« モーツァルト:新機軸!(ピアノ協奏曲<ジェナミ>K.271) | トップページ | シューベルトとサリエリ(ラ・フォル・ジュルネ・ジャパンを前に) »

2008年4月22日 (火)

「ありのまま」と「美化」

「ありのまま」をそのままに、というものには、なかなかに巡り会えないものです。
子供たちを家内任せに出来なくなって、いっそう、それを感じるようになりました。

子供たちのほうには、そんな頓着は、ありません。
日々、自分の感情のままに生活している。自分の周りにあるもの、自分に接してくるもの、それらすべての相手は、相手の「ありのまま」で自分のほうを向いているんだ、と信じて疑わないようです。

昨日の、晩飯をめぐってのやり取り。
娘は夕方からレッスンなので、帰りが遅い。で、前の晩から弟に指示を出していました。
「おつゆを作っておいたから、それにうどんを入れて煮て、食べとくんだよ!」
「うん、分かった」
ノンキな弟君のほうは、でも、姉貴のこの指示をすっかり忘れていました。
夕方早目に帰宅した私が、台所の鍋を見て、留守番していた息子に訊きました。
「この汁でうどん煮るんだったよな」
「うーん、どうだったっけな」
「覚えてないの?」
「どうだろうな」
で、娘の方のケータイにメールを入れました。
「鍋の汁でうどん煮ればよかったんだっけ」
「昨日言ったじゃない!」
「お父さんは脳ミソすりへってるし、弟君は人の話聞いてないのが常識だからさ」
「家族のために一生懸命作ったのに!!」
・・・怒りの返信。
「まあ、分かったから、気をつけて帰ってきな、大事な娘!」
おべんちゃらの返信でお茶を濁す悪い大人。
でも、素直な感情をぶつけてもらえるのは、本人には大迷惑だったでしょうが、私には幸せなものでした。

息子君は、あさってまでに中学校でどんな部活動に入らなければならないかを決めなければなりません。
「吹奏楽部がいいかな?」
「あ、あれは、やめときな、ひどいから。顧問好みの演歌しかやらないし!」
とは、自分が部長だったくせに威張って阻止しようとする姉の言い草。
(実際には、演歌はやってません。)
「それなら、卓球部かな?」
「あ、暗いから、だめ」
「じゃあ、美術部だ」
「あんた、絵のセンスあるの? まあ、描くのは好きだからいいけどね」
姉弟の会話ですヨ。で、弟君は姉の言葉になんの「企み」も感じていない。いわれたそのままが、部活動の「ありのまま」らしい、と思い込んでいる様子。
さほど悩んでいるわけではないけれど、私に
「せっかく続けてた柔道があるじゃないか!」
と駄目押しされて、頭の中は混乱。
「まあ、でも、3年間頑張って続けられるものを自分の意思で決めるなら、任せる」
そこまででいったん、話はおしまい。
息子君のケースの方には、姉の価値観による部活動の反「美化」があります。
そうなると、たぶん、弟としては、自分の中でどれかひとつを「美化」しなければ、選択の決断が出来ない。卓球部だって「あの早い動きがしてみたいんだ」とか、吹奏楽部だって「僕なりに満足できるように吹ければいいんだ」とか、美術部なら「自分らしい絵が描ければ、人がなんと言おうと充分じゃないか」とか・・・思いに「割り切り」という結晶を作らなければ、という重圧がかかる。
(「柔道」になんとなく拒否的になったのは、小学校最後の頃に、通っていた道場に、あまりにも勧誘熱心なおかあちゃんがいたので、なんとなく分かる気がするんです。)
・・・これはちょっと、姉の「うどんのつゆ」とはまた別の形で失礼しちゃったのかな、と、反省しています。

今朝、
「あんたの中にいるおかあさんと、よく話し合ってきてごらん」
そういって送り出したのが、せめてもの償いでした。

素直な気持ちで、余計な思いをもたないで、「これがいい」と選ぶのが、息子にとってはいちばんいいのかも知れない。
どうせなら上手くなる、とか、キレイに出来る、とか、余計なことを考え始めると、むしろ心が害されていくのかも知れない。

話のついでですから、

・上手く
・キレイに

という意図が、果たしてプラスに働いているかどうかを、音楽の例で、判定してみて頂きましょうか。
(右クリックで、別ウィンドウで聴けます。)

まずは、ブルガリアン・ポリフォニー。

 「西アジア・東欧の旅」JVC VICG-60576
 「ブルガリアの音楽」KING KICW1096

前者は、実は20世紀になって舞台芸術化されて以降に構築されるようになった響きです。

続いて、ルーマニアの音楽。

 "ROUMANIA:WILD SOUNDS FROM TRANSYLVANIA" WDR BEST.-NR.:28.300
 "Bartok Orchestral Works" BRILLIANT 6488

バルトークがコダーイと共に、トランシルバニア地方の民謡を収集したことは、つとに知られています。
上でお聴きいただいた作品も、伝統的なものに比べ、旋律にはよく原型を保持していることが窺われます。
それでも、これは「美化」された響きです。

バルトークは、なにを目指して、こうした「美化」を行なったのでしょうね?
突き止めるためには、彼の記した「音楽論」を参照しなければなりませんが、今回はそれはあえてせずにおきます。

「素朴」と「美化」のあいだに、どんな相違があるか、それぞれ「素朴であること」、「美化されること」にはどんな意味や精神がこめられているか、は、簡単に結論付けられる話でもありません。
私も、まずはゼロから考えてみようかと思っております。
一緒にお考えいただけるようでしたら、このうえない幸いです。

世界音楽紀行 西アジア・東欧の旅Music世界音楽紀行 西アジア・東欧の旅


アーティスト:民族音楽,ファーティマ・バエージー・パリーサー,メスティアの男声合唱団,ツィナンダリ男声合唱団,ユスフ・ゲブゼリ,フィリップ・クーテフ・ブルガリア国立合唱団,ナダカ・カラジョバ,ギリシャ正教会

販売元:ビクターエンタテインメント

発売日:2005/11/02
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ブルガリアの音楽 バルカン・大地の歌Musicブルガリアの音楽 バルカン・大地の歌


アーティスト:民族音楽,ネヴェナ・ミルチヴァ,バシルカ・トドロバ,トライカ・コレーヴァ,ゲナ・チェコヴァ・ステファノヴァ,ペーテル・イワーノフ・テーノフ,イヴァンカ・ツヴェターノヴァ

販売元:キング

発売日:1999/08/06
Amazon.co.jpで詳細を確認する




追伸:杉山欣也著「『三島由紀夫』の誕生」、引き続き宜しくお願いします! 名著です!

|

« モーツァルト:新機軸!(ピアノ協奏曲<ジェナミ>K.271) | トップページ | シューベルトとサリエリ(ラ・フォル・ジュルネ・ジャパンを前に) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/95716/20478344

この記事へのトラックバック一覧です: 「ありのまま」と「美化」:

« モーツァルト:新機軸!(ピアノ協奏曲<ジェナミ>K.271) | トップページ | シューベルトとサリエリ(ラ・フォル・ジュルネ・ジャパンを前に) »