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2008年6月24日 (火)

訃報拾い出し:千葉馨氏(元NHK交響楽団首席ホルン奏者、国立音楽大学名誉教授)

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昨日昼間の時点で、webの新聞サイトでは読売新聞の記事しかありませんでしたが、ぼちぼち見当たりましたので、拾ってみました。(なお、地方紙webは参照していませんが、続々と掲載はしているようです。垣間見た限り、内容は全国紙と殆ど変わりません。)
日経新聞web(記載期日不明):ホルン奏者の千葉馨氏が死去

 千葉 馨氏(ちば・かおる=ホルン奏者)21日、遷延性無呼吸のため死去、80歳。自宅は東京都新宿区中落合1の11の3。お別れの会を行うが日取りなどは未定。喪主は妻、玲子さん。

 NHK交響楽団で長年、首席奏者を務めた。国立音楽大名誉教授。



おくやみ(2008年6月23日22時04分 読売新聞)
千葉馨氏=ホルン奏者

 千葉馨氏(ちば・かおる=ホルン奏者)21日、遷延(せんえん)性無呼吸で死去。80歳。告別式は22日に近親者で済ませた。後日、お別れの会を開く予定。自宅は東京都新宿区中落合1の11の3。喪主は妻、玲子さん。

 日本のホルン演奏の草分け的存在で、長年NHK交響楽団で首席ホルン奏者を務めた。1983年に退団後は、国立音楽大教授として後進の指導に当たった。



訃報:千葉馨さん 80歳 死去=ホルン奏者、国立音楽大学名誉教授
(毎日新聞 2008年6月24日 東京朝刊)
 千葉馨さん 80歳(ちば・かおる=ホルン奏者、国立音楽大学名誉教授)21日、遷延性無呼吸のため死去。葬儀は近親者だけで済ませた。自宅は東京都新宿区中落合1の11の3。喪主は妻玲子(れいこ)さん。後日お別れの会を開く予定。

 長年、NHK交響楽団のホルン首席奏者として活躍した。



元NHK交響楽団首席ホルン奏者、千葉馨さん死去
(2008年6月24日7時52分 朝日新聞)

 千葉 馨さん(ちば・かおる=元NHK交響楽団首席ホルン奏者、国立音大名誉教授)が21日、遷延(せんえん)性無呼吸で死去、80歳。葬儀は近親者で営んだ。お別れの会を後日開く予定。喪主は妻玲子さん。自宅は東京都新宿区中落合1の11の3。

 東京音楽学校(現東京芸大)在学中からN響に在籍。カラヤンに認められてドイツやイギリスに留学、国際的に活躍した。テレビ番組「オーケストラがやって来た」で解説をするなど「N響の顔」としても親しまれた。



・・・音楽家の死は、哀しきかな。日本の新聞での取扱いは、いつもこの程度です。武満徹氏のときでさえそうでした。今年亡くなった素晴らしいベテランには、江藤俊哉さんもいらしたし、鈴木清三さんもいらっしゃいました。やっぱり似たようなものでした。事情はクラシックだろうがそうでなかろうが、あまり変わらない気がします。・・・大々的に報じられたのは「美空ひばり」さんくらいだったんじゃないでしょうか。

各紙webとも判で押したように、「長年NHK交響楽団で首席ホルン奏者を務めた」だけが出て来て、生前の千葉さんの人間性を表しているのは、かろうじて朝日の
「カラヤンに認められてドイツやイギリスに留学、国際的に活躍した。テレビ番組『オーケストラがやって来た』で解説をするなど「N響の顔」としても親しまれた。 」
という記述くらいです。

千葉さんの人間性について豊かに綴っている文章はJIROさんのブログとそのリンク、あるいはそれらへコメントを寄せていらっしゃる方々の言葉のほうに見受けます。リンクを貼っておきますので、ご一読下さい。

「美しい」音:かつて、毎コンの講評でホルンの千葉馨(かおる)氏が仰っていたこと。

日本のホルン演奏の草分け、千葉馨氏が死去(6月23日15時2分配信 読売新聞)

明石南高等学校放送部・千葉馨インタビュー


昭和40ー50年代に地方で少しでも幅広くクラシックに接する機会がほしい、となると、NHK交響楽団のテレビ放送・ラジオ放送以外に手立てはありませんでした。 で、テレビでホルンが大映しになるときに、その画面を占有するのは、九割九分、千葉さんの顔でした。 「こわそうなおじさんだなー」 と震えながら見ていたものでした(!) でも、そういう人ではなかったことは、上にリンクを貼った文章でお分かりいただけます。

映像では、N響での演奏姿をこちらでご覧頂けます。

アンセルメが80歳で来日したときの、1964年のもの。
3分7秒のところで終曲の最初を吹く千葉さんが映し出されます。
(このときのN響の響きの素晴らしさにもご傾聴下さい。)

千葉さんの音を、電波を通して聴きながら、私はオーケストラへの、とくにホルンへの憧れを強くしていきました。語彙の持ち合わせが少ないので
「その重厚さに体全体が包み込まれ、圧倒される気にさせられたから」
としか、いま言葉が浮かびません。
が、千葉さんが吹く雄渾なシューベルトの「グレート」冒頭、ブラームスの第1のフィナーレ、一転して軽やかなベートーヴェン「田園」のスケルツォ、柔らかくて優しさに満ち、厳粛だった「第九」3楽章のソロ、寂寥感を湛えながらもさりげなく奏でられたチャイコフスキー「第5」2楽章のソロ・・・みんなみんな、耳の奥にしっかりと刻み込まれています。

そんな千葉さんのおかげで、私は最初はホルン志望になったのでした。転校、そして行った先の学校にブラスバンドがなかったおかげで、1年で諦めざるを得ませんでしたが、中学1年の分際でベートーヴェンのホルンソナタを吹いてみたりしていました。第1楽章の前半部くらいなら、いまでもホルンパートを暗譜しています。文化祭ではベートーヴェン「第8」第3楽章のトリオを、いやがる友人を無理やり口説いて、舞台で二重奏したりしました。
・・・直接のご縁は全く持つことはありませんでしたし、現在では私はもうアパチュアもまっとうにつくりあげられませんので、ホルン自体吹けなくなってしまいましたが、千葉さんはずっと私のアイドルでした。

ついでながら、「馨」という字は、私の亡妻の名前の一字でもあり、今では法名の一字でもあります。・・・が、これは単なる偶然です。
ただ、この字は大変いい字で(って、前にも綴ったことがあったかもしれません)、本来は「磬」という、中国の石製の楽器をあらわす文字から派生したものです。「磬」は石でありながら鐘の一種だと思っていただいた方がいいもので、しかも金属の鐘に比べると柔らかくて暖かい音がします。この楽器の音は、遠くまで澄み切って響きます。この文字の下の部分が「石」から「香」に変わっていることで、意味が
「よいかおりが世界にあまねくひろがる」
と、一層豊かなものになります。

この字にふさわしい音楽をなさった方でした。
天国でも、素晴らしい音楽をお続けになって下さることと思います。



娘の用事で昼に走って出かけたCDショップで、例によって追悼コーナーがないか、と探しましたが、これについても江藤さんや鈴木さんと同じ結果でした。

いい音楽家は、本来は名前なんかいらなくて、生きているあいだに周りの人の心を優しく包み込もうと一生懸命に努めて、最後はそーっと、舞台から姿を消すものなのかも知れません。



ついで話にしてはずれ過ぎですが、やはり訃報で、舞台での「セーラームーン」を演じた女優の神戸 みゆきさんも、6月21日、24歳と言うお若さでなくなった由。
姪が大ファンだったので・・・でも、まだ小学校低学年。ピンと来るかなあ。

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コメント

Kenさん、どうもありがとうございます。
私のブログからもこちらにリンクを貼らせて頂きましたのでお知らせいたします。この映像、貴重です。涙が出てきました。

投稿: JIRO | 2008年6月24日 (火) 21時00分

JIROさん、ありがとうございました。

映像が見つかるかどうかは期待していなかったのですが・・・
なんとしても、と思って。
探してみるもんですね。

投稿: ken | 2008年6月24日 (火) 21時08分

こんにちは。

千葉氏は地方での私がTVでやっと見てたN響をはじめて生で見た、聴いた時に日本人離れした体格と面そうにであんなに立派なホルン吹きが居られると思ったのが思いますが…明るく存在感ある響きは楽器アレキサンダ―にピッタリでした。。

投稿: マイスターフォーク | 2011年3月27日 (日) 15時07分

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» 「元NHK交響楽団首席ホルン奏者・千葉馨さん逝去」←故・岩城宏之さんが千葉さんのことを書いた文章より抜粋しました。 [JIROの独断的日記ココログ版]
◆記事:日本のホルン演奏の草分け、千葉馨氏が死去(6月23日15時2分配信 読売 [続きを読む]

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