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2008年6月30日 (月)

「ウソ」に真実はない

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村治奏一リサイタル at つくばノバホール 是非足をお運び下さい! 7月6日(日)午後3時から。
私は別に特定の政党や主義を支持する人間ではありません。いわゆる「無党派層」とでもいうのでしょうか?

政治への関心を前面に押し出すべきだ、とお考えのかたから見れば、
「はなはだ無責任」
な層の一人です。

ですが、世の中、よく言ったもので、
「政治的でない人間はいない」

<人を「測って」いた私>という記事に綴りましたとおり、私は人に話し掛けながら、あるいは人から話し掛けられながら、相手がどんな人物かを「測る」習慣が、この1年半ほどみに染み入っていました。
・・・このような行為だって、充分に「政治的だ」と言ったら語弊があると思われてしまうでしょうか? 私自身はそうは思っていないのですが。
しかも、現実には日常のことから先々のことまで、あるいは新聞やテレビで騒ぐような事件にまで、全く無関心、ということでもありません。
ただ、そうでなくても個人というものは「特定の価値観にとらわれ」たり、「安直に集団や世間に合意ないし反発をしたり」というのは、自分も例外ではないだけに、出来るだけ避けたい、と思っているだけです。

自分が非常に主観的な人間だ、ということは、思い知っているつもりです。

ですから、これから述べることも、そんな「非常な主観から」述べることです。

ただし、それは、これから「批判」しようと思っている特定の個人さんの、特定の著作に対してのものではない・・・ということは前提としてご理解いただければ、と、ワガママながら前置きしておきます。

かつ、今日の題材は、最近見られるいろいろな事象のうちで気にかかっているものの中の、ほんのひとつに過ぎず、そういう点では「私の主観」の「ほんの入り口」に過ぎないことをも、おことわりしておきます。



私達の国の、おばさまたちに大変人気のあった、しかしながらご自身は離婚して独身を貫いていらっしゃる、某元首相がお書きになった、クラシック関係の新書が、書評でもAMAZONのレヴューあたりでも、わりに好評なのには、ちょっと意外な感を受けておりました。

なぜなら、その書物のタスキに、
「『真実のうそ』は感動的だ」
と、述べられているからです。

・・・これは、私からすれば、それこそとんでもない大嘘です。

この人が、一国の宰相でありながら、自分の服は自分で洗濯したり、ホテルで床にお湯だったかをこぼしたときに、誰にも任せず自分で拭き取って後始末をした、という姿には、評判の如何に関わらず、この人の人柄のよさを好感を持って受け止めさせられてもいます。
しかし、人柄のことと、その人の発想とは切り離して観察しなければなりません。

客観的にこの本を読んだら、どうか。

やはり、この本の最大のいやらしさは、繰り返しますが、タスキにある

「『真実のうそ』は感動的だ」

という言葉です。

文中、筆者が本当に「うそ」の良さを語る部分は、93頁からの、ほんのわずかな箇所に過ぎません。
ですが、タスキから印象づけられる「うそ」と、筆者が注目している「うそ」には、大きなズレがあります。
「映画や歌舞伎の『忠臣蔵』でも私は『うそ』の場面が好きだ。」
・・・ほら、やっぱり、と思って先を読み進むと、筆者は「うそ」の場面が「うそ」だとは、ひとことも言っていない。南部坂の場面(内蔵助が雪の降りしきる中を内匠頭未亡人に面会に行き、「討ち入りですか? そんな無駄なことを、いまさら」と平然と言って帰るシーンです)について、こう述べている。
「この場面に感動するのは、批判に耐えてあえてうそをつくところだ。」

せいぜいこんな具合で、筆者は
「音楽は虚構の世界だ」
あるいは
「ウソを描いたものだ」
とは一言も述べていません。

他の部分は、ある意味で、クラシック音楽についての、徹底的に素人としての雑談です。

この人物がとった政策は、私はある意味で今の日本を苦境に追いやる結果をもたらした、としか思っておりません。(世間の仕組みには音痴なので、本当に筋を通してみたらどうなのか、までは分かりません。ただ、感情的には賛成出来ないことが多々ありました。・・・そのての批評は、でも、適切な人が適切なところでやっているものも沢山ありますので、ここでは触れません。)
ですから、そういう「元首相」が書いた本、として読んでしまったら、好きだ、とはとても言えません。
かつ、素人談義にしては、ちょっと「ツウ」みたいなコメントを挟んだりしていて、その部分も好きではありません。

ですが、内容だけとるならば、これは某有名脳科学者が「本格的に通ぶって」書いた本に比べれば、遥かに素直で、間違っていない・・・音楽の本質を体で捉えている・・・と理解出来る部分があります。
小見出しから拾ってみます。
・音楽の好みは押しつけないほうがいい
・「音学」より「音楽」を(補足すれば,演奏家は「音学」をもっとするべきです)
・(オペラの)読み替え演出はやらないほうがいい
・歌と踊りは世界共通(これも補足すれば、内容は共通ではありません。が、音楽する行為としては,世界共通であることは確かです。そこから「違うもの」に対する共感が生まれるのだ、と私は感じています。)

要するに。
・・・これを、この本を褒めた記事だとは思わないで下さい。値段も、内容の薄い新書にしては高過ぎ。
・・・私たちが,純粋に素人として音楽を素直に捉えるとはどういうことか、のヒントにはなる。でも、完全に純ではない。ただし、これは人の常だ、というのが、私の本書の読後感です。

そうは言っても、批評家の本に比べたら、こういう素直さは、私は遥かに好きです。

小泉純一郎著『音楽遍歴』

著者の経歴とタスキと値段が罪深い本のご紹介でした。
書物の名前(昔風にいえば名と字【あざな】、この本の場合はタイトルが名であるとすれば、あざなに当たるタスキは非常に罪深い)は、このような付け方をされるべきではありません。そこに対する配慮がたんに主情的だったり、マーケット狙いであるという「フロー経済的」なものであるだけで(さらに値段までそうだとあっては)、もはや罪です。なぜなら、書物とは「知恵」という<財産>を提供すべきものだからです。

リンクは、ですので、アフィリエイトにはしておりません。(著者をお好きなかたには、ごめんなさい。)



これは、じつは、いま「流行している」とN○Kの朝のニュースでも採り上げられた某小説に対して、過去に繰り返されて来たのと変わらぬ「浅い」読みで「批評」を掲載した記事にネット上で出会い、今回の本とは逆の意味での「誤読」に繋がりかねない、それは社会に本来プラスの影響を与えるだけの力を持った作品なのに,そう「皮相に」読まれては身も蓋もない・・・一歩間違うと再び「反動的な世界」に支配されるのではないか(現に、近年の立法は規定が弱者保護には不充分であるばかりでなく、むしろ縛りが厳しいばかり、という現実がありますし)という危惧がきっかけで考えはじめたあれこれが、まだまとめられないがために綴った文であることを付記しておきます。

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2008年6月29日 (日)

村治奏一リサイタル at つくばノバホール

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ぎりぎりのご案内になってしまいましたが・・・

つくばノバホールを会場に注目のコンサートを企画し続けている「つくばコンサート実行委員会」(ホール直属ではなく、ホールを「有料で借りて」主催しています。ここに頭が下がります。リンクした記事を読んでみて下さいね!)今度は「村治奏一ギターリサイタル」です。

5507月6日(日)午後3時から  です。
(色の変わったところにリンクを貼りましたので、クリックしてご覧になって下さい。ただし、記事中の文とは違い,現在は会場使用料は実費を払っていらっしゃいます。)

ノバホールについて綴るときは必ず申し上げているかもしれませんが、このホール、大オーケストラでも独奏でも変わらぬ音響の良さで聴けるという、非常に面白い、素敵な特徴をもっています。未経験の方、必聴です。

お姉さんのほうは確実にキャリアを進めて今や有名になった香織さんですが(お人柄も評判がいい)、弟君の奏一さんのほうも大きな注目株です。

今回の演奏会では、後半に集中して演奏されるバッハに期待!

彼の師匠である福田進一さんは日本はおろか(というより知らない日本人が愚か、というべきか)世界中で認められている非常に良心的なクラシックギタリストですし、生前の武満徹と親交があり、その作品の紹介にも努めた人物です。同じく鈴木大介さんは福田さんの弟子で、いまや中堅としてCDも豊富にリリースし、着実に力を発揮しているかた。

奏一さんはコンクールでの優勝歴も重ねながらなお熱心に勉強する努力家。
お姉さんとは一味も二味も違った、輪郭線のくっきりした音もまた、師や姉とは一線を画す彼の魅力がこれから構築されていくだろうことを示す、聴きごたえのあるものです。

学生席1,000円の、ノバホールならではの企画が、今回もあります。

お時間のある方は是非!

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2008年6月28日 (土)

曲解音楽史38)カール5世の時代:2-中南米

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前の回:1)音という手段 2)リズムの成立 3)音程から音階へ
    4)言葉と音楽  5)トランス 6)古代メソポタミア
    7)古代エジプト 8)古代インド  9)古代中国 10)古代ギリシア
    11)古代ローマ 12)初期キリスト教の聖歌について
    13)ササン朝ペルシャ  14)西暦5,6世紀ユーラシア音楽横断
    15)中世前半の西ユーラシア  16)唐朝と朝鮮・日本 17)「声明」の伝来
    18)モンゴルと中央アジア北方 19)「十字軍時代」の西ユーラシア
    20)日本固有(?)の古歌 21)グレゴリオ聖歌
    22)平曲と能楽:付)発声法について 23)アンブロジアン聖歌・ローマ聖歌
    24)西ヨーロッパ中世 25)ジョングルール 26)十字軍時代前後のイスラーム
    27)ペルシア伝統音楽〜中世からの遺伝子 28)インド中世 29)宋・元時代の「中国」
    30)日本の「オラショ」 31)ヴェトナム伝統音楽 32)インドネシア 33)東アフリカ
    34)イスラムと西欧の融合 35)ルネサンス? 36)フランドル楽派 37)16世紀スペイン


レコンキスタ(「国土回復」と邦訳されていますが、「コンキスタ」の原意は「征服」です)を成し遂げ、イスラム勢力をイベリア半島から駆逐したスペイン(カスティリヤ)は、それまでポルトガルに支援を求めても良い返事をもらえず悶々としていたコロンブスに大西洋西航のための資金を提供します。これが(本来の目的とは異なりましたが)彼の新大陸アメリカ【中南米】発見として結実し、スペインはこの新大陸で豊富に産出される金銀を大量に手にすることとなりました。
王室は「新発見」したこの土地の先住者たちをキリスト教(カトリック)化するために聖職者たちを送り込みましたが、それと併行して、あるいは別個に「新大陸」に乗り込んだ民間人(貴族)たちは、彼らがインディオと呼んだ先住民族たちを奴隷化し(これはある程度は王室が許可したことでした)、従わない者は虐殺し尽くす蛮行を繰り返しました。特に中米方面でのマヤ・アステカ文明はこのことによて壊滅状態となり、インカ文明を中心とした南米も、都市文明は事実上崩壊しました。
この事実については、現地に何度もおもむいて「インディオ」の救済に努めた司教ラス・カサスがカール5世に上程した告発文を基礎にまとめた『インディアスの破壊についての簡潔な報告』(岩波文庫に日本語訳あり)で知ることが出来ます。
スペインからの征服者(コンキスタドール)たちが「インディオ」たちを殺戮したおおもとの背景には、どうやら「インディオ」たちにカニバリズム(人肉食)の風習があることへの生理的な嫌悪があったらしいことが、南米に兵卒として赴いたシエサ・デ・レオンの著作『ペルー誌』第一部(邦訳『インカ帝国地誌』岩波文庫)前半部から窺われますが、やがてインカ文明の中心地にたどり着いたレオンは、「インディオ」の全てがカニバリズムに浸っているわけではないことに気づき、さらに、自分たちの西欧に比べて勝るとも劣らない文化・文明を持つことに驚嘆、敬意さえ示し、やがてその歴史をまとめる決意を固めることとなります。(ペルー誌第二部、邦訳『インカ帝国史』岩波文庫。第3部、第4部は未訳)。
政治・社会史的な背景は、以上の文中で触れた、邦訳も出ているそれらの書物に委ねることにしましょう。
なお、中南米の文明にスペイン人が「帝国」の名を冠した謂れは、インカに関してはヨーロッパのローマ「帝国」史観にある、との研究報告が最近出されています(「他者の帝国—インカはいかにして「帝国」となったか」)。



さて、ではスペイン人に征服された当時の中南米の人々の音楽事情はどうだったでしょう。
これは、レオンの前掲2著作から垣間見るに、インカの場合は主に次のようなものが存在したようです。

・国内史の朗誦(スペインの「ロマンセ(叙情歌)」や「ビリュシコ(宗教歌)」に例えられている)
・大祭典(ハトゥン・ライミ)の際の奏楽(歌唱は上に準じ、金製や銀製の太鼓で伴奏された)
・人身御供が殺される前に酩酊状態で歌う歌(!)
・無災豊穣の占いの厳粛な酒宴の祭の大歌会
・戦勝時の神への礼の大歌会
・和平交渉成立時の大舞踏会
文明圏についてはこのようですが、まだインカ文明の傘下にない戦闘的な民族については、
「戦いに出るときは大きな声をあげ、角笛、太鼓、笛などをはじめいろいろな楽器を持っていく。」
(「インカ帝国地誌」邦訳書130頁)という記載を見受けます。

私が耳にし得た「インディオ」音楽は、殆どが太鼓の伴奏によるモノフォニーでしたが、例外もあります。
幾つかサンプルをお聴き頂きましょう。

ホピ族の 〜祝い歌にでも属するのでしょうか。
  この民族はマヤ文明の後裔とされ、予言で有名です。

ナバホ族の
  ホピ族と今も対立している人々だそうで、他の歌も概して戦闘的です。

(以上2曲、"Native American" IMC MUSIC(Portugal) GLD 25449-2)
  
この2例以外でも、伴奏として使われる楽器は太鼓、鈴に限られたものしか聴けませんでしたが、16世紀当時の征服記には登場しないアマゾン上流域のインディオ音楽の中ではフルート族の楽器や「竹製のクラリネット(単リード楽器)が使われており、なおかつ低音が持続的に鳴り響くホモフォニックな発想が見られ、興味深いものがあります。この例をも聴いて頂いておきましょう。



 (世界宗教音楽ライブラリー41「アマゾン・インディオの儀礼音楽」KING RECORDS KICC 5741)
このアルバムには、他国人が入り込むことなく現地の先住民族が暮らし続けて来た希少な地域の音楽が収録されており、しかも先の2例に比べると多様な楽器(クルタ・イとはまた別のフルートや角笛、鈴)で演奏される器楽だけの舞踊音楽などを聴くことができます。

レオンの記載した中での、インカ圏での「祭典関係」にあたる歌唱に相当するものはあげられませんでしたが、以上の歌や器楽から、スペイン人が入り込む以前のアメリカの人々の音楽が垣間見えるようであれば幸いです。

※ なお、マヤ文字あるいはその語彙に音楽や楽器、歌い手などを現す文字がないかどうかを探してみましたが、見つけられませんでした。ご存知のかたからご教示頂けましたら幸いです。



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2008年6月26日 (木)

モーツァルト:弦楽三重奏のためのアダージョとメヌエットK.266

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ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。
つまらん長文続きですみませんでした。 ・・・でも、別記事でまた長くなりますので。

今回は、モーツァルトの小さな作品の、ささやかなご紹介です。

というのも、ささやか、とする以外にご紹介の手だてがないからです。
・・・ささやか、と言いながら、それでもこのところの長文の半分にはなるのですが。

そのかわり、これもザルツブルクどっぷり時代の最後を飾る「隠れた名作」の一つ、かつ、演奏も容易ですから、できるだけ多くのかたに、実際にかなででみてもいただきたいな、と思っています。

併せて疑作のコントルダンスも取り上げるべきかな、と一瞬考えましたが、大き目の例外を除き、いまのところは疑作は素通りを決め込んでいますので、すみませんが、今回もそのように致します(疑作K.269bは量としても3分の1しか残っていません。)



先に申し上げますと、オリジナルの編成はヴァイオリン2本にチェロですが、次のような組み合わせで演奏するのも面白いかと思います。(但し、ヴァイオリンパートには重音【和音で演奏しなければならないところ】)があるので、管楽器だけを使用する場合は5本必要になり、ヴァイオリン1パートを二人ずつで吹くことになります。

・ヴァイオリン2またはヴァイオリン1にヴィオラ1、チェロがいなければファゴットもしくはヴィオラ
 (チェロ代わりのヴィオラはオクターヴ上で演奏する・・・響きがアンバランスになりますが。)
*ヴァイオリンの代わりにフルート、は音域的に厳しいので編曲が、かつ、原音域で吹くとなるとアルトフルートが必要。また、次のオーボエと似た意味での編曲の考慮の余地あり)
・オーボエ2、クラリネット2(但し、オーボエの音域の関係から編曲が必要)、ファゴット(オーケストラの木管奏者向け)
・クラリネット4、ホルンかユーフォニアムかチューバあたりを1(ブラスバンドの室内楽練習向け)
・サキソフォン5(低音パートをテナーあるいはバリトンサックスで吹く以外は任意、同上)
・ヴァイオリンかフルート一人にピアノ(ピアノはファーストヴァイオリンパートとチェロパートを弾く・・・そのほうが、モーツァルトの書いたいわゆる「ヴァイオリンソナタ」の様式にあう気がします。セカンドヴァイオリンが、往々にしてファーストヴァイオリンよりも高い音域を演奏しているからです。)
・ヴァイオリン2人またはヴァイオリン・ヴィオラ各1にピアノ(・・・通奏低音風に和音をつけるのも面白そうですが、その場合にはバスライン以外は控えめに!)


1777年の春先に作られたことが分かっているだけの、演奏された機会も判明しない、ささやかなものです。家庭演奏のためにでも作られたのでしょうか? 作風も、弦楽器で室内楽の初級段階でよく教材にされる、この年よりも前に完成された弦楽四重奏曲にくらべて、さらにいっそう簡潔になっている、といえます。

前回見た「第2ロドロン」ナハトムジークが後年の大傑作群であるハイドンセット(6曲の弦楽四重奏曲)の域に足を突っ込んでいたのに、見ただけだと「後退したのかな」と一瞬目を疑うようなシンプルさです。

ですので、「モーツァルト演奏入門」には恰好の材料となるわけです。

が、見た目にごまかされてはいけません。

この三重奏、実に愛くるしい美人さんです。
内面的なお化粧を、決して怠っていない。ただし、そのお化粧は、とてもさりげない。だからこそ、美しい。

三重奏でありながら、先に「管楽器だけでやるためには5本必要です」と言ったことでピンと来て下さった方もいるのではないかと思いますが、モーツァルトは、とくに最初のAdagioを作るに当たっては、和声として安定する「四声」を明確に意識しています(Adagio終結部などは五つの音が必要ですが、セカンドヴァイオリンの下の音、もしくはファーストヴァイオリンの下の音を省略出来ます)。冒頭部からして、ファーストヴァイオリンには2音からなる和音を演奏させています。
もちろん、三声だけの部分が大きな割合を占める(これは彼の初期のクラヴィアソナタ、とくにト長調の冒頭楽章と似ています)のですけれど、まず第1にはセカンドヴァイオリンが決して伴奏一方に回るのではなく、ファーストヴァイオリンと交代で「歌う」ことにより、第2には難易度こそ低いものの跳躍音型を多用することにより、「そこには書かれていない」第四の音が常に存在するかのように聞こえる効果が得られています(こうした工夫は、この先も、たとえばヴァイオリンとヴィオラのための二重奏や、有名な「弦楽三重奏のためのディヴェルティメント」でもなされていくこととなります)。・・・ヴァイオリニストでなくても、同じ楽器の組み合わせで、二人のプレイヤーがいれば音色も2つになるのが普通ですから、これは勘ぐりすぎですが、そこまで計算したかも知れませんね。

メヌエットの方は、Adagioの延長でホモフォニック(旋律に和音の伴奏ををつけただけ・・・Adagioの方も、この点ではそこまで単純ではないのですが)に作られているのではないか、と思うと、さにあらず。単純な手法ながら、バスラインは四声体の根音(ドミソなら「ド」の音)を意識しつつ、単純な転回型を逸脱しない程度に動くだけなのですけれど、セカンドヴァイオリンがなかなか曲者です。ファーストヴァイオリンを相手に対位法上のルールではありえない平行三度で動く、と見せかけながら、キモとなる個所では二声の対位法の禁則を守って「古風」な味付けをする、という<目立たない>離れ業をやっていたりします。

(第1楽章のためと思われる数小節のハ長調の異稿もありますが、ファーストヴァイオリンが12小節記入されているだけです。)

B Dur
1.Adagio3/4,77小節
2.MENUETTO Allegretto 41小節 & Trio 20小節

フランスの名ヴァイオリニスト、グリュミオーが、仲間と組んだトリオとデュオの2枚組の全集に、美しい録音を残しています。

演奏譜は店頭売りはなかなか見かけませんが、輸入楽譜販売サイトでいいものを探せばよろしいかと思います。
NMA(新モーツァルト全集)(PDFで見られるサイトにリンクを貼ってあります)では第18分冊に収録されています(18/779頁から)。

擦弦楽器奏者ではないかたでも、是非、いちど接してごらんになってみて下さい。

モーツァルト : 弦楽三重奏曲、二重奏曲集Musicモーツァルト : 弦楽三重奏曲、二重奏曲集


アーティスト:グリュミオー・トリオ

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2008年6月25日 (水)

人を「測って」いた私

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昨日は千葉馨さんのお悔やみを挟みましたのですが、今回は一昨日の続きです。 ただし、団体としてのTMF(東京ムジークフロー)に向けての反省はこの前でおしまいです。 今日は、自省の文です。・・・野次馬がしたい、とその気になって下さった方だけが、野次馬としてお目通し頂ければ、充分です。

明日以降、音楽史やモーツァルトなどの話題に戻っていきます。



He was more than the child to me.(チャップリン「殺人狂時代」)

明日、家内が死んで1年半目の日を迎えます。三回忌までが一区切りかな、と思っているうちに、それもあと半年にまで迫ってしまいました。
「早いもんだなあ」
ということは、けれど、一日たりとも思ったことはありません。
スタートは、私達双方の親きょうだい、叔父叔母、みんなに安心してもらうために家内の骨はどう埋まるべきか、で一年を費やしてしまったところからでした。長くかかってしまったために、娘の受験志望をどうするか、に併行して取り組むことになりました。志望が固まったのを見計らって、倒れたその日まで家内が気にしていた息子のダイエット問題を解消しようと、結果的には半年限りとなってしまいましたが、柔道を習わせました(そのまま中学校で柔道部へ、と、親としては思っていたのですが、息子は・・・母親と旅行したときに卓球をしたのが楽しい思い出だったから、らしいのですが・・・卓球部に入りました)。
3つあった課題は、理想的とまでは言えなかったかも知れませんが、おかげさまで、3月までに順次いいかたちで解決できました。
家内の顔の骨は住まいからそう遠くないところで私たちを見つづけることが出来るようになりました。
娘は第2志望校には見事不合格!・・・でも、第1志望に合格しました。(あれ?)
息子は、私の背をあっという間に通り越し、標準体型まであと少し、に漕ぎ着けました。

目先の課題が片付いてみると、しかし、今度は、自分自身が抱えていることに、はた、と気づかざるを得ませんでした。

どうしようもない孤独、というやつでした。

課題の解決を待つまでもなく、私はずっと「悲しい・寂しい」とわめいていましたし、都度、助け舟を出してくれるネット上の貴重な恩人にも恵まれました。ネット上だとヴァーチャルだ、とイメージされやすいかと思いますが、そうではなくて、現実にお会いもして言葉を交し合えたり、それがさらに紐帯となって、「うつ」の薬についての情報交換やら、本を読むことの楽しみ方やら、教育の立場からの若い人たちとの接し方やら、いろいろ学ぶことも出来ました。ネット上で綴っていることから「お、どうやらkenは今、様子が怪しいぞ」となると、間髪をいれず、冷静に戻れるようなメッセージを下さったりもして頂きました。
むしろ、こちらの出会いの方が、現実との葛藤にあたっては自分を「客体化」する上でありがたかったものでした。

にもかかわらず、なんとか家内や子供たちが落ち着くところへ落ち着いた、と、ホッとした途端に、どういうわけか、へなへなと力が抜けていくのを感じました。
・・・悲しい・哀しい・寂しい・ひとりぼっちだ・・・言葉の意味としての「孤独」はそうした気分の集合体なのかも知れません。
でも、実際に襲ってきたものは、そんないろんな意味に当てはめようのないものでした。

それまでは、たとえば顔見知りの人や職場の人に優しい言葉をかけられると、ついふらっ、と気持ちが揺さぶられ、言葉をかけてくれた人の中に、もしかしたら自分の「さびしさ」を埋めてくれるなにかがあるんじゃないか、と空しい期待を抱いては、結局がっかりしたり、ということもありました。

ふりかえってみると、そんなことは、しかし、たいしたもんじゃなかった。

これは、恩人中の恩人のYさんが、まだドタバタやっているさなかの私に教えて下さったのですが、
「無形のもの、無形の心の中に救いを求めるのが、人間、案外効果的なのです」
とのことで、
「じゃあ、無形のもの、無形の心ってなんだろうか」
そんな模索を始めるようになりましたが・・・遺憾ながら、模索すればするほど、私は即物的な俗物である自分に気づかされるばかりで(長いスパンで考え得るなら、じつは、そう気づくことがYさんの仰る主旨にたどり着くための最初の関門なのは分かりました)、右往左往するばかり。

本当の「孤独」は、感情としては表現出来そうにありません。ただひたすら「空っぽ」だ、というのが、言葉にしたときには、最も近いでしょうか。



チャップリンの『殺人狂時代』は、ご覧になったことがありますか?
正月、娘の壮行会と称して、都合よくチャップリンファンでもある息子も連れ、子供たちと見に行ったこの映画が、私のいまの思いに強烈にダブっているのを感じます。

『殺人狂時代』でチャップリン演ずる、銀行を首になった主人公の殺人狂には、息子と病弱な妻がいます。彼はそれをひた隠しに隠し、偽名で独身貴族になりすまし、お金持ちの未亡人や年配女性と重婚しては、その女性達を殺して財産を奪う悪を繰り返します。それもこれも、実の妻と子供には失職を隠しておきながら、これまでと変わらずその療養費や養育費を稼ぐためなのです。
映画の中では、殺した財産家の女性の金庫から札束を取り出して数える、元銀行員の巧みな手さばきを見せる主人公が映し出されます。
そんな主人公が、たった一人殺意を持たなかったのは、雨宿りしているところを偶然見かけた若い女性でした。主人公は最初彼女を「ばれないで殺せる毒」の実検の為に仮の住まいに連れて行くのですが、その身の上話を聞いて思いとどまったのでした。この女性、夫が獄死し、生きる希望を失いかけていたのでした。・・・身の上話を聞いていた主人公自身も、心の根っこでは生きる希望なんてとうに失っていたのではないかと思います。だから、彼は気が変わった。彼女の前に置いた毒入りワインをさりげなく取り除けたのは、そんな心理からきたものではなかったのかな、と思います。

翻って、私自身が演じている喜劇は、どうでしょうか?
たとえば、こんなものでしょうか。
適齢の女性と、チャンスがあればこんな会話をする。
「え? 明日、お暇なんですか?」
「そうなんですの」
「だったら、僕なんかでいかがでしょう」
「何が、ですか?」
「もちろん・・・」
「あら、やだ」
「ヤモメで子連れですが、それでもよろしければ!」
こんなセリフで、本当に翌日現れてくれる女性なんて、まずいません。チャップリンに比べるとなんという出来の悪さでしょう。・・・当然、現れない女性には罪はないどころか、正しい判断をしたわけです。
「あの男、きっと下心しかないのよ」
・・・それは、当たっているかも知れません。

チャップリンに比べて不出来なのはもうワンシーン、お金を数える場面です。その日その日、とまでは言いませんが、私は始終、子供の養育費と自分が使える冗費を天秤にかけるために・・・というのも、子供たちはこれから学校やレッスンに最もお金のかかる時期を迎えますから・・・預金残高を神経質に確認し、口座から下ろして財布に入れるお金は最小限に絞る、というどケチぶりを発揮します。気前のいい『殺人狂時代』の主人公に比べて、なんとぶざまで、お寒いギャグでしょう!

ただ、私は『殺人狂時代』の主人公といまの自分の共通点がなんであるかに、ふと気づきました。
相手と話すとき、
「この人はどういう人か」
を「測って」いる。
意識していなかったのですが、家内の死後、自分の見た「人の様子」を愚痴ってみたり、家内の話す「人の様子」を聞くことがなくなってしまった分、自分で勝手につけた目盛の<ものさし>で、人を測ってみていることが当たり前に身についてしまったな、と、演奏会がはねて、打ち上げも終わって、雨の中を子連れでふらふら濡れて帰りながら、ぼんやりした頭で、そのことに思い至りました。・・・そうしてはじめて、正月にこの子達と見た『殺人狂時代』の意味するところも理解できたように感じたのでした。

ところが、私の「測り」は、チャップリン演ずる主人公と違って、妻を亡くしたことも子供のあることも隠しおおせていませんし、給与以外の収入源もありませんし、「測ってしまう」失礼をした相手に対して更に何かを求めようか、などということを思いつく知恵もありません。

本番を終えて、子供をある意味では無理やり連れて打ち上げにも行き(飽きちゃった娘にはベソをかかせてしまいました)、話し相手はほんの限られた人に絞られましたが、それだけにかえってひとり一日を・・・いえ、この日に至った1年半を思い返す時間にも恵まれました。
そして今度は、『殺人狂時代』の主人公と自分の決定的な違いにも思い至りました。

私の感覚には仕事の時間と家庭の時間という生活区分がもともとない。ただこの時刻になれば出勤し、この時刻になれば退勤し、帰宅すれば子供と食事をし、あとはパソコンに向かい、というパターンだけで、その場その場でやっていることの違いにはとんと鈍いたちなのですけれど、そんなせいで、おそらく企業の中では変わり者の部類に属します。
ですが、世の中というのは思いのほか厳密に出来ていまして、「職場」というところでは、まずプライベートな会話なんて殆どなく、談笑することもありません。
楽隊は楽隊で、いまでは練習後の飲み会なんかにはとても行けませんから、はい、練習に行きました、演奏を巡って四の五の言いあいました、帰りました、だけ、という感触しか、自分の中にはなかったかも知れない、と思いました。
ですが、どんな場所にいたって、根が能天気なのは家庭環境の変化にも関わらずまったく同じで、すぐにつまらん馬鹿話をしたり、愛想を売ったりして
「kenさんは誰にでも声をかけるからな、だから顔が広くなるんだよな」
なんてことを上司に言われたこともありますが、本人はまったくその意味が分かっていなかったのです。

・・・だから、条件反射で愛想を振り撒きつづけていただけで、中身は「空っぽ」だったのでした。受け止めて、自分と言う器に入れるべきなにものをも、私には見つけられずにいたからです。

自分が、見つけるべきものの存在に気づかないから、私は「空っぽ」という、究極の孤独に、自分で陥ったのでした。

雨の中、楽隊での自分の周りをふと振り返ってみれば・・・

ずっと背中を見つづけてくれていた人がいました。・・・私のほうも常々、その生き方に(って、詳しくは何も本人から聞いたことはないのですけれど)感心し、敬意を持っていた人でした。

大編成の中でのアンサンブルで、要所できちんと見守って、私の下手な演奏につけてくれていた人がいました。・・・当日はベソをかく娘まで上手にフォローしてくれたりしました。

娘が合格したときには誰よりも喜んでくれ、今回はいちばん厳しい曲で合わせなければならない個所に真剣に賭けてくれ、練習途中で励ましてくれた上に、終わったときには感極まってくれた人もいました。

一日休んで、翌日には、中途で会社に入ってこられた大ベテランの先輩が
「子育ての経験上で役に立てるお話ならして差し上げられますから、遠慮なく相談して下さいね」
とも言って下さいました。



「ああ、『空っぽだ』というのは、自分の中の一つの幻なのかも知れない」
と、思いました。

もとより、毒入りワインも、それと取り替えるべき新鮮な飲み物も、私は持ち合わせておりません。

ただ、私の「空っぽ」が「幻」だったのなら、そう気づかせてくれた何人かの、私をちゃんと見つめて下さったかたたちを、みんな幸せに出来るだけの力が、私にあればいいのですが。

これは残念ながら、私が魔法使いでもなんでもない、ただのオッサンであるがゆえに、出来ることは、私が祈る神様に、きちんとかなえてもらう以外にあるのかどうか、どうしても分かりません。

かつ、自分がほんとうに「空っぽ」ではない、ということを、自分が確信を持てるようになるまでは、まだまだ時間がかかるのかもしれません。

それでも、今度はシェークスピアの『夏の夜の夢』のように、みんなをも、自分自身をも、子供たちをも、命ある限り「生きる幸せ」を謳歌させてあげられる大団円を迎えるべく、私は、もっと「分かる」ことに努め、全てをきちんと整えて、楽しい舞台の準備が出来るようにしなければなりません。

ともあれ、人を「測る」ものさしは、捨てましょう。
これからは、新しい「ものさし」を用意して、舞台の寸法を測り、充分な明りの入る窓を用意し、収まる小道具を捜し歩かなければ、と、かように思っております。

拙い長文、お読みくださった方には心から感謝を。

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2008年6月24日 (火)

訃報拾い出し:千葉馨氏(元NHK交響楽団首席ホルン奏者、国立音楽大学名誉教授)

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昨日昼間の時点で、webの新聞サイトでは読売新聞の記事しかありませんでしたが、ぼちぼち見当たりましたので、拾ってみました。(なお、地方紙webは参照していませんが、続々と掲載はしているようです。垣間見た限り、内容は全国紙と殆ど変わりません。)
日経新聞web(記載期日不明):ホルン奏者の千葉馨氏が死去

 千葉 馨氏(ちば・かおる=ホルン奏者)21日、遷延性無呼吸のため死去、80歳。自宅は東京都新宿区中落合1の11の3。お別れの会を行うが日取りなどは未定。喪主は妻、玲子さん。

 NHK交響楽団で長年、首席奏者を務めた。国立音楽大名誉教授。



おくやみ(2008年6月23日22時04分 読売新聞)
千葉馨氏=ホルン奏者

 千葉馨氏(ちば・かおる=ホルン奏者)21日、遷延(せんえん)性無呼吸で死去。80歳。告別式は22日に近親者で済ませた。後日、お別れの会を開く予定。自宅は東京都新宿区中落合1の11の3。喪主は妻、玲子さん。

 日本のホルン演奏の草分け的存在で、長年NHK交響楽団で首席ホルン奏者を務めた。1983年に退団後は、国立音楽大教授として後進の指導に当たった。



訃報:千葉馨さん 80歳 死去=ホルン奏者、国立音楽大学名誉教授
(毎日新聞 2008年6月24日 東京朝刊)
 千葉馨さん 80歳(ちば・かおる=ホルン奏者、国立音楽大学名誉教授)21日、遷延性無呼吸のため死去。葬儀は近親者だけで済ませた。自宅は東京都新宿区中落合1の11の3。喪主は妻玲子(れいこ)さん。後日お別れの会を開く予定。

 長年、NHK交響楽団のホルン首席奏者として活躍した。



元NHK交響楽団首席ホルン奏者、千葉馨さん死去
(2008年6月24日7時52分 朝日新聞)

 千葉 馨さん(ちば・かおる=元NHK交響楽団首席ホルン奏者、国立音大名誉教授)が21日、遷延(せんえん)性無呼吸で死去、80歳。葬儀は近親者で営んだ。お別れの会を後日開く予定。喪主は妻玲子さん。自宅は東京都新宿区中落合1の11の3。

 東京音楽学校(現東京芸大)在学中からN響に在籍。カラヤンに認められてドイツやイギリスに留学、国際的に活躍した。テレビ番組「オーケストラがやって来た」で解説をするなど「N響の顔」としても親しまれた。



・・・音楽家の死は、哀しきかな。日本の新聞での取扱いは、いつもこの程度です。武満徹氏のときでさえそうでした。今年亡くなった素晴らしいベテランには、江藤俊哉さんもいらしたし、鈴木清三さんもいらっしゃいました。やっぱり似たようなものでした。事情はクラシックだろうがそうでなかろうが、あまり変わらない気がします。・・・大々的に報じられたのは「美空ひばり」さんくらいだったんじゃないでしょうか。

各紙webとも判で押したように、「長年NHK交響楽団で首席ホルン奏者を務めた」だけが出て来て、生前の千葉さんの人間性を表しているのは、かろうじて朝日の
「カラヤンに認められてドイツやイギリスに留学、国際的に活躍した。テレビ番組『オーケストラがやって来た』で解説をするなど「N響の顔」としても親しまれた。 」
という記述くらいです。

千葉さんの人間性について豊かに綴っている文章はJIROさんのブログとそのリンク、あるいはそれらへコメントを寄せていらっしゃる方々の言葉のほうに見受けます。リンクを貼っておきますので、ご一読下さい。

「美しい」音:かつて、毎コンの講評でホルンの千葉馨(かおる)氏が仰っていたこと。

日本のホルン演奏の草分け、千葉馨氏が死去(6月23日15時2分配信 読売新聞)

明石南高等学校放送部・千葉馨インタビュー


昭和40ー50年代に地方で少しでも幅広くクラシックに接する機会がほしい、となると、NHK交響楽団のテレビ放送・ラジオ放送以外に手立てはありませんでした。 で、テレビでホルンが大映しになるときに、その画面を占有するのは、九割九分、千葉さんの顔でした。 「こわそうなおじさんだなー」 と震えながら見ていたものでした(!) でも、そういう人ではなかったことは、上にリンクを貼った文章でお分かりいただけます。

映像では、N響での演奏姿をこちらでご覧頂けます。

アンセルメが80歳で来日したときの、1964年のもの。
3分7秒のところで終曲の最初を吹く千葉さんが映し出されます。
(このときのN響の響きの素晴らしさにもご傾聴下さい。)

千葉さんの音を、電波を通して聴きながら、私はオーケストラへの、とくにホルンへの憧れを強くしていきました。語彙の持ち合わせが少ないので
「その重厚さに体全体が包み込まれ、圧倒される気にさせられたから」
としか、いま言葉が浮かびません。
が、千葉さんが吹く雄渾なシューベルトの「グレート」冒頭、ブラームスの第1のフィナーレ、一転して軽やかなベートーヴェン「田園」のスケルツォ、柔らかくて優しさに満ち、厳粛だった「第九」3楽章のソロ、寂寥感を湛えながらもさりげなく奏でられたチャイコフスキー「第5」2楽章のソロ・・・みんなみんな、耳の奥にしっかりと刻み込まれています。

そんな千葉さんのおかげで、私は最初はホルン志望になったのでした。転校、そして行った先の学校にブラスバンドがなかったおかげで、1年で諦めざるを得ませんでしたが、中学1年の分際でベートーヴェンのホルンソナタを吹いてみたりしていました。第1楽章の前半部くらいなら、いまでもホルンパートを暗譜しています。文化祭ではベートーヴェン「第8」第3楽章のトリオを、いやがる友人を無理やり口説いて、舞台で二重奏したりしました。
・・・直接のご縁は全く持つことはありませんでしたし、現在では私はもうアパチュアもまっとうにつくりあげられませんので、ホルン自体吹けなくなってしまいましたが、千葉さんはずっと私のアイドルでした。

ついでながら、「馨」という字は、私の亡妻の名前の一字でもあり、今では法名の一字でもあります。・・・が、これは単なる偶然です。
ただ、この字は大変いい字で(って、前にも綴ったことがあったかもしれません)、本来は「磬」という、中国の石製の楽器をあらわす文字から派生したものです。「磬」は石でありながら鐘の一種だと思っていただいた方がいいもので、しかも金属の鐘に比べると柔らかくて暖かい音がします。この楽器の音は、遠くまで澄み切って響きます。この文字の下の部分が「石」から「香」に変わっていることで、意味が
「よいかおりが世界にあまねくひろがる」
と、一層豊かなものになります。

この字にふさわしい音楽をなさった方でした。
天国でも、素晴らしい音楽をお続けになって下さることと思います。



娘の用事で昼に走って出かけたCDショップで、例によって追悼コーナーがないか、と探しましたが、これについても江藤さんや鈴木さんと同じ結果でした。

いい音楽家は、本来は名前なんかいらなくて、生きているあいだに周りの人の心を優しく包み込もうと一生懸命に努めて、最後はそーっと、舞台から姿を消すものなのかも知れません。



ついで話にしてはずれ過ぎですが、やはり訃報で、舞台での「セーラームーン」を演じた女優の神戸 みゆきさんも、6月21日、24歳と言うお若さでなくなった由。
姪が大ファンだったので・・・でも、まだ小学校低学年。ピンと来るかなあ。

コレクション・オブ・ホルン・パフォーマンスMusicコレクション・オブ・ホルン・パフォーマンス


アーティスト:千葉馨

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2008年6月23日 (月)

「愛」ということば:定期演奏会反省のために

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先に。
往年の名ホルン奏者、千葉馨さんの訃報に接しました。21日ご逝去の由。関連記事が過去JIROさんのブログに記載されていました。取り急ぎリンクしておきます。


ずれた角度から始めますが・・・わざと、です。

日本語での「愛」には、西洋的なものと比べたときだけでなく、大陸部アジアの同義語(どんなものがそれに当たるかまでは実は知らないのですが)との間でも、その意味に邪魔者が入り込んでいる気がします。

角川必携国語辞典(初版)にある意味づけを列挙しますと、字の説明そのものに、こうあります。
1)(前半略)胸がいっぱいになるほど切ない、好きだ、大事にしたいと思う気持ち
2)おしむ
3)神仏のめぐみ

小学館新選漢和辞典(第五版)では、また違います。
1)いつくしむ。かわいがる。このむ。
2)異性をしたう
3)<め・でる(と読んで)>1)に同じ
4)惜しがる「-・惜」
5)かわいらしい。あいらしい。

では、ヨーロッパ語の殆どの祖先であるラテン語ではどうか? 研究社羅和辞典"amo"の項。
1)愛する、好む、気に入る/うぬぼれる、自ら満足する、利己的である
2)(ある者を)愛している、恋愛している(alqm)
3)好んでする、常にすることになっている
4は省略(熟語の説明であるため)
5)(ある事についてある人に)恩義を感じる、おかげを蒙る
名詞としての"amor"は、どうでしょうか?
1)愛(・・・そのまんまかよ!<--あ、これは辞書には書いていません、念のため。)
2)恋愛関係
3)愛の対象、愛人
4)情、欲望、色情
5)恋愛の神
6)(5の複数形)

注意しなければならないのは、漢和辞典は中国語の辞典ではないことで、とくに「惜しむ」という意味を「愛」の一字に込めてしまうことは、おそらくは中国語にはないという点です(チャンと辞典を引かなければ!)。
すると、この「惜しむ」という意味が「愛」にくっついているかどうか、というところが、日本語固有らしく、漢字本来の意味もヨーロッパの言葉でも、「愛」に込められた意味が、もっとストレート(直裁)であるのは大変に面白い。


漢訳仏典(要は「お経」)では「愛」は妄執を代表するものとし、悟りに至るためには人間がその思いから解き放たれなければならないものの最大の一つとされています。・・・その仏教の教えが色濃く染み付いた平安後期以降、昭和20年代に至るまで、日本では「恋愛結婚」というものは実質上例外的なものと見なされて来ましたし、そこへ儒教の価値観が重なって、江戸期には「夫を失った妻は再婚をしたら白眼視される」なんてこともありました。
これはカトリック世界のヨーロッパでも同様で、教義の基本が再婚禁止であるため、特に女性に不利だったのですが、寡婦が再婚を認められるのは特権階級に限られていました。・・・ただし、そこでは日本仏教と異なり、「愛」と離れることの強要からではなく、「神の愛」を受けることにに専心しなさい、というものだった点に違いがあります。
でも、以下に見るように、元来の意味付けがこれほどの差を持っていても、実際に人の行為となると、実行に移す過程がどのように人の目に映るかが非常に似てくる。・・・ここが、肝です。


私は妻と死別しましたが、それでよく聞かれるのは
「奥様を、いつまでも愛していらっしゃるのでしょう?」
という言葉です。答えは、
「はい、愛しています。もちろんですとも!」
です。
お聞きになって下さった相手は、
「じゃあ、この人は死ぬまで奥様に<執着>するのだろう」
と期待します。
ところが、こんなに美男の(!・・・ウソ。もう白髪が目だちはじめたデブオヤジです)、私なんぞに惚れてくれる相手に運良く再び巡り会って、仮に周りの期待を裏切って、私が再婚出来てしまったとしましょう・・・残念ながらモテないうえに、一番手と金のかかる時期の子持ちですので、どうも期待ははずれっぱなしで終わりそうで・・・実際の、ではなくて映像に現れるチャップリンを地で生きているようなていたらくですが・・・。
すると、私はきっと「不貞」の輩と見なされ、死後の行き先は<地獄>でしかなくなる。
亡妻とのあいだに子供たちだっていますから、結婚した結果、子供たちが気まずい思いをしてしまうようだったら、なおさらです。
地獄の中でも最大の罪人が堕ちるべき地獄へ堕ちることは必定です。いや、生きているあいだから、親族姻族から総スカン、という地獄に堕ちるのでしょう。

日本仏教とカトリックとの違いを前提にすれば、それは日本的には「惜しむ」愛を持たない軽率さからですし、ヨーロッパ的には「神の愛よりも、正しい信仰が生まれる以前の、第1義的な、自足と自惚れの<愛>を優先させたからだ」ということになります。

現代でも、(要領のよろしい方は例外ですが)、まあ、「愛」という価値観は、こんなものです。
「愛」の対象は、単数でなければならない。。。
(これ以上、とりあえず余計なことは言わんでおこうっと。)


さて、昨日の定期演奏会です。
ここからは、「私たち」という、複数形で考えましょう。

私たちは、どのように音楽を「愛して」、昨日の演奏会を迎えたか?

プログラムを拝読しましたが、代表挨拶・指揮者紹介は内容が一新され、記述内容が素晴らしい変貌を遂げました。
代表者「ごあいさつ」から、すみませんが、抜粋させて頂きます。

日々の練習の中でメンバーを充実させ、アンサンブルを楽しみ、納得したプロセスを経て(下線は私が引きました)、本日のような演奏会を持ちたい。

これは大変に嬉しい文でした。
各曲の解説文(と言いながら、私の担当した<悲愴>の文は生硬で、ちょっと評価に値しません)も日本語としては1)、漢語としても1)の「愛」の溢れた、心豊かな文章です(手前味噌ですみません)。

では、実際に、代表者がおそらく理念と感じて下さっている、抜粋部分の「納得したプロセスを経て」という部分が充分だったかどうか・・・今回の実際の演奏会で出た音を私自身が冷静に評価するまでにはまだ思考が固まっていないのですが・・・ということについて、終わってみて、メンバーがどれだけ省みているか、が次への大事な踏切台になりますから、メンバー各位に置かれましては、その点をもういちどお考え頂きたく存じます。

ですので、打ち上げ最後の乾杯の際に、音頭をとられた方が(盛り上げなければならない、という責任感もおありだったのでしょうが!)
「とにかく、満足しています!」
という発声をなさったのは、私は「宜しくありませんね」と申し上げておきたいと存じます。
「最高でした!」
とは仰っていなかった(のか、少なくとも私の耳には届かなかった)のは良かったですけれど。

少なくとも、直前の練習まで「納得したプロセス」を経たかどうかとなると、一人一人が胸に手を当てたとき、
「いやあ・・・そうじゃあなかったなあ」
と思って下さることが最も素晴らしいのです。そうあって下さったら嬉しいな、と思います。

私個人のミスのいちばん大きなものは、昨日綴った通りで、あらためてお詫び致します。

チューニングでは、湿気も考慮し、だいぶ特別なことをやりました。
ステージチューニングの際には、おそらく、弦楽器は管楽器に対して、前半では2Hzほど、後半は1.5Hzほど高めにして臨みましたので、「いつもとやり方が違うな」ということでメンバー各位を戸惑わせたかもしれません。これも併せてお詫び致します。

ところが、そういうチューニングをしていて、結果的に演奏が始まると管と弦でピッチが殆どきちんと合っていた。

このことが何を意味するか、を、ちょっと考えてみて下さい。

一般論でいえば、弦楽器は湿気の多いときはピッチがどんどん下がって行きます。ですから、高めにチューニングしておけば演奏中の調整はしないで済むことになります。
管楽器については、湿度の一般論より、ひとり1パートの原則がネックになります。とくに、木管およびトランペット(後期ロマン派以後)はファーストを吹くことが必然的に旋律を吹くことに繋がります。旋律をよく聞かせるためには、(これは意識出来てやっているのでしたら解消が簡単なのですが)通常の和声のための音を出している時よりピッチが上がるのです。・・・この点は、カラオケで「上手く歌う人」と「万年耳栓が欲しくなるような歌い方をするオッサン」の歌のピッチを聞き比べるのに慣れて頂くとよくわかります。

ということで、各曲各所の問題点がどうだったか、という「後ろ向きな」反省ではなく、こんなピッチの仕掛けの上で今回の演奏会がなされたのだ、ということを、ちょっと念頭に置いて頂けると有り難いなあ、と思っております。
要するに。
いままでこうして来たから、と「惜しむ」愛は、いっぺん片隅に追いやってみて下さったらいい。

そう、「地獄墜ち」をしてもいい、と腹を括った方が、ものごと、良く見えるようになります。
(地獄に堕ちてもいいのは演奏に関してだけですヨ!人生はそうであってはいけません!・・・私はどっちも落ちても構わないけどな。。。)

なお、ファーストヴァイオリンにつきましては・・・緊急事態もあったからではありますが・・・席順は、実は前の晩、考えるのに半徹夜で悩みました。
思った通りに行っていたかどうかは、こんど皆さんからご感想・ご教示を頂ければありがたく存じますし、またとくにアマチュアにおいては弦楽器パート内での並び方が非常に重い意味を持つ(初心者だからいちばん後ろに坐ってもらう、という発想や、普段からの仲良しさん同士だからそのまま一緒に組ませれば上手くいく、という考えは捨てなければ・・・とくに「好きだから、弾けないけれど入って来ました」というメンバーに哀しい思いをさせるだけでなく、響きとしてもアンバランスを生じさせる原因になり、結果的に管楽器打楽器にも大きな迷惑をかける)という点は、是非肝に銘じて頂きたいことです。

少なくとも、こちらに関してさえも「愛が単数でなければ」と見られてしまうと・・・私の人生は、そこでもうおしまいですねー。(T_T)


なお、長年当オケでティンパニを叩き、女性客のアイドルだったMさんが、ヴィオラの奥様共々、今回で退団なさるとのことです。奥様が「新しく学びたいことがある」と向学心を抱かれたことにつき、ご主人も協力する、とのご決意だから、と承っております。
Mさんは、私が当団に入るおおきなきっかけを作って下さった方のお一人で(「入団しないと給料止めるぞ!」と言われました・・・)、たいへん寂しく思っておりますが、またのご復帰も願いつつ、まずはお企ての実り多からんことを祈って、1曲捧げてお餞別代わりとさせて頂きます。

ちょっと珍しいものですが、打楽器の曲でなくてすみません。

・ブラームス (「11のコラール変奏曲」第8曲)
  オルガン:クリストフ・アルブレヒト KING RECORDS KICC 9526)
  ※ 恐縮ですが、モノラル化してあります。


バナーをご提供下さったsergejOさんが、当日の感想を記事にして下さいました
こちらも是非、というより、こっちの方こそ是非、読んでご覧になってみて下さい。

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2008年6月22日 (日)

ご来場御礼・身内慰労

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本日6月22日、大井町の「きゅりあん」に於いて催しました東京ムジークフローの定期演奏会に
開場時には大変な雨だったにもかかわらず、1074名収容の会場に716名様のご来場だった由、悪天候ですのでそこまで期待をしていなかったにも関わらず、思いがけず3分の2を埋めるお客様に恵まれましたことを、たいへんありがたく存じております。

個別にメールも頂戴しておりますが、あらためて御返事を申し上げる所存ですので、取り急ぎこちらでの御礼にてご容赦下さいませ。

ハチャトゥリアンには私の独奏があったのですが、本番でいつもやることでお恥ずかしいことながら、前半で危うく楽譜を見落とすところで、お気づきになった方はお気づきになったかと存じます。ミス、お詫び申し上げます。


メンバー各位は、本当にお疲れさまでした。
本日は細かいことは申し上げません。余韻を楽しんで下さい。

個人的には、明日、ちょっと出勤に耐えないほど疲弊しました。。。クビかしら。。。
明朝「休みます」って電話を入れるのに勇気が要るなあ。

でも、それだけメンバーの集中力に圧倒されたという面もあるかと思っております。そういう意味では、身内にもとても感謝しているのをここで述べますことを、どうぞ、団外の皆様にもご容赦頂ければと存じますe

バナー作成ばかりか本日もいらして下さったsergrejOさん
記事リンクを作って下さったキンキンさんには、重ねてまた特別に感謝の意を表させて頂きます。

どなたも、雨でお風邪等召されませんように。

本当にありがとうございました。

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2008年6月21日 (土)

いよいよです、定期演奏会(東京ムジークフロー):宜しくお願い致します

<東京ムジークフロー第45回定期演奏会>

Tokiomusikfroh

日時:2008年6月22日(日)
午後1:30開場 午後2:00開演
場所:品川区立総合区民会館「きゅりあん」
指揮:菊地 俊一
曲目:ミヨー〜フランス組曲
   ハチャトリアン〜仮面舞踏会
   チャイコフスキー〜交響曲第6番「悲愴」
※全席自由、入場料1,000円です。
※京浜東北線「大井町」駅の目の前!・東急大井町線「大井町」駅からも歩5分程度です。
※「大井町」駅への電車の乗車時間は、東京駅からでも15分弱、渋谷駅からでも10分弱です!

Cu_map


団員各位におかれましては、昨日記事をご参照下さい。あるいは、こちら

・あがらないで、ゆるまないで下さいね。
・「集中すること」は「熱中すること」ではありません。
・自分に「客観的」であって下さい。
・周りが見え、聞こえ、指揮が見え、音楽の文脈が見えるように。。。



・バナーをご提供頂いたsergejOさん
・定期演奏会につき記事を掲載しリンクを貼って下さったキンキンさん
に、心から御礼申し上げます。


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2008年6月20日 (金)

「自」と「法」(TMF本番を前に)

Tokiomusikfroh

来たる6月22日は、私共のアマチュアオーケストラ、東京ムジークフローの定期演奏会です。詳しくはバナーをクリック下さい!20名様(ペア換算10組)まで無料ご招待申し上げます。ご希望の方は本ブログのプロフィールページから、記事掲載者宛メール下さい。・・・バナーは、sergejOさんがご好意で作って下さったものです。



釈迦(釈尊)の言葉に、
「自灯明、法灯明」
というのがあるそうです。

これは、釈迦の臨終のとき、弟子が泣く泣く
「これから、だれを<あかり>に仰げばよろしいのでしょう?」
と嘆きながら問うた時に答えとして述べられたもの、とのことです。

「自らを(見直して)<あかり>としなさい、(それがダメなら)方法を(見直して)<あかり>にしなさい」

おおよそ、そのような意味だと思って頂ければよろしいかと思います。(サンスクリット、もしくはパーリ語の原典では、ほんとうは全く違う意味の言葉だったのかもしれませんが、そちらを当たってみることは敢てしません。漢語としてまとまった、この文について述べます。)

そのまま読み下せば、
「自らを明かりとせよ、法(のり)を明かりとせよ」
というふうにしかなりませんので、ともすれば
「自分の信じるそのままに従え、あるいはそれで周りを従わせよ。それが出来ないのだったら法律的な決まり事を作って、それを頑固に守って生きていけ」
という強引な読みが成り立ちますし、現にそのような読みをした人がいないわけではありません。

ですが、釈迦の、とくにその言葉を忠実に映した(書写したのではなく、寸分の間違いもない記憶から再現されたものですから「映した」という字を使いました)とされる原始(初期)仏典には、そのような発想が生まれる余地のある言動は、一切なされていません。

この言葉、裏側から読めば、

「自分というロウソクに灯をともしてみなければ、自分はいったいどれだけの明るさなのかは分からないままなのだよ。自分への灯のともしかたが分からないのだったら、それをなんとかして見つけ出さなければいけない。だから、まずはどんな方法で、と『書かれた』心に灯りを当てて、その心を熟読してご覧なさい」

ということになるのです。



定期演奏会でお客様に潤って頂くための音楽が、ささやかながら1ℓの水だとします。で、それは、絶対に「一度」にふるまわれなければならない量だとします。
でも、その水を用意するための私たち、というのは、せいぜい500㎖の器でしかないのだとします。
たかだか1ℓ・・・でも、私たちはその半分の量までしか入れられない器のままで、ここまで来てしまったのだったら、さて、どのようにして1ℓの水をお客様のために汲んで差し上げることができるでしょうか?

いちばん簡単に思いつくことは、2回に分けて差し上げる、という手です。
でも、「音楽」という総量は、初めから1ℓを一度に、と決まってしまっているのですから、この手は使えません。

さて、どうするか・・・

私たちが500㎖である、という、その容積は、もう変えられないものなのか?・・・それは最新技術のセラミックで出来た、どうしようもなく可塑性の高いシロモノなのか?

それを見直す時間のゆとりが、あと少し残っていますね。
よく吟味し、内省して演奏会に臨みますので、いらして下さった皆様は是非忌憚のないところをご教示下さいますように。

団員各位と、僭越ながら、お聴きになって頂ける皆様への、ささやかなお願いです。



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便利です。

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2008年6月19日 (木)

「解読 アルキメデス写本」(書籍紹介)

Tokiomusikfroh

来たる6月22日は、私共のアマチュアオーケストラ、東京ムジークフローの定期演奏会です。詳しくはバナーをクリック下さい!20名様(ペア換算10組)まで無料ご招待申し上げます。ご希望の方は本ブログのプロフィールページから、記事掲載者宛メール下さい。・・・バナーは、sergejOさんがご好意で作って下さったものです。



「こんなタイトルの本が、何で音楽に関係あるの?」
・・・というのが、お読み頂く前に抱かれる疑問になるでしょうね。

ご紹介するのは、西欧音楽理論の原点である古代ギシリアの「音楽論集」(2編)の翻訳を、偶然店頭で見かけた、というのが、この本を私が読むことになった、そもそもの始まりだったからなのです。



先に、「カール5世の時代1」と銘打って、いつものへそ曲がりな音楽史記事を綴り始め、参考に当時の音楽の再現演奏を耳にしながら、16世紀の西欧音楽が、どうやら「教会や大学で説かれていた<音楽理論>」と全面的には直結してはいないようだ、ということを、「なんとなく」といういい加減さからではありながらも、感じずにはいられませんでした。

ですが、中世当時大学で用いられていた「音楽理論」のテキスト、さらにはその大元となった「古代ギリシャの音楽理論書」を、私は読んだことがありませんでした。
それでも上のような感触を抱いたのは、

・第一に、中世から近世の音楽を話題にした啓蒙書に、カトリック教会が築き上げた音楽理論の断片的な知識が必ず出てくること

・第二に、その知識は「古代ギリシャの音楽理論」を元に構築されたと明記されていること

・第三に、上の2点にも関わらず、啓蒙書で触れられている「音楽理論」は、実作された曲と符合するのは「旋法(音階)の中の音の並び」に限られており、<聖歌>以外は必ずしも「旋律はこの音で歌いだされ、この音で終止する」というルールと合致しているとは思えなかったこと(これは厳密に調べたわけではありませんが、「グリーンスリーヴス」のメロディでもいえることでして、このメロディは近代的な短音階という捉え方は誤りであり、中世でいうドリア旋法である、というのが正しい・・・より正しくはドリア旋法と短音階の入り混じったもの、なのですが・・・にもかかわらず、歌いだしの音は理論上のファ、ソ、またはラ、ではなくてレですし、4つあるフレーズの第1フレーズと第3フレーズに関して言えば、終わる音もまた理論上のレではなくてラなのです。※)

という理由からでした。
また、中世の理論では、実作品に活き活きと現れるリズム、ロンド的その他さまざまな形式の規則性については、おそらくは触れていないだろう、ということも推測されましたが、何せ、大元となるものに触れていないのですから、「理論化されたもの」と「実際に作られたもの」の乖離(へだたり)について、本当のところは全く確かめようがありませんでした。

※「グリーンスリーヴス」を短音階で読んだ場合とドリア旋法で読んだ場合の階名唱(第1フレーズ)
  短音階で読んだ場合:ラ|ドーレミーファ#ミ|レーシソーラシ|ドーララーソラ|シーソミ・
  ドリア調で読んだ場合:レ|ファーソラーシラ|ソーミドーレミ|ファーレレードレ|ミードラ・
・・・ただし、偶数フレーズは理論どおり「レ」を終止音としています。それでドリア旋法だと確認できるわけです。
このとき、「ド」の音は上行導音化し、「ド#」になります。
これが、のちにドリア旋法のシがラに向かう際半音下がることと結びつく、などの事情と複雑に絡み合って、近世には「旋律的短音階」というものを形成することになります。ついでに勝手な憶測を付け加えるなら、「短調」はミクソリディアから起こったとよく言われるのですが、これは誤りであるはずです。短調の起源はドリア旋法にあるはずです。
なお、「ラ」は厳密には曲の最後の終止を示しているのではないので、これも一応教会旋法上の「吟唱音」であると見なせば、中世の音楽理論には合致はします。・・・ただし、オクターヴ下、という「朗誦」には適さない高さになっていると言う点では理論からはみ出します。
なお、「グリーンスリーヴス」全体をこんにちの特定の旋法(音階)で一貫してみるとすば、ニ短調とイ短調を行き来する、という、転調を挟んだ難しい構造になってしまいます。



世の中、よくしたもので、そんな疑問をもって初めて、少し出来た時間の合間にふと立ち寄ったと言うだけの書店で、古代ギリシャの「音楽論集」の翻訳が、実はとっくに発行されているのをたまたま目にし、入手できる、という偶然に恵まれるのです。(中世の方はあいかわらず見つけていませんが、あっても高価なうえに読み解くまで時間がかかるでしょう。)

ところが今度は、この「古代ギリシャの「音楽論集」が、めくれどめくれど、さっぱり理解できない。
翻訳がわるいわけではありません。とても真っ当な日本語です。注釈も丁寧すぎるくらいについていて、古代ギリシャ語の知識のない私には非常に助かります。それだけの配慮はしてある。
・・・でも、分からない。
理由は二つありました。

一つ目は、古代ギリシャの「音楽理論」の記述は、現代に出回っている「楽典」とか「和声学」とか「対位法」とか「楽式論」の、どれにも当てはまらない。あえて近いものを上げるとすれば、今の日本語の書籍には該当するものがありませんが、「旋律論」くらいのものでした。演奏に関する書籍には載っている、前古典派以前の「音程(音律)」についての記述が最も近いのですが、現代のその類いの記述はあっさりしたものが多く、比較できません。(*)

*大バッハの弟子、キルンベルガーの著作(最近、東川清一さんが翻訳なさいました)では詳しい記述が巻頭の章にあり、こちらならば比較するのに好都合です。

ふたつめは、それが「数理哲学」的に記述されている、ということ。しかも、これは最近の、音程を論じたさまざまな書籍と違って、たとえば「ドとソの比は具体的に何分の何である・・・それを綺麗に響くようにするためにはコンマいくつ分だけ音程を調整しなければならない」といった類いの数値的な記述が見つけにくく、音程比の数表が掲載されているわけでもない。・・・記述する上での発想が、近代以降とは全く違うらしいのです。

理由の二つとも、おそらく、古代人と近代人の「もののみかた」の差に原因するのではないか?
であれば、古代ギリシャ人は「数(すう)」というものに対してどう考え、それを文章にするときにはどんな流儀を使ったのかを、是非知らなければなりません。

「そんな本、素人向けには絶対出てないよな」
私はもう、匙を投げていました。



ところが・・・あったのです!

これもまた、昼休みにふらりと覗いた本屋さんの棚にさりげなく置かれていたのを、つい手にした・・・そして仰天し、夕方慌てて買いに走った・・・という偶然の出会いを強引に捉えた結果なのでした。

そして、この本からは、単に当初の「ギリシャ人の数についての記述法」(極めて概略的に説明されているだけですが、素人にはそれで充分でした)を知りたいという目的をかなえてくれただけではなく、もうひとつの、より汎用的な・・・つまり、日々の私たちが「文化的財産(これにはたくさんの意味をこめたいと思います)」をどう考えたらいいのか、について暗示されている、いわば「財を大切に生きる」方法を知るという思わぬ収穫も得ることになったのでした。



話は逸れますが、夕べ私の尊敬するY先生(音楽の先生ではないのですが)と歓談するチャンスがあり、子供に頼み込んで時間を作り、お話をしました。
その際、Y先生から、ビル・ゲイツが言ったというこんな言葉を教えて頂きました。正しい記憶でもなく、英語で教えていただいたものの正しい訳でもないかもしれませんが、それはこういうものです。

「あなたは、この<知識>に対していくら(の対価)を払うかね?」

お話している最中には失念していたのですが、実は、ビル・ゲイツという「線分」は、今回ご紹介する『解読 アルキメデス写本』の描く世界が円であるとすれば、彼が言ったこの言葉という「点」を<接点>として、円に対する接線をなしています。・・・なんとも、古代ギリシャの幾何学的な関係です!・・・奇縁ですね。

このことに触れる前に、ビルの言葉を日本で言う「知的財産権」なるものと結びつけることは、今回の話では避けておくことをお断りしておきます。

同時に、これから少しだけ垣間見る『解読 アルキメデス写本』の世界は、ビルの言葉と併せ、とかく「知」を巡っても事務的に集合し、<(有形無形の)財の価値>に対してではなく事務にのみ出資をしあい、「知」の提供者には「事務としてのペイ」しか与えない日本の「知(痴)的社会」と見事な対照を見せていることをも、先に申し上げておきましょう。



「解読 アルキメデス写本」の構成には、面白い特徴があります。

奇数章は、「解読する」ことになったアルキメデスの羊皮紙製の書物を巡って、
・着手前のその書物(ある民間人がオークションで落札したのですが)がいかにひどい状況にあったか
・復元に当たって、オーナーが、しかしどれだけ資金提供を惜しまなかったか
・資金の問題を考えずに済みながら、しかし、まず書物の復元にどれだけの年数と手間がかかったか
・さらに、書物はオリジナルのアルキメデスのテキストを消した上に別の文が綴られていたため、アルキメデスの文を読み取るにはどれだけの学問的知識と画像処理技術が必要だったか
・アルキメデスを読み取ることが出来るようになった副産物として、他にどれほど面白い発見があったか(書物の元来の製本過程・アルキメデス以外の人物の貴重な文献が併行して使用されていたことの判明・更には何故この書物がずっと行方不明であったかの理由までが判明したという奇跡的な事実)
と、もっぱら書物そのものの復元技術に払われた多くの努力およびその努力の結実について記されています。

アルキメデスその人が「どういう発想でモノを考えたか」については、各奇数章に続く偶数章で、古代ギリシャ数学の現代最高の専門家ネッツ氏が、直前の奇数章に対応する範囲をベースに据えながら、可能な限り平易に綴っています。
重要なのは、これが、アルキメデスの数学的証明の「全て」を記すのではなく(もし「全て」が書かれていたら、私などにはお手上げだったでしょう)、途中の過程は省略してでも、アルキメデスその人が、数学的証明を「どのような語り口で」語っているかを明確にしてくれている、偶数章の記述方法です。
そのおかげで、私にも、なんとなく、ギリシャ人が数について述べるときの「クセ」が理解できるようになりました。
それでもなおアルキメデス固有の発想があって、それは「図形」をユークリッドのように「完全な抽象概念」としてではなく、ときには「物体」に変身させてしまい、本来は平面に書かれた単なる模様であるのはず物(これでは位置が羊皮紙の上に固定されてしまいます)を自由自在に他の場所に移動させる・・・つまり、彼の頭の中でアニメーションを用いて、「図形」を動的に扱うことにより、実際にそこに物質は存在しないのに、図形だけで「ものとものが釣り合う点(重心)」を見つけ出したり、曲線で囲まれた図形が直線で囲まれた図形と分数で表されるという非常に単純な面積・体積の関係にあることを証明したりしていることには、読者としては興奮を覚えざるを得ませんでした。・・・普通は、数学の入門書がアルキメデスの考えたことを述べる際に「近代数学」の図形を用いてしまっているために、アルキメデスその人が考えたとおりの手順では、アルキメデスの「発見・証明」が述べられておらず、このことが「古代ギリシャ音楽論」の数理的な文章を読むときにも私の先入観となってギリシャ人たちの発想法を読み取る妨げになっていましたので、内容そのものは「アルキメデス固有の」であっても、同時代人の発想法に近づくためには最もよい導き手となってくれました。



本書の内容は、ざっと以上のようなものです。
読んで得られる充足感は、ぜひ実物を手にとって味わっていただければと存じます。

偶数章の素晴らしさは(言葉がヘタで恐縮ではあるものの)上に述べた通りですが、奇数章の魅力については、さらに付言しておかなければなりません。

まず、奇数章を書いた学芸員さん(何も知らぬままアルキメデスの書物の解読作業プロジェクトという重責を担わなければなくなった人、ノエル氏です)が、作業の当初から何度も見舞われた大きな障害を前にし、いかに「適任者の協力」を仰ぐ努力と根気を惜しまなかったかを謙虚に語っていること。

次に、そこにかかれた人々が、それまで持ち合わせた知識では対応しきれないような新たな難問に次々とぶつかりながら、それに対し、殆ど「無私」ともいえる精神で「知識・技術の仕切り直し」を行ない、そのためには自分の中や外にあるどのような制約をも乗り越えようと、作業を楽しみつづけたかがくまなく記されていること。(殆どの人にとって、しかも、解読のための作業は本業と併行しながら行なったボランティア的活動であるにも関わらず、手抜きは全くしていないのです。)

最後に、これは奇数章の著者が述べていることの主旨ですが、
「この書物の買い手が公的機関や大学や、ビル・ゲイツでなくてよかった」
というくだり。

さきほど、ビルの「知識に対していくら払うのか」という発言を「線分」と見なしましたが、この本に記されたアルキメデスの解読作業は、単純に一本の線で表されるようなものではなく、大きな円をなしているのを、私の拙い紹介文から察していただけるなら、ビルの言い方は確かに「点」としてはこのプロジェクトに接しているかも知れませんが、円の中に入り込んでもおらず、入り込むだけの方向性も持っていないことが、併せてご理解いただけるのではないかと存じます。

このあたりの差異を詳しく知りたければ、これも最近刊行された
「ビル・ゲイツの面接試験―富士山をどう動かしますか?」
に描かれた、まったく別質の「知」の求め方」についてご一読くださるとよろしいでしょう。



長々綴ってしまいましたが、この本を読んだ後、ホンネは「あ、これはすぐにでもアルキメデスそのものに触れたい」衝動に駆られました。というのも、本書の解説をなさっている日本人数学者も、このプロジェクトの当事者のお一人だったからですし、そのかたによるアルキメデス紹介書も、比較的最近発行されています。もっと知るには絶好の条件は揃っているのです。

ですが、それはとりあえず数学にお詳しい方にお任せしなければなりません。

私は当初の目的に戻って、今日、また最初からギリシャ「古代音楽論集」を読み直し始めました。
前にはチンプンカンプンだったのがウソのように、こんどは彼らの言いたいことがすんなりと頭に入ってくるのを実感しています。

・・・ある過去を、可能な限りあるがままに知りたい、と希求するようになったら、今現在から見える風景ではなく、やはり原典そのものの発想がどうであるか、自分の頭脳を、原典を記したその人の頭脳に置き換えてみる(これも、こうやって記してみると、アルキメデス的な発想であることを実感します)くらいの努力はしなければならないのですね。

貴重な読書経験を、また一つさせて頂いた次第です。
願わくば、愚鈍の私にも、その経験が充分活かせるだけの根気がありますように。

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2008年6月18日 (水)

CDで臨む「クラシック音楽」

Tokiomusikfroh

来たる6月22日は、私共のアマチュアオーケストラ、東京ムジークフローの定期演奏会です。詳しくはバナーをクリック下さい!20名様(ペア換算10組)まで無料ご招待申し上げます。ご希望の方は本ブログのプロフィールページから、記事掲載者宛メール下さい。・・・バナーは、sergejOさんがご好意で作って下さったものです。



最初に申し上げますと、この一文は、世の中の「CD推薦書」、あるいは「推薦CDを明記しない<名曲>紹介書」のいずれに対しても持っている私的な疑問から綴ろうと考えたものです。ですが、それらをまっすぐに批判していいのかどうかとなると、これはまた私だって日々ブログでいずれにも相当するようなことを綴りつづけているわけですから、そうはいきません。
ですので、「じゃあ、自分はどうなのか」を確認しておこう、というものだとご了解下さい。その分、話は極めて抽象的になります。
かつ、以下の制約を設けておきます。

演奏法については
・自分が永久に未熟であること
・尊敬する諸家の著作を真っ当に読めていないこと
から、このたびは、自らが演奏する場合、ということを含め、考えることを遠慮します。

音楽を聴く、ということはどういうことか、も、全般を考えると課題が多岐にわたるし、自分の聴いていない「ジャンル」も多々ありますので、こちらも焦点を絞らなければなりません。
そこで、
・クラシック音楽を「聴く」とはどういうことか、ということについてのみ、考える
ということにします。

また、聴く、ということには、聴く場所、音の媒体の問題が付きまといますので、
・ナマ演奏他については、今回は考えない。CDのみに絞る。
・どういう場所で聴くか、という問題は考慮しない。

こういう条件で、話を進めたいと思います。



極めて大まかに分けますと、いきあたりばったり、や、そのときの興趣で、ランダムに、という<気まぐれ>を排除すれば、クラシック音楽にCDで接する形態は4通りかと思います。

ひとつめは、個別の作品を特定の演奏で聴く。
ふたつめは、作曲家または演奏家個人(あるいは特定の団体)の作品を全集・選集で聴く。
みっつめは、同一の作品をさまざまな演奏で聴き比べてみる
よっつめは、メーカーが組んだ特集盤(単体または集合)で不特定多数の作品・演奏を聴く。

具体例を先にあげますと(私の例)、
ひとつめ=シューマンの「森の情景」をヴィルヘルム・ケンプのピアノでだけ聴く
ふたつめ=バッハのカンタータをリヒターの選集かアーノンクールらの全集で聴く
みっつめ=今は、特になし
よっつめ=ハルモニア・ムンディ社50周年記念セット50枚組を聴く

・・・まあ、いろいろ、ですが、これが最近の例です。サンプルだ、とだけ思っておいて下されば幸いです。



ふと振り返ってみて、それぞれ、聴くときの意味合いが違っているなあ、と感じ出しました。
それぞれに、それぞれの大切な出会いを求めて聴いている。ですが、求めている出会いの中身が、違うのですね。
一般論にまでできるかどうかは分かりません。ただ、少なくとも私個人の内部においての、「求める出会いの違い」に屁理屈を付けてみようか、という心算です。


「ひとつめ」、です。

初めて「クラシック音楽」に出会った瞬間・・・ここまでを含め、「出会う」という言葉には「心が動かされる」との意味をも付け加えています・・・というのは、キリスト教で言えばパウロ(サウロ)がキリストの声を電撃のように受けた瞬間と同じような、同様にはイスラム教で言えばマホメットが神の啓示をなかなか体で受け止めるのに苦しんだような、あるいは仏教で言えばガウタマ・シッダルタが修行から離れて差し出された牛乳を飲んだときの安堵のような、興奮とも苦痛とも静寂とも判別のし難い精神状態が、自分にもあったのだろうな、と、最近思い返しています。
ただし、宗教上の偉人達と凡愚の私の大きな違いは、それが純粋な感動として「持続」しないがために、CDという「モノ」への執着というかたちで「クラシック音楽」への依存心を生み出しているのかもしれません。

この、初めての瞬間、というのが、先にあげた4ケースで言うと「ひとつめ」に該当するのは明らかです。
初めてその曲を聴き、初めてその演奏に魅入られる。「ひと目惚れ」ならぬ「ひと聴き惚れ」といってしまったら、ちょっと<人聞きが悪い>けれど・・・あ、失礼しました。

瞬間の回顧の為に、私はその曲については、その演奏だけを、常に繰返し聴くことになる。
極端な場合は、同じ曲は他の演奏では絶対に聴けない。すなわち、その曲について、私は相対的な価値判断の手段を放棄してしまった、ということにもなります。
それが善か悪か、と自問しましょう(冒頭での制約に沿って、今は「自分が演奏する場合」にこのことが与える影響は考慮しないことにします)。
導かれるのは、禅問答みたいな答えしかなさそうです。

「善であり、悪である」

「絶対」と「相対」の違いと言うもの自体が、論理的に(数学的にも)明確に区分され得ないものである以上、相対的な価値判断の放棄、ということが「善」か「悪」か、という二者択一に繋がることはないでしょう。
問題は、「この曲を聴く」ときの私が、素直か捻れているか、という、多分に精神的なものなのでしょう。
CDという媒体を前にして、同じ演奏を常に「最高のものだ」と感じている点は変化しないにしても、それはその演奏を純粋に初めて聴いたときと同じ心情を再び私にもたらすことは、おそらくないでしょう。同じ曲の、同じ演奏で、同じ賞賛の思いで耳にしていながら、同じであるはずの私は、あるときは「爽やかな気分で」、あるときは「涙を催されるような感慨で」、また別の時には「救いを求めてすがるように」接する。繰返し聴くことのできる媒体が存在するからこそ生じる、わるく言えば、ご都合主義的な聴き方への<許し>が、ここには生まれる。<許し>は、この音楽を前にしての私の懺悔を必要としないだけでなく、傲慢をも受け入れる。
これは、無差別な<許し>である以上、私になんのモラルをも強要しないという意味で、「善でもあり、悪でもある」のです。禅問答的な、と言いましたけれど、実は禅語に、

「不思善不思悪」

というものがあります(出典は忘れました)。

いってみれば、CDの聴き方の「ひとつめ」の形態は、
「では、私は執着に留まるのか、パウロの改心やマホメットの開眼や釈迦の頓悟に近い道へと一歩を踏み出せるのか」
という問いかけを、暗黙のうちに私自身に投げかけているのだ、と考えるべきなのかも知れません。

すげー、大袈裟!



「ふたつめ」に行きましょう。

一人(ないし関連する数人)の作曲家の曲を、複数にわたり集中して聴く、あるいは作曲家を演奏家に置き換えても、とにかく特定の誰かの「音楽」を聴く、という行為には、「ひとつめ」とは違い、最初から限定された何らかの目的があることが前提となるでしょう。
では、どんな目的が想定しえるでしょうか?

・その作曲家の作風、その演奏家の流儀を熟知し、人間性や理想型に触れたい(負の評価も含む)
・嗜好上、その作曲家またはその演奏家以外の演奏では聴けないから、それだけを収集する

他にもありますか? では、すみませんが、私が思いつくのはこの二つだけです。この二つで考えてみることをお許し下さい。

後からあげた方の条件から見ていきましょう。
これは、「ひとつめ」の延長線上にある、と見なして、ほぼ支障がないと思っております。ただ、「ひとつめ」に比べると、聴く私の「執着心」が非常に強い、という特徴があり、したがって、相対的な価値判断の放棄の度合いも高まることとなります。・・・となると、これには病名をつけてもよさそうです。

「特定作曲家(演奏者)依存症」。中毒、ですね。
タバコやお酒への依存度が高まれば、不健康に繋がります。・・・音楽で特定のものに依存してしまい、それ無しには生きていけない、となった場合には、これは果たして幸福なのか不幸なのか?
「許容範囲が限定され、かつその範囲が大きな面積を占めると、価値観が歪曲される」
すなわち、価値判断を放棄したことが自らの心を閉じることや、範囲外のものを「押し付けられた(相手側にはその意図がないにしても、そう受け止めてしまう)」ことに繋がる以上、音楽が対象であっても、やはり「中毒症状」は不健康ではないか、と私は考えます。

では、前の方の「作風・流儀の熟知の為に」という聴きかたは、どうでしょう?
これは、案外、一筋縄では行かないのではないかと思われます。
作曲家にしたって演奏家にしたって、よっぽど特別な例外でなければ(録音は残っていませんが、パガニーニなんかはそういう例外だったのかなあ、と想像しています・・・余計な話でした)、実はその師匠・先輩やライヴァルから、正負に関わらず、多大な影響を受けているのが普通です。したがって、個人的には、私はそうした影響への考慮無しに特定の対象だけを追いかけても、面白くもなんともないだろう、と思っています。
ただ、一方で・・・これは意識的に行なう場合に大きな意味を持つのではないかと感じるのですが・・・ある人が、その人の内面で一生かけてやったことを知りたいと思えば、私もそれのために一生を費やさなければ、とても追いつけない、という面もあり、そこまで覚悟をするのでしたら、たとえ人様からは馬鹿者にしか見えなくても(まあ、もともと愚かであれば気にする必要は全くないですし)、「全集」と生涯を共にするのもいいかも知れない。いや、幸せに死を迎えるには、誰にも姿を見られず、ひっそりとひとりで「全集」の前にたたずんで時を過ごすのが、もしかしたら最良の生き方なのかもしれないなあ、とさえ思います。


「みっつめ」。

これは、大変に難しい聴き方ではないかなあ。。。
「自らの演奏」をも考慮する場合には理由付けが簡単なのですが、今回はそれを放棄していますから、純粋に
・「聴き比べ」なんかすることに、いかほどの意味があるか
を考えなければなりません。

無茶、だな。

言えるとすれば、理想の伴侶を見出せないために旅を続けるのと等しい聴き方です。
あるいは、「こっちもいいけれど、あっちも捨て難い」・・・浮気性な臭いのする聴き方です。

「聴く耳」を持つ人には、それなりのメリットはあるかも知れません。
それぞれの演奏がどのように違うか、の判別が出来るようになる。

でも、「聴く耳を持つ」とはどんなことを指すのか、は、必ずしも明らかではありません。
少なくとも、現代語訳された古典から「原文」が復元できるほどの能力を指すもの、と定義してしまったら、敷居は非常に高いと言えます。
古文献を扱う学者さんがよくやるような、
「この演奏Aには元のモデルとしてβがあり、そのβは原点に直結していたが断絶してしまった流儀αから引きうつされたものである」
・・・そんなふうにして「クラシック音楽を聴こう」などという殊勝な心がけは、通常、私はとてもとても、もてません。
ですから、私の場合は、自分、あるいは自分の仲間、所属する楽隊が次の演奏会でその曲をやる、とか言う場合に限って、この聴き方を採用するに留めています。

それ以上の意味は、あまり見出しにくい気がします。
演奏者が違うからって、同じ曲ばっかり聴くくらいだったら、その時間を別の曲の鑑賞に当てた方がいいなあ。

とはいえ、優れた例が世の中にはあるものでして、web上でも、ふるたこさんのように、ショスタコーヴィチの交響曲をいろんな演奏で追いかけつづけている・・・これは「ふたつめ」の聴きかたの前の方の例の範囲拡大型でして、ふるたこさんの「ショスタコーヴィチCD評価」記事は脱帽モノです。

いずれにせよ、自分の<ものさし>をしっかり持っていない以上、こういう聞き方によって形成される<ものさし>には、目盛の幅の狂いや<ものさし>自体の屈曲が生じてしまいそうに思います。


「よっつめ」に来てしまいました。

実は、私個人の「よっつめ」に上げた「ハルモニア・ムンディ」記念盤について、「がっかり」という言葉を用いて検索してこのブログの中の記事を検索なさったかたがいらしたようでした。
「え? なんで?」
と思ったのですが、理由を知る手立てはありません。
それに、とりたてて理由を問うつもりもありません。
この聴き方、すなわち「企画に乗っかって、そこにランダムに収録されたいろいろな演奏を楽しむ」ということ自体は、そういう選択をした時点で既に、「がっかり」すべき権利は私にはもうない、と思っているからです。

企画特集セットは、初めて「クラシック音楽」CDの選択をする場合にはお勧めしない旨は、前に綴ったことがあります。演奏の出来不出来が無造作に詰め込まれているケースも多いし、最初から粗悪なものしか含んでいない場合も、往々にしてあるからです。
ですが、そう言っている自分自身が、あえて意図して選択した以上は、人様に「おせっかい」をしたのとおなじことを通じて「がっかり」するなんてことは、あってはならないことだと考えます。
何故なら、私はそのセットの中に
「粗悪な演奏もあるかもしれない、でも、それが面白いかも知れない。ものすごい当たりが入っていることも十分考えられるしな」
などと、いろいろ覚悟の上で決断してセットを入手してしまっているのです。
宝くじを買うのと、何の違いもありません。

別な呼び名をつけるとすれば、「よっつめ」は「博打聴き」、という具合になるでしょうか?

これは、4つ上げたケースの中でいちばん不純かも知れませんが、それだけに、いちばん頭をカラッポにして(あるいは欲だけでいっぱいにして)無心夢中で楽しめる聴きかたなのかも知れません。



・・・はて。
・・・いったい、なにが言いたくって、こんなに長々綴っちゃったのかなあ。。。

要するに。
CDでクラシック音楽を聴く、ということには
・「惚れ聴き」
・「崇拝聴き」
・「希求聴き」
・「籤引聴き」
があるんだ、ってことかしら。

・・・なあんだ、たいしたことないことで、うだうだと。



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2008年6月17日 (火)

ここへ帰る・・・(BWV6第1曲)

Tokiomusikfroh

来たる6月22日は、私共のアマチュアオーケストラ、東京ムジークフローの定期演奏会です。詳しくはバナーをクリック下さい!20名様(ペア換算10組)まで無料ご招待申し上げます。ご希望の方は本ブログのプロフィールページから、記事掲載者宛メール下さい。・・・バナーは、sergejOさんがご好意で作って下さったものです。



「あれ? ここにも、おうちのない人がいるんだね」
最近、我が家の最寄駅の前にもホームレスの人が陣取るようになったのを見て、私と一緒に歩いていた息子が言ったことばです。

20年前に東京へ転勤し、当初は郊外勤務でしたので、出社先では滅多にホームレスの人を見ることはありませんでしたが、会社の本部のある新宿に出かけると、西口にはホームレスさんが集まり始めていました。バブル経済崩壊前後にはその数も都庁への通路を埋めるほどに増え、ダンボールで作った仮住まいには、あのあたりに多い美術専門学校の学生が独特な絵をペイントしたりして、いっときは
「臭う美術館」
のような具合でしたが、そのダンボールもある日いっせいに撤去され、そこに仮寝していいたたくさんの人たちも、おおかたは施設に収容されたとか、で、姿を消しました。

出張で大阪へ行けば行ったで、天王寺の動物園裏の通路は、やっぱりホームレスさんのダンボール仮設小屋でいっぱいでした。・・・こちらは、どうなったでしょう? 天王寺方面はもちろん、大阪へも出かけることがなくなって、もう5年は経ちました。大阪でも、「ホームレス街」のようなものは、もう存在しないのでしょうね。

それでも、いま、どんな土地へ出かけても、まだポツリポツリと、ホームレスさんを見かけます。

これを綴り始めて、思わず、歴史や社会の話に脱線しそうになったのですが、その辺を目的にする意図はありませんので、上のことは「回想」するにとどめます。



息子が
「おうちのないひと」
と言ったとき、どんな気持ちでそう口にしたのかな、ということを、いま、考えています。

「帰ってもお母さんがいない」家へ、息子は毎日帰ってきます。
母親の生前からそうでしたから、母の生死には関係なく、息子には「帰るおうち」(といってもマンションの1戸ですが)がある、という<無意識>が、ずっと存在しつづけているのでしょう。
ここで待っていれば、やがて姉もここへ帰ってくるし、父もここへ帰ってくる。・・・母親は、(その死後すぐに話してきかせた事ですから、確信さえし続けてくれていれば)いつも自分の体の中にいる。

・・・父と姉と、どちらも帰ってこなくなったら、この場所は、それでも今の息子の「帰るおうち」でありつづけることができるのだろうか? 娘にとってはどうなのだろうか?

・・・いや、娘や息子を私に置き換えるほうが、先々を考えたときには現実的です。

子供たちは、やがて進学なり就職なり、自立した職業につくなり結婚するなりを通じて、このいま「帰るおうち」を出て行き、別の「帰るおうち」を持つことになるのでしょう? それとも、「帰るおうち」を失うのだろうか? それは、子供たち次第なのですがね。

私は・・・?



子供たちは、逞しい。
ここで、この気の弱い、情緒不安定なオヤジが考えるようなことは、いま、一切念頭にないでしょう。
二人とも、毎朝、張り切って学校へ出かけていく。

私といえば、お恥ずかしいていたらくでした。
新婚当初は、仕事がら私より帰りの遅いこともあった家内が帰ってくるまで、先に帰宅してしまったときの私は、家内のクルマがいつ戻ってくるか、と、ただぼんやり、クルマが入ってくるはずの駐車場を眺めていました。
出張が多い時期は特に、でしたが、家族が無事に家で過ごしているかどうかが気になって・・・というよりは、家族からポツンと離れて一人いる自分が寂しくて、仕事が終わるとすぐに電話を入れていました。
「まったく、お父さんは心配性なんだから」
と、家内にはよく笑い飛ばされたものでした。
「うつ」で休業せざるを得なくなったときは、家内が朝出勤するとき、その背中が見えなくなるまで、足取りを目で追いつづけました。
これは、今の住まいを、私は私の「帰るおうち」だとは思えていなかったからだったのか。
家内はおよそ「はかなさ」とは無縁の容貌に言動でしたが、それでも何か、家内といる一瞬一瞬が「はかない、仮のもの」だという思いが、いつも胸の奥底にへばりついていたのでしょうか?

いま、子供たちには、そうした「はかなさ」は、全く感じません。子供たちのいのちは若緑に彩られていて、「男ヤモメ所帯」の境遇も苦にせず、活き活きと登校していきます。
ですから、その背中を、私も見送ったことがありません。家内の生前からの決まりごとで、玄関を出てからエレベータに着くまでの間は見ていますが、そこまでです。
息子は、私の家事の兼ね合いもあり、いまのところたまたま、出発時間が私とほぼ同時ですが、
「離れて歩いてちょうだい」
と言われてしまいますし、それは正しい主張だなあ、と納得も出来ます。

「帰るおうち」があるためには、出発し、成し遂げられる目標地点がなければなりません。
子供たちが、どんなささいなことでもいい、自分なりの目標地点さえ定めてしまえば、そこまでで、いまモノとして存在する我が家、スポンサー(毎月赤字ばかり出していますが)としての私は、もはや子供たちにとって「帰るおうち」である必要は、全くなくなります。

私は・・・?



昨日概要を掲載したバッハのカンタータのうち、

は、「ルカ福音書」第24章29節のドイツ語訳を歌詞としています。
(せっかくカンタータに触れているので、その中の1曲だけでもお聴き頂こうと思ったのが、これを綴り始めたきっかけでした・・・が、いまは、自分でこの調べを聴きながら、自分に問いかけなければならなかったのか、と、思い知らされています。)

Bleib bei uns, denn es will Abend werden, und der Tag hat sich geneiger.
私たちとともにお泊りください。夕暮れが近づき、日ははや沈もうとしています。
(講談社版)

復活したイエスだからこそ、このような優しい言葉を受けられたのでしょう。
愚鈍の私は、「人生の黄昏」を迎えたとき、たとえそのひとときの仮の住まいとしてであっても、このような「帰るおうち」を与えてもらえるものかどうか・・・

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2008年6月16日 (月)

J.S.Bach:BWV4〜6

Tokiomusikfroh

来たる6月22日は、私共のアマチュアオーケストラ、東京ムジークフローの定期演奏会です。詳しくはバナーをクリック下さい!20名様(ペア換算10組)まで無料ご招待申し上げます。ご希望の方は本ブログのプロフィールページから、記事掲載者宛メール下さい。・・・バナーは、sergejOさんがご好意で作って下さったものです。



本日はカンタータBWV4〜6についての基礎データのみを記します。
アーノンクール/レオンハルトの全集のCD2におさまっている3作品です。
すべて、1724-25年の第2回年間カンタータシリーズの作品です。
「カンタータシリーズ」についての説明は、別の機会に綴ります。
教会暦の知識については、主として八木沢涼子「キリスト教歳時記」(平凡社新書203)のお世話になります。


BWV4 "Christ lag in Todes Banden"
詞:Martin Ruther(1524)
「キリストは死の枷に横たわれり」〜演奏日:1724年4月9日、1725年4月1日(復活祭)
※1725年は、同日に『復活祭オラトリオ』BWV249も演奏されています。「オラトリオ」と言いながら実質的にはカンタータであるこの作品は、同年初めに書かれた祝賀用(ヴァイセンフェルス宮廷向け・・・どういう宮廷だったか?バッハとの関係は1713年に遡る、ザクセン地方の宮廷です。あるじはヴァイマールの縁者であったようです。この宮廷はザクセン=ヴァイセンフェルス公国の拠点であり、教会カンタータは1700年にクリーガーというカペルマイスターがルター派の神学者の詩に曲を付けたことがその起りだとのことです。ちなみに、バッハは1713年も世俗カンタータである「狩猟カンタータ」BWV208を提供しています。)の世俗カンタータ(BWV249a)のパロディ(転用)であり、アーノンクール/レオンハルトの全集(およびカール・リヒターのカンタータ選集)には収録されていません。

さて、復活祭。イースター、ですね。
イースターの日取りは325年の第1回ニケア公会議で「春分の次の満月後の最初の日曜日」と定められました。・・・ということは、春分の日の曜日は年によって違うわけですし、春分の日の次のいつが満月かも、年によって違います。したがって、その満月後の最初の日曜日も年によって違いますから、イースターの日は毎年変わることになります。
さらに厄介なことには、上に定められた日の基準となる「春分の日」は、東方教会では天文学上の春分の日ではなく、325年の春分の日であったユリウス暦の3月21日ということになっています。西方教会も3月21日固定ですが、ユリウス暦の、ではなく、グレゴリウス暦の3月21日としています。(東方教会には、さらに複雑なルールもあります。)
そこで、東方教会と西方教会では、イースターの日取りがずれることになります。
1725年は4月1日が西方教会でのイースターだったのですね。ということは、満月は3月26日から31日の間だったのですね。
さらに、Wikipediaの記事によれば、「イースター」の語源は<ゲルマン神話の春の女神「エオストレ(Eostre)」の名前、あるいはゲルマン人の用いた春の月名「エオストレモナト(Eostremonat)」に由来している>とのことで、元来ゲルマン民族の春祭りであったものが「キリストの復活」を祝うものへと変えられたことがうかがえます。カトリックは、ゲルマン人の教化に当たって、このような祭典の転化を数多く行っていたようで、このことは阿部謹也「ハーメルンの笛吹き男」他の記述からも分かります。
復活祭から7週間は、「復活節」というひとつの季節として位置づけられています。

・・・で、「復活」を祝うその日のカンタータとして、なぜ「キリストは死の枷に横たわれり」なる、しかも嘆きの動機をもってはじるカンタータが演奏されたのか?
このカンタータ、作曲されたのは、じつは1714年より前(1707-8年の可能性大)の作品ですが、もともとイースターのために書かれたカンタータで、1707年のミュールハウゼンでの採用試験で演奏されたものではないかと推測されています(作風はブクステフーデの影響を色濃く受けているそうです)。日本人の常識では「暗いな〜」という開始部を持つのですが、詞の内容は第1曲から第4曲まではイエスの受難の意味を説くものでありながら、第5詞からは民がイースターを心待ちにしていたことを現すものに転じて行くのであり、カンタータ全体を呼ぶのに冒頭の歌詞を用いていることから「なんとなくイースターに似合わない」印象を受けるだけであって、ちゃんと主旨には沿っているわけです。

編成:コルネット、トロンボーン、弦楽器群及び通奏低音
構成:シンフォニア(ラメントの切分動機による)〜合唱〜二重唱(ソプラノ・アルト)
    〜アリア(テノール)〜合唱〜アリア(バス)〜二重唱(ソプラノ・テノール)〜コラール



BWV5 "Wo soll ich fliehen hin"
詞:1,7曲Johann Heermann(1630)、他は不詳
「我いずこに逃れ行かん」〜演奏日:1724年10月15日(三位一体祭後の第19日曜日)

三位一体祭(三位一体の主日)については、BWV2を参照下さい。・・・それにしても、この年の三位一体の主日は6月4日だったのですから・・・ずいぶん先まで、それにまつわるカンタータが演奏されたものですねえ。・・・じつのところ、クリスマスの前まで、特別な祭日でなければ「三位一体の主日」を基準としたカンタータが、毎日曜日に演奏されたのです。それだけ、「三位一体」というのが、ルター派にとってもカトリック同様最重要なこととして考えられていたのでしょうね。

編成:オーボエ2、弦楽器群及び通奏低音
構成:合唱〜コラール〜〜アリア(バス)〜レシタティーヴォ(テノール)
    〜アリア(二重唱:ソプラノ&アルト)〜コラール



BWV6 "bleib bei uns, denn es will Abend werden"
詞:1=ルカ伝24-29 2,4,5=不詳、3=Nikolaus Hermann/Nikolaus Selnecker、6=Martin Luther(1542)
「我等のもとにとどまり給え、はや夕べとなれば」〜演奏日:1725年4月2日(復活祭第2日)

復活祭については前記BWV4を参照下さい。

ルカ伝24章29
「私たちのところにお泊りなさい、まもなく夕方で、日も傾いたから。」(塚本虎二訳、岩波文庫)

編成:オーボエ2、オーボエ・ダ・カッチャ、弦楽器群及び通奏低音
構成:合唱〜アリア(アルト)〜コラール(ソプラノ)〜レシタティーヴォ(バス)
    〜アリア(テノール)〜コラール



CD、歌詞関連については、sergejOさんのこちらにリンクした頁をご覧下さい。
日本語訳の書籍は高価ですが、sergejOさんの紹介している頁からですと、原語・英訳等で歌詞が参照出来る上に、作品を巡る論考を読むこともできます。

その他CD検索はしたのバナーをクリックしてみて下さい。(今日、シュッツ作品を探すのに利用させて頂きましたが、便利でしたヨ!)
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キリスト教歳時記―知っておきたい教会の文化 (平凡社新書)

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2008年6月15日 (日)

モーツァルト:1777年のディヴェルティメント

Tokiomusikfroh

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ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。

この年の室内楽は、ディヴェルティメント系のもの・舞曲系のもの(疑作含む)・フルート四重奏曲群(ただし、翌年作説あり)の3系統ありますが、フルート四重奏曲以外は前年のこの手の作品の延長線上にあり、ザルツブルクで書かれています。

そのうちのディヴェルティメント2作を見ておきましょう。



1つはK.270、変ロ長調の、管楽だけのディヴェルティメント(1月作、2オーボエ、2ホルン、2ファゴット)です。
こちらは、前年の管楽ディヴェルティメント群、とくにK.242、K.252と同じともいえる編成・構成で、いわばザルツブルクでの管楽ディヴェルティメントの卒業作品とでもいうべきものです。形式的には非常に整った印象を与えてくれ、「明るい」モーツァルトの典型例とでもいうべきものです。その分、演奏をする人には素直に楽しめるのではなかろうかと思います。・・・ですが、作品として取り立てて個性的な特徴はなく、<無難>を心がけて仕上げなければならない何らかの制約があった可能性はあります。
この作品の終楽章は、作品中では速いロンドですが、そのメロディは後年、<フィガロの結婚>の有名な美しい小二重唱(第21曲、スザンナと伯爵夫人のもの、第3幕第9場)で応用されることになります。(二重唱の方ではAllegrettoの6/8拍子になっています。)

第1楽章:Allegro molto,4/4(118小節)ソナタ形式、展開部52〜、再現部66〜、コーダなし
第2楽章:Andantino,2/4(46小節)ヘ長調。A-B-A-B'-A(coda)
第3楽章:Menuetto,moderato(22小節)&Trio(20小節、半音上行を取り入れた柔らかい味わい)
第4楽章:Presto,3/4(132小節)A-B-A-C-A-B-A-codaのロンド形式です。各主題は初出の時に反復記号がついています。



もうひとつはK.287の通称「第2ロドロンセレナーデ」(第1のときと同様、もとのドイツ語ではナハトムジークとなっています)で、これは第1の際に述べました通り、愛称とは異なって、明確に「ディヴェルティメント」と称することができる構成になっています。
この作品はアルフレート・アインシュタインも絶賛しているもので、ミヒャエル・ハイドン弦楽五重奏からの影響について言及しながらも(どう言う影響かは私には把握出来る材料がありません)、「唯一無二の傑作である」とまで言っています。
ただ、
「夏でなく冬の作品だから、当然入場と退場の行進曲はない」(訳書279頁)とも言っています。行進曲の有無と「セレナードかディヴェルティメントか」の呼称の関連性等も考量する必要があるのではないか、という疑問は、アインシュタインは持っていません(私は持っています)し、アインシュタインの著述当時は2月と考えられていたこの作品は、現在、アイゼンの説では6月とされています。全集版のスコアにも「6月」と記されています。第2次大戦後の自筆譜の研究により判明したことで、この作品がロドロン伯爵夫人の命名祝日である6月13日のために用意された蓋然性が高くなった、と全集版(NMA)の緒言に記されてます。

すなわち、以前疑問として呈示したものが解決しないうちに断言してはならないかもしれませんが、この作品に行進曲がないのは、「第2ロドロンセレナーデ」はセレナードではなく、全集の分類通り、ディヴェルティメントだからなのだ、と私は思います。

傑作である最大の理由は、弦楽部の扱いにあるか、と思われます。
2本のホルンにヴァイオリン2つ、ヴィオラ、バス(チェロ、とは書かれていません)という編成ですが、弦楽声部に注目すると、ヴィオラが独立して、あるいは他声部と明確な対照を示しながら動く場面の割合が、前年までの作品に比べ圧倒的に高くなっているのが分かります。・・・楽譜上で見ると、前年までのヴィオラは、2ndヴァイオリンにくっついてみたり、低音側にくっついてみたり、と、依存先を探して大忙し、でも汗をかいたそぶりは絶対に見せてはならない、という書法なのですが、K.287のヴィオラパートは、それにくらべて何と伸び伸びとした線を描いていることでしょう!・・・ごれは、楽譜を絵画的に見た場合、感動的でさえあります。
このヴィオラの独立は、確実に「ハイドンセット(1782〜85の、彼にとって最も重要な6曲の弦楽四重奏曲)」に道を開いています。

主調は、変ロ長調です。ディヴェルティメントに番号が付けられた旧称では第4番ということになっています。

第1楽章:Allegro(3/4), 334小節, ソナタ形式
第2楽章:Andante grazioso con Variationi  ヘ長調(属調ですので明るさが増します。16小節の主題を6つの変奏に仕立てています。第3変奏は、ホルンで始まる書法をとっています。また、最終変奏の第2ヴァイオリン以下の弦楽器はピチカートで、本来的な意味での「セレナータ」的な雰囲気を醸し出しています。最終変奏には6小節のコーダがつきます。)
第3楽章:MENUETTO(28) & Trio(36)
第4楽章:Adagio(4/4), 51小節、変ホ長調
第5楽章:MENUETTO(40) & Trio(24) 弦楽のみですが、非常に色彩豊かです。
第6楽章:序奏Andante(4/4、14小節)&主部Allegro molto(3/8)。全440小節。

いずれも収録されているのはこれしかありませんが・・・
ディヴェルティメント&管楽のためのセレナード全集 マリナー&ASMF(11CD)

探すとK.270は管楽アンサンブルのCD1枚ものに、K.287にも新旧様々なディスクが見つかると思います。
困ったときにはsegejOさんの検索サイトをご利用になってみてください。便利です!(バナーをクリックして下さい。)
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総譜は、NMAでは第17分冊に収録されています。

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2008年6月14日 (土)

本の紹介:「仕切りたがる人」

Tokiomusikfroh

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バッハのカンタータデータをOpera(ブラウザ)でじかに綴っていたら、アップしようとしたとたん、エラーで全部消えてしまいました。・・・いまどき。

で、気力が尽きましたので。

本1冊ご紹介して終りにします。

仕切りたがる人 ~相手を見抜くタイプ心理学~ [マイコミ新書] (マイコミ新書)Book仕切りたがる人 ~相手を見抜くタイプ心理学~ [マイコミ新書] (マイコミ新書)


著者:佐藤 眞一

販売元:毎日コミュニケーションズ
Amazon.co.jpで詳細を確認する

今日の夕食は外食で、帰りにその店の向かいにある本屋で手にしました。

・ん、これは、やつだ!
・ん、これは、あいつだな!
・おう、これは・・・

なんて調子で、楽しんで読めますヨ。

でも、読み終わってみると
「なんだ、全部オレのことじゃん」。

この手のご本がお好きな方はどうぞ。
結局私は、子供たちが買いたい本があったので、泣く泣く買うのを諦めました。 (T_T)

もっとも、「うつ」の人にはお勧めしません。真面目に読んじゃうと厭世観が強まります。

ちなみに、娘が買ったのはこれ。(他の血液型のものもあります。)

B型自分の説明書BookB型自分の説明書


著者:Jamais Jamais

販売元:文芸社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

息子が買ったのはこれ。

環境問題はなぜウソがまかり通るのか (Yosensha Paperbacks (024))Book環境問題はなぜウソがまかり通るのか (Yosensha Paperbacks (024))


著者:武田 邦彦

販売元:洋泉社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

息子はなんでこんな真面目な本を!
オヤジと娘で低レベルを争っております。

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2008年6月13日 (金)

曲目案内(TMF6.22)ハチャトゥリャン:劇音楽「仮面舞踏会」からの組曲

Tokiomusikfroh

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ミヨー「フランス組曲」同様、 解説は、プログラム担当者が執筆したものを、是非当日ご来場の上お読み下さい。

レールモントフという作家(プーシキンの次世代に当たります)の原作は、残念ながら普通の手段では翻訳で読むことが出来ないようです。それを頑張って探し当てて読んだかたが、曲目解説を含めブログに記事を綴っていらっしゃいまして、これが『仮面舞踏会』の筋書きとハチャトゥリャン作品の各曲の位置付けを簡潔・的確に綴っていらっしゃいますので、そちらをご覧頂いておくと、なおよろしいかと思われます。

ハチャトゥリアン「仮面舞踏会」の原作を読んでみた

組曲最初の「ワルツ」がいかに悲劇的なものか、といったことなどが分かります・・・そういう意味では、読まない方がいいかも?

レールモントフの伝記は、Wikipedia以外にはこういうものもあります。
レールモントフ、ミハイル・ユーリエビチ
年譜も記載された、よい記事だと思います。

・・・ところで、こんなものもあります。

仮面舞踏会:メイエルホリド演出による レールモントフ“仮面舞踏会”:上演イラスト資料集

実は、レールモントフの原作よりも、戯曲として、これが1917年に、ロシア・アヴァンギャルドの有名な演出家、メイエルホリドによって上演されたことが、レールモントフの『仮面舞踏会』に<ロシア革命>と象徴的に結びつくうえで大きな意味を持っていたことが、このような本の存在すること(それにしても、随分高価ですね!)によって示唆されています。

レールモントフ自身の代表作は「現代の英雄」(訳書が岩波文庫にあり)で、いま手軽に読めるこの作家の作品も遺憾ながらこれ1作です。これは、伝記を参照頂ければ分かりますとおり、彼の生涯が27年という短さだった上に、プーシキンをかなり崇拝していたフシがあり、作風がまだこの先輩作家の影響下にあるうちに亡くなってしまったため、上記の伝記リンクにもありますように、その死の前年に書かれた『現代の英雄』が「ロシア文学における最初の心理小説」であるとの評価を確立するのがやっとだった、という状況が背景にあるのではないかと推察されます。

メイエルホリドの演出による戯曲上演が、しかし、翻訳すれば他にも同じ『仮面舞踏会』というタイトルの作品が数多くある(最も有名なのはヴェルディがオペラ化した、ウジェーヌ・スクリーブの戯曲でしょうか? 日本人でも横溝正史に同名の小説がありますね)にも関わらず、その後のソヴィエト芸術家には刺激的なものだったのではないか、と推測されます。
ショスタコ−ヴィチがお好きなかたは、メイエルホリドの名前も必然的にご記憶かと思いますが、この天才的な演出家は、スターリンの粛清によって処刑されています。
そんな時期になお、ショスタコーヴィチが、メイエルホリド演出の『仮面舞踏会』を下敷きにしたオペラ作曲を企てていると私信に綴っていることが分かっており(時期的には第5交響曲と第6交響曲の狭間)、他の作曲家や演劇人の心理がどのようなものだったかは分かりませんが、この一事からだけでも、メイエルホリドによる1917年(これはまさにロシア革命が成就したその年でした)による上演がソヴィエトの芸術家の心にどれだけ深く刻まれていたかの一端を伺うことができるかと思いますので、参考までに申し上げておきます。

ハチャトゥリャンによる劇音楽化は1937年、組曲が編まれたのは1940年で、ショスタコーヴィチが「オペラ」に仕立て上げたがっていたのとほぼ同時期だ、というのも、たんなる偶然ではなさそうな気がしますが、分かりません。

戯曲としての「仮面舞踏会」は、こんにちでもロシア共和国の舞台では重要な演目の一つとなっているようです。


以下、余談です。 実際の仮面舞踏会という催しそのものが、ヨーロッパでは中世末期から近世初期にかけて盛んに行なわれだしたようですけれど、この催しはしばしば事件の種となっていたようで、Wikipediaの記事で見ただけでも、諸国で禁令が発せられたりしています。それでも、禁令の対象となる「仮面舞踏会の参加資格者」は特権階級でしたから、あまり厳しい処罰の対象にもならなかったのでしょうか? ヴェルディの歌劇は、スェーデンで起きた、仮面舞踏会開催時の国王殺人事件が話の元になっています。

考古学的には、仮面は先史時代に狩猟民で出来たことが判明しています。が、民族学の調査では、現在の狩猟民は仮面をもっていない。それはおそらく、純粋に狩猟にのみ頼る民族は、各地の農耕・文明の発展と共に辺境へ追いやられ、器を作る土さえも得られない場所に居住せざるを得なくなった・・・ましてや仮面どころでは無くなったからだ、と、推定されています。
「面(めん・・・日本の能の場合は「おもて」)」は、それを被った人を「面」の性格(他の人物や動物や精霊)に成りきらせる性格があることは、日本の場合、神楽が演じられる祭を思い浮かべるだけでも、誰にでも了解出来ることだと思います。そして、同じことは世界各地の祭(アジア諸地方はもとより、アフリカにもヨーロッパにも例があります)についても言えますし、その発展系は、元来は「仮面劇」でした。古典ギリシャ悲劇がそうだったと考えられていますし、日本では能楽が現存しています。特異な例としては、中国の京劇では、「面」は被られるものではなく、顔に描かれるものです(インドの、仮面劇的な性格をもつ祭典の中にもそのようなものがありますし、日本の歌舞伎の隈取りも京劇ほどではないにしても「描かれた」面ですね)。
それがどのような経緯で「劇」ではなく、「仮」の字のついた仮面「舞踏会」に転化して行ったか、ということについては私は知りませんし、よく研究もされていないのではないかと思いますが、少なくとも舞踏会の参加者は、「面」を被ることで自分以外の何者にも変じることが出来なくなった・・・それは文明がもたらした進歩のような見せかけをとりながら、一方では精神の退廃をもたらしたのではなかろうか、・・・と、一連の『仮面舞踏会』を描いた物語が悲劇であることを思う時、このように感じることを禁じ得ません。

Kamen
仮面―そのパワーとメッセージ (単行本)
  (アフィリエイトではありません。)

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2008年6月12日 (木)

曲解音楽史37)カール5世の時代:1-スペイン宮廷とフランドル

Tokiomusikfroh
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前の回:1)音という手段 2)リズムの成立 3)音程から音階へ
    4)言葉と音楽  5)トランス 6)古代メソポタミア
    7)古代エジプト 8)古代インド  9)古代中国 10)古代ギリシア
    11)古代ローマ 12)初期キリスト教の聖歌について
    13)ササン朝ペルシャ  14)西暦5,6世紀ユーラシア音楽横断
    15)中世前半の西ユーラシア  16)唐朝と朝鮮・日本 17)「声明」の伝来
    18)モンゴルと中央アジア北方 19)「十字軍時代」の西ユーラシア
    20)日本固有(?)の古歌 21)グレゴリオ聖歌
    22)平曲と能楽:付)発声法について 23)アンブロジアン聖歌・ローマ聖歌
    24)西ヨーロッパ中世 25)ジョングルール 26)十字軍時代前後のイスラーム
    27)ペルシア伝統音楽〜中世からの遺伝子 28)インド中世 29)宋・元時代の「中国」
    30)日本の「オラショ」 31)ヴェトナム伝統音楽 32)インドネシア 33)東アフリカ
    34)イスラムと西欧の融合 35)ルネサンス? 36)フランドル楽派


ヨーロッパの<音楽史>にとって、果たして「ルネサンス」は存在したかどうか、という問いに対する答えの鍵を握るのは、神聖ローマ帝国皇帝カール5世(スペイン方面の王としてはカール1世)の生きた時代でしょうか。

高校時代に世界史を履修したかたなら、この人物の名前は割合覚えていらっしゃるのではないかと思います。
彼の王位・帝位継承および治世については、教科書には出て来ない数奇な運命が良きにつけ悪しきにつけ付きまとうのですが、それは、その後も名前だけは重んじられていく「神聖ローマ帝国」の実在を、現実には「最後に」信じて疑わず生きた皇帝だったこととも深いかかわりがあるようです。
ローマ法皇から直接戴冠を受けた「神聖ローマ帝国」皇帝も、この人物が最後です。
暴飲暴食で有名であったにもかかわらず、また、その一生はヨーロッパ各地の思惑に翻弄されたものであったにもかかわらず、カール5世は、生涯を閉じる頃には、少なくとも周囲の人々からは高潔な帝王として大きな尊敬をはらわれたひとでした。その政治顧問の中には、カール5世こそ、
「シャルルマーニュ【カール】大帝(フランク王国によりヨーロッパにかつてな偉大版図を築いたのはご承知の通りです)以来はじめて、ヨーロッパを支配する資格を持つ皇帝なのです」
と持ち上げる者もいました。
しかし、カール5世は、版図のため、よりは、キリスト教(カトリック)のモラルをもってヨーロッパの精神的統一を成し遂げたい、という、むしろ精神的に高い理想を掲げた人物だったように見えます。

版図で言えば・・・それは統一されたものからは程遠かったのが実情でしたけれども・・・カール5世の威令のもとにあった地域は、ヨーロッパ大陸だけで見ると、東はハンガリーから、チェコ、オーストリア、ドイツ圏、フランドル圏を経て、西はスペイン地方(これはこの王をもってしても統一には至らず、アラゴン地方とカスティリア地方に分断されたままでした)にまで至る、非常に広いものでした。その間にフランスが、イタリアへの野心を秘めながら挟まれていた、というのが、ヨーロッパ大陸側の当時のだいたいの政治勢力図です。
更に、カール5世の即位以前に、スペイン人たちは中南米へと進出し、植民地化しています。
一方で、アジア側からはオスマン帝国がスレイマン1世の強力な統制の元にヨーロッパへ圧力をかけつづけ、フランスがオスマン帝国と密かに連繋することによって、その圧力はアフリカ北岸を通じてイベリア半島南部にまで及んでいました。
カール5世が心を砕かなければならない地域の広さは、想像を絶する規模だった、と言えるでしょう。

地域の広さだけならまだしも、彼の時代は、「教会の支配」が崩壊に差し掛かり、宗教革命のあらしが吹き荒れ、誰の心にも共有される「モラル」というものが喪失してしまってもいました。

その中で、一方ではライヴァルのフランスとの戦いに先頭を切って指揮をとる勇敢な武人でもあり、もう一方ではルターら宗教改革派とローマ教皇を軸とするカトリックとの調停に、晩年まで諦めずに取り組んだ「徳の人」でもあったカール5世は、まさにそうした行動が象徴するように、それまでの伝統に固執することによって自らが時代遅れになってしまった、「歴史の犠牲者」であったのかも知れません。

歴史上の事実はさまざまな史書(手軽なものから専門書まで豊富にあるでしょうね)に委ねることとして、
では、カール5世の時代、音楽はどのような「位置づけ」を持っていたのかを、彼が関わった諸領域を経巡りながら観察してみましょう。

・・・となると、西は中南米のインディオのものから、東は現在の東欧諸国まで見ていく必要に迫られるのですが、全てを尽くすことは、もしかしたら最終的には私の手には負いかねるかも知れませんので、あらかじめご了承下さい。



カール5世自身は、スペイン王に即位するまでは、ブルゴーニュ伯でした。
ブルゴーニュ地方は、この頃にはフランス領になっており、伯、といってもブルゴーニュの統治には関与できず、彼は拠点をフランドル地方に置いていました。
したがって、カールの周りで流れていた音楽は、商業の盛んなこの地域が育んだ「フランドル楽派」のものだったかと思われます。
それ以前にスペイン宮廷で奏でられていた音楽はイスラムの影響をまだ残したものでしたが、カールがスペイン王に即位するのに伴って(・・・と、史実はそう単純ではないのですが、ご存知のかた、このあたりは目をつぶってくださいませ)、スペイン音楽もフランドル楽派の「支配下」に置かれることになります。


「音楽」は、学問として中世の主要な科目の一つに加えられていたこともご承知かと思いますが、学問としての「音楽」と実作としての音楽は、中世においては全く別々のものであったことを、ついでですから理解しておきましょう。

学問としての「音楽」は、パリ大学を中心に発展した「神学」の一環として、また「数学」の一環として観察した方がよいものです。
中世当時に教科書として用いられた肝心の理論書そのものは、私は残念ながら目に出来ていないのですが、そのもととなった(ローマ時代にも継承されている)ギリシアの音楽理論書の代表的な一つ、「ハルモニア論」は、天動説を確立したプトレマイオスその人の著作です。読んでいただければ分かりますとおり、「ハルモニア論」は終始一貫して「数理哲学的」なものです。ピュタゴラス派の「音程理論」をアリストテレスの手法(代表的なモデルは「形而上学」でしょうか・・・アホな私には読み解けなかった本なのですが、かすかに覚えている用語からすると間違いないと信じております)を用いて論証・あるいは反証し、結論部はプラトン的な宇宙観を、自ら天動説で表明した見解を敷衍して展開するという、およそ「演奏そのもの」とはかけ離れた内容をもっています。
こうした音楽理論の構成は、実はその輪郭は、18世紀末のキルンベルガー(大バッハの弟子)にまで引き継がれているのですから、両方を読み比べると、日本人である私たちの西欧音楽に対する感覚には大切なものが欠落しているのに気づかされます。・・・が、この話は本論から離れますので、これだけにします。

演奏家は、神学や数学とともに「音楽」を学んでいたにしても、実作上では学問としての音楽はあくまでも「創作」の背景にあるべき規律に過ぎず、しかも、それはのちに「二部形式」とか「三部形式」とかと称されるようになる音楽の形式論とは全く切り離されたものでした。

実用としての音楽は、従って、学問としての「音楽」とはあくまで区分して観察しなければならないのでしょう。・・・その中に、「学問音楽」がどのように反映されているか、は、皇帝カールの為に奏でられた音楽がどのようなものであったかを耳にしつつ、できるだけ当時の感覚に想像をめぐらして、新たに体験しなおさなければなりません。

実用に供される音楽は、学問としての音楽とは別物でした。
カトリックの支持者としては、ライヴァルであったフランスと、宗教に対する姿勢は元来はそう違いませんでしたが、スペインの音楽は、「学問」との隔たりは大きく、<ノートルダム楽派>を擁したフランスに比べると世俗性が強かったもののようです。
カール5世の即位前にも、ブルゴーニュ楽派(フランドル楽派)の強力な師弟、オケゲムピエール・ド・ラ=リューが、おそらく別々の年にスペインの宮廷を訪ねていますが、宮廷では、彼らの高潔な響きよりは、むしろ世俗的な舞曲が流れていたらしく思われます。

・ペーザロ:
  MUSIC FOR THE SPANISH KINGS(EMI veritasX2 7243 5 61875 2 8)

この舞曲、イスラムの面影も残しているのが、この地方独特のものです。これがある意味で完全に西欧化されたとき、今ではフランス起源と考えられている「クーラント」になっていきます。(「クーラント」も、通説ではフランス語でドイツ風を意味する「アルマンド」の変容したものとして扱われているようですが、15世紀のスペインに既にこのようなタイトルでこのような作品があることから見直すべきではないかと思います。・・・ただし、私はあくまで専門外ですから、まっとうな学者さんにきちんとお調べ願えればありがたいのですが。。。)

カール5世がスペイン(正しくはカスティリヤ)の王となったのは1516年ですが、最初は狂女王として有名な母ファナとの共同統治の形をとっていました。神聖ローマ帝国皇帝を正当に受け継ぐには、教皇庁との複雑な関係もあってなお年数を要しましたが、1520年にはドイツの選挙候たちの支持で「ローマ王」としての戴冠をしており、カール王に年金に関する請願をするためネーデルラントに赴いたデューラーも目撃しています。

彼がスペイン本土で過ごした実質的な年数は、即位から退位(1556年)までの40年のうち16年に過ぎなかったそうですが、それでもスペイン語の習得に努力し、スペインの王としての自覚を失うことはなく、自分の終焉の地もスペインに求めたのでした。

カール5世時代のスペインを訪れた有力な音楽家は、ジョスカンやラ=リューの次世代に当たるゴンベールでした。ただし、前世代のフランドル楽派の人々同様、彼のスペイン滞在も一時的なものだったと想像されます(カール5世に採用されたのは1526年ですが、活動したのが明らかになっている地域はブルゴーニュ及びフランドル方面です)。

話は逸れますが、オケゲムを引き継いだジョスカンやラ=リューは、カノンの高度化やフーガに繋がっていく「通模倣」という技法を用いたことで知られています。
Wikipediaでは「通模倣」の確立者はジョスカンだ、とされているようですが、萌芽はオケゲムにあり、それを後年のフーガにつながる方向へと発展させたのがでジョスカンあり(したがって、ジョスカンの作品は動機【ここでは<主題>と同義と思っておいて頂いて結構です】の登場が独立的で明快であり、それに伴って曲も明るめに響いて聞こえます)、カノンの高度化に向けて展開させたのがラ=リューであると理解して頂いた方が、私は適切だと思っております。ただ、この点、ある程度楽譜資料を集めないと、断言まではし得ません。・・・このことを記しておこうと思ったきっかけですが、実は、先日、このブログをよく読んで下さるランスロットさんの奥様がラ=リューのミサ曲を合唱なさったそうで・・・それだけ伺ったときには「でも、私ごときの概観ばっかりの音楽史ではラ=リューに触れる余地はないな、と思っていました。ですが、「通模倣」についてジョスカンだけが際立った扱いを受けているとなると、話が違います。師オケゲムの作風を素直に継承した度合いはラ=リューの方が高く、雰囲気の敬虔さもラ=リューはジョスカンに優るという点は、もっと評価されてもいいのかな、という気がします。せっかくですからサンプルをお聴きいただきますが、彼が採った「通模倣」技法が、決してジョスカンに引けを取らないものであることは、彼の作品の中では比較的分かりやすいと思われるこの曲【数作あるマニフィカトの中の、ほんの1作の、さらにほんの1曲に過ぎませんけれど)よく聞き取れるかと思います。

・ラ=リュー:
  NAXOS "The Complete Magnificats, Three Salve Reginas" 8.557896-97

で、ゴンベール、です。
この人物の作風については、すみませんが、私は自身の耳目では確認しきっていません。
彼の宗教曲はパレストリーナに繋がる非常に重要な、高度な要素を豊富に持ち合わせているそうですが、残念ながら、いま手元にサンプルを持ち合わせません。
一方で、彼は大先輩ジョスカンに優るとも劣らない世俗的歌曲を残しており、私の持っている唯一のサンプルがその一つでもありますので、参考までにお聴き頂いておきましょう。

・ゴンベール:
  MUSIC FOR THE SPANISH KINGS(EMI veritasX2 7243 5 61875 2 8)


これら、一時的に滞在したフランドル楽派の大家達よりも、カール5世当時に本当にスペインで重んじられた作曲家はカベゾンAntonio de Cabezon (1510 −March 26, 1566)という盲目のオルガニストでした。経歴については残念ながら私には把握できませんでしたが、彼が残したオルガン作品は多数残存しており、オルガン音楽の先駆と見なされています。 サンプルは、編曲ものばかりしか手に出来ておりませんが、お聴きになってみて下さい。

・カベゾン:
  MUSIC FOR THE SPANISH KINGS(EMI veritasX2 7243 5 61875 2 8)

彼の作風もまたフランドル楽派の影響を大きく被っているのが分かりますけれど、一方で、最初にお聴き頂いた舞曲と共通する、イスラム的な要素も持ち合わせた、独特のものになっていることも、同時に聞き取ることができるかと思います。さらには、フランドル楽派よりも直裁な、モンテヴェルディ的な音楽への指向も感じられるというのは、意識過剰でしょうか?

スペイン本国(アラゴン・カスティリヤ)で耳にされたであろう音楽は、だいたいこんなところです。

なお、それぞれの曲は「作曲者」が明らかですけれど、彼らは私達が認識するような「作曲家」としてではなく、あくまで宮仕えの「楽士長」として認識されていたし、おそらく自意識上もそうであったことは忘れてはならないでしょう。
ごく最近、石井宏さんがレオポルド・モーツァルトの伝記をお出しになりましたが、石井さんが適切にも仰っているとおり、レオポルト(もしくはその息子であるヴォルフガング)の時代になってもなお、私の知る限りでは、独立した都市を拠点としたモンテヴェルディやテレマンといった少数例以外の音楽家は、現代的な意味での「作曲家」としての「個」を確立していたわけではなく、世の中で「最低の」ランクの仕事である「楽士」という身分の中で、まさに、生き延びるために、名声の獲得へと躍起になっていたという内面、だからこそパトロンを求め歩いたのだという事実は、現代人が考える「個」と彼らの時代の「個」の違いを見定める上で、もっと重視されるべき課題ではないか、と思っております。
(先日採り上げた岡田暁生氏『西洋音楽史』がマショーに作曲家としての「個」の萌芽を見出していることに、同書を採り上げた記事中で軽く反駁しましたが、さらに「マショーが何故例外だったか」を裏打ちするためには、マショーは詩人であったこと、その点では、もっと古い時代の吟遊詩人たちも、たとえばヴァルター・フォン・デア・フォーゲルワイデのように「詩集によって名前が残っていた」ことと齟齬しないことを言い添えておかなければならないでしょう。詩人は中世末期までには騎士階級にまで昇格していました。騎士階級にもなりえなかった「詩人ではない」音楽家達の名前が残るようになったのは、彼ら自身の意思からであるよりは、宮廷もしくは貴族達が、その人格ではなく、その創作に価値を認め、日記や書簡等に音楽家の名を書き留めるようになったからです。・・・もちろん、このことには、もっときちんとした裏打ちと考証が必要ではあるでしょうが、基本的にはこれで間違いない、と考えます。「作曲者」の名前が何故残ったか、という、ヨーロッパ固有の問題については、また機会をあらためて考えましょう。)

次回の音楽史トピックは、いったんヨーロッパを離れて、スペインが乗り出していった中南米の状況を見ていきたいと思っております。

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2008年6月11日 (水)

凡人だから考える、愚鈍だから思索する

Tokiomusikfroh

来たる6月22日は、私共のアマチュアオーケストラ、東京ムジークフローの定期演奏会です。詳しくはバナーをクリック下さい!20名様(ペア換算10組)まで無料ご招待申し上げます。ご希望の方は本ブログのプロフィールページから、記事掲載者宛メール下さい。・・・バナーは、sergejOさんがご好意で作って下さったものです。



音楽史の稿も用意を終え、モーツァルトの次の作品もコメント部分の追加のみにまで至っている(どちらも手書き状態のまま)のですが、今日は保留とさせて下さい。

「狂人」の常なのでしょうが、ひとたび胸に引っかかったことが、なお心を捉えて離れませんので。
しかし、自分が「狂っている」ことには囚われないことにしましょう。「狂」をキーワードにしてしまうと、最近は勘違いされてしまうような事件が頻発しています。そういう事象とは、自分は隔たりを置いておきたい。

それにしても、人間と言うものを観察していると、おそらく大半は賢い人なのだろうな、つまりは、「賢人」なのだろうな、と、つくづく感じます。官庁には官庁の、企業には企業の、学校には学校の、任意のグループにはまたそれぞれのグループの<規則>なるものがあって、「賢人」たちはそれを「疑わないで遵守する」ことを徳としている。そこからはみ出した者を見つけたら、声高に「遵守、遵守」と叱責するのが最高位の「賢人」で、叱責されれば心静かに従うのが準「賢人」の徳である。最高位の「賢人」は<規則>を100%遵守出来ていることを自負なさっていますから、周囲の都合・状況がどうであろうと、自信を持って動じることなく、ご自身を律する<規則>に基づき、たとえば有給休暇100%取得に邁進する。これが出来ないヤカラは、準「賢人」であっても、最高位から見れば、所詮は「凡愚」に毛が生えただけなのです。・・・とはいえ、準「賢人」を「賢人」以下と軽んじることは、「愚鈍」の私は控えましょう。

さて、「凡愚」には「凡愚」で、その度合いにランクがあるようでして、大括りには
・賢人に近い凡人
・賢人ではないが愚かではない「凡人」
・ちょっとは「凡」を理解できるかも知れない可能性を秘めた「愚人」
・まったく見込みのない愚人=これは「愚鈍」と呼ぶことにしましょう
くらいには区分できるようです。

ダラダラ綴っても仕方ありません。「賢人に近い凡人」のかたがたは、この際「賢人」に昇格していただきましょう。残りのうちの最初の一つを「凡人」、後の二つを「愚人」としてみることから仕切りなおしましょう。

「凡人」と「愚人」に共通するのは、<規則遵守>を盾に「賢人」から責を問われたとき、どう振舞っていいのか、はた、と困ってしまう点です。で、そこから先が違います。

「凡人」は、<規則>が正義であるらしいことは薄ぼんやりとはわかっているのかも知れません・・・「愚人」の最下級にいる私には推測でしかそう言えませんが・・・。この前提が間違っていなければ、「凡人」は、考えます。
「しかし、どうやって<規則>を守ったらいいのか?」
気の毒なくらい、考えに考え抜いているのかも知れません。
考えたところでどうなるものでもない、と意を決したら、「凡人」はもはや正義の実行をためらいません。そうしなければ、生活に行き詰まりますから。・・・税金課金が集まらない、給料がもらえない、友達から遠ざけられる、住処を失う、等々。
ですから、「凡人」は、「エンタの神様」に出てくるフランチェンを超えるだけの智恵は備えています。すなわち、行き詰まったら「思考停止」、更にその先がフランチェンより優秀でして、「とにかく正義を実行してしまう」のが、今日一日の人生喜劇に、ひとまず安全に幕を下ろす術なのだ、ということを知っている。

「愚人」は、まず全般的に言ってしまえば、<規則>の何たるかを理解していません。許し難い罪を犯す輩のことを人々が「愚か者!」と怒って憚らないことから、まずこれが真であると証明できるでしょう。


ここからは、私が変であることの裏づけになるかもしれない発言なのですが、私は上にランク分けしたとおり、「愚人」にも2つの段階があると思います。
・ちょっとは「凡」を理解できるかも知れない可能性を秘めた「愚人」
・まったく見込みのない「愚人」=「愚鈍」

安全性の為に確認しておいて頂きたいのは、最下位ランクの「愚鈍」は、人様の命をあやめるような犯罪すら、思いつくことが出来ません。「犯罪」というのは、まだ「知恵」のカケラがどこかに残っていて、それを「欲」によって動かされることにより、初めて起こされるものだからです。
「愚鈍」には、みせかけはこのようになんだか難しげな言葉を使っていても、本質的には「知恵のカケラ」さえ持ち合わせていませんから、動物的な「欲」があっても、それでもって行為を起こさせるべき何者をも所有していない。あるとすれば、ただ本能的な「情動」のみでしょうか。

「愚鈍」な者は、思います。
自分には知恵がない。どうしたら、自分がするべきことへの道しるべを得られるのか。

時代の今昔を問わず、そのような「愚鈍」な存在が少なくなかったことの最大の証拠は、「哲学書」と称するものの存在かも知れません。
これらの書物の著者は「賢い人だ」、と、たとえば高校の倫理の授業なんかでは誰もが教え込まれます。
そのくせ、「賢人」はこうした書物には一生手を出さない。だって、開いてみれば、そこに記されていることは、「賢人」からみれば、愚かしい、バカバカしい、そんなことにはいちいちかまけていられない、実生活には全く無益なことばかりだからでして、「賢人」は「哲学書」の著者が「愚鈍」であることを、ちゃんとご存知な訳です。(それでも、書物を何百年にもわたって残しえた「愚鈍」の人々は、私のようなスケールの小さな「愚鈍」に比べると、なんと偉大な存在であることか!)


「愚鈍」の者以外の誰が、生活に無益な、あるいはその変形としての有害な、社会に影響を及ぼすだけの価値がないことを執拗に思索しつづけたりするでしょう?



私のように、なんだか知らないが難しげな語彙を少しは知っている(だが、その意味までは知らない)、というのは、「愚鈍」の中でも最も卑しむべき「愚鈍」であるかもしれません。

私の母が精神薄弱者のかたの施設に勤務していた関係上、私は子供時代に精神薄弱のかたたちとの接触が何度かありました。彼らは世間の<規則>などというものは、当然ながら全く知りません。ですが、彼らには驚くべき特質があります。
「これを覚えよう」・「この単純作業をやり遂げよう」
と決めたら、通常人を自負する人には想像できないほど、覚えること・単純作業を遂行することに集中できるのです。
一人ではシモの世話も出来ない、赤子のままの状態なのに、世界の国旗を全部覚えていたりします。おしぼりのビニール袋詰めの作業を、昼食までの3時間、いっさい手を止めずにやり遂げます。
・・・彼らは(今は過去形になっているようでしたら嬉しいのですけれど)私の出会った当時は心理学・精神医学上では「知能指数」というもので量られ、その数値が低いために「愚鈍」と呼ばれましたが、ここにあげた例のように、数値などでは測りようのない特殊な能力を持っている、というのが事実です。

それにくらべれば、「言葉を弄する」ことしか知らない「愚鈍」は、はるかにたちが悪い。この「愚鈍」は、過去の尺度であった知能指数では「愚鈍」の括りには入りませんので、自分が「愚鈍」かどうか、全く理解できないのです。

私が、「自分は実は愚鈍なのだ」と理解出来たのは、家内の死がきっかけだったかも知れません。
ほかに道具の持ち合わせがないために、「言葉」によって、自分の「愚鈍」ぶりを人様にお見せするくらいしか思い及ばない・・・これが「愚鈍」である以外の何だと言えるでしょう?

思い、索り求めること以外に、「愚鈍」の者の出来得ることはありません。

私という「愚鈍」の特徴は、上にあげた例のかたがたに準じてお披露目しますと、
・クラシック音楽については異様にマニアである
・ピアノは弾けないくせに、古典派だけは、スコアを見れば何故か響きが想像できる
 (ピアノに限らず、いちばん「弾ける」はずのヴァイオリンも、さほどの技量ではない)
・想像した響きが実際に演奏されると、おおよそ、想像していたものと合っている
といったくらいのものです。

・・・ホントに、たったそれだけです。

楽譜を見て、どうしてもここは文脈上重要、ここで崩れたら楽隊全体の演奏をぶち壊しにする、という個所については、ですから、自分の技術が追いつかないとなると、非常な緊張を覚えますし、なんとかしなければ、ということだけに目先が向きます。(結果的には本番で失敗ばかりしているのが、大変なコンプレックスでもあります。)
そして、音楽をやる上では、音楽の「文脈」を考える行為以外のいかなるものに対しても、許容範囲が非常に狭い、といえます。「文脈」を思索している最中に妨げがあることに対しては、ケダモノ以下と評価されてもいいほどに、反発の唸りを上げることしか知りません。・・・むき出すべき牙が生えていないので、迫力はありませんが。

それでも、今の私には、「音楽」を通じて思索する以外に、いま、自分が生きている意味を見出すことが出来ません。「音楽」というものの狭間に「賢人」の知恵が挟み込まれることには、違和感以外のなにものをも感じられません。なぜなら、「愚鈍」な者にとっては、「思索」だけが全てだからです。

昨日、シューマンが狂っていく過程を簡単に見てみました。
そして今日は、それに比較するとはるかに小さな存在である自分が、それでもシューマンと大して違わない精神構造であることを観察してみたい、そのことで安心を得られれば幸いである、と思いつき、このような駄文を重ねて綴ってしまった次第です。

お詫びに。
YouTubeから、愚者パルジファルを主人公にしたヴァーグナーの楽劇からの引用です。

といいつつ、舞台映像ではありません。

・ちょっと面白い、クナッパーツブッシュの指揮

※この映像も、DVD販売初期には見られました・・・
家内に見せて大笑いさせましたが、もう遠い思い出のような気がします。

DVDワーグナー:舞台神聖祭典劇《パルジファル》


販売元:ユニバーサル ミュージック クラシック

発売日:2005/02/23
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ワーグナー:パルジファルMusicワーグナー:パルジファル


アーティスト:クナッパーツブッシュ(ハンス),バイロイト祝祭合唱団,ロンドン(ジョージ),タルヴェラ(マルッティ),ホッター(ハンス),トーマス(ジェス),ナイトリンガー(グスタフ),ダリス(アイリーン),メラー(ニールス)

販売元:マーキュリー・ミュージックエンタテインメント

発売日:1999/07/23
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2008年6月10日 (火)

予言の鳥

Tokiomusikfroh

来たる6月22日は、私共のアマチュアオーケストラ、東京ムジークフローの定期演奏会です。詳しくはバナーをクリック下さい!20名様(ペア換算10組)まで無料ご招待申し上げます。ご希望の方は本ブログのプロフィールページから、記事掲載者宛メール下さい。



先日(6月8日)は、シューマンの誕生日だったそうで、バナーを作って下さったsergejOさん特集記事を組んでいらっしゃいました。

それで、久々に私も、雑文として、シューマンを取り上げたいと思いました。カテゴリは作ってあるのですが、とんとご無沙汰でしたし。

前期ロマン派の作曲家は、私には「はかない」イメージを与える人が多いのですが、その中でもシューマンは、公の場よりは個人的な場で、その音楽に接する機会が多く、そういうプライベートな演奏の都度、彼が精神を病んでライン川への投身自殺に失敗、精神病院で死去するという悲劇的な最後を遂げたことに思いを致さずにはいられませんでした。

シューベルトも病気で早世しました。メンデルスゾーンも、幼少期から常に音楽を共にした彼の最大の理解者である姉が亡くなったことをきっかけに、失意の高まりから病を得て死んだのでした。

これら二人に比べれば、シューマンは少しは長く生きました。死んだときの年令は46歳でした。
ですが、彼が死に至った病は、上の二人よりも悲惨なものだった、と感じずにはいられません。

彼が狂気を発したのは1851年ごろらしく、その引き金となったのは、この年に深まった、デュッセルドルフの音楽協会との埋めがたい溝でした。
推測でしかありませんが、シューマンの音楽に対する「内面的なものへの強い志向」は、普通の感覚で音楽をたのしみたい常識人たちには耐え難かったことでしょう。ですから、シューマンと対立した人たちを「悪者」にしてはいけないのだとは思います。
一方で、クララとの結婚に際しても、クララの父ヴィークの執拗な反対・・・これは法廷沙汰にまでなりました・・・で長年非常に苦労した経験のあるシューマンは、何年にもわたったそのような裁判にも自分をいっさい曲げなかった頑固者でありました。頑固者の常で、彼は、なぜ人々が彼を理解出来ないのか、皆目見当がつかず、ただ腹立たしいばかりではなかったのでしょうか?



個人的には、ピアノを習ったことのない私は、学生時代、ヴァイオリンを含む室内楽数曲を先輩と演奏するというかたちでシューマンの音楽に出会い、自己流でも数曲は弾けそうな「子供の情景」の楽譜を買って来て、学校のピアノでつっかえつっかえ弾くうちに魅力を感じるようになりました。でも、ピアノの経験が豊富な人に言われたのは、
「おまえのトロイメライ、ちょっと、思い入れし過ぎ!」

シューマンがデュッセルドルフの音楽協会とトラブルになった原因は、シューマンがあまりに主情的な指揮をしたせいだ、と、読んだ伝記にありました。ですが、具体例は出ていませんでしたので、トラブルにまで至った「主情的な指揮」とはどのようなものであったのかは、分かりません。

抑鬱から発狂へと坂を転げ落ちて行ったシューマンは、数年前にまだ、作曲家として栄誉に包まれはじめたばかりでした。

ピアノ作品でもうひとつ、タイトルに情景の言葉が付された作品集が、「森の情景」です。

9曲から成るこの曲集も、シューマンのピアノ曲としては平易な方に属し、こちらも自己流で数曲手を出しましたが、ちょっと手に負えませんでした。
ですが、シューマンのピアノ作品の中では、最も好きな作品集です。
書かれたのは1848年、出版は1849年。作曲家としてのシューマンの絶頂期でした。

この作品集の中に、奇妙な曲が、ひとつあります。有名なのでご存知の方も少なくないでしょうが、

(Vogel ais Prophet)
  Wilhelm Kempf(pf) Polydor 459 383-2
 
というものです。(曲名のところに音声をリンクしましたので、お聴き頂けます。)
作曲年代をみても、この当時、シューマンはまだ狂気に囚われていないはずです。

なのに、この曲の、異様な薄暗さは何なのでしょう?

シューマンがこの先狂ってしまうことを、神が彼の手に教え賜うたのでしょうか?
それとも、そんな個人的なことではなく、もっと大きななにものかについての予言なのでしょうか?

いや、「薄暗い」のは、いまこのときの「うつつ」の世界です。
「うつつ」を薄暗く感じるのは、「予言の鳥」が、羽から金粉をふりまいて、あっという間に飛び去って行くからです。金粉が舞うあいだ、「うつつ」は一瞬光につつまれます。でも、金粉は瞬く間に地に落ち、土ぼこりのあいだに隠れて輝きを失います。

「予言の鳥」が向かう先の世界には、この鳥の羽に降り掛かっていた金が豊かにあるのか、そうではないのか・・・飛んで行ったこの鳥以外には、結局だれも知らないのでしょうか?

・・・本来、「森の情景」の各曲には詩が付されていて、それが曲の性格を説明していたのですが、現在では省かれていますし、ついていた詩がどのようなものであったかを、私は知りません。

今日は、ただ、印象だけを綴りました。・・・失礼致しました。


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2008年6月 9日 (月)

わざわざバナーを作って頂けました

sergejOさんが、今回の私どもの演奏会のために、わざわざバナーを作って下さいました。
無私でのご好意です。
ご自身のページにまで、当団のサイトへのリンク付きで載っけて下さっていました!
・・・ビックリしました!

心から感謝申し上げ、活用させて頂く所存です。

団員、関係者のかたには、ここからダウンロードしてご自身のサイト等でご利用頂ければ幸いに存じます。

Tokiomusikfroh

※右クリックで各位のPCにダウンロード出来ます。

取り急ぎ。

・・・明けはじめたら、ヒバリの声が聞こえていますが・・・ウシガエルも盛んに鳴いています。。。

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2008年6月 8日 (日)

「楽」には、まず「我苦」を:6月8日練習記録

お読み下さる皆様へ:
6月22日、私共のアマチュアオーケストラ、東京ムジークフローの定期演奏会を、品川区大井町の「きゅりあん」にて行ないます。20名様無料ご招待も企画しております。昨日記事をご覧下さい



団員の皆様へ:
次回練習は、最後の練習であるにも関わらず、土曜夜間ですので出席不能です。申し訳ございません。
従って、定期演奏会前の最後の練習記録となります。
練習自体が「通し」でしたので、先生も最少限のことしかおっしゃいませんでした。
次回伺えないこともあり、「通し」という練習方式であったことも鑑み、一般的なことをまとめます。
最後の「通し」を実りあるものにするため、是非ご留意頂きたく存じます。

1)楽器が手に出来ない1週間・・・そうであるならなおさら、楽譜を読み直してみて下さい。
もはや、世の中に出回っている録音、過去に聴いた実演にしがみつく段階ではありません。
「ここはどうして、私たちはこのようにニュアンスづけることにしたのだろうか?」
「その中で、合奏する音楽の上で、私のパートはどんな役割を果たすのだろうか」
を、せめてパート譜を「読み直す」と同時に、出来れば鉛筆を用意して書き込む等して、<思考>して下さい。お仕事で時間がない中でも、電車でご通勤のかたは電車の中でも出来ますし、頭の中で再現する音楽は物理的なものと違って時間の長さは伸縮自在です、入浴する際に持ち込んで1分だけ見つめるだけでも違います。・・・そういう時間を、1日に1度は見つけ出して見て下さい。
私たちが本番で奏でる際のバランスで、私たちの各々はどう表現することに「決めた」のかを、明瞭に見据えて下さい。

2)上記に並行して、
「自分はこの箇所は、指揮を見ること(すなわちオーケストラ全体の音楽を奏でること)よりも、<自分の思い込み>を優先してはいなかっただろうか?」
という疑問を、なるべく数多く見つけてみて下さい。
・・・最初からの正解者は(私を含め)誰一人存在しません。
自らへの「疑問」を投げかけ直してみて下さい。
二週間、というのは、それをするには(協奏曲のソロではないのですから)充分すぎるほどの時間です。

3)本当は、「演奏会をする」と決めた時点で、私たちはそのプログラムとする曲に責任を持ち、曲と格闘をしなければならなかったはずです。・・・そして、それはどのような名人、名楽団でも、本番の直前まで必ず通る道です。お客様のために「楽」を奏でるには、実力に相応した「我苦」を経なければならないのであって、そもそも本番を前に「自らたのしむ」などということは(「あ、この箇所、こういう奏法や表現が適切だったのか!」という発見以外には)あり得ない。
などと、「苦しい話」ばかりでは、これも本筋をハズしているのでして、発見の積み重ねを「たのしむ」ためにこそまず「我苦」があり、その昇華が、コンサートというかたちでの、人様へのお披露目になるのが、理想的な流れです。
今日に至って「我苦」から解放されていない、となると、いままで「私」は、「私たち」は、何をして来たのでしょう?
そこを省みて下さい。

4)信頼出来る「助っ人」をせっかく頼んでおきながら、そのかたをきちんと活かしていない「失礼」(人数の多いパートほど起きやすいことです)は、本番できちんとした「楽」をお客様に提供したいのなら、絶対に避けて下さい。

以上のこと、くれぐれも宜しくお願い申し上げます。

「論語」の言葉を、一つ引いておきます。

子の曰わく、詩に興り、礼に立ち、楽(ガク)に成る。(卷第四、泰伯第八、八)

私たちのような楽隊の場合、この言葉は、
・<詩>は「やるぞ、と選んだ曲」
・<礼>は「では、どうすれば」という日々の問いかけ
を指します。それを突き詰めるためには、本職ではないからといえど、「我苦」を経ることをおろそかに、軽率に考えていては、いつまでたっても<楽に成る>ことはありません。

すなわち、本来はスタートラインからそうあるべきであったことに、最後の最後まで苦しむ。
その度合いが今日に至ってもまだ「高かった」と、心からお感じになって下さるなら、「音楽」の出発点に戻ることはいつからでも可能である「希望」は残ります。

音楽史の中で、西欧「芸術」音楽、とくに純器楽は・・・いずれ音楽史のトピックで触れることもあるはずですが・・・「哲学的思索」の宝庫であり、他世界にはない特殊な存在です。あたかも、太陽系の諸惑星に、地球にしか海が存在せず、生物がおらず、人間がいないのと同様です。

切に、切に、祈りを込めて。

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2008年6月 7日 (土)

曲目案内(TMF6.22)ミヨー「フランス組曲」

前に数回ご案内した通り、私共のアマチュアオーケストラ、
<東京ムジークフロー第45回定期演奏会>
を、下記の通り開催致します。

つきましては、販売促進の方のご了解を得ましたので、
20名様(ペア換算10組)まで無料ご招待申し上げます。
ご希望の方は本ブログのプロフィールページから、記事掲載者宛メール下さい。
当日受付お渡しでご用意させて頂くよう手配致します。


日時:2008年6月22日(日)
午後1:30開場 午後2:00開演
場所:品川区立総合区民会館「きゅりあん」
指揮:菊地 俊一
曲目:ミヨー〜フランス組曲
   ハチャトリアン〜仮面舞踏会
   チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」
※全席自由、入場料1,000円です。
※京浜東北線「大井町」駅の目の前!・東急大井町線「大井町」駅からも歩5分程度です。
※「大井町」駅への電車の乗車時間は、東京駅からでも15分弱、渋谷駅からでも10分弱です!
アクセスマップはこちらからリンクをご覧下さい。


さて、曲目の最初に出てくるミヨー「フランス組曲」について。

解説は、プログラム担当者が執筆したものを、是非当日ご来場の上お読み頂ければと存じます。
簡単には、Wikipediaへのリンクここ
また、各曲の標題がフランスの代表的な諸地方をあたわしていることについて、フランスにお詳しいかたならすぐにお気づきになると思います。

この作品にはオリジナルが分かるものだけで11の民謡が引用されています。
その図版を、

"Suite France : a teaching-learing unit" by R.J.Garofaro
MERDITH MUSIC PUBLICATIONS ISBN 1-57463-063-6

から引用掲載します。この曲はオリジナルが吹奏楽ですから、演奏される方も多いと思われます。その際、本書は各曲の構成を捉える上でのヒントを、手短かながら適切にまとめていますので、是非ご一読をお勧め致します。

各民謡については、ミヨーが組曲中のどの楽章の何小節目から用いているかが明示してあり、民謡の歌詞が英訳でついていますので、とくに説明は加えません。
ただ、各曲の標題とされた地方のフランスでのロケーション、各曲内に引かれた民謡の意味をご存知の上でお聴き頂けましたら、作曲者の伝えたかったことを深みを持って理解出来ますから、ご玩味頂ければ幸いです。(ロケーションについては以前簡単に触れた時に地図を掲載していますので、お時間があるときはそちらの地図もご参照なさって下さい。)

6図(楽譜)ありますが、それぞれクリックすれば拡大して見やすくなります。

Suite_france1

Suite_france2

Suite_france3

Suite_france4

Suite_france5

Suite_france6

Suite Francaise (Masterworks Instructional)BookSuite Francaise (Masterworks Instructional)


販売元:Meredith Music Pubns
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2008年6月 6日 (金)

一つの理想としての通史〜岡田暁生『西洋音楽史』

火曜日には、とんでもない記事を綴りました。(でも、ホンネです。)

その中で、対照的な良書のひとつとしてご紹介する腹積もりでちょっと名前を出しておいた、

・岡田暁生『西洋音楽史』中公新書(<クラシック>の黄昏、という副題の方は、うーん、どうかなあ、とは思いますが、現実ではないのか、というと、そうでもありませんので・・・

について、あえて引用を交えず、かいつまんでお話したいと思います。



私は素人目の、本当に漠然とした<音楽ってなんだろう>という疑問の一環として、耳に入る限りの世界あちこちの音楽を時間軸の上で横並びで捉えられないか、と思いつつ、「曲解音楽史」なるカテゴリを設けて、音楽の歴史を見直すことを自分の課題の一つにしています。
何故世界のあちこちか、といえば、

・メディアがそれをある程度許すようになった
・一方で、それを「時代を追って」眺めた史資料は、まだないか、横断的ではない
・豊富に目にするのは専ら西欧音楽に限られるが、それには特殊な要因がある
・しかし、音楽を享受してきたのは別に西欧人やその文化に接した人種・民族だけではない

からでして、2・3点面に関しては、世間一般では暗黙の了解のうちに受容されているのが現状ではないか、であれば、その先の4つ目の視点を開く試みは・・・過去の新しい視点がおおよそ素人文化を発祥としていることに力づけられるならば・・・私なんぞがやってみても、悪くないんじゃないか、という発想からだけです。資料も、
「次はどっち方面をしらべるかな・・・」
という方向が見えて初めて揃えだすので、綴る当初は明らかに不足していまして・・・打ち明けた話が、古代ギリシャについて綴った頃には手に出来ていなかった当時の音楽理論書はやっと最近入手し、難しくて分からなくてふうふう言いながら読んでいて、
「ああ、あの時綴ったことでは不足だったなあ」
と、痛感しているところです。

などという無駄話をしても仕方ないのですが、いちおう、この話は、岡田さんが「個人で」なさった通史の価値を正当に評価する上で、対照的となる一つの事例にはなるかと思います。



こうなると、最初に、「個人で通史を書いた」ということの意味の大きさをアピールしたいですね。
通常、「西洋音楽史」の本は、岡田さんが著書の中で言っているとおり、何冊もに分かれていたり、そうでなくても分厚すぎたりして、まず、一般には(好奇心を抱き始めた人にとっては特に)通読に向きません。
1冊物の場合も、複数の執筆者が各自の専門分野を受け持つことが圧倒的に多く、連続性がないために、読んでいて戸惑うことも必定です。
岡田さんの『西洋音楽史』は、その点、岡田さん自身が言っているように、「岡田さんの音楽史」であって、岡田さんの「私」を貫いた言葉で一貫して読めますから、少なくとも心象上での不連続なひっかかりは感じることなく、読者は著者の作った流れに安心して身を委ねることができます。
(実は、この点では、岡田さんがせっかく個人で書いたのに、という最大の引っかかりが私には感じられるのですが、それは後述します。)

次に、岡田さんがこの本を書く決心をした経緯、この本で貫こうとした定義は、それぞれ「あとがき」と「はじめに」に明示されていますが、その精神が明朗かつ輪郭のクッキリしたものであることは、非常に好感が持てます。
経緯については措くとして、著述に当たっての定義は、欲張らず、西洋の「芸術音楽に限定する」と領域を確定しているのが前もって読者にあきらかにされていますから、これによっても、読む上での安心感が私たちに保証されることになります。

内容は、岡田さんが過去に数年に渡って行なってきた「西洋音楽史通史」の講義をベースとしているだけに、「芸術音楽」作品そのものを俯瞰する上では、小著でありながらよくぞここまで、と驚嘆するほどにムラなく万遍なく網羅されていますし、たとえば私のようなマニアが陥りやすい「細目へのこだわり」はばっさりと切り捨て、「音楽作品の・音楽としての」時代のイメージを、ピンボケにする愚は全く冒していません。

・・・と、まずいい点をご紹介しましたし、これは本気で感動していることでもあります。



が、大枠で3つの引っかかりが、私には残りましたので、その3つだけについて、付記します。

1点目は、「岡田さんの音楽史」という精神的な一貫性は保たれているにも関わらず、それでも書く章ごとには断層がある・・・非連続な印象をぬぐえない、という点です。これは、「音楽史」というトピックにこだわるあまり、その音楽の社会的・政治的・経済的背景をも併せて一貫した史観をもとに検討する、というところまで気が回らなかったからではなかろうか、と推測しています。音楽の話に付随して時折出てくる社会史の話題は、音楽とは違って断片としてしか顔を現さないため、読んでいて突拍子もない印象を受けます。

2点目は、それに関連して、ですが、各々の時代の「音楽家」の位置付けについて、その背景にあるものに対する見誤りがある可能性があり、この点では、時代を限って著述できた『<バラの騎士>の夢』に比べると、考察の非徹底さが避けられていません。
一例として、作曲家の「個人の地位確立」の萌芽をマショーに見る記述がありますが、その理由を彼が大学出の学識者だった点にも求めている、となると、これは(岡田さんの視野からは避けられている)遍歴学生の存在と矛盾します。マショーは(6月9日付記:たしかにこの人に限って言えば、個人の詩と曲の集成を作ったという意味においては岡田さんの仰る通りなのかな、と、ちょっと私の方が見直しを迫られていますけれども)音楽家としての「個人」は確立したかもしれませんが、地位については確立したとは言える環境下にはありませんでした。それは、続くフランドル楽派から18世紀までの音楽家達についても言えることでして、やはり、ここは「社会との関わり合い」の視座を失わずに考察していてくれたらよかったのにな、と、惜しまれます。(なお、<ルネサンス>で括られる時代の音楽がなぜ本家のイタリアではなくフランドルから始まったか、ということについても、岡田さんの埒外になさっている社会史の連続性を取り入れなければ理由付けできません。そのせいでしょう、岡田さんも、過去の良心的な方々同様、ではありますが、フランドル楽派の位置付けについての明言はしていないように見受けます。バロック期、古典派時代、ロマン派時代それぞれに、そうした小さな課題・・・しかも概ねはどこかで誰かがそれを解決している・・・が未解決のまま放置されている点は、「楽しい」はずの本書を、やや「学校の教科書」に近いものにしてしまっているので、非常に惜しいと思います。)

3点目、これは岡田さんの著作の全般的な傾向でもあるかと感じていることですけれど(と言いながら全てを目にしていないので、この部分は、お読みくださるかたには断言だとは受け止めて欲しくないのですけれど)、岡田さんの歴史観が「終末論的」であることで、これは20世紀についての記述から非常に強く擦り込まれてしまい、若年層がこの本を手に取るときには「終末論」へのアンチテーゼを見出し難くなりますので、心配です。
本書を読み通した印象は、私にとっては、実は平安末期(鎌倉初期)の名僧、慈円の著した日本通史である『愚管抄』と非常に似ていました。
それでも、もうひとかた、私の好きな研究者である別の「O」氏が、私の待望していた「交響曲」関連書籍の第2巻(19世紀を扱ったもの)をやっと出したので喜び勇んで手にとったら、内容が思いのほかまとまりを欠いていてOさんらしくないな、とがっかりした(Oさんは19世紀作品の物量に圧倒されたまま、総括的な見解をまとめそこなったようにしか思えませんでした)のに比べれば、著述の最初から一貫した姿勢で臨んだ岡田さんは、19世紀ばかりか20世紀までを、実に綺麗にまとめていらっしゃるし、自分の終末論的史観が「歴史」を見る目の全てではない、ということもはっきり言っているのですから、このことに関しては問題視しすぎてはいけないのだろう、とは受け止めております。
ただ、せいぜいブーレーズあたりまでで、あるいはジャズが非大衆化してしまったところまでで観察を停止するのではなく、せっかく2年前に書いたばかりの本なのですから、(西洋「芸術」音楽、という範疇でいえば)ペルトタン・ドゥンあたりまで対象を引っ張っても良かったし、そうであったら同じ終末論でも少しは光も見えたかな、と思っています。



ともあれ、手軽に読め、「西洋芸術音楽」とはどういうものか、を俯瞰するには、現時点では本書は最良のものだと信じていますし、多くの読者もそう確信できたからこそ、この本は最近の新書版としては比較的長い寿命を保っているのでしょう。・・・芸術、に下線を打ったのは、じつは、わたしはこの言葉があまり好きではないからでして、他意はありません。

個人が、個人として、俯瞰的に歴史観を持つことは、諸刃の刃ではありますが(ヘーゲルをご存知でしたらヘーゲルが、また、マルクスが、必然的にそういう危険性を内包してしまったことはご承知の通りです)、人間が「受け継ぎ、改変し、引き継いでいく」(とくに「改変する」という点が最大の特徴ではないでしょうか)生き物である以上、必須のことでして、本書は人間にとっての「必須モデル」とはどういうものかを、心と体を張って示してくれた好著であることは、断言してもよろしいかと思います。

個人が、「個人史」にではなく、どんな断面を採用するのであれ、俯瞰的に「歴史観」を持てるということには、非常な憧れを感じます。岡田さんは、それを見事に体現なさったわけで、本書は、そんな<理想としての通史>の恰好の例となっていますから、一度は手にとってみて下さる価値が充分にあります。

西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)Book西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)


著者:岡田 暁生

販売元:中央公論新社
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オーケストラとは何のための集団か?

歴史的なことは、今回は措きます。
プロの団体については、その存在意義に文化政策が大きく関わっており、その自覚が自治体にあるかないかについてはたくさんの疑問点もあります。・・・ですが、それも今回は問題にしません。

もっと原点的な話にしてみたいと思います。

ただし、
「そこにオーケストラ音楽があるからだ」
式の答えでは意味がありません。あくまで、
「オーケストラ作品があって、それを演奏するためにある」
というのは自明のこととして扱います。

となると、この問いは、
「オーケストラ音楽を演奏するとはどういうことか?」
という問いとイコールと見なしても構わないかも知れません。

すると、まず根本には、
「オーケストラとは、集団が一つの楽器をなすものである」
ということが、前提条件に置かれることになります。
・・・そのことに思いを致しながらオーケストラに参加なさっているでしょうか?
オーケストラというものの一員となっているかた全てに、まず問いたいことです。

集団であるがゆえに、しばしば取り違えられているのではないか、と考える最大の疑問は、学生時代に先輩が吐いた言葉に対して私が感じた「ウソ」が、根本にあります。

曰く、
「オーケストラは社会の縮図である」
理由
組織を統括する指揮者がいて、各パートがあたかも官庁や企業のように<部署>を受け持って、音楽作りの仕事を進める。それでは充分ではないので、運営幹部が必要となる」

・・・断言しますが、こんな話は、ウソです。指揮者は「組織の」ではなく、「音楽」の統括者であり、各パートはオルガンのパイプのごとく巨大なひとつの楽器の、それぞれが音楽表現に必要な音程と音色とニュアンスを受け持つ重要な笛であり、<部署>などというものの持つ「曖昧さ」が許容される余地はありません。運営幹部については、敢て今回は言及しません。運営幹部をなさっている方ご自身が、「音楽との兼ね合いの上で」ご自身を突き詰めて熟考なさって下さるとを望みます。

音楽は、行政やビジネスではありません。したがって、自ずと、「社会の縮図である」などということは否定されます。



昨日は、それでも採算の話をモデリングしました。
いまや音楽が「商品」である以上、採算を考えることは避けては通れないからです。
ただし、その採算をどうやってとるのか、というのは、ひっくり返せば、採算を取れるだけの「音楽」をどうやって提供するのか、という「質」の問題に直結するのです。・・・これは、現代の「演奏」についてのみ当てはまる、特殊要因です。そのかわり、そこから、オーケストラはオーケストラの「特殊相対性理論」を構築し、その理論が正統かどうかの検証をしなければなりません。

それに話を絞りたいので、先ほどの「ウソです」主張は、今回は、表明するに留めます。
単に私の思い込みだからかも知れないからです。主張だけにします。



客観的に見るためには、採算を前提とした場合に、どういう「特殊相対性理論」が成立するかだけ考えればいいでしょう。

・音楽は、貨幣経済市場の中に組み込まれている以上、その「質」の向上は貨幣で量られる。(それが公平かどうかは、「一般相対性理論」の話に含まれることであって、現在時点での「質」の議論には組み込まれません。)
・従って、貨幣で相応の・・・というのは、少なくとも一度の演奏会については赤字を出さないか、年間総数の演奏会の中では赤字を出さない状態を維持する・・・純利益を上げられることをもって、「音楽の質」は、貨幣経済支配下の特殊な状況下では良いものと見なしえる。もちろん、これは現代という与件の中での、特殊な「質の良否」でしかない。
・となると、ペイするに充分な「音楽の質」を求めることが、現代のオーケストラに貸された課題である。

まず、オーケストラと言う存在を、そのように直視なさっているかどうかを、オーケストラに所属する全てのかたに問いたい。
ペイするに充分な「音楽の質」とは何ですか?

・観客を充分動員出来る知名度
・コスト回収に見合うだけの最少限の支出
・作品の文脈を理解していなくとも、「組織的」規律を優先させ、その日その日の安定した存続を求めること

違いますか?

これが、
・演奏される音楽の内的に求める質と矛盾せず
・「一般相対性理論」を確立した場合、その中に間違いなく包含される
のであれば、正しい「特殊相対性理論」となるわけです。

あとは、読んで下さった方各自のご考察に委ねます。



「理論」から離れて、もうひとつだけ申し添えます。
音楽を突き詰める上で練習中に楽員同士に齟齬が生じることは、別段構わないことだと思っています。そこで一旦もめたとしても、最後は相互に理解し合える、と信じます。むしろ、音楽の中でぶつかって来るメンバーにこそ、オーケストラの中では信用出来るものを感じます。

「組織」の秩序に拘泥する事務的な「事前注意」等がなされることは、受容出来ません。他のことがいかに適切な対処であるかに見えても、「組織秩序」を規則のように明示して遵守を求める、という行為は、私は適切であるとはどうしても感じられません。・・・とくに、演奏会が近づいた時点で「あれもこれも」列挙されてしまったら・・・精神をそのことでかき乱されます。(私は異常者ですし。・・・集団の構成員には適さないのだろうな、と、つくづく思いました。)

従って、上記の「特殊相対性理論」が正しい、と証明されたその瞬間には、私はオーケストラでの演奏はやめるしかなかろうと思っております。
家内の生前、家内と幾度も話したことでもありました。

6月6日付記)趣旨が極端なままですが、そのままにしました。言い過ぎと思う部分は削除しました。なんでこんなことを綴るのか、ピンときて下さらないかもしれません。そこには希望は持っていません。「そもそもの公転軸・自転軸」がずれていれば、私たちは所詮別々の人間で、それを補正しようとすること自体が誤りです。キチガイの独白だと思って下さい。

最後の部分の曖昧な箇所は、感情的だったところを少し修正しました。

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2008年6月 4日 (水)

コンサートチケット代雑感

ちょっとした数字のお遊びです。
実像とハズレが大きいかと思いますので、あんまり本気にしないで下さいね。

私は、残念ながら、ポップ系は仮に好きな歌手がいたとしても、鼓膜が耐えられませんので、ステージでのコンサートには出かけません。CDで充分、という偏屈な人間です。

じゃあ、ここでいつも話題にしているクラシックのコンサートは、となると、これは今、家庭の事情で出かけられません。

でも、子供達はオーケストラ型の音楽が好きですし、いい団体が来れば、娘はいま音楽の修行中(レベル低いかも知れないけれど・・・高校には恵まれました)、息子も映画音楽には非常に興味があります(ただし、こちらは自分では楽器の演奏はしていません)から、親としては
「連れて行って聴かせたい」
というのが、人情というものです。

本当は別に、クラシックに限らなくてもいいのですが、じゃあ、「いい団体」はどのくらいの入場料が相場なのか、と調べてみますと、・・・じつはその前に「いい団体」とはどういう団体を指すのか、という問題がありますが、これは3種類に決め付けてしまいましょう。かつ、本当に「音楽的にいい団体」なのかどうか、という突っ込みは、とりあえずしないことにしましょう・・・、最近の外国人演奏家の場合は、こんなところです。

1)クラシックを知らない人にも有名で大きな団体
ウィーンフィル:S席35,000円、最安値席16,000円(サントリーホール
ベルリンフィル:S席40,000円、最安値席12,000円(サントリーホール)

2)クラシックマニアならば有名で中小規模の団体
・ラ・プティット・バンド:A席3,500円、最安値席(学生席除く)(ノバホール

3)最近日本で知名度の上がりつつある大きな団体
・上岡敏之/ヴッパータール交響楽団:A席4,000円(S席5,000円)最安値席2,000円・・・昨年。(ノバホール)〜原則としてオーケストラの場合のみS席を設定していらっしゃるようです。)
ロサンゼルスフィル:S席24,000円、最安値席9,000円(サントリーホール)
プラハ放送響:S席16,000円、最安値席5,000円(サントリーホール)

・・・これらのチケット料金、妥当なのでしょうか? どんな付加価値体系から計算されているのでしょうか?



元となるコストで考えてみましょう。

ステージ使用料だけでみると、最安値に設定できるチケット料金は、以下のようになります。

サントリーホール(大ホール)平日:午後=105万円、夜間=126万円 合計2,310,000円
客席数=1,998
使用料のみの損益分岐点(入場率90%として1798人)1,285円/席

つくばノバホール平日:午後=43,800円、夜間=57,100円 合計100,900円
客席数=1,003
使用料のみの損益分岐点(入場率90%として903人)112円/席

ホールによって、使用料だけで大きな差があり、サントリーホールはノバホールの12倍かかってしまう、ということが分かります。

ただ、実際にコンサートを行なうには、まず、固定経費として、ホールだけではなく、楽屋の使用代、反響板や雛壇設置の作業料、音声・照明のための設定費用など、さらにピアノ協奏曲をやる場合でしたらピアノの使用料と調律代がかかります。これは一応、工場で言うところの間接費に当たるでしょうから、それを人件費と捉えても、ホールによって一人当たり絶対額には大きな差はないと考えましょう。
すると、非常に単純に見てしまえば、サントリーホールはノバホールの2倍規模ですから、間接経費も倍、ということになるかな。
1日の一人当たり間接費をいくらと見ればいいのかは分かりません(単純に労務費だけではありませんで、費用全般を一人当たりに均した仮想の数字です)ので、高いか安いか分かりませんけれど、50,000円/人/日、としておきましょうか(午後から夜間)?
実作業員は、団体規模を問わず、同人数だとします。ただし、ホール規模に比例するとします(あくまでモデル計算ですから)。

ノバホールで、仮に10人だとしますと、50万円。サントリーホールは倍なので、100万円。

これが上乗せされた場合、先ほどの損益分岐点代金は、
サントリーホール:1,840円(上乗せ額555円)
ノバホール:666円(上乗せ額554円)
となります。

さて、ここからです。
アマチュアは自己の報酬目的ではないですから、回収しなければならないのは、演奏会へ向けての練習にかかる経費(会場代・楽譜購入もしくは借入と練習用複写代金と、有償でお手伝いを頼んだ方にお支払いするお礼、花束代、大型楽器の保管・運搬代)といったところですが、だいたいどんな団体も「団の会費」でまかなうのが通常ですから、仮にチケット代を1,000円として売りさばいた場合には、

・サントリーホールでは150万円の赤字が出る(使用経費330万円−総売上180万)
・ノバホールでは30万円の黒字が出る(使用経費60万円−総売上90万円)

というところが、楽団経費を無視した際の目安となります。

では、1回のコンサートについての、本職さんの一人当たり経費はどう見積もりましょうか?
練習経費はそれぞれの地元でまかなっているものとして、
・国内団体ならば算入
・海外団体ならば不算入
となりますが、今は話を単純にするために、国内団体は考えないことにしましょう。(ここまででも充分複雑でしたか・・・?)

・日本への往復旅費÷公演回数(5回としましょう)
・1回あたりの移動交通費
・日当(食事代含む)
・宿泊費
・一回当たり大型楽器運搬費〜見当がつかないのですが、1楽器あたりを一人当たり交通費と同じと考えましょう。
(※すみません、後で読み直したら、この分、過大計上になっていました。やりなおすのが面倒くさいという非常にいい加減な理由からですが、そのままにしておきます。ゴメンなさい。)

というところでしょうか?
おおよその金額の仮想数字を決めきってしまってみましょう。

・日本への往復旅費÷公演回数=片道15万×2÷公演5回=60,000円
・1回あたりの移動交通費=30,000円
・日当(食事代含む)=30,000円
・宿泊費(ごく普通の宿泊として・・・ややいい値段で)15,000円
以上の合計=135,000円

・一回当たり大型楽器運搬費は、台数、メンバー数で変わりますから、1台あたり9万円(高いかな?)ということで、トータル経費を出す際に別途上乗せしましょう。

この他に、指揮者やソリストがいれば、特別報酬を別枠で考えることになります。
指揮者報酬・ソリスト報酬は、もっと高いのかもしれませんが、1回あたり合計を100万円としましょう。

上記の前提で行きますと、楽団のかかりコストは、

10人の団体、大型楽器2台(コントラバス1、チェンバロ1)で、特別経費無しの場合
(135,000×10)+(90,000×2)=1,350,000+180,000=1,530,000円

100人の団体、大型楽器14台(コントラバス10台、ハープ2台、ティンパニ3台扱い、打楽器一式2台扱い)だと、特別経費まで込みで
(135,000×100)+(90,000×17)+1,000,000=13,500,000+1,530,000+1,000,000
・・・上乗せコストは、16百万円となります。

さて、損益分岐点は、どうなるでしょうか?
・サントリーホール
 10人の団体 〜上乗せ額153万円÷1,798席=850円、従って、最低チケット代2,690円
 100人の団体〜上乗せ額1,600万円÷1,798席=9,800円、従って最低チケット代12,000円
 
・ノバホール
 10人の団体 〜上乗せ額260万円÷903席=2,880円、従って最低チケット代3,500円程度
 100人の団体〜上乗せ額1600万円÷903席=17,700円、従って、最低チケット代18,000円程度

どうやら、先に分類したうちの2)については、ほぼ妥当な線で価格が出ているかな、と見受けますので(サントリーホールは私企業の運営ですので、その分のコストの上乗せがあるのはやむなし、と見なせば、掲載はしませんでしたが、小規模団体の料金設定は大きく外れていそうに無いと考えました)、ここからは1)と3)の大きな団体について検討しましょう。


さて、以上は、まず最安値のチケット代設定を見てきたものです。 最高値と最安値の中間値を標準価格と想定した場合の利益を比較してみましょう。 実際には、ノバホールは招聘団体のコンサートの準備はボランティアで行なわれているそうですから、実際には50万円の上乗せ分がないので、その分は固定コストの差引額には加えません。 (すると、先日のラ・プティット・バンドのチケット価格は概ね損益トントンの線かな、という感じになります。・・・実際はそれでは他のコンサートが企画できないので、固定的な間接費を高めに見てしまっているかもしれませんね。)

・サントリーホールのベルリンフィル:標準価格=28,000円
 〜総売上高50百万円!、楽隊コスト16百万円、固定コスト330万円・・・差引30.7百万円!
・ノバホールのブッパータール交響楽団:標準価格=3,500円
 〜総売上高3百万円、楽隊コスト16百万円、固定コスト10万円・・・差引▲13百万円。。。


疑問点。
・サントリーホールのベルリンフィルは、本当に高すぎないのか?誰かボロ儲けしてるんじゃないか?
 (だって、クラシックマニアじゃない人も名前を知っている団体で、指揮者もスター的存在だ!)
・ノバホールの昨年のブッパータール交響楽団の価格は何故あそこまで抑えられたのか?

先ほど仮想金額を出した「最低チケット料金」に対して、
・サントリーホール「ベルリンフィル」S席は2.33倍
・ノバホール「ブッパータール交響楽団」S席は、0.19倍!

かつ、サントリーホールだけで見ますと、同じ設定方法で標準価格を考えると、、
・ロサンゼルスフィルは想定最低価額の1.33倍
・プラハ放送響は同じく0.88倍
で、ベルリンフィルとの格差がかなり大きいのも「?」ですね。

「じゃあ、ウィーンフィルとか、さらにベルリンフィルは高すぎるんじゃないか?」
とは簡単に結論付けられないのであります。実は、次の点を考慮していません。

・実際には、この上に、さらにコストとして、折衝料金(代理者・仲介者がいればその分割高になるが、代理者や仲介者が必ず必要な団体は少なくない。折衝も、たとえばオーケストラの場合は、指揮者・オーケストラ事務局・独奏者それぞれに対し別途必要になる)ため、その係りコストを考えなければならない。
・ホールによってはロビーサービス込みでの「チケット価格」設定がしてあるので、ロビーサービスのコストも別途考慮する必要がある。
・さらに、広告宣伝費は高くつく。私企業でも、集客が確実に見込める団体でなければ、たとえばテレビコマーシャルはあまり打てない。(サントリーホールにつきましては、私が目に出来たテレビコマーシャルはベルリンフィルのみで、15秒程度の静止画像ものが数回きりです。)
・有名団体、個人の報酬は割高である。・・・いちおう、織り込み済みモデルのつもりではあるつもりですが。
・で、当然ながら、ホールの運営団体の間接経費(維持費や事務費など)の回収も検討した価格設定が必要である。

そういうものを上乗せして、演奏者・折衝者・ホール運営者全ての利益が最小限確保できた、その先からが余剰金となるのですよね。(そこに税金がかかって、それを差し引いて初めて、純利益および繰越可能な「剰余金」の計算ができる、というわけです。)



後の方の疑問から(あくまで仮想の世界ではありますが)検証してみましょうか・・・

で、ためしに、ブッパータールの楽団費用を、先ほどの総定額の2分の1で費用半分、大型楽器の運搬費を交渉で5万円一括にしてしまって、人員は70人、特別報酬額を5分の1(!)にしてみましょう。

(7万円/人×70人)+5万円+10万円=約5百万円

・・・まだ200万円赤字・・・。(実際には人数も多ければ運搬経費ももっとかかったはずですが、ここは仮想の世界で通します。)

では、入場者が100%だったら?・・・前提とした標準価格では50万円改善します。
あるいは、S席、A席を増やして標準価格を上方修正して赤字解消する。どれくらいの修正が必要か?

まず、最初の想定の場合は、入場者100%であれば、先ほどの標準価格設定で50万改善します。
しかし、縮む赤字も50万円だけです。
12.5百万円の赤字を解消するには、一席あたり12,500円もの上乗せが必要(すなわち、標準価格を16,000円にしなければならない)で、ちょっと成り立ちません。

変えてみた楽団費用では、赤字200万円の解消で済みますから、標準価格への上乗せは2,000円程度で済みます。
それでも、標準価格が5,500円となってしまいますから、S席の5,000円を500円超過してしまいますので、アウトです。
ということは、楽隊経費を更に値切らなければならない。一人あたま1万円強下げれば、約4百万円となります。・・・でも、楽隊側はギリギリの経費だとしますと、
「じゃあ、公演回数を増やしましょう!」
という解決策になるしかないのかな?
すると、来日往復費用が1回あたりの公演で200万円減るためには、70人の団体なら全公演数で21百万円なので、公演数を倍にしてもらえばいい(10回!)。

「いやあ、増やせて2回までよ」
となると、1回あたりがまだ100万円超過です。
これを標準価格に転嫁すると、補正すべき標準価格は、ほぼ1,000円です。・・・これは、調整可能な額でしょう。
今まで述べませんでしたが、標準価格は、「算術中項」という、最も簡単な方式で出したものです。すなわち、最高値と最安値の中間値です。ですから、実際には、ここから席数のバランスを考えての変更は、実際上は必ず必要になります。
で、このケースをもう少しモデル化して、
・入場者数1,000名が確実である
・最高値は5,000円で、以下、1,000円刻みで安い席を設け、最安値を2,000円とした4クラスとする
・上記4クラスの入場料の標準価格は4,500円である=総売上高450万円が損益0価格である
という前提にした場合、・・・当然、5,000円席が圧倒的に多くなるのは予想出来ますが、それでも
*5,000円席=400席〜2,000,000円
*4,000円席=500席〜2,000,000円
*3,000円席=100席〜 300,000円
*2,000円席=100席〜 200,000円
という配分でペイできることになります。

あくまで仮想の数字で行なっていることですから、モデル的にしか考えられないわけですが、以上から考えられるのは、
「招聘費用を極力抑え、いい値段の席を多めに設ける」
という、まあ、あたりまえの対策が、それでも地道に必要だ、という点でしょうか?
すると、客席数が標準的なホールでは、編成の大きな曲の公演は、単独では企画し得ない、ということが見えてきます。そうした中で、団体を招聘し最大限の効果をあげようと努力なさっているかたがたが「ボランティア」だというのは、本当に頭が下がる思いです。・・・実際には、次にみていくサントリーホールモデルでの間接経費等の上乗せ部分の抑制努力も必要なのですが、ボランティアの存在が、企業運営に比べれば(人的負荷をお金に換算しない限りでは)余剰コスト削減にも大きな役割を果たしていることは一目瞭然です。



サントリー・ホールの方を見てみましょう。

いままで見てはきませんでしたが、最安値のプラハ放送響で採算を出してみると、

標準価格は「算術中項」では、
(最高値16,000円+最安値5,000円)÷2=10,500円
であり、集客率90%とします。

総売上高約19百万円、楽隊経費(最初の設定)16百万円、固定経費330万円〜差引▲30万円

・・・と、これまでの仮想経費では損が出ることになります。当然、この損にプロモーター(仲介費用)費用や広告宣伝費、間接経費が上乗せで足を引っ張ることになります。

同じ事をロサンゼルスフィルでやると、標準価格は16,500円になりますから、

総売上高約30百万円、楽隊経費(最初の設定)16百万円、固定経費330万円〜差引11百万円。
すなわち、この価格で、やっとベルリンフィルの3分の1の収益を得られる、ということになります。

間接経費等を無視した損益分岐点の総売上高は約2千万円。このときの標準価格は(入場者90%として)約11,000円(切捨計算)です。
この前提から、今取り上げた2団体の「ごく当たり前に考え付くだけの」採算向上策を単純に述べれば、

・プラハ放送響〜ホールの間接経費分をまかなえる分だけ楽団コストを下げ、プロモーター費用は値切れるだけ値切り、広告宣伝費用は一切かからない方法を案出する!

・ロサンゼルスフィル〜間接費は1日分に配分した額を払うとして(地代等を含む維持費・事務費が中心でしょうが、ロケーションと規模からいって、かなりな年額でしょうね・・・で、ホール経営には、稼動可能日が7割だとすると、その7割の稼動で一年分を回収しなければならないわけですから、1年=256日での日額計算になります。まあ、これは余談。但し、仮に2億だとしたら、ホール側は約80万円を貰えばいい、という勘定です。それで済んでいるかどうかは、何とも言えませんけれど。)、それが約100万円だとすれば、残り1千万円をプロモーター費用、広告宣伝費に充当する・・・これで損益ゼロである!

プロモート料金というのは私には想像がつきませんが、これは業者の一方的な報酬ではなく、楽団の事務局側の定めた「受付料金」のようなものも含むはず(所属団体不在の間の運営経費をまかなう必要があるでしょうから)です。そうすると、これも、あまり安値は考えにくい。

この2例では、ロサンゼルスフィルがかろうじて間接費を賄えるだけの収益をあげていると思われるということになります。実質上、楽隊が存続していくためには、これでは不充分だ、ということも明確でしょう。

以上から、ベルリンフィルの価格問題に戻ってみますと、・・・実際は100%の入場は見込めるでしょうから、総売上高はもっと上がるのでしょうが・・・いまモデルにしているケースでの31百万円の、いわゆる営業利益では、残りはプロモート料金、広告宣伝費がいくらかかるか、でして、地元ベルリンのホールの維持費・フィルハーモニーの運営費などを積み重ねて、総額ではロサンゼルスフィルの2倍かかるのだとすれば、純利益は1公演につき、せいぜい1千万円、ということになります。来日団員100人として、一人当たり換算額は10万円に過ぎない、ということになります。団員一人一人は、5公演やって、50万円の報酬を得て帰るわけです。・・・コストを過大計上していなければ、儲けはもっと大きくなるのですが。



以上は、くどくなりますけれど、あくまで仮想世界で
「オーケストラが招聘者の最小限の協力のもとに、自前でなんとか損をしないで帰る」
ことを前提に価格の是非をみてきたものです。

現実には、有力な団体が協賛して広告宣伝費分を高い割合で補填してもらえば、その分ラクになる、などということもあり、かつ、有力団体がプロモートにもかんでくれれば、ベルリンフィルの場合、3倍の収益はあげて帰れる。
これは有名団体の方が圧倒的に有利だ、ということは否めません。
ですから、ひとたび有名になってしまえば、それだけ安心できるのですけれど、どんな団体でも、ただ招聘に乗っかって損するわけには行きませんから、本当はこんなモデルよりさらに複雑なやり取りを経て、なるべく儲けて帰れるよう、みんな結構必死になって考えている、ということは窺えるでしょう。

そんな真剣な人たち相手に、長々と数字のお遊びをしてしまったなあ。
申し訳なかったかなあ。

ただ、目の前で演じている人たちの「採算」ということも考えながらコンサートにお出かけになると、また一味違った感触で「演奏」に接することが出来るかもしれません。
・・・その分、「音楽」そのものの楽しみは、減退してしまうかしら。

変なもの綴りました。

こんな数字遊びではなく、19世紀のオペラ運営の経済的な実態、について面白い本がありますので、決してお安くはないですけれど、機会があったらお読みになってみて下さい。

楽隊さんに払っている料金は、徴収である私たちにとっては贅沢な冗費かも知れませんが、高値であるものには高値になるだけのコスト要因がある、ということは、認識を新たにしておいた方が、
「では、音楽がいっときの<流れ(フロー)>ではなく、私たちにとっての貴重な<心の財産>になっていくためには何をしなければならないか」
が、聴衆側にも課せられている問題だ、ということが、すこしはご理解いただけるのではないかと思います。

・・・ブログに載っけるには長すぎちゃったな。・・・いつもか。


オペラハウスは狂気の館―19世紀オペラの社会史Bookオペラハウスは狂気の館―19世紀オペラの社会史


著者:ミヒャエル ヴァルター

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2008年6月 3日 (火)

頭なんてよくならなくてもいいクラシック

夕方、娘からの頼まれものがあって、書店の音楽コーナーに寄りました。
あんまり野次馬する時間はなかったのですが、ついでですから「どんな本が並んでいるか」を眺めて来ました。
・・・稀に、魅力のある本が、さりげなくおいてあることもあるから、チャンスは逃せません。
・・・ですが、魅力的な本は、値段が張る場合が多いですから、すぐ買うわけには行きません。
・・・買い逃しているうちに売り切れ、ということも、ままあります。

稀に、と言いました通り、本当に「ああ、いいなあ」という本には、実は、ジャンルを問わず、そう簡単に巡り会えるものではないですね。パッと開いて、瞬間、心を引かれる本。

最近、ある昼休みに「再会」した阿部謹也さんの<ハーメルンの笛吹き男>は、私が受験のために初上京して、ふと立ち寄った書店で初めて手にした本でした。学生ごときには当時は高価な本だったうえに、帰郷して開いてから落丁に気づき、世間知らずの私は「取り替えてもらう」なんてことも思いつかず、途方に暮れたものでした。かつ、当時の私の浅い人生経験では、中身がちっとも読み解けませんでした。それでも、吸い込まれるような気持ちで夢中で読みふけったのを、忘れたことがありません。
この本が「ちくま文庫」に収録されていることはずっと知っていたのですが、実家に行けば最初に買ったときのものがあるから、というので、ずっと買わずにおりました。
ですが、この本、中に「遍歴芸人」を徹底して扱った章があり、いまちょうど、そのあたりのことを知りたいと思っておりましたので、勤務中の昼休みに職場のビルの地下の書店で見つけた時に、即座に購入しました。・・・文庫くらいなら家計に及ぼす影響も少ないので、思い切りがついた、というわけです。
この本には、なぜ最初から惹き付けられるものがあるのか。
内容については、「音楽史」の一貫で若干は触れる機会が近々あるのでいまは述べません。
ただ、文庫に石牟礼道子さんがつけた解説が優れもので、そのなかで石牟礼さんが指摘している通り、この本の中扉の裏、すなわち本編直前に引用された魯迅の言葉が、(石牟礼さんは丁寧に「示唆ぶかい」と言っていますが)この本をすべて読み通させる気を起こさせる催眠効果を発揮しているからだ、と思います。

     歌、詩、詞、曲は、私はもともと民間のもの
     だと思います。文人がそれを取って自分のも
     のとし、作るたびにいよいよ理解し難くした
     のです。それを結局は化石にしてしまうと、
     さらに彼らは同じように他のものを取り、ま
     たもや次第にそれを殺してしまうのです。

     (魯迅、高田淳著『魯迅詩話』の訳文による)

行分けは阿部さんのオリジナルに従いました。この素晴らしい中世史学者(西欧社会史が専攻)は、同じく日本の中世史の視点を大きく変えた網野善彦さん共々、近年鬼籍に入ってしまいました。

今日目についた中には、残念ながら、そういう魅力を発散させてくれる本はありませんでしたが、それはごく普通のことで、まあ、いいや、という感じでした。

が、非常に感じの悪いタイトルの本とは、つい目が合ってしまいました。
中身はともかく、タイトルから感じの悪い本と言うのは、始末に負えません。

あんまりこういうことはしたくないのですが、あえてタイトルを明示します。
悪口を言う場合は、いちおう、テキは誰かはほのめかし程度にしておくのが鉄則だと思っていますから、掟破りです。
でも、この本だけは、買って欲しくないなあ、と思いましたし・・・弱小ブログでそう言ったところで、この記事を読む人は限られているでしょうし、読んだとしても買っちゃう人は買っちゃうでしょうから、営業妨害にはならないでしょう。

樋口裕一「頭がよくなるクラシック入門」幻冬舎

タイトルを見たとたん、
「は・・・?」
と絶句しました。
後で調べたら、なんにつけこの手の(「頭が良くなるなんとかかんとか」みたいな)本ばっかりかいている人のようですね。それで印税で食ってるんだったら許せねえな、と思っちゃいました。
AMAZONのレヴューがまたいろいろで愉快ですから、リンク先で読んでみて下さい。
ただ、間違っても、この本は、絶対買って欲しくない。立読みして「アホか!」と怒るなり笑うなりするぶんには構いませんが、それすらおぞましい・・・ちょっと冷やかしてみたいタイトルの数章を軽く読んで・・・帰り道、後悔しました。立読みも、しない方がいいかも知れない。中身は、別にクラシック音楽の「仕組み」も「効用」も載っていませんから、いわゆる「モーツァルト療法」の本より、いっそうタチが悪いという次第。
ですから、書評するまでもない内容です。それはAMAZONのレヴューに委ねることにします。

ロックしか聴かん人間は頭が良くならんのか?
歌謡曲しか知らん人間は頭が良くならんのか?

決してそんなことはありません。

クラシックしか聴いていない人間は頭がいいのか?

これも、ありません。
私はクラシックしか聴かない、にほぼ近い人間ですが、おかげでそういう「お友達」も皆無ではありません。で、全てとは言いませんが、音楽愛好者の中で、クラシックだけしか聴かない人間ほど、むしろ「頭が固い」輩が多い(念のため、ですが、全て、ではなくて、多い、というだけです)。
歌謡番組・・・感情だけで拒否反応。
カラオケ・・・絶対付き合えない。
対人関係・・・腰高で人に譲らない。
世の中では、こういう性格だったら欠陥人間でしょう? そうした欠陥人間が、目だちます。その上、欠陥人間でありながら、いわゆる一流国立大学の医学部を出ていたりするんだから、タチが悪い。
人情の分からない医学部卒業生が、果たして、人間をきちんと診察出来る医師になれるのでしょうか?

樋口さんには、阿部さんの引いた魯迅の言葉を、よくよく玩味して欲しいですね。
気鋭の人文学者で、リヒャルト・シュトラウスに関して『<バラの騎士>の夢』という名著を綴った岡田暁生さんが、中公新書のロングセラーになった『西洋音楽史』で、たとえば職人芸としてのバッハの凄さが本当に理解出来るのは作曲者だけだろう、といったことを述べていますが、もっともなことで、岡田さんがそこで言いたいのは、だからといって理解出来ない作曲者以外の人がバッハを愛好する妨げにはならない、という点にあろうかと思います。(なお、岡田著『西洋音楽史』については、いい点が多いながら、ちょっと気になる細部がありますので、別途ご紹介するつもりでおります。また、私の好きな学者さんの一人ではありますけれど、同じ人の近著である『恋愛哲学者モーツァルト』は・・・私がアホであるからでしょうが・・・あんまり惹かれておらず、手にしていないことは、打ち明けておきます。)

音楽が好きなら、頭なんか良かろうが悪かろうが、好きだというところでお互い仲良くなれちゃうわけですし。
あんまり勝手なことを書いた本は、出さんで欲しいなあ。

やはり石牟礼さんが注目している、阿部著『ハーメルンの笛吹き男』からの一節を引いて、本日の記事の締めとさせて頂きます。

研究者は常に研究者仲間をつくる。それは学会として社会的に承認され、そこで互いに「才能」と「努力」を競い合う。だがこの難問を打ち破るには才能はまことに危険な道具である。ただひたすら伝説の世界に沈潜し、知を頼らず、愚者として伝説の変貌の必然性を体験するしかないだろう。(文庫本文299頁)

要するに。
アタマなんか、へんによかったりなんかしないほうが、いいのだ!

ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 (ちくま文庫)Bookハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 (ちくま文庫)


著者:阿部 謹也

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西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)Book西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)


著者:岡田 暁生

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「バラの騎士」の夢―リヒャルト・シュトラウスとオペラの変容Book「バラの騎士」の夢―リヒャルト・シュトラウスとオペラの変容


著者:岡田 暁生

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2008年6月 2日 (月)

6月1日練習記録(「仮面舞踏会」)

私の所属するアマチュアオーケストラ、東京ムジークフローの定期演奏会が6月22日にございます。
よろしければおいで下さい。(昨日記事またはこちら、あるいはリンク先の「演奏会案内」をご覧下さい。)



以下、昨日綴りきれなかったハチャトゥリャン「仮面舞踏会」の練習記録です。
(団外で、お手元にスコアをお持ちの方も、ご参考にどうぞ・・・といえるほどの中身ではありませんが。)

<第1曲:ワルツ>
・最初のメロディ(キリンビールのCMに使用中!)は「鳴る音」で。伴奏が1小節に四分音符3つの「1拍子」にならないよう、留意のこと。(このこと、全体に言える。)
・9〜12小節、「次から何かが始まる」ことを聴き手にアピールするにはどうしたらいいか、よく考えて。
・練習番号4番の前(Fl、Cl、Vn、Vlaの音程取りが難しい箇所)は、リタルダンドは無い。イン・テンポ。(7番・19番の前も同じ。)
・7番及び同様のテーマ、音が上がって行くにつれて押し付けて行く、のではない。正反対。軽やかに伸び上がって解放される。同じこと、9番でも注意。
・13番、最初の4小節と次の4小節を対照的に。最初なフォルテシモ、次はピアノ。(注:ここから「トリオ」)
・14番から、軽妙・流麗に。
(注:16番からは「ワルツ主部」に回帰。)

<第2曲:ノクターン>
・周りがうるさすぎる。クラリネットとヴァイオリンの逢瀬を邪魔しないで!(ホント!)
 独奏を除いて、響きがきれいになるように、あらためて練習する。

<第3曲:マズルカ>
・「ワルツ」と同じく、1小節に四分音符3つの「1拍子」にならないように。
・3番4小節〜3小節前でもたつかないように。5番4〜2小節前も同様。
・8番メロディ(Ob、Vla、VC)伸びやかに。他は軽やかに。(注:5番から中間部)
・(注:12番から、マズルカ主部)

<第4曲:ロマンス>
・1番2小節目、フルート強くしない(前回練習のメモかな?)
・2番同様、メロディ以外が美しくないので、これも響きがきれいになるよう再練習。

<第5曲:ギャロップ>
・これまでの練習に加えての特記事項は、なし。


私事ですが、第2曲をやって、後で思い出して一人笑いしたことがありました。

亡妻にプロポーズした晩・・・当時は日系人やイラン人の建築出稼者がやたらと沢山いました・・・、ふたりでベンチで、もう当時既にいいトシこいてたのですが、いちゃいちゃしておりました。
そしたら、イラン人さんが入れ替わり立ち替わり、ちょっかいを出しにくるのです。
「オー、フタリ、スキスキ?」
「そう。好き好き。じゃあね!」
そうやって手先だけで追い払ったのですが、たしか5、6人いたイラン人さん、面白そうにずっとこっちを見ていましたっけ。
昨日は、弾いていて、まさにそのときの自分自身の気持ちに戻ったようでした!

見守るなら、優しくお願いします。。。切なる祈りでございます。

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6月1日練習記録(悲愴のみ)

さて、自分の好きこのんだ話題ばかりに終始していましたが、今月は自分たちのオーケストラの宣伝を頑張らなくちゃいけません・・・チケット代の取り立ても厳しいし!

本日は練習記録を綴りますが、その前に、団外で読んで下さるかたに向けて宣伝を・・・実は、そちらの読者の方が圧倒的に多いようなのです。
団の役にたっていない、私。  (T_T)

(そのせい、というわけでは決してないのですが、半分綴った所でさっきまで・・・翌日0時ちょい過ぎ・・・眠りほうけてしまい、目が醒めて続きを綴りましたので、ボケボケな点はお許し下さい。)

子供の飯代と学校のお金でめいっぱいで、チケット代を払うお金もない・・・
(「・・・なのに、なんでそんなにCDいっぱい聴いてるの?」 ですか? 拾ってくるんです。)


というわけで、先に宣伝。但し、正式には別途、数回、くどくどと掲載致します。
曲目紹介を兼ねたものにして行きたいと思っておりますが、各曲の解説は当日のプログラムに、各筆者が心を込めて書いていますので、そこには載らない、ちょっと脱線トピックを、と計画しております。
きちんとした曲目解説は、是非、当日お越しいただき、プログラムを手にしてお読み頂ければ幸いに存じます。(あ、うち「悲愴」だけは私にお鉢が回ったので・・・「悲愴」についてはこのブログにもくどくど綴って来たので、ここへリンクしておいてお茶を濁します。

<東京ムジークフロー第45回定期演奏会>

日時:2008年6月22日(日)
午後1:30開場 午後2:00開演
場所:品川区立総合区民会館「きゅりあん」
指揮:菊地 俊一
曲目:ミヨー〜フランス組曲
   ハチャトリアン〜仮面舞踏会
   チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」
※全席自由、入場料1,000円です。
※京浜東北線「大井町」駅の目の前!・東急大井町線「大井町」駅からも歩5分程度です。
※「大井町」駅への電車の乗車時間は、東京駅からでも15分弱、渋谷駅からでも10分弱です!
とりあえす詳しくはこちらからアクセスマップをご覧下さい。


で、ここから、身内向け。
概略に留めますね。記憶で綴りますので、錯誤があればご指摘下さい(指摘して貰ったことがないですが・・・)。

・練習曲目:「悲愴」第1・第2楽章、「仮面舞踏会」全曲
    ※本日は賛助の皆様に大勢お越し頂き、本当にありがとうございました。
     お力添え、なにとぞ宜しくお願い申し上げます。
     
練習内容(本日、おはずかしいのですがスタミナ切れのため、仮面舞踏会については別記事に綴り直します。)

<悲愴>第1楽章
・4小節目第4拍(=5小節目のアウフタクト)のヴィオラは、決然と入ること。10小節目、同じ。
・19小節目以降、主題を奏するパートは「はっきり・くっきり」入ること。
・「B」ファゴット・フルート、(先生とは言葉を変えますが)窪地を挟んだ坂道を勢いをつけて底へ降りた、その勢いでまた反対側に上がって行くような「運動」を感じさせたい。
・Un poco animandoの弦楽器、管を受けて決然と入ること。
・「D」4小節目(80小節)からのチェロ、慌てずに。84小節あたりからは親指不使用で冷静に弾けるはず。
・Andante(89小節)からは以前より繰り返し、指示があった通り。130からは「不必要に伸びない」。いずれもテンポ変化に注意。
・142小節から、3拍始まり2拍目終わり2回、あと8拍ひとまとまり。G3拍目からも同じ。150小節からは3拍始まり2拍終わりの繰り返し。
・Hからの、弦楽器対旋律の16分音符は果敢に入ること。躊躇したらおしまい!
・Nからの管楽器、3拍目のアクセントが「唐突に」アクセントになるのではなく、前1拍から力が蓄えられてのアクセントであるから、留意のこと。
・Qからの管と弦は動きを聴き合うこと。
・Andante mosooso(335から)のピチカートは、音階下降するごとに、沈み込むように。
・同所340小節から、フルートの音色が明るくなりすぎないように。

<悲愴>第2楽章
・全般に、伴奏部が自己の技術的都合で「ぶった切れ」にならないように。うまく出来ない人は工夫を。
・主題、たとえば17小節最終拍と次小節の先頭拍、19小節最終拍と次小節の先頭拍の愛だが切れないように。(「A」以下管楽器も同じ。)
・Nからの管楽器の下降音型、最初の2拍で3拍目に向かう動きを持っているのであるから留意のこと。
・ティンパニ、全般に、同じに書かれていても(音楽が違う所は)考えて叩くように。

「仮面舞踏会」については、先述の通り、別記事で綴らせて下さい。すみません。(0:33)

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