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2008年6月13日 (金)

曲目案内(TMF6.22)ハチャトゥリャン:劇音楽「仮面舞踏会」からの組曲

Tokiomusikfroh

来たる6月22日は、私共のアマチュアオーケストラ、東京ムジークフローの定期演奏会です。詳しくはバナーをクリック下さい!20名様(ペア換算10組)まで無料ご招待申し上げます。ご希望の方は本ブログのプロフィールページから、記事掲載者宛メール下さい。・・・バナーは、sergejOさんがご好意で作って下さったものです。



ミヨー「フランス組曲」同様、 解説は、プログラム担当者が執筆したものを、是非当日ご来場の上お読み下さい。

レールモントフという作家(プーシキンの次世代に当たります)の原作は、残念ながら普通の手段では翻訳で読むことが出来ないようです。それを頑張って探し当てて読んだかたが、曲目解説を含めブログに記事を綴っていらっしゃいまして、これが『仮面舞踏会』の筋書きとハチャトゥリャン作品の各曲の位置付けを簡潔・的確に綴っていらっしゃいますので、そちらをご覧頂いておくと、なおよろしいかと思われます。

ハチャトゥリアン「仮面舞踏会」の原作を読んでみた

組曲最初の「ワルツ」がいかに悲劇的なものか、といったことなどが分かります・・・そういう意味では、読まない方がいいかも?

レールモントフの伝記は、Wikipedia以外にはこういうものもあります。
レールモントフ、ミハイル・ユーリエビチ
年譜も記載された、よい記事だと思います。

・・・ところで、こんなものもあります。

仮面舞踏会:メイエルホリド演出による レールモントフ“仮面舞踏会”:上演イラスト資料集

実は、レールモントフの原作よりも、戯曲として、これが1917年に、ロシア・アヴァンギャルドの有名な演出家、メイエルホリドによって上演されたことが、レールモントフの『仮面舞踏会』に<ロシア革命>と象徴的に結びつくうえで大きな意味を持っていたことが、このような本の存在すること(それにしても、随分高価ですね!)によって示唆されています。

レールモントフ自身の代表作は「現代の英雄」(訳書が岩波文庫にあり)で、いま手軽に読めるこの作家の作品も遺憾ながらこれ1作です。これは、伝記を参照頂ければ分かりますとおり、彼の生涯が27年という短さだった上に、プーシキンをかなり崇拝していたフシがあり、作風がまだこの先輩作家の影響下にあるうちに亡くなってしまったため、上記の伝記リンクにもありますように、その死の前年に書かれた『現代の英雄』が「ロシア文学における最初の心理小説」であるとの評価を確立するのがやっとだった、という状況が背景にあるのではないかと推察されます。

メイエルホリドの演出による戯曲上演が、しかし、翻訳すれば他にも同じ『仮面舞踏会』というタイトルの作品が数多くある(最も有名なのはヴェルディがオペラ化した、ウジェーヌ・スクリーブの戯曲でしょうか? 日本人でも横溝正史に同名の小説がありますね)にも関わらず、その後のソヴィエト芸術家には刺激的なものだったのではないか、と推測されます。
ショスタコ−ヴィチがお好きなかたは、メイエルホリドの名前も必然的にご記憶かと思いますが、この天才的な演出家は、スターリンの粛清によって処刑されています。
そんな時期になお、ショスタコーヴィチが、メイエルホリド演出の『仮面舞踏会』を下敷きにしたオペラ作曲を企てていると私信に綴っていることが分かっており(時期的には第5交響曲と第6交響曲の狭間)、他の作曲家や演劇人の心理がどのようなものだったかは分かりませんが、この一事からだけでも、メイエルホリドによる1917年(これはまさにロシア革命が成就したその年でした)による上演がソヴィエトの芸術家の心にどれだけ深く刻まれていたかの一端を伺うことができるかと思いますので、参考までに申し上げておきます。

ハチャトゥリャンによる劇音楽化は1937年、組曲が編まれたのは1940年で、ショスタコーヴィチが「オペラ」に仕立て上げたがっていたのとほぼ同時期だ、というのも、たんなる偶然ではなさそうな気がしますが、分かりません。

戯曲としての「仮面舞踏会」は、こんにちでもロシア共和国の舞台では重要な演目の一つとなっているようです。


以下、余談です。 実際の仮面舞踏会という催しそのものが、ヨーロッパでは中世末期から近世初期にかけて盛んに行なわれだしたようですけれど、この催しはしばしば事件の種となっていたようで、Wikipediaの記事で見ただけでも、諸国で禁令が発せられたりしています。それでも、禁令の対象となる「仮面舞踏会の参加資格者」は特権階級でしたから、あまり厳しい処罰の対象にもならなかったのでしょうか? ヴェルディの歌劇は、スェーデンで起きた、仮面舞踏会開催時の国王殺人事件が話の元になっています。

考古学的には、仮面は先史時代に狩猟民で出来たことが判明しています。が、民族学の調査では、現在の狩猟民は仮面をもっていない。それはおそらく、純粋に狩猟にのみ頼る民族は、各地の農耕・文明の発展と共に辺境へ追いやられ、器を作る土さえも得られない場所に居住せざるを得なくなった・・・ましてや仮面どころでは無くなったからだ、と、推定されています。
「面(めん・・・日本の能の場合は「おもて」)」は、それを被った人を「面」の性格(他の人物や動物や精霊)に成りきらせる性格があることは、日本の場合、神楽が演じられる祭を思い浮かべるだけでも、誰にでも了解出来ることだと思います。そして、同じことは世界各地の祭(アジア諸地方はもとより、アフリカにもヨーロッパにも例があります)についても言えますし、その発展系は、元来は「仮面劇」でした。古典ギリシャ悲劇がそうだったと考えられていますし、日本では能楽が現存しています。特異な例としては、中国の京劇では、「面」は被られるものではなく、顔に描かれるものです(インドの、仮面劇的な性格をもつ祭典の中にもそのようなものがありますし、日本の歌舞伎の隈取りも京劇ほどではないにしても「描かれた」面ですね)。
それがどのような経緯で「劇」ではなく、「仮」の字のついた仮面「舞踏会」に転化して行ったか、ということについては私は知りませんし、よく研究もされていないのではないかと思いますが、少なくとも舞踏会の参加者は、「面」を被ることで自分以外の何者にも変じることが出来なくなった・・・それは文明がもたらした進歩のような見せかけをとりながら、一方では精神の退廃をもたらしたのではなかろうか、・・・と、一連の『仮面舞踏会』を描いた物語が悲劇であることを思う時、このように感じることを禁じ得ません。

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