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2008年4月 1日 (火)

「芸能化」する日本のクラシック音楽享受

3月決算の会社が多い日本ですが、私の職場も同様です。
で、今日明日は、昨日までの業績をまとめるのに大わらわの方が多いかと存じます。

仕事柄、私も今日からバタバタ、すべきでありました・・・が、体調を崩し、電話で「せめて午後出社します」と言ったのですが、私の具合や家庭のことをよくご存知の上司が
「今日無理してあとで崩れるより、じっくり休んで明日からに備えなさい」
と言ってくれました。
ホンネは少々悔しくはありましたが、休みました。・・・こういうふうに遇して貰えるのは、ですが、世間一般から見れば、かなりの幸いです。有り難くも、申し訳なくも思います。

ところで、「休む」ということになると、今は学校が春休み。つまりは、子供たちも家にいる。
・・・これがまた、実は私にとっても子供たちにとっても「災難」なのです(なんていうとバチがあたるのですが)。
そうでなくても日常野放しで寝たい放題昼間で寝ているガキどもの前で、オヤジがひっくり返って寝ていると、ますます示しがつかない。
さすがに、10時には
「こら、いい加減にしろ!」
雷をおとしました。ガキどもは慌てて布団から跳ね上がり、朝飯。
「春休みだからって、サボってていいのか!」
今度高校に入る娘は、渋々、私が与えている中学数学の復習問題集に取りかかり、息子は息子で定期的にとっている講座の勉強をはじめる(うちは家内も塾へは行かせない方針でしたし、私もそれを受け継ぐつもりでいます・・・大丈夫かなあ)。

で、遅くなってから昼飯。
これが、たいしたもんを食べるわけではないのですが、私の調子が悪くて調理をしませんから、外食になってしまう。高くつく。
飯代だけならまだいいのですが、今日は二人の子供それぞれに、お気に入りのDVDを買ってやる羽目になり(本当は、外へ出たついでだから、というので私のアマチュアオーケストラが次回の演奏会でやる曲のCDを探しに行ったのですが・・・お金はDVDに吸い取られてしまったので断念しました)、心も懐も寂しくなりました。



買えなくなったCDを眺めつつ、店の別の棚に目をやって、
「そうか、そんなものなのか。。。」
と、あらためて思わされたことがありました。
標題に記した通り、日本での「クラシック音楽」の楽しまれかたが、「芸能化」している、ということです。

数年前まではほとんど考えられなかったことですが、いまでは、とくに「のだめ」の登場で、まず、「クラシック」のCDがコミック(他には「ピアノの森」がありますね)登場曲や、甲子園の入場曲などを集めたり、いちおうクラシックの演奏家とされる人たちが「千の風・・・」などの話題曲を演奏したものを集めたりした企画ものが、ローカルな土地の、中規模なお店では、「クラシック」の棚の3分の1以上、2分のⅠ近くを占めるようになっています(これはネット上の販売ベストを観察した時にも伺われたことです)。
この「クラシック」の2分の1近くの棚の中に、3種類に区分されるCDがありまして、それは
・「クラシックタレント」もの
・「音楽療法」もの
・入門用と称するもの
とでも区切ったら宜しいかと思います。

最初のものは本田美奈子さんが亡くなってから幅が広がってきて、しかも、アイドルであることに反発してロックへ走った後、ミュージカルにも目覚めた、と試行錯誤を続けた本田さんとは違い、最初から「クラシックタレント」としか呼びようのない登場の仕方をした人たちがたくさんいます。宮本笑里ちゃんなんかも、そんな中に入ってしまったわけで、美人だったり可愛かったりする女性が圧倒的に多く、J-POPと呼ばれているものと、まず見かけはそんなに変わりません。但し、肝心の音楽の実力となると、もしかしたら「美人かどうか」を問題にしないJ-POPのほうが、高いかもしれません。
・・・まあ、これはこれくらいで、深入りは止しましょう。私も美人は好きですので、グタグタ言って美人さんに嫌われるのは、寂しいですから。(あとで、Tower RecordのサイトにJ-Classicなるジャンルが誕生しているのを知りました!)

「音楽療法」もの、は、まあ、クラシックで「癒される」のだったら結構なことで・・・ただそれにしては演奏の内容が厳選されているわけではないので、本音を言えば「笑止!」だと思っています。・・・などと言っていると、家に火をつけられて「焼死」しないとも限りませんから、これもこれだけにしておきます、ハイ。失礼しました。



「入門用」というので、しかし、どうしてもクレームをつけたくて仕方がない人がひとり、います。
ご自身で名乗られている別称を省略して、このかたをBI氏、とお呼びしておきます。

私、実は、以前からBI氏には、あまり好感を持っていませんので、そんな主観も混じっているかもしれません。テレビに出てくるとハイトーンで喋りまくるし、それが面白いから、とファンになる方も少なくないのですが、歴史や理論の話でも、勢いに任せて「ウソ」の領域にまで話が脱線しますから、ファンになってしまう人の気が知れません。ただ、優秀な作曲家ではいらっしゃるし、楽譜の校訂でも、モーツァルトの「音楽のさいころ」(全音から出版)などはモーツァルト当時に楽しまれた通りに今の人にも楽しんでもらおう、という、これは文句の付けようのないいいお仕事もなさっています。

CDは、しかし、いただけませんでした。
いまどき
「サルでも分かるクラシック」
的なタイトル付けでCDをお出しになったのはご愛嬌だとしても、サルでも分かる音楽なら、聴かんでもいいわい、と腹が立ってしまいます。それが「クラシック」なら、なおさらです。これが仮に
「サルでも分かるジャズ」だって、ロックだって演歌だって、失礼なタイトルです。
まあ、それでも我慢できたとしましょう。
「これだけ!西洋音楽史!!」
なんてのもあるとなると・・・もう、いい加減にしてくれ、と叫びたくなります。
これらを今日、店頭で目にしたときは、ビックリ仰天すると同時に、たいそう腹が立ってしまいました。



「芸術」という言葉は、もともとあまり好ましいとは思っていないのですが、それはこの言葉を使う日本人たちに尊大なイメージの人が多かったことから来る嫌悪でして、語彙としての「芸術」は、それによって示される、芸事の「技術」の大切さを良く示したものであり、Artの訳語としては適切なものだと考えます。
この言葉で括られているものには、人間が「芸事」に熟達し、「芸事」を昇華させて行く精神が、深く込められていることを、私たちは認識しておくべきです。

その一方で、「芸能」と言う言葉があります。これは中国でも、平安期頃までの日本でも、元来は「芸事をする能力」を表す言葉だったことが(たとえば平安期の日本では「武士」も「芸能人」でした)明らかになっていますが、現在日本人が使っているような、エンターティメントそのものを含む「芸」を指す用法に対応する外国語はないそうです。(姫野翠「芸能の人類学」春秋社1989、<はじめに>、を参照)

姫野さんによれば(前掲書242頁)、

そもそも芸能は、誰が演じるかによって、次の三通りがある。
(1) 誰でも皆参加するもの
(2) 普通の人の中で、技術を伝承する者が一時的に芸能の演者になるもの
(3) 職業的演者によって演じられるもの

「音楽療法」ものはさておき、新しく誕生して来た「J-Classic」なるものが<芸能>なら、それが誕生してきたのも自然な成り行きですし、受け入れる層がいる限り、存在価値を否定する謂れはありません。

しかし、
「サルでも分かるクラシック」
というのは・・・これは一体なんなのでしょう? どういうおつもりか?
クラシックが芸能だとしても、かつ「クラシック」の中に「J-Classic」を入れてしまっても、それはなお、「能力」を持つ人の手で担われている、というのが(例外じゃないか、と思えるような品もあるにはありますが)本来の姿です。
それを「サルでも分かる」と称すること自体が、既に、其の背景にあるはずの「能力」も、さらには「技術」をも、否定し去っている。
ましてや、長い時間を経て築き上げられて来た音楽の歴史を、たとえ西洋のものに限っているとはいえ、「これだけ!」と言い切れる精神構造は、いったいどんなものなのか?
BI氏の人格を疑わずにはいられぬまま、腹の虫も治まらず、・・・これも原因で、勢いで子供の好きなDVDに手を出してやってしまい、気付いたら時既に遅く、懐がまた寒風が吹くようになった、今日の私でありました。

・・・つまらぬことで、短気を起こしても、何にもいいことありません。
昔からいわれていることは真実でした。
「短気は損気。」



ただ、「クラシック音楽」そのものに戻りますと、それが「芸術」として受けとめられていた時代は、もしかしたら日本では過ぎ去りつつあるのかもしれません。
現代「クラシック」作曲家の新作が売れることがあまり少ない時に、「J-Classic」が、「クラシック」的なものを「芸能」として呈示し、現代作品の果たすべきだった役割を私たちから忘れ去らせ、「クラシック」の享受のさせかたを変え始めている、という事実は、もっと明確に、私たちに認識されなければならないことのように思えてなりません。

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