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2008年7月27日 (日)

第二次世界大戦前後のベルリンフィル、など

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本ブログが障害で一時閉鎖となったことをきっかけに、ブログは新設した方に新たな記事を書き足しております。


※第二次世界大戦中及び戦後のベルリンフィル、その関係者をめぐって

利用されてきたベートーヴェン?

「フルトヴェングラーの手紙」

第三帝国のオーケストラ

救いの影(上の記事の前置きです)


※「音楽」の心と出会えたかなあ、と思った言葉や出会い

シューマンの「訓戒」

ここに「ホンモノ」がある(ディズニーシーでの経験から)


※アマチュアオーケストラがチェンバロを壊したことで訴えられました。

楽器は大切に扱いましょう!


※私び所属する東京ムジークフローの定期演奏会の音をアップしました。

東京ムジークフロー第45回定期演奏会(お聴き下さい)

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2008年7月16日 (水)

リンク:「チェリビダッケ/ベルリンフィル」録音を聴く

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本ブログの復旧の経緯を記しておきました。一部音声ファイルが聞けませんが、記事は全部残っております(いくつか、障害を起こしやすいものだけ削除したり改変を行ないましたが)。大変ご心配をおかけしました。
本障害をきっかけに、ブログは新設した方に新たな記事を書き足して参ります。

障害後に掲載した記事のうち、チェリビダッケのベルリンフィルとの録音を聴いた印象などについて綴った記事のリンクを掲載しておきます。
ご興味に応じご覧頂ければ幸いに存じます。

ベルリンフィル時代のチェリビダッケ(1):ハイドン・モーツァルト

ベルリンフィル時代のチェリビダッケ(2):ベートーヴェン・ベルリオーズ・メンデルスゾーン

ベルリンフィル時代のチェリビダッケ(3)ブラームス・ドヴォルジャーク

ベルリンフィル時代のチェリビダッケ(4):チャイコフスキー

ベルリンフィル時代のチェリビダッケ(5)ドビュッシー・ブゾーニ

ベルリンフィル時代のチェリビダッケ(6):ヒンデミット・ブリテン・グリエール

ベルリンフィル時代のチェリビダッケ(7)ショスタコーヴィチ・プロコフィエフ・ストラヴィンスキー


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2008年7月12日 (土)

おわび と お願い

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ニフティさんフリースペースを利用させて頂いている本ブログが、サーバに負荷をかける要因を作ってしまい、私が復旧作業に当たれる本日まで10日間ほど、他のユーザーの方にご迷惑がかからないよう、いったん閉鎖となりまました。

先ほど、負担軽減の措置を講じました。

ただし、新規記事は、この期に

http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/

の方へ綴り足していくことを原則と致します。
今後とも宜しくお願い申し上げます。

なお、本ブログはこのまま存続させますので、また「開かない」際は
「しょうがねえなあ、また閉じられやがったか」
と笑ってやって下さい。

お手数をおかけしたニフティの運用ご担当者には、深くお詫び申し上げます。



負荷軽減軽減策として、下記の措置をとりましたが、不充分な場合は、前述の通り、再閉鎖になる可能性がございます。その際には追加の措置を行ないます。

・トップページで一度に表示される記事は7件までとしました(従来は30件)。
・原則として5分以上の音楽ファイルは削除しました。(リンクが再生されない場合があります。)
・YouTube画像の直接埋め込みを同時に複数行なっていた記事は、気づいたかぎり削除しました。

作業可能な時間の制限上、以上までが「出来たこと」です。

お気付きの点はアドヴァイス頂ければ幸いに存じます。

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2008年7月 2日 (水)

目次紹介「バッハ 演奏法と解釈」

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村治奏一リサイタル at つくばノバホール 是非足をお運び下さい! 7月6日(日)午後3時から。
昨日おすすめした パウル・バドゥーラ=スコダ「バッハ 演奏法と解釈」 は、税抜7,500円という高価なものですので,図書館でお読みになれるのでしたら図書館の利用もご検討なさったらよろしいかと思います。 ただ、本文部分だけで622頁、楽譜及び作品、文献の参考リストに前書き・あとがき等を加えると686頁の大著でもあり,そうした資料部分やちょっとした文章にも無駄なところがありません。本当に読み込むためには、あげられた譜例も逐一「観察」すべきです。 言えるのは、確かにこの本は副題に「ピアニストのためのバッハ」とある通り、鍵盤奏者を念頭に置いて書かれた本ではありますが,鍵盤楽器が弾けない人、あるいは楽器は全く演奏出来ない人、さらに楽譜が読めない人でも、バッハ作品を通じて「音楽の本質とは何か」を考える上で非常に有益な情報を得ることが出来、考える材料を豊かに提供してくれる、ということです。

そこで、以下に目次だけでもご紹介し、必要に応じ、たとえば「楽譜が読めない人も大丈夫です」・「これは演奏者なら熟読すべきです」等の簡単なコメントを添えて置きたいと思います。



日本語版によせて

はじめに

第1部 演奏に関する諸問題

第1章 18世紀の演奏を伝承するC.F.コルトの手回しオルガン
この本が実は「ミステリー」に匹敵するスリルがあることを、最初のこの章がよく知らせてくれます。ですから、内容はヒミツです。楽譜が読める読めないに関わらず、この本を手にしたら必読です。

第2章 リズムの研究
「リズム」とは「ブレス」ありき、であるというところから念頭に置いて読むべきです。楽譜が読めない方は譜例は「絵」として眺める程度で参考にすることは必要でしょうが、それで理解が大変になるようでしたら、まずは楽譜は見ないで、本文の趣旨をお掴み下さい。その際、むずかしい用語については、「だいたいこういう意味かなあ」と推測するだけでも結構です。

第3章 バッハの正しいテンポを求めて
<はじめに>以外は楽譜の知識がないと読むのが大変かもしれません。その場合、<はじめに>だけは是非お目通し下さい。

第4章 バッハのアーティキュレーション
この章と次章は譜例が豊富なので、楽譜の知識がないかたには理解するのが大変かもしれませんが、逆に楽譜が読めても著者の言わんとするところが汲み取れなければ、そこに秘められた非常に重要な<意味>は分からずじまいに終わります。些細な譜例(では決してないのですが、敢てそう言っておきます)に囚われず、じっくり本文をお読み下さい。

第5章 強弱法
第4章と同じことがいえます。

第6章 響きの問題
本章と次章は譜例が少なく、楽譜の知識がなくてもほぼ大丈夫です。が、バッハがこんにちの「ピアノ」の前身を弾いていたかも知れず、「音楽の捧げもの」はその楽器を念頭に書かれたかも知れない、など、歴史的に貴重な、面白い読み物でもあります。ただ、そうした記述の表面に囚われず、標題にあるとおりの「響きの問題」を・・・これはちょっとした著者の意地悪だと思えてしまうのですが・・・本文を通じて、自分なりに問題設定し直し、考察し直さなければなりません。

第7章 チェンバロとピアノのテクニックおよび表情豊かな演奏について
第6章に準じます。

第8章 原典版楽譜の諸問題
*鍵盤作品の楽譜にご興味のある方だけしか、実用上は用がないでしょう。・・・ただし、版の考え方・選び方についてどう考えるべきかの重要な議論がなされていますので、演奏をなさる方は目を通しておくことをお勧めします。楽譜に縁のないかたでも、もし文献などの比較検討、注釈の是非に関してご興味がおありでしたら、本文を追いかけてみるだけで、「ほう、音楽の世界ではこう考えるのか!」ということが、視界を広げてくれるでしょう。

第9章 作品の構造と演奏のまとめかた
短い章ですが、この本における、一つの頂点です。必読、とだけ申し上げておきます。

第10章 平均率クラヴィーア曲集第1巻の<プレリュードとフーガ第8番>
・・・楽譜を読めない方は、いちおう、お読みにならないほうがいいかもしれません・・・というのは、この章はCD等の録音を聴きながら読むべき章ではないからです。この点は、楽譜をお読みになれるかたもご留意下さい。この章は、楽譜の「読み方」についてのレクチャーです。


第2部 装飾音の研究
※この「第2部」については基本的に章の名称を記すに留めますが、大切なことは、第2部から受けとめるべきことは「装飾音の種類別の演奏法」ではなくて、「装飾音」というもの(とくに記譜と各種文献や習慣との異同比較を再読三読して概観的に掴めるようにしたうえで)、その現象を通じて、第1部第7章及び第9章にまとめられた「豊かな音楽表現は如何にあるべきか」を考察するディテイルが、ここにリスト化されているのだ、という本質です。ですから、演奏にあたる人は、自分が理解出来るかぎりの範囲で(私などは力量不足で理解しきれなかったのですが)、この第2部をいつでも大切な「手引き」として参照出来るよう読み込むべきであると考えます。

第11章 はじめに
第12章 17〜18世紀における装飾法の発展
 *トリルは上から始めるべきか下から始めるべきか・・・それが問題だ!
  答えは、この章をまず読んでみて下さい。楽譜が読めなければ本文だけ読んでも興味深いです

第13章 J.S.バッハの装飾
第14章 プラルトリラー(第2部の中で最も長大で重要な章です)
第15章 アポッジャトゥーラ
第16章 長いトリル
第17章 モルデント
第18章 アルペッジョ(17、18章は、読む方によっては「目から鱗」になります!)
第19章 記譜されていない装飾音の適用
第20章 バッハの鍵盤作品における自由な装飾


エピローグ

付録1 鍵盤作品の主要楽譜
付録2 <半音階的幻想曲とフーガ>におけるテキストおよび演奏に関する諸問題

編集後記

参考文献一覧
楽曲索引(バロック時代の作曲家はともかく、古典派から20世紀音楽まで幅広く引用されていることが分かり、驚嘆なさると思います。引用例にはマーラー「大地の歌」やベルクの「叙情組曲」他などまであるのです!)



図書館で、充分に時間を割いてお読みになれる場合、1〜4章、6〜7章、9章は是非、楽譜が読める読めないに関わらず、お目通しをお勧めします。ただし、図書館で読む場合には、楽譜に拘泥しないで、文意を「大きく」捉えられるよう、ある程度「跳ばし読み」することも辞さない読み方をなさったほうがよろしいでしょう。

ピアノで演奏なさるかたにとっては、目の前に特定の作品しかなく、発表会も迫っている、という時には、ちょっとタイミング的に役に立たないかもしれません。表層的に「課題曲」の部分だけを読んでも、そのかたのためになるような記述は全くされていないからです。
演奏者にとっては、どこにどの譜例があるかまで読み込んで「事典代わり」になるのが理想なのでしょう。・・・私にはちょっと無理そうでしたが、本来はそこまで読み込めなければいけないのだ、と痛感しております。

・・・それでも、自分が「フレーズ」を考えるためには、たいへん参考になりました。とても悔しかったのは、自分たちの演奏会の前に読み終えることが出来なかったことです(実は昨日やっと1回目を読み終えました)。・・・バロックの演奏会ではなかったとはいえ、「ああ、演奏会の前に知っていれば!」と、とくに第2部に関して傷みを覚えるほど切なく感じた本でした。

この本の価値が、上手く伝わりましたかどうか。自信がありませんが、今回はこれにて。

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Bookバッハ 演奏法と解釈 ピアニストのためのバッハ


著者:パウル・バドゥーラ=スコダ

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2008年7月 1日 (火)

演奏会反省(第45回定期演奏会)

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村治奏一リサイタル at つくばノバホール 是非足をお運び下さい! 7月6日(日)午後3時から。
団員でない方には、身内向けで恐縮です。野次馬なさってくださるのでしたら、笑い話にお読み下さい。
すみませんが、「責任」上、無理をお願いして、録音下さったMさんに、先に音を聴かせて頂きました。 ・・・というのも、今回は演奏していて、どうも掴み所がない、足りない何かがあって、大変心にかかっていたからです。

いつもの定期演奏会でしたら、まず一応はメンバーの皆さんを「ヨイショ」するところから始めるのですが、
「何が足りないか」
について、総体的に感じることが非常に強くありましたので、
・まず、全体を述べる
・人様をどうこう言う前に自分の「ヘマ」を(ユニゾン部とソロ部を例に)述べる
・セクションごとの全体的な問題点を述べる
という手順で述べてみたいと思います。

各曲について該当する個所は、まずは「音を聴かないで」イメージして考えてもらえたら嬉しく思います。(団員のかたは、MさんからCDを購入出来ます。)



全体から行きましょう。

・「そんなこといつも考えているよ」というなら初心に還ってのご再考を
・「あ、考えたこともなかった」というなら、この機会に是非

念頭において頂きたいことを申し上げます。

*楽器だけで演奏される音楽であっても、原点は「歌」だ、ということを忘れないで下さい。

これは本来、音楽の「入門書」に書かれていてしかるべきことなのですが、残念なことに「入門書」と称するものに明言されているのを目にしたことがありません。
ですから、演奏法の優れた教科書・研究書の類に、あらためて目を通してみて下さい。・・・音楽の原点が「歌」であることを明記しているかどうかが、良書であるかどうかを判別するメルクマーレ(目印)になります。ご自分の弾いて・吹いている楽器に関する本である必要はありません。値段が張るので躊躇なさるかも知れませんが、たとえ専門家でなくともご自身が楽器の奏者だと自覚なさっていらっしゃるなら、「借りる」のではなく、是非1冊はご自身で大枚をはたいて購入して下さい(そのくらいのつもりで買わなければきちんと読まずに終わりますから)。
最近のものでは、バドゥラ=スコダ「バッハ 演奏法と解釈」(ピアノもしくはチェンバロのものですが、カンタータ、ヴァイオリン曲、フルート曲の譜例もあり、とくに「カンタータ」に見られる歌詞と旋律線・音型が「純粋器楽」を演奏する上でどれだけ強い結びつきをもっているかを知るには恰好の書です)がいい。しかも、これは著者個人の創案した意見ではなく、J.S.バッハの息子であるエマヌエルの「正しいクラヴィウア奏法」や、その同僚だったクヴァンツの「フルート奏法」、その他L.モーツァルトをはじめ多くの演奏家・作曲家が繰返し述べてきたことである、という事実を、適切に要約してあります。かつ、バロック期に留まらず、後代の作曲家の作品についても(メインがバッハである以上、ほんの「さわり」程度ですが)言及されていますから、本書を通じて、応用すべきことをじっくり考えることも可能です(とくにフレージングの問題)。


*クラシックに限るわけではないのですが、「音楽」とは3D+時間の流れだと、常に思って下さい。

音楽を絵画にたとえる比喩が存在するのを否定はしませんが、それは「聴き手」の印象としてならば許容されるものです。たとえ作品のタイトルに「絵」だとか「絵画的」という語が用いられていても、音楽が「音の響き」なしに成り立たないものである以上、それは平面ではなく、立体としての空間を必要とします。ということは、端的に言ってしまえば「和声を軽んじるな」で終わってしまうのですが、そうではない。響きを形作るひとつひとつのパートが、たとえ主旋律ではなくとも、「歌」として成り立つ「正しい音程」を必要とする、ということでもありあます。私たちは「ピサの斜塔」を建て続けたいわけではないでしょう?高層ビル街のバベルの塔群もいかがなものか、とは思いますが、そういう作品だってあるのは確かです。その作品が建物として「どの程度の規模なのか」ということが念頭に置けるようにしましょう。
かつ、建物であれば、柱材や梁材1本が欠けても、あるいは欠けていなくてもしかるべき質を保っていなければ、いずれそんな設計では崩落するのが目に見えています。
しかも、私達の素材である「音」は、残念ながら固体ではありません。響きつづけるためには「持続すべき時間」が必要です。
言葉が重複しますが、全体が「歌」であることを「正確な寸法で」保てなければ、私たちは(たまたまオーケストラという大人数だから大勢ばかりを連想なさるかも知れませんが、たとえたった一人で演奏するのであっても)、<耐震基準を満たさない>建造物を作りつづけるという間違いを犯しつづけているのです。

・・・大枠は、これくらいにしましょうか。



「じゃあ、ken、おまえはどうだったんだ」
ということで、実例で「歌」の崩れ、間違った建造行為を観察して頂きましょう。
(音の例は、これだけは挙げて置きます。色の変わったところを右クリックしてみて下さい。)

1)「歌」の崩れ
で、フルートの旋律に対してぴったりと付けなければならない部分です。
切り出しませんので、お聞きになって場所を特定下さい。
2回あります。1回目は点を甘くして合格だとします。2回目は、明確なミスがあります。「時間」の読み間違いです。私のヴァイオリンはフルートよりタイミングが遅れています。ユニゾンですからまだはっきり分かりますが、これが仮に伴奏音型でしたら、多分お分かり頂きにくいでしょう。ただ、「出来のひどさ」はもっと誇張されます。・・・伴奏がしっくりいかない個所は、単純化すれば、私のこの個所でのミスが恰好のモデルとなります。コンマコンマ数秒の<時間のズレ>が、音楽を崩すのが「原則」です(巧者になると「わざと」そのことで効果をあげる場合もありますが、私達のレベルで許されることではないでしょう)。

2)間違った建築行為
です。伴奏部分については1)をご参照頂き、各位の「うまくいっていないところ」は勿論ですけれど、「うまくいっているところ」も意識してお聴きになって下さい。「うまくいっているところ」は<時間のズレ>が・・・ヴァイオリンの旋律と同時ではない個所のルバートなど・・・正しい文脈でなされていたりして、マイナス評価してはならない部分です。
ということで、伴奏部分についてはとりあえず脇に置いて下さい。
全編ヴァイオリンのソロですから(念のため申し添えますと、この曲はプログラムにお書きになって頂いたのとは違い、コンチェルトではありません。コンチェルトとはソロの持っている意味合いが違っているからです)、ヴァイオリンの粗探しをして下さい。
大きく、4つのミスがあります。
*音を外す
「歌」の寸法を測り間違えると、その前の<より難しいはずの>音が「正しく」でていたのに、次の音が大きく外れる、という事象が起こります。・・・意味が、通じますか? 他の曲で、私以外の方も結構やらかしていますよ! 共に「直して」いけるよう頑張りましょう。
*音のかすれ(大は3つ)
建築部材で言えば「材質」の選択誤り、あるいは製造ミスです。目立つかすれは3ヶ所ありますが、高い音に最初に上がったときのかすれは、左指の乗りがわるいところを右手(運弓)でカヴァーしようとしたことに起因します。低い音でのかすれは、右手の圧力の設計誤りです。中庸の高さの音でのかすれは、左手は右手を、右手は左手を思いやっていません。こういう場合は、心理的には「歌」に対する冷静さを欠いていると思って間違いないでしょう。すなわち、無意識に「思い入れ」をしてしまう際に起こります。

綴ればきりがないのですが、以上2項目の、1)の2点、2)の4点を念頭に、セクションごとの総括をして終わります。



*タイミングの遅い打楽器は歌を崩す
・・・と、単純にこれだけ、なのですが、非常に重いことです。
オーケストラで打楽器が活躍する部分は、他パートに比べ最も少なく、制限されているだけに、そこに何故「私の音」が存在するか、の意味は、作品にとって最重要懸案です。
従いまして、全体の音楽より遅れたパーカッションは、作曲家の狙った効果を外すばかりでなく、作品のイメージを大きく壊します。
タクトより若干・・・早過ぎないように・・・早く入るくらいの心積もりが必要ですし、そのために、大変ご苦労なことではありますが、長い休符の間には他パートを一音たりとも聞き逃さない心構えも必要になってきます。

*響きあわない管楽器は用を成さない
全体について述べたところに戻るのですが、3Dとしての「歌」の設計が出来ていなければ、濁ります。結果として、「音楽」には、とてもとても聞こえません!
楽器の特性に「逃げて」いませんか?・・・後で述べますが、弦楽器は反対に「楽器の特性を理解していない」という欠点があります・・・まず、自分に与えられた「音符」が自分の「歌」になっているかどうか。「歌」になったとしたら、今度はそれが他者との関係を崩した独善的なものになっていないかどうか。独善的であることから逃れた、と、そこまでたどり着いたら、では建築物の総体として、出来上がりが正しいかどうか。・・・自分を、お互いを、「測って」下さい。人格を測るのではないから、これは推奨したいことです。
チャイコフスキーの第1楽章から2点だけ述べておきますと、まず第二主題再現部前のクライマックス部で、管楽器が「上の音から下の音へ」向かう際に、必ず上の音が高すぎます。それでも二音の関係が全音ならばまだ難は少ない。問題は、二音の関係が半音である、すなわち、上の音が下行導音である際、上の音が「下行導音」であることが全く意識されていないところにあります。次に、最後のコラールがホルンからトロンボーンへ移るときですが、音色においてはトロンボーンはホルンを受け継いでいませんし、ホルンはトロンボーンへ渡すためには暗すぎる音色になっています。これは、ホルンのコラールの総体としての音域が狭いことに最大の原因があります。音域の採り方としてはトロンボーンの方が正しい。ただし、主音が高いので和声的には正しくない・・・この手の音楽作品は決して少なくありません。具体的にパート名を挙げて恐縮でしたが、ここを参考に、管楽器同士のやり取りで、どの程度「正しい響き」を意識していたか、まずは省みて置いて下さい。
「音程」という、ストップした事象で考えがちであり、私もそうでしたが、静止した「音程」で発想することは誤りです。
これは弦楽器にも共通して意識して頂きたいのですが、音の「その瞬間の響き合い」から「次の瞬間の響き合い」を予想しながら「歌う」癖をつけるべきではないかと思います。
音楽の教科書が「対位法」と「和声学」を区分していることは、学習上やむを得ないこととはいえ、実践上では非常に遺憾に思います。これらは本来一体の物です。
難しい本が多いので、どうしても敬遠してしまうかも知れませんが、たとえば、薄手のものを各1冊、
「作曲と演奏のための対位法」シンフォニア
「和声の歴史」文庫クセジュ、白水社
のような本は、音を想像しながら読んでみて下さい。
読み終わるまで難儀しますが、読み終えた後で、相互が一体であることに「ああ、そうだったのか」と思い至って頂ければいいんだがなあ、と思っております。

*カウント、コミュニケートできない弦楽器は邪魔
弦楽器相互の問題は管楽器に準じますが、こちらは複数奏者であるがゆえに「甘え」が大きな障害となります。
弾くのが難しいところには二種類ありまして、
・管楽器が重複しているのだから頑張らなくていい個所(極端に言えば間違った音を出すくらいなら弾かない方がいい)個所
・どうしても弾かなければならない個所
という具合に分けられるでしょう。
ところが、往々にして、一つ目の方はやたらと一生懸命弾き、二つ目の方は「誰かが弾けるだろう」と逃げを打つケースが殆どです。逆です。
かつ、二つ目のものの方は、楽器を手にして「弾けない」と投げ出す前に、楽器なんか脇において、楽譜をちゃんと読んで、まずは作曲者の指定するテンポの3倍くらいの遅さからゆっくり歌ってみることです。今後、そのようにお試しいただきたく存じます。
また、本番の直前にならないといらっしゃれないメンバーに、合宿中に「これは必ず伝達して下さい」と依頼したはずのことが、全く伝わっていない、という事実が確認できてしまい、非常に残念に思っております。・・・なぜ、伝えて下さらない? 後から来る人は「ゲスト」だからご自由に、ということですか? そんな非人情で心から「歌う」ことが可能なのでしょうか? キツメの言葉になって恐縮ですが、そういう風通しの悪さは、やめましょうね。
なお、狂った開放弦を平気で弾いている人がいます。これが、管楽器のところで「後で述べます」と申し上げたのは、このことです。弦楽器は、管楽器と違い、指一本で音程が調整出来るのですから、せめてそれくらいは繊細にして下さい。それとも、狂っているのが分からない?・・・私の脳ミソじゃないんだから!



悪口雑言ばかり綴りました。

・・・ですが、実を言いますと、今回ほど「自分が大袈裟に動かなくて済んだ」定期演奏会は、初めてでした。
そんな「信頼」を抱かせていただけたからこそ、心を許して悪口雑言に徹したのです。
お許し下さい、とは申し上げません。
ただ、ホンネで、そう感じさせて下さったことに深く御礼を申し上げます。

・・・今回は、
「おまえは指揮者じゃない!」
とは、アンケートには書かれなかっただろうなあ。そうあってほしいなあ。

最後に是非付け加えさせていただきたいのは、<悲愴>でのティンパニの名演です。

長年私たちを支えてくれたMGさんの音は・・・お辞めになる事実は演奏会の後で知ったのですが・・・本番中でも心に染みるものでした。なぜ、今回はこんなにしっとり叩くんだろう、といぶかしく思いながら聴いていたことを告白します。
録音で確認した結果も、同様でした。・・・いや、録音で、あの本番のときのティンパニの響きがよくここまで再現できているな、とさえ感じました。

皆様、あらためて、本当にお疲れ様でした。また、よりいい音楽をやりましょう!

ありがとうございました。

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