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2008年4月19日 (土)

<悲愴>記事リンク総括、他

手抜きです。
某資料を読みきれないため、次に綴るつもりだった記事がつづれません・・・(T_T)



1)吉川吹奏楽団第18回定期演奏会〜4月20日です!

2)チャイコフスキー:交響曲第6番<悲愴>記事総括
   ・前提
   ・全体像
   ・第1楽章
   ・第2楽章
   ・第3楽章
   ・第4楽章

3)杉山欣也著「『三島由紀夫』の誕生」ご紹介
  ・・・従来の三島観を覆す!、ということだけでなく、
     「事実を読む」方法論に目を洗われる思いがする本です。
     AMAZONの三島由紀夫のランクで最高2位の実績と注目度!
     是非お読み下さい!

・・・てなとこです。
・・・バレバレの手抜きだな。。。


ひとつだけ付け足し。 先日、クラシック音楽演奏会での拍手のタイミングだのコンサートへ行くときの服装を云々した本への批判的意見を綴りました。 そのご著者、Mさんは、今では知名度の高い人ですが、その音楽の青春をヨーロッパで過ごしたはずです。そして、現場でヨーロッパというものの実情を切実な目で(もし本当にそれだけの感性をお持ちだったのでしたら)ご覧になったはずです。 今日、たまたま子供と買い物に出て、古本屋に立ち寄り、1960年代後半のヨーロッパを心身で深く味わって来た人物の著書に出会いました。

西尾幹二「ヨーロッパ像の転換」(新潮選書、1969)

です。西尾氏は手塚富雄氏の弟子でした。

この本の中にある一節を引用して、M氏への、というより、クラシックのコンサートへ行く際のマナー云々を(それは西欧でも時代遅れのものです)、あたかも
「洋食ではライスはフォークの背にのせて食べるのよ」
式に捉えたがるかたがたへの批判を重ねさせて頂きます。

ヨーロッパ滞在に日が浅いころ、私はたしかに、古さを守ろうとするヨーロッパ人の保守感情のつよさの方に感嘆したし、誰でも観光気分でいるときは、古いものを見る方が面白いことは言うまでもない。劇場を訪れる女性観客の服装にしても、北ドイツでは平常着とさほど変りはないのだが、ミュンヘンやウィーンでは裾の長い、薄ものをひらひらさせた大時代的な夜会服が劇場を一面に埋めるので、最初の印象は、まるで祝祭日の広場のようである。(中略)だが、そういう服装は・・・西ベルリンやパリの劇場にはほとんどみられない現象なのである。
(中略)
私はこの土地のひとびとの過去の文化への守旧的情熱が何であるのかだんだん分からなくなってきた。そこにはなにかこわばりが感じられるからである。
はじめ観光客気分でいた間は、私にはそんな疑問はまったく浮かばなかったし、ただただ華麗にして豊富な過去の遺産の累積する層の厚さに感心するばかりだった。だが、この種の遺産墨守が、日常の市民生活にみられる彼らの徹底して無駄のない合理的な生き方とはあまりにも矛盾しているように思いはじめたとき、結局、文化に関する単純な未来主義と、極端な過去崇拝とは、同じひとつの事柄の二面であって、文化を追い求めるべき意識的な目標として考えるという目的論的文化観の、方向の異なる二つの側面ではないかという気がしてきたのだった。
(後略)128〜130ページから引用。

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