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2008年5月26日 (月)

BWV1128〜うーん、私なりの結論。。。

ラ・プティット・バンド at つくば(6月1日)、是非お出掛けになってみて下さい!(リンクしてあります。)



私の所属するアマチュアオーケストラ、東京ムジークフローの名オーボエ奏者だったHさんの一周忌に寄せて駄文を綴りました。

3回目を綴ってしまいます。
1回目の記述の際、ばたばたと綴りましたので、文に混乱がありますが、そちらも時間を見て修正します。
さまざまご教示頂いたCurraghさんには、あらためて深く御礼申し上げます。


で、ご教示を考慮して、再検討したのですが・・・

私の結論は、
1)Web上に公開された資料には真贋判定の可能な部分が無い
2)私としては、作法上から見て、真作とは考えにくい
ということに、あいなりました。

念のため、まず、


を、もう一度お聴き下さい。

1)については、公開されたのが冒頭部と結尾部のみの画像であり、公式発表通りに7分程度の演奏時間がかかるのであれば、せいぜいその1/6〜1/7の分量に過ぎません。かつ、結尾部(最終頁)のほうには素材となったコラール旋律の断片が全く見られず、冒頭部との関連性をうかがうことが出来ません。

2)については、
最初に持った「コラール旋律単独で始まるところに違和感がある」という印象は誤りであることは、前回この作品に付いて触れた際に述べた通りです。
その後、バッハの手になる、なるべく多くの、大小を問わないコラール編曲(パルティータなども含む)を数度繰り返して聴きました。
オルガン曲の楽譜を手に出来なかったので、決め手、とはいいきれないのですが、聴いてみた曲は、耳での印象ではすべて、2つの点でBWV1128と大きく異なっています。

分析譜を掲示しますので参考になさって下さい。(クリックで拡大します。)
Bach_bwv11281

まず、コラール旋律が最初に呈示される際には、バッハは旋律を1度呈示し終えるまでは、コラール旋律を受け持つ声部を途中で変更することはない、と感じられました。もちろん、例えばテノールが先行しソプラノが後行するといったカノン的な手法で、複声部で同時進行でコラール旋律を呈示することはありますが、BWV1128と決定的に違うのは、その場合でも「間の開け方」に継続的な規則性が見られることです。分析譜をみてもらえば分かる通り、BWV1128は、

・冒頭で第1楽節をテナー声部で呈示した後、その模倣は1小節あけた後でバスで行なわれます。

・ところが、続く第2楽節は、6小節目から7小節目にかけて呈示されているところ、そのバス声部での模倣は8小節目からすぐに始まっています。すなわち、第1楽節のようには間を空けていません。

・そのあとの部分は間奏ですが、その部分を示すためにつけた折れ線に割り当てる色を間違いました。この間奏部の10〜12小節は(印を付けるとくどくなるのでやめましたが)第2楽節の変奏になっています。すなわち、これも第2楽節の模倣であるとみなせます。模倣が2度繰り返される、という例は、私の聴いたかぎりのバッハの他のコラール編曲には存在しませんでした。

・13小節のアウフタクトから、第3楽節がソプラノに呈示されます。これも、聴いたかぎりの他のバッハのコラール編曲作品にはないものでした(ほんのわずかしか聴けませんでしたが、ブクステフーデにもそのような例はいまのところ見いだしていません)。なお、この部分、第2楽節に音型を似せているので紛らわしいのですが、音程を確認して下さい。第3楽節であることが明らかです。

・第3楽節がバスに模倣されるのか、と思いきや、これがソプラノの呈示の終結を補強するかたちでしか現れず、続く14〜16小節では(素直には)模倣されていません。ここでは一種類の動機が積み重ねられて「ファンタジー」的な雰囲気を醸し出しているのですが、ダッシュを付した箇所までは「第3楽節の模倣である」ことを明示していません。・・・よく見ると、第3楽節を内包していると見なせなくもない部分なのですが、ダッシュを付した箇所はむしろ第2楽節に似てしまっている。おそらく、16小節目最終拍から始まるソプラノの(第4楽節の呈示でしょう)対位をどうするか、という都合からきているのではないかと思われますが、そうすると、作りとしては「もしかしたら、ここ以降はバッハらしくない拙さがあるんではなかろうか」と勘ぐりたくなってしまいます。

・また、今回は載せません(最初に載せたときの画像を参照して下さい)が、コラールパルティータの類いでは、バッハはBWV1128のようなコーダを書いていることは無い、との印象も受けております。すなわち、コラールを用いた曲の場合、カンタータの中からの編曲を集めた「シューブラーコラール集」以外では、バッハはコラール編曲のコーダはコラール旋律そのものの終結部との関わりを最後まで保ったコーダを書くのが通例である、と、私には感じられました。

・・・本当は、BWV1128を含め、バッハのオルガン曲の楽譜を出来るだけ数多く目を通して結論を出したかったのですが、このくらいが、私の考えられる限界ですね。ただし、希望があるとすれば、このコラール旋律、第1楽節と第3楽節が同一ですので、そのあいだに長めの間奏があることは「理性的に計算されたものである」可能性は残るのです。また、形式的にバッハ作品としては例外、ということは皆無ではないことでしょうから、第3楽節から呈示声部が変わることに伴い、第2楽節までとは雰囲気を変えた作法を少なくとも第3、4楽節で行なっており、また第5楽節以降が異なった構造になっているのであれば、まずそこまでをひとまとまりとして見、以降の「ファンタジー」にその自由さが何らかの明確さをもって引き継がれているのであれば、真作であることを完全否定する必要はなくなると思います。(歯切れが悪くて恐縮ですが。)

創作推定年代の頃のバッハがもっとも影響を受けていたベームの作品を耳にできなかったことも、イタいのですが・・・少なくとも、目にし得る材料だけでは、残念ながらバッハの真作であるとは、どうしても評価出来ませんでした。

発表されていない部分が・・・音声としてよりもむしろ楽譜として・・・一日も早く全貌を明らかにしてくれることに、なお期待をかけたいところです。

うーん、残念!

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