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2008年5月30日 (金)

J.S.Bach:BWV1〜3

ラ・プティット・バンド at つくば(6月1日)、是非お出掛けになってみて下さい!(リンクしてあります。)キンキンさんによるこのコンサートの紹介は、こちらこちら。学生さんは、交通費を加味しても、超オトク価格です!



(長ーい前置き)
J.S.バッハについては、日本ではもしかしたらモーツァルト以上に愛好者が多いかも知れず、国際的に活躍している小林義武さんはじめ、優れた研究者にも恵まれています。
その分(本来はモーツァルトを含めた他の作曲家についてもなのですが)、いまさら私ごときが見直しをはかるなどという僭越をする余地は全くありません。

先日、新発見のオルガン真作と思われるもの(BWV1128)についてニュースを目にし、楽譜を読み込んでしまったのが運の尽きで、どうひっくり返したって私には大バッハが分かっていない、ということを痛感もしました。

そんなところへ、sergejOさんのサイトで、アーノンクール/ラインハルトのバッハ・カンタータ全集が昔年の三分の一の価格で入手出来る(60枚組!)、というご紹介があり、キンキンさんのところでは「ドイツ・ハルモニア・ムンディ設立50周年記念限定BOX」という、バロック期の音楽を楽しむには絶好のものが出ていることが掲載されており、さんざん迷ったのですが、
「これは、どっちも買いだ!」
という結論に至りました。

「音楽史」は世界中見渡しても、西欧ほど明確になっている地域は他にありません。
ですが、人間の歴史というのは、辿ってみると面白いもので、表面上は各地域(大陸アジアなら大陸アジア、島嶼部アジアなら島嶼部アジア、ヨーロッパならヨーロッパ)で勝手に進行しているように見えながら、少なくとも大陸が分断されていないかぎり、案外、古代は古代、中世は中世、近世は近世で、どこでも似たようなことが起こっている。
なぜそのようなことが起こっているのか、は、歴史書には出ていないのです。それは、従来、歴史というものは、特定の国がその国のアイデンティティを確立するために「書かれる」のが最大の目的だったからだろうと思います。
地域が違っても同じような「時代の変化」がなぜ起こったのか、は、むしろ、その時代のとある年にスポット的に登場した旅行記や見聞記のほうからうかがい知ることができることのほうが多いような気もしています。そして、その背景には、(スペインの南米侵攻についての報告類のような例外を除き)文書の表舞台には殆ど現れることのない、大勢の無名の商人たちが築き上げていた交易ネットワークがあったらしいことが、たとえば日本の例でも円仁(慈覚大師)「入唐求法巡礼記」にチラチラ顔を出す朝鮮人商人たちの活動ぶりから推測出来ます。

であれば、音楽についても、書かれなかった「歴史」をしっかり辿るには、注目されて来なかった地域の情報を探ることも変わらず重視すべきではありますが、変遷が現在でも詳しくたどれるヨーロッパ音楽について、もっともっと、基礎的な精神基盤を体得することを欠かしてはいけないのかも知れないな、という思いが強くなりました。

特定の人物の様式、ということについてなら、幸い、モーツァルトという、その生涯と作品の年代を対応させるのが現在でも比較的容易な人物を通し、時間をかけながら自分なりの<観察>はしています。

そういう路線の延長でもいいのですが、また違った方針で接することの出来る音楽家はいないだろうか、と考えますと、少なくとも「ルター派プロテスタント」の精神との関係においては、ヨハン・セバスチャン・バッハという恰好の対象が存在するのだ、ということに、ようやく気づいた次第です。
個々の作品の作曲年代・前後関係の確認はモーツァルトに比べると格段に難しいのですが、こちらもモーツァルトと肩を並べるほど研究者の多い人物、かつ「作品の録音を耳にし易い」作曲家でもありますから(同時代の周辺情報もハルモニア・ムンディのお得セットで・・・これはむしろモーツァルトより恵まれた状態で・・・得ることが出来ます)、違うアプローチの対象として、この人を選んでみよう、と思うに至った次第です。

ただ、モーツァルトの場合は家内の生前に楽譜を「全集」で揃える贅沢が許されましたけれど、大バッハに接してみようと思い立った現在の環境は、それを許しません。

従って、アプローチの方法は、次のようにしていこうと思っております。
・宗教作品については、教会暦との関連性を最優先に知ることを狙いとし、
 プロテスタントにおける教会暦の意義と、カトリックのそれとの差に付いて簡単な知識を貯える
・その他の作品については、同時期ないし先行する時期の音楽から彼が何を受け取ったかの
 概略的な流れを把握する
 
幸いにして、カンタータとオルガン曲(BWV1000番台を除く)、管弦の器楽については、既に音源材料は揃いましたので、大きなところでは4声のコラールと(オルガン以外の)クラヴィア作品群以外には、耳で確かめる上での支障はあまり大きくありません。
ただし・・・耳で確かめる必要性がどこまで生じるか、は、方針とするアプローチがどちらかというと文献頼り(手持ちはわずかですが)になって行く可能性が高いので、まだ何とも分かりません。

ちなみに、当面は教会カンタータについて、なるべく全集のCD1枚ずつの作品をまとめて、それが教会暦のいつに対応するか、教会暦でその日はどんな意味を持っているか、だけについて記して行くだけですので、お退屈さまな記事になるかと思いますが、ご了承下さい。(今日の分も非常に機械的に綴ります。)

まずは、試行錯誤です。教会暦の知識については、八木沢涼子「キリスト教歳時記」(平凡社新書203)のお世話になります。



(とってもあっさりしすぎな本編)

という次第で、本日はカンタータBWV1〜3についての基礎データのみを記します。
アーノンクール/レオンハルトの全集のCD1におさまっている3作品です。
(作品の構成については、本日は時間の関係上省略し、明日にでも補記します。)



BWV1 "Wie schoen leuchtt der Morgenstern"(oeはオー・ウムラオトなのですが、文字化けしちゃうので・・・)
Philipp Niclai原詞(1599)〜ただし、中間のレシタティーヴォは簡略化されている由
(1724-25年の第2回年間カンタータシリーズの最終作)
「暁の星はいと麗しきかな」〜演奏日:1725年3月25日(受胎告知の祝日)

この祝日は、カルヴァン系のプロテスタント以外はすべてが祝う日です。
祝われる内容については、今更言うまでもないでしょう。

天使は乙女の所に来て言った。
「おめでとう、恵まれた人よ、主があなたとご一緒だ!」
(「ルカによる福音書」第1章28節、塚本虎二訳、岩波文庫「福音書」による)

編成:オーボエ・ダ・カッチャ2、ナチュラルホルン2、弦楽器群及び通奏低音
構成:合唱〜レシタティーヴォ(テノール)〜アリア(ソプラノ)
    〜レシタティーヴォ(バス)〜アリア(テノール)〜コラール


BWV2 "Ach Gott, von Himmel sieh darein"
ルターによる「詩篇」12のパラフレーズ。ただし、第2〜5曲については不明
(1724-25年の第2回年間カンタータシリーズの第2作目)
「ああ神よ、天より見給え」〜演奏日:1724年6月18日(三位一体祭後の第2日曜日)

「三位一体」は、伝統的なキリスト教が重視して来た、例の「父と子と精霊」というものですが(このこと、八木沢さんの本からは脱線)、この概念がローマカトリックの主軸になるまでは泥沼の神学論争があったことは、初期キリスト教の文献が示していることです。「三位一体」が概念として公のものとなったことが、一方では数多くの<異端>派を生み出しましたが、そのなかでも中国まで伝わったネストリウス派は、現在でも細々とながら西アジア北部に命脈を保っています。ちなみに、「三位一体」の教えを記念する「三位一体の主日」の祭日は、東ローマ系(正教系)では設けられていません。
これは蛇足ですが、ルター派は、カトリックのモラル墜落を攻撃したものであるため、基本的にはカトリックが大切にして来た概念はそのまま受け入れており、私たち日本人がよく誤解して来たことですが、ラテン語のミサも「ルター派だからやらない」ということは、ありません。
BWV2が演奏された日曜日は「三位一体の主日」後の第2日曜ですが、この日が特別な祭日なのかどうかは、私には分かりませんでした。ご教示下さい。(CD全集の解説からは、もととなった詩篇がこの日のためのものであり、人間が神に向けて発する嘆きを表した内容になっているのだそうです。)
「三位一体の主日」そのものは、(複雑ですが)復活祭から50日目の日曜日の、さらにその次の日曜日とされています。これは、初期の「正統」教会が、いったんそこから離脱したものの復帰を認めたのがこの日であったことに由来するそうです。「三位一体の主日」は、早ければ5月20日に到来しますが、この年はそれから29日もあとですね。この年の復活祭(イースター)が遅かったことが分かります。(計算すれば分かるのですが、今日はやめときます。)

編成:オーボエ2、トロンボーン4、弦楽器群及び通奏低音
構成:合唱〜レシタティーヴォ(テノール)〜アリア(アルト)
    〜レシタティーヴォ(バス)〜アリア(テノール)〜コラール


BWV3 "Ach Gott, wie manches Herzeleid"
マルチン・モラーの18の讃歌から、ヨハネ福音書2-1-11に基づいたもの。第3・5曲は不明
(1724-25年の第2回年間カンタータシリーズ中の作)
「ああ神よ、心の痛手いと多く」〜演奏日:1725年1月14日(顕現節後の第2日曜日)

顕現節(エピファニー)は、イエスの洗礼を記念する日で、起源はクリスマスよりも古い、とのことです。2世紀の後半にはエジプトで祝われている、とも、八木沢さんの本にあります(別の書籍での確認は、とりあえずサボります)。これは、もともとエジプトでは1月6日がナイル氾濫の日とされ続けて来ており、古くからのナイルの神オシリスの祭礼が行われていたものが転化したのだ、と説明されています。この直後の日曜日が「主の洗礼日」となっていることは分かっているのですが、さらにその次の日曜日になぜこういうカンタータが歌われたのか、は、すみませんが、調べきっておりません。(調べがついたら書き換えます。)  

編成:オーボエ・ダ・モーレ、トロンボーン、弦楽器群及び通奏低音
構成:合唱〜コラール〜〜アリア(バス)〜レシタティーヴォ(テノール)
    〜アリア(二重唱:ソプラノ&アルト)〜コラール



※バッハがライプツィヒで試みた企画である「カンタータシリーズ」についての説明は、別の機会に綴ります。

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