げます。
http://jiro-dokudan.cocolog-nifty.com/jiro/2008/12/26ken-8024.html


今週綴った記事

・TMF演奏会お越し下さい/ヘタクソ自作クリスマス/ヤモメ3周年
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-5f62.html
 ※ 後半部は本記事とほぼ同文です。

・ハイドンほど大胆ではない:TMF演奏会を前に-3
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/tmf-3-6c5a.html
 ※ 標題はブラームスの言葉(の省略形)です。

・クリスマスイヴですので・・・駄作を掲載します
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-0a48.html
 ※ 聞くと耳が腐るかも!・・・「蛙の歌」をクリスマス祝典風に!

・ワーグナーの場合:TMF演奏会を前に-2
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/tmf-2-3ca6.html
 ※ 前日記事と共に、フルトヴェングラー『音と言葉』からのまとめ

・フルトヴェングラーの語ったロマン派:TMF演奏会を前に-1
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/tmf--accc.html

・曲解音楽史50)エリザベス女王の時代
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/50-8e98.html

・衝撃のモーツァルト演奏:好きな曲017
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/017-83e6.html
 ※ 本文は大学オケ時代を振り返ったものですが回想ではありません。

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2008年12月20日 (土)

「夢」をあばかれたらたまらない!(この1週間の記事)

先日、
「視神経から脳に伝えられた像をモニターに映す技術の開発に成功した」
というニュース映像に、ああ、そんなことまでできるようになったか、と、それ自体は<悪くない>ニュースだと思いながら眺めていました。
ですが、
「どんな応用分野が考えられるでしょうか」
とインタヴューを受けた開発者の答えの中に
「眠っている人の夢の像を映し出して精神問題の解決に役立てたい」
なんて言葉が出た時には、つい
「やめてくれよ!」
と思っちゃいました。

だって、将来像とかいう意味でのではなく、実際に「見る」夢というのは、古典になってしまいましたけれど、フロイトの『夢判断』を読めば、自分自身が
「負担だ・捨てたい」
思いだったり、
「こうだったらいいのになあ」
という願望の(フロイト流であれば極めて露骨な)実現だったりするわけで、そういう意味では確かに精神疾患の人のためには治癒のための材料として(ちょっとは)有益であるとはいえなくはないのですけれど、心の中身の鍵の一部を覗かれるのは、普通はあんまり気持ちがいいモンじゃあないでしょう。(念のためですが、私は「脳=心のありか」だとは決して考えてはいません。)

かつ、実は、夢というのは、まず「視覚像」に限っても、起きている時とは違って、一度にひとつの「世界」だけを見ているわけではありません。
かなり疲れますからおすすめはしませんが、寝起きの間際(夢はこの瞬間にいちばんよく覚えています)に1ヶ月くらい、自分の見た夢を記録してみると分かることがあります。
「夢」って、同時に3つないし5つ、という、結構予想外に沢山の「世界」を、同じ時間の中で見ているんですよね。ユングが夢の分析をした際の記述が神秘的なのは、患者さんの夢についての記述を元にしたために、その重なり合いに気づけなかった、という側面もあります。(ただ、実際に夢には神秘的なものがあるのはまちがいないと私も思ってはいますし、明恵上人の「夢の記」などを読むといっそうその思いを強くしたりもします。明恵については白洲正子さん、河合隼雄さんの優れた著作があります。)

加えて、夢というのは目だけが見るものではありません。耳も、口や舌も、手足などの触覚も夢を「見ます」。夢の中で言葉や音楽を聴く、という経験は、振り返ってみたらどなたにもおありなのではないでしょうか?

それでも、突出して「夢」のなんたるかをはっきりさせるのは「視覚像」であることは間違いないので、やっぱりその像が機械の上に映されるようになったら、なんだか気持ちよくないですね。。。
それに、一度に幾つも見ているとしたら、どれが映るんでしょう? あるいは乱れた像しか映らないのではないでしょうか?


今週綴った記事

・12月27日、東京ムジークフロー演奏会のご案内
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/1227-22d9.html

・グルック「アウリスのイフゲニア」序曲:好きな曲016
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/016-e04b.html

・もうやめましょうよ、こういうの・・・(批評書に感じること)
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-3986.html
   
・音楽美の認知【番外】:「プラトン問題」・「イデア」・「普遍」
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-303c.html

・健闘! 大宮光陵高校第23回定期演奏会
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/23-3616.html

・コレルリ「クリスマス協奏曲」:好きな曲015
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/015-8194.html

こんなところでした。

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2008年12月12日 (金)

天の「時」は整斉(この1週間の記事)

6日の土曜日に家内の三回忌を、仙台の我が家の菩提寺にて無事済ませました。
ありがとうございました。
当日は昼間は快晴でしたが、夕方に入り急に吹雪となり、法要と会食のあと娘とアイスを食べにいっていた私・・・誤解がないように申し上げておきますが、私が食べたかったのではなくて、娘が食べたいと言うので連れて行ったのです!・・・は、慌ててタクシーに乗りました。(これも念のためですが、もちろん、娘は置き去りにはしませんでした!)
運転手さんに訊いたら、初雪だそうでした。
さほど大雪にはならず、心配した路面の凍結もなく、翌朝にはまたきれいに晴れ、窓から見ると、周りの家々の屋根が白くてまぶしい薄化粧をしていました。

正確には日付はまだ2週間程度あとなのですが、三回忌の法要を終えただけで、丸2年間の家内のいなかった時間の密度がどれだけ濃かったか、に自然と思いが向きました。・・・でも、それは私たち一家にとっての、私たちだけに固有の密度なのだ、ということをも思いました。
この2年間、知り合いのかたにもいらっしゃいましたが、亡くなった人、ご家族を亡くした人、それぞれに深い哀しみを味わう一方、死者は自己の魂が寄り清らかであるように、後に残って生きる者はそれをバネに「良い生」を生きなければ、と思ったりしたに違いありません。
大病をして命を取り留めた人も同様であろうかと思います。

いや、死者とその家族や、病気の人だけがそうなのではないでしょう。

どんな人も、目立つか目立たないかに関わらず、「生きる」ということについては、意識するとしないとに関わらず、精一杯の「心」というものを持ち合わせているのではないか、と思います。
通勤電車で出会うだけの、お互い顔を覚えることもない人同士の中で過ごしている私たち。
それぞれの人が、それぞれの「時間」を、別々の密度で過ごしています。「一家としての固有の密度」などと私の家族について記しましたが、私と・娘と・息子の中の時間の密度も、本来、別々のものです。

ただ、ある朝、ふと、
「そういえば、カアチャンが死んでから、通勤電車の外の景色を見たことがないなあ」
と気がつきました。
その日もとても天気が良くて、朝、車窓から富士山がきれいに見えたのでした。去年の冬にもそんな日があったかもしれません。・・・間違いなく、あったのでしょうね。けれど、それを自分は見つめる心を失ってしまっていました。
それが久しぶりに戻って来たことを実感したとき、同時に思ったのは、個人個人の中の「時間」は、<ほんとうの「時」>というものとはまったく別なものなのだ、とも、また感じました。

<ほんとうの「時」>とは何なのか、を哲学みたいに考える知恵は、私にはありません。

ただ、これが天から降って来た事象なのであったとします。それは、誰の頭上にも、等しく降って来ているのだ・・・ただ、それを感じるか感じないか、感じるならどう感じるのか、感じないのならどうして感じないのか、それが違っているだけなのだ、と、なんとはなしに思うようになりました。

天の「時」は、整斉。


この1週間綴った記事

・曲解音楽史49)シュッツの世紀(三十年戦争期ドイツ〜ドレスデン)
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-ead6.html
 ※ ドイツ古典音楽の礎を築いたシュッツと、
   ヴェネチアで彼を育てたG.ガブリエリの音楽をお聴き下さい。

・モーツァルト番外:カンナビヒの交響曲から
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-0b19.html
 ※ カレンダー上11日が開いてしまいましたが、
   11日中に間に合いませんでした。
   モーツァルトをマンハイムで受け入れたカンナビヒの作品です。
   お聴き下さい。

・モーツァルト:マンハイムでのピアノソナタ(7、9番)
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/79-fc3a.html
 ※ やっと、マンハイム期に突入できました。

・SONY "PLAY YOU"新CM:大宮光陵高校出演!(12/13〜)
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/sony-play-youcm.html

・2009年が記念年の作曲家
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/2009-9659.html

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2008年12月 4日 (木)

家内三回忌法要につき4日間新規記事休みます:この1週間の記事

家内が12月26日という日付でこの世を去ってから、2年になりました。
「もう2年か」
とも、
「未だ2年か」
とも、思います。

1年は、時間がかかって気の毒をしたのですが、みんなにとって最善の家内の埋葬はどうあるべきかに悩み(100%納得はあり得ないのでしょうが、可能な限りの手を打てれば、ということで、結果として良かったのかどうかはそれぞれの身内の胸の内です)、あとは娘の受験対策・息子の「健康な進学」について、いろいろな方にアドヴァイスを乞うことで、あっという間に過ぎました。

2年目となり、娘も息子も無事に進学しましたら・・・こんどは自分の心の空白が正面から自分自身を襲ってくるのに悩まされ出しました。あれやこれやと自分なりに手を打ちましたし、来年に向けての目標を下さった方もいらっしゃるのですが、「埋め得た空白」が、まだ心を本当に外へと解き放つまでには至っておらず、せっかくたくさんの御恩を頂きながら、申し訳ないと思いつつ日々を過ごして来ました。年内いっぱいは、ご容赦下さい。

その中で、唯一毎日、自分を「表し」続けられたのは、拙いブログの継続でした。
家内を失うまでは日記だったブログが、それでも、徐々に自分にとって日記以外のものへと役割を変えてきましたので、結局
「この場所では自分が自分以外のものを見つめられればいいものだ」
という割り切りが、最近はようやく出来て来ました。世の中からすればかなりマニアックなことを綴っているらしく(本人には自覚がないのです)、「難しい」と言われます。とくに、プロバイダの容量制限で設けざるを得なかった新しいURLになってからは、読者数が半減しました。

・・・本当は、「論理」のことや「意味の世界」を正統に学んでいるなら、私のようなデタラメにはならないはずで、そう言う点ではいつも綴っていることはあくまで素人発想ですし、そこをつついて下さる方がいて、もう少し議論になるかな、と思っていましたが、従来のブログではあまりそうした展開にはなりませんでした。
ところが、面白いもので、ブログの場を移して読者が半減してからの方が、コメントは反比例して(といっても極端にではありませんが)たくさん頂けるようになり、むしろ、今のあり方が本望なのかな、と考えております。

曲がりなりにも<「考える」ままごと>になってきたブログですから、「ままごと」として大切にする意味でも、家内の三回忌の法要の前後は、「考える」ことはそちらに集中すべきでありますから、ブログは綴るのを休むことにしました。
法要を土曜日に行いますので、日曜までは綴りません。
その間に、「これ、ちょっと妙じゃない?」というような記事を見つけたら、是非突っ込んでコメントを頂けているようでしたら幸いです。


昨日までに綴った記事

・それは「ムード」か「命令」か?〜ブラームス「第4」:聴き手のための楽典003
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/003-88f6.html
 ※ ちょっと「チョムスキーの入門書」を読んでいるので、
   発狂してしまったような記述になっていますが
   (但し、厳密にはチョムスキー流ではありません)、
   「速度標語」と組み合わせられる「発想標語」の果たす役割について
   ちとばかりひねくって考えてみました。

・ヒラリー・ハーン:天才・努力家・真摯そして自然
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-4dd8.html
 ※ 近所の店が在庫費用縮小のために叩き売りをしていたおかげで、
   尊敬するヴァイオリニストである彼女のDVDを手に出来ました。
   「自己チュウ」ハーン賛美。
   でも、間違いなく、弾き手にはとても勉強になる映像です。

・J.S.Bach:BWV17,18,19
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/jsbachbwv171819.html
 ※ それぞれのカンタータに関係する教会暦の説明シリーズ。
   アンチョコありの安直記事ですが・・・

・奏法と歴史の<より正しい>読み方:ゲオルギアーデス『音楽と言語』
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-9151.html
 ※ 開いた時に難解な印象を受けるかもしれませんが、読み出すと
   よく筋の通った、特殊ながら(ミサに焦点を絞っている)
   平易な音楽通史で、おすすめしたくて綴りました。

・音楽美の認知番外01:バカ田大生・愛の告白なのだ
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/01-b039.html
 ※ 「天才バカボン」のワンシーンに基づく実験。
   聴いてみて下さい。
   反応して問いに答えて下さった方は、まだ、ひとりきり。
   ・・・さびしい。

ではでは。

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