« 4月20日弦分奏記録 | トップページ | 「ありのまま」と「美化」 »

2008年4月21日 (月)

モーツァルト:新機軸!(ピアノ協奏曲<ジェナミ>K.271)

ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。



本当は「エジプトの王タモス」から始めたのかったのですが、関連資料を見ても作曲事情などが錯綜していてまとめきれませんでしたので、先送りします。

じつは、この「エジプトの王タモス」じたいは1773年から79年にかけて作られたものなのですが(改めて触れることになると思います)、コンラートの作品表でも、西川「モーツァルト」の作品表でも幕間音楽は「1777年頃?」と記されたままです。筆跡鑑定では幕間音楽は既に「1779年作でほぼ間違いない」とされているとのことなのですが(これは西川氏のまとめた作品表に注記してあります)、77年という年代がなぜ作品表上完全に否定されていないのか、という経緯については分かりません。

で、この「エジプトの王タモス」幕間音楽には、2つの素晴らしい短調作品が含まれているのです。
その旨を中心に記したかったのですが、これらの短調作品が劇中のどんな場面で演奏されたのか、が非常に重要なことだと思われるにも関わらず、音楽だけについて捉えた説明では、劇との関連性にまで言及しているものは見当たりませんでした(もっとも、日本語文献をあたりきっておりませんし、劇の台本はNMAに載っているものの、私の読解力不足でまだ読み切れておりません・・・お恥ずかしい限りです)。

そこで、「タモス」については先延べすることにしました。

先延べしてもいいだけの、素晴らしい短調作品が77年1月にザルツブルクで作曲されていますから、そちらから記事にしてもバチはあたるまい、と思ったためでもあります。

その短調作品、「単独の」短調作品ではなく、ピアノ協奏曲第9番(K.271)の第2楽章です。
ハ短調の、三部形式の音楽ですが、調性といい、拍子(4分の3拍子)といい、1779年(もしくは80年)の、有名な「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 K.364」第2楽章を先取りしています。

実際にどれだけ深い味わいをもっているかにご興味がある場合は、実演なり録音なりで確かめて頂くしかありませんが、モーツァルトのピアノ協奏曲としては初期後半に属するこの作品は、作曲された時期の割には演奏される機会も多いので、耳にしやすいと思います。最後にCD(DVD)の例をリンクしますので、是非一度お聴きになってみて下さい。

さて、この協奏曲、長い間、愛称を「ジュノーム(ジュノム)」と呼ばれていました。初演した女性ピアニストがそういう名前だと伝えられてきたからです。
ですが、2003年、実像の分からなかったこのピアニストについて、ローレンツと言う人によって素性が明らかになったのだそうです(西川「モーツァルト」238頁)。西川氏の記述から引用させて頂きます。

彼女は高名な舞踏家ノヴェールの娘で、正しい名はルイーズ・ヴィクトワール・ジュナミ(Louise Victoire Jemamy)であるという。ヴィクトワールはノヴェールの末子として1749年1月にストラスブールに生まれ、父がヴィーン宮廷に雇われたのにともない、1767年夏にヴィーンに移住。翌1768年9月に富裕な商人のジョーゼフ・ジェナミと結婚し、1812年9月に63歳で亡くなっている。モーツァルトは遅くとも1773年の第3回ヴィーン旅行のときに、ノヴェール父娘と知り合い、ヴィクトワールのクラヴィーア演奏を聴いたと推測されている。当時の新聞記事によるとヴィクトワールの演奏はかなり優れたものだったらしいが、彼女がプロの演奏化だったかどうかは分かっていない。ヴィクトワールは76年末か、77年初頭に、ヴィーンからパリに向かう途中でザルツブルクに立ち寄り、変ホ長調協奏曲(注:今回採り上げるピアノ協奏曲第9番)を受け取ったと考えられる。モーツァルトは1778年のパリ滞在中にヴィクトワールと再会し、父のノヴェールの依頼で<『レ・プチ・リアン』のためのバレエ音楽>(K.Anh10/299b)を作曲している。

以上の記述からすると、演奏者とモーツァルトの縁は浅からぬものがあったようです。
浅からぬ縁をかたちづくった大きな要素となったのが、この「ジュノム」と呼ばれてきた<ジェナミ>協奏曲の、すぐれた出来映えであったのではないでしょうか?

味わい深いハ短調の中間楽章をもつ、というだけでなく、この協奏曲には、従来のピアノ協奏曲にはなかった新機軸が取り入れられてもいます。
それは、オーケストラが冒頭1小節を慣らしたすぐあとに、早くもピアノの独奏が登場する、という<創り>です。・・・こうした創りは、(知られている限りでは)そののちベートーヴェンがピアノ協奏曲第4番で冒頭からピアノ独奏で曲を開始する、というアイディアを取り入れるまで、最も斬新、かつ誰にも真似されなかった創意でした。
さらに面白いのは、ソナタ形式である第1楽章の中で、冒頭ではオーケストラの1小節とピアノの2小節、という関係だったのが、ときにはピアノ1小節でオーケストラ2小節、そしてまたときには冒頭と同じ順番、と言う具合に入れ替わることで、聴衆の耳を巧みに引きつけることです。
ドー・どみそそそ、という分かりやすい動機なので、
「最初に聴いたあのメロディだ!」
ということが聴き手に鮮烈に印象づけられるため、ピアノとオーケストラの入れ替わりが気軽に、存分に楽しめるというわけです。

もうひとつの新機軸は、終楽章に含まれます。
終楽章は急速なテンポをもつロンド形式で、このテーマもピアノのパート上は8分音符の羅列であるにも関わらず(ドソミソドソレシ)、「ドーーーレシ」とメロディックに聞こえるという、主要主題の書法自体も非常に巧妙なものであり、それだけでも興味深いのですが、後半部に差し掛かったところで突然、優雅なメヌエットが挿入されるのです。・・・これは2年前のヴァイオリン協奏曲第5番(トルコ風、K.215)の終楽章の趣向を逆転しただけ、のようにも見えます。が、内容としては「トルコ風」の方は完全に三部形式の中間部に別の形式を差し挟んだのが明らかで、一般的な作曲ルールを逸脱していませんでした。「ジェナミ」の方でのメヌエットの現れかたは、「トルコ風」とは違い、ロンド形式の中で<唐突に>現れるので、聴衆を一瞬戸惑わせます。困った顔の聴衆を横目で見て、演奏者がにやりと笑う・・・そんなイジワルなニュアンスを持っています。

モーツァルトは、このK.271を含め、第6番K.238、第8番「リュツオウ」K.246の3曲を、パリで出版する意図を持っていました(1778年9月11日の父宛書簡、ベーレンライターの書簡全集第2巻、書簡No.487、136〜137行参照)。しかしながら、この試みは失敗します。何故か?
アルフレート・アインシュタインによりますと、
「買い手はおそらく他の二つのコンチェルトならば喜んだであろうが、この最後のもの(=<ジェナミ>)を拒絶したにちがいないからである。モーツァルトの創作のなかで、これは孤立したものであると同時に、人を驚愕させるものである」
からだ、とのことですが、上で観察したような第1楽章冒頭部や終楽章のメヌエットの登場の仕方を考えますと、アインシュタインの記述は卓見であるといっていいでしょう。

作品の構成は、以下のとおり。

第1楽章:Allegro,4/4(308小節)
 *オーケストラ呈示部=1〜63
 *ソロ呈示部=64〜134
 *展開部=135〜195
 *再現部=196〜281(ここでピアノとオーケストラの逆転が見られます)
 *コーダ=282〜308(カデンツァは2種類残されています)

第2楽章:Andantino,3/4(ハ短調)3部形式

第3楽章:Rondeau Presto 467小節
 *233小節から303小節までがメヌエットになっています。
 *カデンツァも、長大なものが149小節と303小節、と、2度挟まれます。
 *さらに、232小節に小さなカデンツァが挟まれています。
すなわち、終楽章のロンドは、メヌエットの前後をカデンツァで区切る、という点で独自性を出しているわけです。

総譜はNMAでは第15分冊に含まれています。

CDは、こちらで「ジュノム」で検索されることもお勧めします!
http://look4wieck.com/asearch.php

自分でいちばん聴いてみたいのは、ラヴェルの弟子だったペルルミュテールの演奏したこちらにリンクしたCDですが・・・今はゆとりがありません。
ペルルミュテールは、最近では忘れ去られそうになっていますが、もっと知られてよいピアニストです。ラヴェルの演奏はもちろんですが、ショパンはこの人の録音で初めて聴いて以来、他にそれを超える演奏を聴いたことがない気がします。



モーツァルト: ピアノ協奏曲第9番 ジュノームMusicモーツァルト: ピアノ協奏曲第9番 ジュノーム


アーティスト:ブレンデル(アルフレッド)

販売元:ユニバーサル ミュージック クラシック

発売日:2002/03/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番&第23番Musicモーツァルト:ピアノ協奏曲第9番&第23番


アーティスト:ハスキル(クララ)

販売元:ユニバーサル ミュージック クラシック

発売日:2007/01/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する

旅路のモーツァルト・ピアノ協奏曲集 3DVD旅路のモーツァルト・ピアノ協奏曲集 3


販売元:ジェネオン エンタテインメント

発売日:2006/12/06
Amazon.co.jpで詳細を確認する

作曲家 人と作品 モーツァルト (作曲家 人と作品)Book作曲家 人と作品 モーツァルト (作曲家 人と作品)


著者:西川 尚生

販売元:音楽之友社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

|

« 4月20日弦分奏記録 | トップページ | 「ありのまま」と「美化」 »

コメント

ですかぁ。ブログに「エジプトの王タモス」のコメントをもらったのでたぶんと思っていたのですが、残念。でもジュノムも同じように第二楽章に魅了されている一人として嬉しいです。終楽章の解説 感心させられました。こちらは、今後ハ短調つながりでいこうかと思っていたのですが、また先にやられてしまいました。作戦変更です。

投稿: ランスロット | 2008年4月23日 (水) 12時18分

リンクありがとうございます。

実は、わたくし、、、ブレンデルの新しいマッケラスとのピアノ協奏曲は聴いてないのです。一枚一枚高いので、セットで安価になるまでまとうかな・・・という下心で。。。

マリナーとの録音も大変評判高かったのですが、もし、kenさんが両方聴かれていらっしゃったら、どんな感じでしょう?(過去記事で言及されていたら、ごめんなさい!)

投稿: sergejo | 2008年4月23日 (水) 19時38分

ランスロットさん、
・・・なんですぅ。。。
でも、ハ短調繋がり、せっかくお考えだったのなら、いいじゃないですか!素敵ですよ!

sergejoさん
アフィリしたのは、「実はこれなら大丈夫だろう」って、勘で適当に選んだものばかりなので、実は聴いていません。看板に偽りあり、でした。ゴメンナサイ。
ただ、マリナーはオケの管と弦のピッチがずれていても平気なことが割合多くて私としては信用していない演奏家でもあります(いい演奏は、マリナーが、じゃなくて、アカデミーの連中が優秀なおかげなんじゃないか、ってまで思っています)。それにくらべるとマッケラスは定評があるし、何を聴いたか具体的に覚えてもいないくせに、聴いたかぎりで悪かったものはないので、よりいいのではないかな、と・・・繰り返しますが、あくまで勘です。。。

投稿: ken | 2008年4月23日 (水) 20時54分

>マリナーはオケの管と弦のピッチがずれていても平気なことが割合多くて

そうだったんですか・・・!
自分で聴いてどこまで気づけるか不安になってきました。

たしかにブレンデルとの録音も、「ピアノはいい」と限定付ける声もよくあります、うん。

投稿: sergejo | 2008年4月24日 (木) 19時46分

この曲にまつわる話ほど、
「優秀な演奏家は作曲家に傑作を書かせる」
ということを痛感させるものはないですね。
モーツァルトでは他にクラリネットのシュタードラーとの関係が特に有名ですが、
彼のために書かれた五重奏曲や協奏曲はあの時期のモーツァルトなら
こういう曲も書いただろうと思わせるのに対し、この「ジュナミ」は直前の6番や8番からは
想像もつかない飛躍ぶりでほんとに驚かされます。
個人的にはベートーヴェンの交響曲第2番から「エロイカ」への飛躍に匹敵するものだと思います。

僕のお気に入りは
シュタイアーとコンチェルト・ケルンの演奏です。
一般向きではないかも、ですが。

投稿: Bunchou | 2008年7月20日 (日) 12時33分

Bunchouさん、

>「優秀な演奏家は作曲家に傑作を書かせる」

言い得て妙、です。何も付け加えることができません!

Bunchouさんのお耳は信用しているから、シュタイアーはぜひ聞いてみたいな!

投稿: ken | 2008年7月20日 (日) 23時02分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/95716/20452590

この記事へのトラックバック一覧です: モーツァルト:新機軸!(ピアノ協奏曲<ジェナミ>K.271):

« 4月20日弦分奏記録 | トップページ | 「ありのまま」と「美化」 »