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2008年9月27日 (土)

私という「自転」(この1週間の記事)

最近つくづく思うことです。
自分というものは、自分の「価値観」へのこだわりをなかなか捨てられない。
職場で私よりあとに「うつ」になった人と違って、私の「うつ」が慢性化しているのは、まず物理的要件から言えば、「サラリーマンやりながら育児も家事もやりまっせ」ということに対して、
「周りが本当に理解してくれているのだろうか」
と、つい気にしてしまっていたり、あるいは人より遅く出社して、服薬の副作用から集中力を持続できない、思考に空白が生じたときに自分なりの工夫(たとえばブログの記事の下案をワープロ打ちするとかいう具合に、全く関係のない行動をしたり、30分くらい席を外してぼやっと出来る場所を探す)をしても、それが他の社員からすれば当然真っ当に見えるわけではなく、現に気にする発言をしてくる人も職場に出て来たりして、それがさらに負荷になる悪循環に陥ったり・・・

そういう思いにとらわれる時、何度も思い返すのです。
「今の自分にはそうしか出来ないんだから、割り切ればいいんだ。自分が分かっていればいい!」

職場では仕事をきちんとこなさなければいけない・オーケストラの時には役割を全うしなければ行けない、こうしたことで、もう長いこと、自分というものが、もしかしたら自分が勝手に思い込んでいる強迫観念に縛られていたのかも知れない。

分かったようなことを今綴っていても、それで決して「悟り」得たわけでもなんでもなく、これからもまだまだ、何年も同じように悩み、同じように底から抜け出たように錯覚する。

昨日から危うかったのですが、今日もまた「うつ」に苦しみ、午前中は通院の日だったことがあって、なんとか救われましたけれど。

いいのです。あるかたが「同感です」と仰って下さったことが大きな救いになっているのですが、大きな地球の下に私と言う小さな地球があって、そこは私だけの大気が取り巻いていて、高気圧が優勢な日もあれば低気圧が勢いを増す、なんてことが繰り返されるので、いつどの程度の規模の前線が自分に大雨をもたらすかは、大きな地球が別に計算して自転しているわけではないのと同じに、私という小さな地球もで計算して自転しているわけではないのですから。

そこは、「あきらめて」かかってもいいんじゃないか。
せめて、自分が自分に優しくたっていいじゃないか。

そのかわり、他の人も他の人と言う、また別の地球であって、その人の自転を、計算せずにやっている。そのことさえ弁えていれば、自分は人にたいして、本当に優しくいられるのではないだろうか? ・・・そこを突き詰めるのが、次の課題でしょうかね。


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ウィーンフィルから一週間・・・ニーノ・ロータ中毒!
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