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2008年10月 3日 (金)

「思考の空白」への恐怖感:この1週間の記事

「うつ」患者である(と、多分は表面上全く見えず、自分もそうであるとは信じたくない)私の最近の悩みは、昼間に「思考の空白」に襲われることです。お医者によると、薬の副作用なのだそうです。
などと綴ると面倒そうですが、なんのことはない、その時何をしていても、突然集中力がなくなり、同じことをずっと考え続けることが出来なくなる。中断するのです。・・・で、別のことを考えることで気力を取り戻すよう努めるのですが・・・長いときで1時間以上かかります。かつ、昼間でしたら仕事中ですから、周りからも怪訝に思われているのではないか、と勘ぐるのが辛い日々でした。
ある朝、職場に電話して
「こんなまま会社にいて(つまり、辞めずにいて)いいのでしょうか?」
とつい涙声で尋ね、私が「うつ」になって以来、私を引き取ってくれているいまの「社長」に、かえって叱られました。
「あんなに倒れがちだったのに、なんとかそれがだいぶ減って、ようやくここまで来たんじゃないか! そんなことは考えなくていい」
って。

勇気づけられました。
・・・が、自信が無い状態は、まだ続いています。きっと、自意識過剰なんだろうな。

とはいえ、なんだかんだいって、人の優しさと真摯に出会える、というのは、幸せなことです。
いつもどこかでどうしても「何か」を信じられない自分がいる。そんな自分と、これからもきっと葛藤を続けるのだとは思いますけれど。

相手に振る舞われて、どうしても心に引っかかる代表的な例を上げますと(相手に悪気がないのは理解しているのですが)、

・事務的な挨拶しか出来ない、してくれない・・・とくに「文面」だけのものは、耐えられない
・自分の注文だけを一方的にしてくる・・・そのためにこちらと協力関係を結ぼうとしない
・その人のなかだけで感情を爆発させてたりして、こちらには何でそうなるのかさっぱり分からない
・他の人に対する振る舞いであっても、まわりに耳を傾ける姿勢がないのを傍目で見てしまう

これらを裏返してみると、実は、そのまま私自身の、人に対する「姿勢」なのです。
「嫌だ」と思って見える他人は、まったく、自分の鏡なのです。
「他山の石」どころではない。「嫌なこと」の中に、自分自身がいる。「嫌なこと」を起こしているのは、私自身である。

日々、痛いほど感じながら、どうやったら改善の糸口をつかめるのか、まだ暗闇の中にいるのを感じます。

記事は、そんなおのれを見つめなおすことに重点を置くように心がけて綴って行きたいと思っています。

で、今週の目玉は、娘の先輩、そのお仲間たちの演奏会の宣伝(今日綴ったもの)です。

高校生たちが素直に頑張っている姿を見ていると、生き返る気がすることがあります。

かつ、私は娘のためばかりでなく、世の中の何の役にも立っておりませんので、せめて若い世代の応援を読んで下さる皆様にお願いするくらいはしておこうかな、と思っている次第です。

お時間が許すかたは、是非、10代後半の多感な時期を果敢に過ごすこの子たちの背中に、応援の熱い視線を送って頂ければと存じます。


今週綴った記事(日付逆順)

・ご案内:大宮光陵高校音楽科第23回定期演奏会
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-c949-2.html
 *美術科・書道科もある、埼玉県立では芸術系に力を入れているユニークな高校です。
  その学校の、音楽科の皆さんによる、声楽・室内楽の演奏会。

・音楽美の認知(5) 絵画のイデア、音楽のイデア
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/5-a50a.html
 *ゼキ博士『脳はいかに美を感じるか』を読みながら考える5回目。
  マグリットの絵との対比の章です。
 
・J.S.Bach:BWV13,14,16
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/jsbachbwv131416.html
 *例によって関連する教会暦の祭日の説明(というより自分が知りたい)

・モーツァルト:「鳥よ、年ごとに」・「寂しい森の中で」
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-51b3.html
*歌をお聴き頂けます。

・音楽美の認知(4)音楽における「未完結」・「多義性」と美術との差異
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/4-60f8.html
 *ゼキ博士『脳はいかに美を感じるか』を読みながら考える4回目。
  フェルメール・ミケランジェロ作品との対比の章です。

・秘すべし、秘すべし
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-97ce-2.html
 *子供たちと小田原方面へ小さな日帰りの旅をした日に感じたこと

・音楽美の認知(3)「音楽」は耳のみでは聴かれていない
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/3-7e1e.html
 *ゼキ博士『脳はいかに美を感じるか』を読みながら考える3回目。

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コメント

Kenさんconfident
ブログ、いつも拝読させていただいております。
都内の高校で教員をしている者です。
ブログへの書き込み、というのでしょうか、
そういうことを初めてしております。

私は、かのドラマ、のだめカンタービレで、
へぇ~、クラシックっていいんだなぁ、
と思うようになった、かなりの初心者です。
これから人生のBGMをたくさん聞いていけるのだ、
と、わくわくしています。

文学のこともかなり書かれていらっしゃるので、
「ああ!」と思わされることも多々あります。
もう、やみつきです。

また、素晴らしい、kenさんのお話、楽しみに
していきたいと思います。

だから、Kenさん、自分のペースで。
大丈夫ですよ。心配しないで。

これから紅葉の季節です。
今、地球がゆっくりと、
太陽を秋へと導く季節です。
音楽もまた違って聴こえますね。

またKenさんのブログで素敵なことを探していきたいです。

投稿: nn | 2008年10月 4日 (土) 23時53分

nn様、ほんとうに、励みになるコメントを頂き、感謝の涙に堪えません。

>人生のBGMをたくさん

そうですね、それは、私も、聴いていけるのですね。
拝読していて、何故か、自分も嬉しく感じました。

ブログを綴り始めたきっかけ自体が「うつ」への罹患だったのですが、綴っているうちに今のような体裁になってくるとは、考えてはいませんでした。
事情で、自分の思いそのものが綴れる場所ではなくなってしまったのですが、引き換えに、自分の外に目が向くようにはなれたのかもしれません。

季節が経巡り、人の心も経巡っていきますが、その「変化」を、そのときどき思い浮かぶ音楽、あるいは、自分なりに追いかけてみたい音楽に触れながら・・・これからの私に必要なのは「変化」を楽しむことなのかも知れない、と、教えて頂いた思いがします。

心から感謝申し上げます。

今後とも何とぞ宜しくお願い致します。

投稿: ken | 2008年10月 5日 (日) 00時33分

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