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2008年4月16日 (水)

「勉強好き」にする本を見つけるむずかしさ

モーツァルト記事、音楽史記事、腹案はあるのですが、資料をまだこなしていませんので、今日は別の話でお茶を濁します。



娘が高校に無事合格してひと安心・・・と思いながらも、基礎学力を考えると、つい余計な心配が涌いてきます。

勉強、っていうと・・・私自身も、娘も、じつは「受験勉強」というものはしなかったのです。ですから、志望校に合格できた、というのは「偶然」なのかな、まあ、運だから、いいんじゃないの、としか思っていません。とはいっても・・・中学生までは、殆どの子が「テストのための勉強」でしかないんですよね。

英語教育で奮闘なさっている(しかも、それとは全く関係なく私にとっては家内死後の最大の命の恩人の)柳瀬陽介先生(広島大学教育学部準教授、英語教育専攻・・・間違ってたらゴメンなさいね! でも、どこの学校の先生だろうが柳瀬さんは柳瀬さんであって、とても魅力的なかただ、ということにはかわりがありません。だから、肩書きなんか記さなくてもよかったかな)が、先頃ご自身のブログに
「もっと勉強しよう!」
という記事を掲載なさっていて、さらにそこにリンクを貼ってある
梅田望夫「日本を体質改善するための5つの提言」
梅田望夫「僕はこんな言葉に未来を見てきた」
というのが、また、大変に面白いのです。

梅田さんの方の記事の内容は、昨日の記事中で採り上げた「芸術の売り方」という本の内容などと併せ読んでも興味ぶかいし、「ビジネス」という目をお持ちのかたには非常に読みやすいと思います。
そして、梅田さんのお話の中にも、<根本>が溢れかえるほどに頻出しているのですが、それはご興味を持ってリンクをクリックして下さることで価値を見いだして頂いた方が宜しかろうと思います。

で、柳瀬さんの、「もっと勉強しよう!」の記事に「友人の言葉」として記載されているのは、赤面ものながら、どうも私があるところで柳瀬さんのお話に賛同して申し上げたことを、整理して載せて下さったもののようなのです。私自身はこれほど文の整理能力が無いので、恥じ入っている次第です。
けれども、春休みの間、娘に「どう勉強させようか」と考え続け、いまは息子にも「どうしたら勉強というものに興味を持ってもらえるだろうか」と気に病み続けている最大の理由を、とてもすっきり整理して下さっていますので、自分自身のためにも、載せて下さった「自分自身の意見」を引用させて頂きます。

本質を追究する精神と、そのための方法を身につけるための勉強は重要だし、そういった勉強は、通常の場合、学校教育抜きでは不可能だ。それなのに、すべてを記憶するのが勉強、という誤解が解消していない。

・・・だったら学校はどう言う勉強の場であるべきか、は、柳瀬さんが私のこの意見に対して上記リンクの記事でひとつのお答えをも記して下さっています。これについては、是非リンクをクリックしてお読み頂ければと存じます。併せて、トップページから最新記事の数々も読んで頂ければ、得るものが多々あります。



では、親の方はドシタライーノカ?

柳瀬さんが英語の先生だから、まずは英語の例で、私が娘にどう対処しようとし、いかにあまりにも成功しなかったか、でもいまだにどんな悪あがきをしているか、を述べましょう。

「英語の文法とか、復習問題なんかやらなくてもいいから、せめて、英語の本を読めるようにしろ!」
最初に娘にそう言って、実践したのは、4コママンガ「いじわるばあさん」の英日対訳本を渡したことでした。マンガの吹き出し部分には英語しか書いていませんで、日本語はマスの外に小さく書いてあるから選んだのですが、これは読ませることに成功しました。
「英語の方で読んだか?」
「うん、英語の方しか読まなかった」
「それで分かったの?」
「うん、まあね」
・・・これはしめた、と思い、次に与えたのは、難しいフレーズの上にだけ日本語訳のついた「くまのプーさん」でしたが、これは結局読んでくれませんでした。
春休み中に何とか10冊英語の本を読ませておきたい、という試みは徒労に終わりました。
じゃあ、娘は音楽専攻ですから、音楽関係で読みやすい本があったら、英語だけでも、辞書を引かなくたって読めるんじゃないか、と、休みが明けてから、必死でそうした本を探しました。
・・・もっとあってもいいはずなのに、新宿南口の紀伊国屋で、やっと1冊見つけたきりでした。

Ben Kingsley "THE YOUNG PERSON'S GUIDE TO THE ORCHESTRA"(出版社、どこだあ?)

という本で、オーケストラの楽器や指揮者について、また音楽史についても、ごくかいつまんで、文脈を類推すれば初歩的な英語の知識だけで読める本です。
娘はまだ読んでくれませんが、カバンに入れて持ち歩いてはくれています。
・・・いつか、気が向いた時に、パラパラとでもめくってくれれば・・・そうやって、英語そのものを、理屈で、ではなく、自然な言葉として「読んでくれる」習慣がつく第1歩になってくれれば、と、いま、私はこの本を「すがる藁」にしています。

文法が先に立つ「読解」というのは、例えば日本の古典であっても同じで、「読むこと」そのものから興味を遠ざけます。まず、自然に読んでみる。そうしてみて初めて、
「あれ、この文の書き方、どうしてこういう順番なんだろう?」
という、もっと原理的なことに対する疑問が生まれ(そのためには読み手が「受け身」でしかものを読まない、というのではダメなのですが)、<思考する>大切さに、徐々に気が付いてくれるのではないか?

なんとかそうあってほしい、というのが、私の、子供たちがこの先「勉強をして行く」にあたって望む唯一のことです。

英語と日本の古典を上げたついでに、数学についても春休み中の苦闘を愚痴らせて頂きますと、これはもう、「10日で終わる中1数学」という問題集をやらせるしか手がなかったし、中2分まで用意したのですが、娘はそっちまではやってくれませんでした。

私の中学時代には、数学については、印象に残る本が2つありました。
ひとつめは、矢野健太郎さんが書いた「数学物語」(角川文庫)でした。そんなに厚手ではない本で、数学を築き上げて来た人々のエピソードを幾つか並べてあるだけのものでしたが、その配列が見事で、
「数学って言ったって、人間が生み出し、考えて来たものなのよ」
と、親しみ深く知らせてくれました。
もうひとつはアメリカで有名だった数学教育者のソーヤーという人が書いた「代数の再発見」(上下2巻、講談社ブルーバックス)でした。これは、小学校から中学校にかけての理科の問題を例にして代数を考えて行く、という、読み間違えれば「数学の本」ではなくて「理科の本」だと勘違いするような内容でしたが、記述に欲張ったところが無く、一章一章ゆっくりていねいに話を進めているので、よく理解できました。(リンクの他、AMAZONでも扱っているのを見つけました。1巻の方にリンクを貼りました。)
実のところ、中学のテストでは数学はいつも20点代だった私ですが、受験の3ヶ月前にこの本にであっただけで、他に問題集なんか何もやらなかったのに、なんと、「理数科」というものに合格してしまった、まさに「奇跡の本」でした。

子供にまず興味を引き起こさせ、疑問をもたらし、それを懇切丁寧に説明し、応用問題は自分の手で解かせる・・・今度、娘や息子のために、そうした本を探してみたのですが、英語で先のような本をやっと見つけた以外には、昔あったはずの親しみやすい数学史の本もなければ、他の教科との兼ね合いを示すいかなる本も探すだけ無駄に終わってしまい、
「無念!」
と思っております。

「教育」と大上段に構えるか、18世紀に戻って「啓蒙」主義的になるか、そんな類いの副読本(ということになるのでしょうね)ばかりが目につきます。

どなたか、本当に「面白い」、興味を引き立て、疑問を心に湧き上がらせて楽しませてくれる、中高生向けのご本をお出しになって下さるか、発見して下さいませんでしょうか?

いい本のご紹介は、いつでも喜んで承ります。

飲んだくれたくてものんだくれられない環境に陥ってしまった、ベートーヴェンの父のような教育オヤジの、ささやか、でもない愚痴でした。

Book数学物語 (角川ソフィア文庫)


著者:矢野 健太郎

販売元:角川書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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コメント

私も英語にはかなり苦労しました。。。単語数・熟語数を最初に山ほど詰め込むのは必須だと考えますが(それがないと読む時に辞書引き引きで読書自体がつまらなくなってしまうと思います)、その後はやっぱり、英語の雑誌や本を読みたい!が引っ張ったのかなと思います。

お嬢様の好み次第なのですが、対訳があるところでいうと

・スヌーピーの漫画本:会話の文章は言葉の妙があって、普通の漫画とも違います。
・サイデンステッカーが翻訳した川端康成『美しい日本の私』:内容は好みでないですが、、、
等々、いろいろ見つかります。

小説や雑誌の記事は最初は結構厳しいのですが、対話ものなどは構文も複雑でなく、「こう質問するから」「こう返す」という考えの波も頻繁で退屈しないので良いかもしれません。

・Conversation with Henry Miller
・Conversation with Isaac Bashevis Singer

などは小説家のものです。対話の他に、講演なども簡単ですが、ネットで探してもいろいろあって、会社に居た頃は毎日一つプリントアウトして電車で読んでいた時期がありました。

投稿: sergejo | 2008年4月17日 (木) 17時17分

sergejoさん、ありがとうございます。

結局、自分自身が興味を持たないと、読まないんですよね。
だから、まずはどんなものなら興味を持ってくれるかを上手くつかむところから始めたいのですけれど・・・
マンガ系はスヌーピーならいけそうですが、文学系はダメでしょう。

英語の「音楽事典」なら見つけてあるので、次のチャンスにはそれを買ってきて置いておくことからはじめてみようかな、と思っています。
あるいは、音楽系の雑誌。ただし、こちらは読み物としては格段に難しいですけれど。興味があれば、中身なんか分からなくても、まずは目を通してくれるかな?

で、
「こんな本、英語で出てたら読みたいんだけど」
と言ってくれるようになったら・・・しめたもんなんですけどねえ・・・

投稿: ken | 2008年4月17日 (木) 21時47分

Kenさん、イワンことガメラこと柳瀬です(笑)。過分のお言葉に恐縮しております。
私はアジ演説さながらブログに文章を連ねておりますが、現実では大学生・大学院生相手にも苦労しております。
でも本当に素晴らしい中学校教師などは、いつのまにか生徒を学習課題に熱中させ、いつのまにか学ぶ意欲をかき立てているんですよね。(「このいつのまにか」をできるだけ文章化したいのですが!)
そんな先生の一人が「生徒がなぜ英語を勉強しなくてはならないの?と聞いてきたら、授業がうまくいっていないということですよ。授業がうまくいっていたら、そんな疑問は出てこない」とさらりと仰った時は、その言葉の重みがずっしりきました。
とりとめなくなりました。それでは!

投稿: イワン | 2008年4月19日 (土) 18時08分

イワン・ヤナセヴィッチ・ガメラーノフ様、ありがとうございます!
家内が中学の音楽教師でしたから、その「いつのまにか」は工夫するのに楽しみがあったので、
「昨日はこう進めてみて」
「今日はそれを聴かせて」
と、毎日楽しそうに話してくれるのが、うらやましくて仕方ありませんでした。
で、ときどき
「明日、こういうのを教えなくちゃならないんだけど、どうしたらいいかなあ」
なんて相談されると、いよいよ出番だ、とばかりに
「こうすれば!」
などと生意気に開陳していたのですけれどね、私に訊いていたのなんか、家内にしてみれば、ただのポーズだったんだと思います。
音楽では「なぜ音楽を勉強しなければならないの?」って尋ねられることは、まあ、なかったようですが。英語の先生に比べれば、そう言う本質的な局面には現場ではさらされなかったのかな。とはいっても、今更のように文科省が「日本音楽を必修とする」と言ってきた当初は、三味線をいかに笑わずに、寝させずに聴かせるか、には相当神経を使っていました。
英語の現場は分かりませんが、家内の様子や話から推し量ると、「自然な歌いかた(発声法)」を身につけさせるのが難儀だったようです。必修とは言っても日本の伝統歌は歌うことがないので、本質的なところではぶつからなかったんですが、に保温的な歌の発声と欧米的な歌の発声は違うんですよね。日本は喉声、欧米は胸声なのに、欧米系に作られたメロディを日本的発声で歌う習慣は、こんなに「洋楽」が溢れる時代なのに、一向にぬけない。で、欧米風の発声法で歌わせることを教えて、やっと身につけさせると、それで実演させた合唱は、「なんだか力が欠けている」ってんで、他の学校と競った時に、いい評価を得られない。で、PTAのコーラスで同じことをやって勝利するのに賭けたみたいです。・・・大人の方は、連年、市のうちわのコンクールで優勝させていました。
家内の教えかたを、PTAのかたたちが「疑わなかった」おかげさま、なのでしょうね。信頼して下さったようだし。ありがたいことでした。

わたしのほうこそ、とりとめがなくなってしまいました。

投稿: ken | 2008年4月20日 (日) 09時06分

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