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2008年4月23日 (水)

シューベルトとサリエリ(ラ・フォル・ジュルネ・ジャパンを前に)

この春のラ・フォル・ジュルネ・ジャパンは、シューベルトとそれを巡る人々(恩師、同時代者、音楽的後継者)の特集ですね。

豪華演奏家陣が集まるので、例年魅力を感じながらも、残念ながら同時期に自分の所属する楽隊の合宿なので、聴きに行くことが出来ません。
とくに、歌曲では日本人大ベテランで、モーツァルトのミサ曲の録音などでドイツでも高く評価されている白井光子さんが「冬の旅」を歌うプログラムもあり、
「ああ、行きたかったなあ・・・(すでに心の中では過去形)」
と思っております。

シューベルトのドイツ舞曲とヨハン・シュトラウス二世のワルツを組み合わせて演奏する試みなども、一度は聴いてみたいものでした。ウェーベルンもシューベルトのドイツ舞曲を管弦楽に編曲し、かつ自分で指揮した録音を残しています。この「無調音楽の旗手」にして編曲をさせる意欲を湧かせたほどに、シューベルトのドイツ舞曲はウィーンのその後のダンス音楽(といってしまって言いのでしょうか)、ひいてはウィーン人気質そのものに、強い影響力を持ち続けたのでした。実際、そのオリジナルの室内楽版を演奏するのも、大変に気分のよいものです。

ウィーン以外の作曲家としてロッシーニも登場するのが、また面白いところです。ロッシーニはシューベルトが脂の乗り切った頃、ウィーンを来訪し、たしかにシューベルトに大きな影響を残しています。

その他、モーツァルト、ベートーヴェン、またシューベルトのものに限らず先輩作曲家たちの作品をピアのように編曲し、当時の音楽愛好者に多大な貢献をしたリスト(彼そのものの作品ではなく、当然、シューベルト作品を編曲したものの方が取り上げられるのですが)、また室内楽ではそれぞれ響き作りの先輩、後輩とも言えるウェーバーやメンデルスゾーンの作品も登場するのが、大変興味深く感じられます。


ひとつ、残念なのが、全日程の中で、シューベルトの最大の恩師と言っていいサリエリ(サリエーリ)の作品が2つしか取り上げられないことで、これは出版事情や普及度、サリエリ自身の作品に歌劇以外のものが極端に少ないことを考慮すると、やむを得ないのかな、とは思います。

前にも記したことがあったかも知れませんが、ウィーン宮廷で活躍中は栄光に輝いていたにも関わらず、妻にも先立たれて寂しい晩年を送り、モーツァルト暗殺というありえない嫌疑をかけられたままでヒッソリと息を引き取り、さらに死後はプーシキンの戯曲で「モーツァルト毒殺者」としてのレッテルを完全に貼られてしまい、20世紀後半にはそのイメージを映画『アマデウス』(映画中では毒殺はしませんでしたが)で世界的に広められてしまった・・・サリエリとは、そんな、気の毒な人物です。

ですが、生前の彼は貧しい育ちから宮廷に拾い上げてもらった恩義をずっと忘れずにいたと思われ、貧乏な弟子からはレッスン代を取らずに、それでも懇切丁寧な指導をし、若い後輩達から非常な尊敬を受けていましたし、かつ、サリエリが「毒殺」したと言われることになった当のモーツァルトとの関係では母コンスタンツェの、おそらくはその将来を保証してもらえるため、等の多大な期待を背負って、其の子息がサリエリの弟子となっていたのでした。モーツァルトジュニアは、作曲家としては成功しませんでしたが、ピアニストとしては大成し、彼の弾く父の「ピアノ協奏曲ニ短調」は相当な評判を勝ち得ていたようです(海老澤敏『超越の響き』に記載があったと思います)。

有名な弟子は、ベートーヴェンを初め、当時のウィーンを荷うことになる優秀な音楽家達が名前を連ねています。サリエリは、そんな弟子達の催す慈善演奏会で、コンサートの性質上、さほどの収入は期待できなかったであろうにも関わらず、しばしば出演を依頼され、引き受けていたようです。ベートーヴェンの第7・第8交響曲初演時の演奏に副指揮者として加わっていた、というエピソードが、最も有名でしょうね。
あるいは、多くの慈善演奏会で、ハイドンやベートーヴェンののオラトリオの指揮をしたりもしていました。

そんななかで、シューベルトは、「謝礼を免除されて」サリエリの弟子の一員に加わっていたのでした。

このことも、前に記したことと重複するかも知れませんが、ラ・フォル・ジュルネ・ジャパンのプログラムに取り入れられなかったのが惜しく思われますので、正式に(というほどのものではありませんが)ご紹介しておきたい作品があります。

まだサリエリにモーツァルト暗殺嫌疑の噂が立つ以前、1816年に、サリエリのウィ−ン生活50年を祝う会が、大々的に催されました。
シューベルトは、この会にあたって、サリエリに捧げる祝典カンタータを作っています。
この歌の詞は、サリエリの人徳を称えてやまないものなのですが、決して「おべっか」だとは感じられません。歌詞の内容にふさわしいだけの人的・社会的貢献を、サリエリが積んできたことは、上に記した彼の活動の大雑把な輪郭だけでも、よくご理解いただけるのではないかと思います。

以下、このとき作られたシューベルトのカンタータの詞を、水谷彰良著『サリエーリ』に引用されている、實吉晴夫氏の訳でご紹介します。

<サリエリ氏の50年祝賀に寄せて>(D407)
やさしい人よ、よい人よ!
賢い人よ、偉大な人よ!
私に涙のあるかぎり、
そして芸術に浴みするかぎり、
あなたに二つとも捧げよう、
あなたは二つをこの私に恵んでくれたその人だから。
善意と知恵があなたから、
噴水のように奔る、
あなたは優しい神の似姿!
地に降りたった天使のような、
あなたの御恩は忘れません。
私たちすべての偉大な父よ、どうかいつまでもお元気で!

カンタータそのものも、お聴きになってみて下さい。


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