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2008年6月17日 (火)

ここへ帰る・・・(BWV6第1曲)

Tokiomusikfroh

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「あれ? ここにも、おうちのない人がいるんだね」
最近、我が家の最寄駅の前にもホームレスの人が陣取るようになったのを見て、私と一緒に歩いていた息子が言ったことばです。

20年前に東京へ転勤し、当初は郊外勤務でしたので、出社先では滅多にホームレスの人を見ることはありませんでしたが、会社の本部のある新宿に出かけると、西口にはホームレスさんが集まり始めていました。バブル経済崩壊前後にはその数も都庁への通路を埋めるほどに増え、ダンボールで作った仮住まいには、あのあたりに多い美術専門学校の学生が独特な絵をペイントしたりして、いっときは
「臭う美術館」
のような具合でしたが、そのダンボールもある日いっせいに撤去され、そこに仮寝していいたたくさんの人たちも、おおかたは施設に収容されたとか、で、姿を消しました。

出張で大阪へ行けば行ったで、天王寺の動物園裏の通路は、やっぱりホームレスさんのダンボール仮設小屋でいっぱいでした。・・・こちらは、どうなったでしょう? 天王寺方面はもちろん、大阪へも出かけることがなくなって、もう5年は経ちました。大阪でも、「ホームレス街」のようなものは、もう存在しないのでしょうね。

それでも、いま、どんな土地へ出かけても、まだポツリポツリと、ホームレスさんを見かけます。

これを綴り始めて、思わず、歴史や社会の話に脱線しそうになったのですが、その辺を目的にする意図はありませんので、上のことは「回想」するにとどめます。



息子が
「おうちのないひと」
と言ったとき、どんな気持ちでそう口にしたのかな、ということを、いま、考えています。

「帰ってもお母さんがいない」家へ、息子は毎日帰ってきます。
母親の生前からそうでしたから、母の生死には関係なく、息子には「帰るおうち」(といってもマンションの1戸ですが)がある、という<無意識>が、ずっと存在しつづけているのでしょう。
ここで待っていれば、やがて姉もここへ帰ってくるし、父もここへ帰ってくる。・・・母親は、(その死後すぐに話してきかせた事ですから、確信さえし続けてくれていれば)いつも自分の体の中にいる。

・・・父と姉と、どちらも帰ってこなくなったら、この場所は、それでも今の息子の「帰るおうち」でありつづけることができるのだろうか? 娘にとってはどうなのだろうか?

・・・いや、娘や息子を私に置き換えるほうが、先々を考えたときには現実的です。

子供たちは、やがて進学なり就職なり、自立した職業につくなり結婚するなりを通じて、このいま「帰るおうち」を出て行き、別の「帰るおうち」を持つことになるのでしょう? それとも、「帰るおうち」を失うのだろうか? それは、子供たち次第なのですがね。

私は・・・?



子供たちは、逞しい。
ここで、この気の弱い、情緒不安定なオヤジが考えるようなことは、いま、一切念頭にないでしょう。
二人とも、毎朝、張り切って学校へ出かけていく。

私といえば、お恥ずかしいていたらくでした。
新婚当初は、仕事がら私より帰りの遅いこともあった家内が帰ってくるまで、先に帰宅してしまったときの私は、家内のクルマがいつ戻ってくるか、と、ただぼんやり、クルマが入ってくるはずの駐車場を眺めていました。
出張が多い時期は特に、でしたが、家族が無事に家で過ごしているかどうかが気になって・・・というよりは、家族からポツンと離れて一人いる自分が寂しくて、仕事が終わるとすぐに電話を入れていました。
「まったく、お父さんは心配性なんだから」
と、家内にはよく笑い飛ばされたものでした。
「うつ」で休業せざるを得なくなったときは、家内が朝出勤するとき、その背中が見えなくなるまで、足取りを目で追いつづけました。
これは、今の住まいを、私は私の「帰るおうち」だとは思えていなかったからだったのか。
家内はおよそ「はかなさ」とは無縁の容貌に言動でしたが、それでも何か、家内といる一瞬一瞬が「はかない、仮のもの」だという思いが、いつも胸の奥底にへばりついていたのでしょうか?

いま、子供たちには、そうした「はかなさ」は、全く感じません。子供たちのいのちは若緑に彩られていて、「男ヤモメ所帯」の境遇も苦にせず、活き活きと登校していきます。
ですから、その背中を、私も見送ったことがありません。家内の生前からの決まりごとで、玄関を出てからエレベータに着くまでの間は見ていますが、そこまでです。
息子は、私の家事の兼ね合いもあり、いまのところたまたま、出発時間が私とほぼ同時ですが、
「離れて歩いてちょうだい」
と言われてしまいますし、それは正しい主張だなあ、と納得も出来ます。

「帰るおうち」があるためには、出発し、成し遂げられる目標地点がなければなりません。
子供たちが、どんなささいなことでもいい、自分なりの目標地点さえ定めてしまえば、そこまでで、いまモノとして存在する我が家、スポンサー(毎月赤字ばかり出していますが)としての私は、もはや子供たちにとって「帰るおうち」である必要は、全くなくなります。

私は・・・?



昨日概要を掲載したバッハのカンタータのうち、

は、「ルカ福音書」第24章29節のドイツ語訳を歌詞としています。
(せっかくカンタータに触れているので、その中の1曲だけでもお聴き頂こうと思ったのが、これを綴り始めたきっかけでした・・・が、いまは、自分でこの調べを聴きながら、自分に問いかけなければならなかったのか、と、思い知らされています。)

Bleib bei uns, denn es will Abend werden, und der Tag hat sich geneiger.
私たちとともにお泊りください。夕暮れが近づき、日ははや沈もうとしています。
(講談社版)

復活したイエスだからこそ、このような優しい言葉を受けられたのでしょう。
愚鈍の私は、「人生の黄昏」を迎えたとき、たとえそのひとときの仮の住まいとしてであっても、このような「帰るおうち」を与えてもらえるものかどうか・・・

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