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2008年4月18日 (金)

自分の音をまるで見えるように

「自分の音を、まるで見えるように聴いてなくちゃいけないよ」

若き日のアルド・チッコリーニが、エリザベス・シュヴァルツコップからアドヴァイスされた言葉です。



今晩、娘のトロンボーンのレッスンにつきあって、待っているあいだに、そのあたりにある本を読んでいました。
いつものことです。

この間はバドゥラ=スコダの「バッハ 演奏法と解釈」、併せてメシアン夫妻共著(実際は日本語訳者による編著)の「メシアンによるラヴェル楽曲分析」という大きなメッケものをしたのですが、今日読んだこの本もメッケものでした。・・・ただし、今日は財布の関係で購入しませんで、レッスン場の外にあるテーブルに、印象に残った箇所をこっそり書き抜いてきました!(出版社の敵!)

・「アルド・チッコリーニ わが人生」(全音楽譜出版社)

Bookアルド・チッコリーニ わが人生 ピアノ演奏の秘密


著者:パスカル・ル・コール

販売元:全音楽譜出版社
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が、その本です。

チッコリーニは、知る人ぞ知る、フランスピアノ音楽作品の演奏の大家です。
イタリア人でありながらなぜ、フランスに移住し、フランスに自分の音楽人生を掛けたのかは、本文に手短ながら充分に記されている通りです。彼の経歴にご興味のある方には、この部分は単に自伝の要素を超えて、チッコリーニの音楽観がいかに形成されたかを知る上で非常に意味深いものですから、是非お手にとってみて下さい。

この本でチッコリーニが語っている中で、意義深く思われたのは、冒頭に記した、彼がシュヴァルツコップからもらった言葉の他には、(内容的に身近なものから、ということで並べ替えてみますと)以下の3つです。

「ミスなく音を弾かなければならない、という正確を求める強制は、しばしばミスタッチに対する恐怖を引き起こします。(中略)しかしながら、はじめにミスタッチを避けようとすることだけ専念する音楽家は、どこか間違っています。」(p.66)

彼は初めフランス国籍を持っていませんでしたので、それを惜しんだ当時のフランスの文相の援助でフランス国籍を獲得し、コンセルバトワールで教鞭をとることになります。初めて教鞭をとりに出向いた時に、彼が口にしたのは、次のようなことだった由。
「私はあなた方に(注:ピアノの弾き方を)教えにやっては来ません。あなた方に、まず音楽を愛することを教えに来たのです。」(p.64)
この発言には、彼が幼い日から経て来た、自身の演奏体験・・・ピアノを愛すること、音楽を愛することを熱望し、謙虚にそれらに取り組み続け、1937年に父を亡くした直後から始まった第2次世界大戦で公的な演奏の場所を失い、カフェバーで「お客に無視されながら」弾き続けてお金を稼ぎ家族を養いつつも、そこで彼の音楽への愛を素直に感じ取ってくれたお客に出会った思い出など・・・が、深く刻み込まれています。また、作曲までを学びながら、なぜ作曲家への道を、ではなくピアニストの道を選んだかについての謙虚な言及が本書の前半部にありますが、それとこの言葉を照らし合わせると、「音楽を愛すること」を深く考えたときに<あなたならどうしますか?>という問いかけが、こちらにかえってくるのを、強く感じます。・・・Mさんに読んで欲しい!

そんな彼の、今の世の中に対する観察は、次のようなものです。
「・・・今日では、もうその事情(注:第2次大戦前にはフランスに残っていた、芸術諸分野の連携による創造力の豊かさが達成されやすい状況)にないことを、私は嘆きます。アーティスト達は、それぞれが自分の領域で仕事をし、あたかも運動選手がスポーツ競争に立ち向かうように自分のキャリアに取り組んでいます。我々の時代に、芸術の水準はこんなにも低下してしまいました。シュワルツコップやティボー、コルトー、ミトロプーロスのような筋金入りの音楽家を見つけることがより難しくなった理由は、この芸術家の孤独が原因だと私は見ています。」(p.62)

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コメント

「芸術家の孤独」という表現が印象的です。

いつのまにか音楽の聞き手、つまり音楽を愛し、演奏者と演奏を通じて作曲家についてコミュニケーションを図りたいと願っている愛好家が、「聴衆」となり、マーケティングの対象の「マス」となっているのかもしれませんね。

いや、なっている、というより、音楽が「産業」になり、音楽を聞くという人格的な経験が、無人格的な「市場」での金銭との交換の対象となってしまったのかもしれません。

そうなると芸術家も孤独にならざるを得ません。なんせ彼/彼女が面しているのは無人格な存在なのですから。

一人一人が人格的に、個性的に、一つの場に集い、それぞれがそれぞれに音楽を愛するコンサートというものを大切にしたいものですね。

わかりにくい文章でごめんなさい。

投稿: イワン | 2008年4月19日 (土) 18時16分

>音楽が「産業」になり、音楽を聞くという人格的な経験が、無人格的な「市場」での金銭との交換の対象となってしまったのかもしれません。

このことについて、演じている当人達が無自覚でいられる、というのが、音楽にとって最大の問題なのではないかと思っております。
音楽関係の著作物でも、「自問の姿勢」をもって読者に問いかけると言うことがなくなってきているように感じます。
「孤独」が、それ自体で完結してしまっていて、社会の輪から外に出てしまい、海の上の島になっているんですけど、その自覚がないんですよね。
肉声<肉体を媒介とする必要のないメディアがあるから、それで印税なんかが入ってくるだけで社会との距離感を感じないで済むようになってしまって、「孤独者」たちは、自分たちが遠くの島にいることに気付かない。

投稿: ken | 2008年4月20日 (日) 09時19分

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