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2008年6月 3日 (火)

頭なんてよくならなくてもいいクラシック

夕方、娘からの頼まれものがあって、書店の音楽コーナーに寄りました。
あんまり野次馬する時間はなかったのですが、ついでですから「どんな本が並んでいるか」を眺めて来ました。
・・・稀に、魅力のある本が、さりげなくおいてあることもあるから、チャンスは逃せません。
・・・ですが、魅力的な本は、値段が張る場合が多いですから、すぐ買うわけには行きません。
・・・買い逃しているうちに売り切れ、ということも、ままあります。

稀に、と言いました通り、本当に「ああ、いいなあ」という本には、実は、ジャンルを問わず、そう簡単に巡り会えるものではないですね。パッと開いて、瞬間、心を引かれる本。

最近、ある昼休みに「再会」した阿部謹也さんの<ハーメルンの笛吹き男>は、私が受験のために初上京して、ふと立ち寄った書店で初めて手にした本でした。学生ごときには当時は高価な本だったうえに、帰郷して開いてから落丁に気づき、世間知らずの私は「取り替えてもらう」なんてことも思いつかず、途方に暮れたものでした。かつ、当時の私の浅い人生経験では、中身がちっとも読み解けませんでした。それでも、吸い込まれるような気持ちで夢中で読みふけったのを、忘れたことがありません。
この本が「ちくま文庫」に収録されていることはずっと知っていたのですが、実家に行けば最初に買ったときのものがあるから、というので、ずっと買わずにおりました。
ですが、この本、中に「遍歴芸人」を徹底して扱った章があり、いまちょうど、そのあたりのことを知りたいと思っておりましたので、勤務中の昼休みに職場のビルの地下の書店で見つけた時に、即座に購入しました。・・・文庫くらいなら家計に及ぼす影響も少ないので、思い切りがついた、というわけです。
この本には、なぜ最初から惹き付けられるものがあるのか。
内容については、「音楽史」の一貫で若干は触れる機会が近々あるのでいまは述べません。
ただ、文庫に石牟礼道子さんがつけた解説が優れもので、そのなかで石牟礼さんが指摘している通り、この本の中扉の裏、すなわち本編直前に引用された魯迅の言葉が、(石牟礼さんは丁寧に「示唆ぶかい」と言っていますが)この本をすべて読み通させる気を起こさせる催眠効果を発揮しているからだ、と思います。

     歌、詩、詞、曲は、私はもともと民間のもの
     だと思います。文人がそれを取って自分のも
     のとし、作るたびにいよいよ理解し難くした
     のです。それを結局は化石にしてしまうと、
     さらに彼らは同じように他のものを取り、ま
     たもや次第にそれを殺してしまうのです。

     (魯迅、高田淳著『魯迅詩話』の訳文による)

行分けは阿部さんのオリジナルに従いました。この素晴らしい中世史学者(西欧社会史が専攻)は、同じく日本の中世史の視点を大きく変えた網野善彦さん共々、近年鬼籍に入ってしまいました。

今日目についた中には、残念ながら、そういう魅力を発散させてくれる本はありませんでしたが、それはごく普通のことで、まあ、いいや、という感じでした。

が、非常に感じの悪いタイトルの本とは、つい目が合ってしまいました。
中身はともかく、タイトルから感じの悪い本と言うのは、始末に負えません。

あんまりこういうことはしたくないのですが、あえてタイトルを明示します。
悪口を言う場合は、いちおう、テキは誰かはほのめかし程度にしておくのが鉄則だと思っていますから、掟破りです。
でも、この本だけは、買って欲しくないなあ、と思いましたし・・・弱小ブログでそう言ったところで、この記事を読む人は限られているでしょうし、読んだとしても買っちゃう人は買っちゃうでしょうから、営業妨害にはならないでしょう。

樋口裕一「頭がよくなるクラシック入門」幻冬舎

タイトルを見たとたん、
「は・・・?」
と絶句しました。
後で調べたら、なんにつけこの手の(「頭が良くなるなんとかかんとか」みたいな)本ばっかりかいている人のようですね。それで印税で食ってるんだったら許せねえな、と思っちゃいました。
AMAZONのレヴューがまたいろいろで愉快ですから、リンク先で読んでみて下さい。
ただ、間違っても、この本は、絶対買って欲しくない。立読みして「アホか!」と怒るなり笑うなりするぶんには構いませんが、それすらおぞましい・・・ちょっと冷やかしてみたいタイトルの数章を軽く読んで・・・帰り道、後悔しました。立読みも、しない方がいいかも知れない。中身は、別にクラシック音楽の「仕組み」も「効用」も載っていませんから、いわゆる「モーツァルト療法」の本より、いっそうタチが悪いという次第。
ですから、書評するまでもない内容です。それはAMAZONのレヴューに委ねることにします。

ロックしか聴かん人間は頭が良くならんのか?
歌謡曲しか知らん人間は頭が良くならんのか?

決してそんなことはありません。

クラシックしか聴いていない人間は頭がいいのか?

これも、ありません。
私はクラシックしか聴かない、にほぼ近い人間ですが、おかげでそういう「お友達」も皆無ではありません。で、全てとは言いませんが、音楽愛好者の中で、クラシックだけしか聴かない人間ほど、むしろ「頭が固い」輩が多い(念のため、ですが、全て、ではなくて、多い、というだけです)。
歌謡番組・・・感情だけで拒否反応。
カラオケ・・・絶対付き合えない。
対人関係・・・腰高で人に譲らない。
世の中では、こういう性格だったら欠陥人間でしょう? そうした欠陥人間が、目だちます。その上、欠陥人間でありながら、いわゆる一流国立大学の医学部を出ていたりするんだから、タチが悪い。
人情の分からない医学部卒業生が、果たして、人間をきちんと診察出来る医師になれるのでしょうか?

樋口さんには、阿部さんの引いた魯迅の言葉を、よくよく玩味して欲しいですね。
気鋭の人文学者で、リヒャルト・シュトラウスに関して『<バラの騎士>の夢』という名著を綴った岡田暁生さんが、中公新書のロングセラーになった『西洋音楽史』で、たとえば職人芸としてのバッハの凄さが本当に理解出来るのは作曲者だけだろう、といったことを述べていますが、もっともなことで、岡田さんがそこで言いたいのは、だからといって理解出来ない作曲者以外の人がバッハを愛好する妨げにはならない、という点にあろうかと思います。(なお、岡田著『西洋音楽史』については、いい点が多いながら、ちょっと気になる細部がありますので、別途ご紹介するつもりでおります。また、私の好きな学者さんの一人ではありますけれど、同じ人の近著である『恋愛哲学者モーツァルト』は・・・私がアホであるからでしょうが・・・あんまり惹かれておらず、手にしていないことは、打ち明けておきます。)

音楽が好きなら、頭なんか良かろうが悪かろうが、好きだというところでお互い仲良くなれちゃうわけですし。
あんまり勝手なことを書いた本は、出さんで欲しいなあ。

やはり石牟礼さんが注目している、阿部著『ハーメルンの笛吹き男』からの一節を引いて、本日の記事の締めとさせて頂きます。

研究者は常に研究者仲間をつくる。それは学会として社会的に承認され、そこで互いに「才能」と「努力」を競い合う。だがこの難問を打ち破るには才能はまことに危険な道具である。ただひたすら伝説の世界に沈潜し、知を頼らず、愚者として伝説の変貌の必然性を体験するしかないだろう。(文庫本文299頁)

要するに。
アタマなんか、へんによかったりなんかしないほうが、いいのだ!

ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 (ちくま文庫)Bookハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 (ちくま文庫)


著者:阿部 謹也

販売元:筑摩書房
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西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)Book西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)


著者:岡田 暁生

販売元:中央公論新社
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「バラの騎士」の夢―リヒャルト・シュトラウスとオペラの変容Book「バラの騎士」の夢―リヒャルト・シュトラウスとオペラの変容


著者:岡田 暁生

販売元:春秋社
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コメント

カラオケに行きたくてしょうがないsergejOです!←ほんとです。

貴エントリーに賛同の意を表します!

明日、報告いたしますが、ヤルヴィとフランクフルト放送響はまじめにやってくれました。まさに“あるべき中堅”という感じで良かったです。

投稿: sergejO | 2008年6月 4日 (水) 00時01分

sergejOさん、ありがとうございます。

ヤルヴィ/フランクフルト、良かった由,何よりです。
ヤルヴィも暗中模索から安定へ、と円熟度を増して来たのでしょうし(歳の近い人にこういう音楽家が出て来たことに、心から頭が下がります),フランクフルト放送響はインバルや、目だたなかったかもしれませんがキタエンコなどと培って来た「実力」を、真摯な伝統にしつつある(もともとが真面目な団体だと思いますし)ということなのでしょうね。
好演・快演をじかにお聴きになれて、うらやましいかぎりです。

投稿: ken | 2008年6月 4日 (水) 03時03分

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