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2008年5月14日 (水)

BWV1128について (バッハ新発見オルガン曲)追記

初めてこの曲について記載したとき、お詳しいCurraghさんから内容豊かで有益なコメントを頂戴することが出来ました。
あらためて御礼申し上げますとともに、前回記事につきまして最小限の修正を加えるべくお約束申し上げます。とくに、そちらでは楽譜そのものの読解について修正をするようにしたいと考えております。(まだ出来ておりません。本来は、本記事と連動して検討する必要があるのですけれど、手が回りきれませんでした。連動できるようになった際には、その旨こちらへも記載します。)

ここでは、予定している修正の下準備として調べたことについてまとめ、解消した疑問、残った疑問を記したいと思います。

前回記事で、私の既存の印象で綴ってしまっていたことが真なのかどうか、三つの面で確認する必要がありました。

1)「オルゲルビューヒライン」以前の、初期のバッハが、コラール編曲(短い編曲から、パルティータ等の長大な物までを含む)の際に、「コラール旋律単独で、しかもそれを和声等の修飾無しで呈示したことが「なかったのではないか」と思い込んでいたことについて、実作品に接して検証する必要がある。

2)同じく、バッハのコラール編曲が、彼の他領域のオルガン作品と同様のコーダを持つことは「ないのではないか」という私の印象が適切かどうかの確認も並行して行なうべきである。

3)さらに、当時のバッハに強い影響を与えた作曲家、特にベーム、ブクステフーデの作品との対比を行なえるのであれば、それもすべきである。

残念ながら、私の物理的な条件(財政!)から、3番目については実行しえずにおります。
・・・ボーナス出たら、出来るかなあ。。。今年は減るっていう話だからなあ。。。

で、最初の2つについて、検証をしました。

なお、前回、DTMソフトで復元してみた音声を、念のため再掲します。

(ここを右クリックで、別ウィンドウで聴けます。)


1)初期のバッハが、コラール編曲(短い編曲から、パルティータ等の長大な物までを含む)の際に、「冒頭からコラール旋律単独で、しかもそれを和声等の修飾無しで呈示したことはあったのか?

結論から言えば、「あった」と思われます。(つまり、私は誤認識をしておりました!)

J.S.バッハにはオルガン作品が(偽作・疑作も含め)330曲近くあるようですが、その実に7割が「コラール」の編曲ないしコラール旋律によるパルティータや変奏曲です。
しかも、作曲年代の特定は、完全には出来ません。

ある程度作曲年代の推定できるものは、曲集にまとめられています(おそらく教会での使用に供するためにまとめておくのが便利だったからなのでしょうね・・・あ、あんまり主観的な推測はやめとかないと、またドツボにはまってドッピンシャンだな!)。
・「オルゲルビューヒライン(オルガン小曲集)」BWV599〜644、1713年以降
・「6つのコラール(シューブラ−・コラール)」BWV645〜650、出版1748〜9
・「18のコラール」BWV651〜668、1740年代半ばの手稿。(初期作品を含む可能性はある。)
・「21のコラール」BWV669〜689、出版1739(クラヴィア練習曲集第3巻の一部)

この他、BWV690〜713の「キルンベルガー・コラール」は偽作とされていて、私の入手し得た音源(ついでながら、オルガン作品の楽譜を入手するいとままではありませんでした・・・フトコロも、時間も!)には収録されていませんでした。
同じく、後年発見の「ノイマイスターコラール」BWV1090〜1120についても、聴けていません。(
これも聴けていたら、もしかすると、さらに見解を変えなければならない可能性もあったかもしれないので、不本意ではありますが、ご容赦下さい。)

以上から、BWV1128を捉える上で、それが1700年から1710年の間に作られたものであるとすると(今回の発表での推定では1705年が最も早い作曲時期のようですから)、のこるBWV714からBWV771までのコラール編曲58作品が参考とし得るものとなるのですが、実は数は更に減ります。BWV741〜765の25曲が、偽作の疑いがあるということで、私の入手した音源に収録されていませんでしたから。
したがって、結果として、33作品について
「コラール編曲(パルティータ等を含む)に、コラール旋律が単旋律で現れる曲があるか」
ということを確認しました。
(なお、これらは、聴きとおしてみると・・・またまた主観で恐縮なのですが・・・最初の方に挙げた4つの曲集に比べると早い時期にかかれたもの、あるいは遅くとも「オルゲルビューヒライン」と同時期までには書かれたのではないか、との印象を受けました。印象のいちばんの決め手は、「シューブラ−コラール(6曲中5曲が、教会カンタータ楽章を編曲したものですから、当然といえば当然なのですが)」ほど<凝った>作風を、BWV714以降の作品は示していなかった、という点です。

<信頼できない>耳で、なのが申し訳ない限りですが、こうして絞り込んだ作品の中で、コラール旋律単独で曲が開始されたものは、以下の通りです。括弧内は、おおよその演奏時間(分:秒)です。

BWV.714(01:20)
BWV.716(02:40)〜Fuge
BWV.719(02:40)
BWV.720(03:40)
BWV.724(02:00)
BWV.761(00:00)〜Fuge
BWV.762(04:40)〜Fuge
BWV.765(02:30)
BWVナンバーなし"O Lamm Gottes, Unschldig"(06:30)
計9作、約30%

したがって、前回「コラール旋律単独で始まるところはバッハとしては怪しいのではないか?」という私の見方は、大枠では「ハズレ」でした。
ただし、殆どが短い作品であること、長めの作品はBWVナンバー無しの1曲を除いてはフーガであったこと、BWV1128が「7分程度」の作品だ、と発表されていることを鑑みると、なお私の胸の片隅に疑念を残す結果となりました。
この点では、BWVナンバー無しの"O Lamm Gottes, Unschldig"が真作であれば、もしかしたらこの作品と同時期にバッハの頭の中に芽生えた作品だと考えられなくもないかもしれません。
あとは書法の問題が絡みますから、これは前回記事を訂正するための読み直しが必須だということになります。



2)BWV1128のコーダは、コラール編曲には類例がないものではないか?・・・これはBWV1128がバッハの真作であることを疑わせる材料にはならないのか?

という点について。

やはり、「(広い意味での)コラール編曲」のコーダの中には、BWV1128のような、ある意味で「ドラマチック」な締めくくりをするものは、耳にしえた限りでは巡り会うことが出来ませんでした。
ただし、これは前回も綴りましたとおり、バッハの真作であるかどうかを疑わせる決定的な要因には出来ないな、ということを、あらためて感じております。
といいますのも、とくに長めの作品ではコーダはその前までの部分の「文脈」を引き継ぐかたちで作曲されるものであり、BWV1128全体の(推定される7分という時間の長さからいえば)、おそらく10分の1にも満たない、今回発表されたコーダ部分の楽譜からだけでは、果たしてこれで全てのコーダが示されているのかどうかも判然としません。作りを再確認すると、公開された最終頁は、コーダのさらに2分の1から3分の1、すなわち「下げ」の部分に過ぎないのではないか、というふうに、見え方(聞こえ方)が私の中で変わったからです。
すなわち、BWV1128と類型的であると見なせるコーダとは出会えなかったのですけれど、「類型」ではなくとも、どの作品のコーダにも、コーダとしての「入り口」と「中間部」と「下げ」が明確に存在しているように聞き取れるのです。
そうすると、7分ある作品のコーダとしては、BWV1128のものは、今回公開された部分だけで成り立っていたとすると、ちょっと唐突なつくりであることは否めない気もします。
コラール旋律を元にした、おそらくは3つないし4つのセクション(第1葉から推定するに、各セクションは演奏に1分30秒から2分程度を要するのではないかと思われますから、1分30秒4セクションとしても2分3セクションだとしても、コーダ分の残りは1分・・・これはしかし、バッハの音楽上ではまだ後の時代のようには確立されていたとは言えないコーダというものの規模として、過大かもしれません)がBWV1128の本体部だとしますと、上の括弧内に記した理由からも、復元してみたコーダ部分の長さはその半分程度に過ぎません。

・・・そんなわけで、素人の推測は「怪我のモト」でしかないんだろうな、と実感、痛感、いたく反省している次第です。

全容の発表を目に出来る日が、切に待たれます。

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