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2008年4月17日 (木)

曲解音楽史:33)マルコの帰路に沿って-4(東アフリカ)

前の回:1)音という手段 2)リズムの成立 3)音程から音階へ
    4)言葉と音楽  5)トランス 6)古代メソポタミア
    7)古代エジプト 8)古代インド  9)古代中国 10)古代ギリシア
    11)古代ローマ 12)初期キリスト教の聖歌について
    13)ササン朝ペルシャ  14)西暦5,6世紀ユーラシア音楽横断
    15)中世前半の西ユーラシア  16)唐朝と朝鮮・日本 17)「声明」の伝来
    18)モンゴルと中央アジア北方 19)「十字軍時代」の西ユーラシア
    20)日本固有(?)の古歌 21)グレゴリオ聖歌
    22)平曲と能楽:付)発声法について 23)アンブロジアン聖歌・ローマ聖歌
    24)西ヨーロッパ中世 25)ジョングルール 26)十字軍時代前後のイスラーム
    27)ペルシア伝統音楽〜中世からの遺伝子 28)インド中世 29)宋・元時代の「中国」
    30)日本の「オラショ」 31)ヴェトナム伝統音楽 32)インドネシア



東南アジアを通過したマルコ・ポーロは、セイロン(スリランカ)を経由し、南インドから西インドに寄港しつつ、ホラズムに至ります。
マルコが「東方見聞録」に豊富に記事を綴っているスリランカに関しては、当時の文化は「東方見聞録」と「ムガル帝国誌」の照合で何とはなしに妥当性の度合いを測れますが、音楽についての記述はなく、現在の民族音楽の音源についても、私の現状やショップでも入手が困難であり、残念ながら、その独自性を実際に推測することは出来ませんでした。
南から西インドにかけては、インドの中世そのものについて以前ちょっとした考察をしました。また、ホラズムの所在するイラン(ペルシア)音楽についても同様です。
したがって、スリランカからペルシアにかけては、省略します。

「東方見聞録」から窺えるのは、当時の商人たちの地理的知識が思いのほか広範囲について把握していたものだった、ということで、マルコの記述中には、北はシベリア、ロシア、北欧方面に至るものまでが含まれています。ただし、それぞれが相当に荒唐無稽な内容であることからすると、実際に足を踏み入れたアラブ人・西欧人の数は、かなり限られてはいたのでしょう。

マルコの帰路は、13世紀のインド洋貿易のルートに乗ったもので、その主導権を握っていたのはイスラム文化圏の人々でした。
そこから分かる面白い事実は、イスラム圏の人々によるインド洋貿易は、東アフリカまでを包括していた、という点です。
その影響で、マルコは、ザンジバル(現タンザニア領の諸島)やマダガスカル島をも「インド」に含めています。
当時の地図のうち、イブン・ハルドゥーンによるもの(を分かりやすく地名比定して訳者が作成したもの)を岩波文庫『歴史序説』(第1巻巻頭)から掲載しておきます。見づらいですが、13〜14世紀にイスラム圏の人々が把握していた地理上の知識が集約されていて非常に興味深いものがありますので、地図上の番号と、それに対応する地名を、どうぞじっくりご覧になってみて下さい。(クリックすると拡大します。)

World


この地図から分かるのは、広範な活動をしたいスラム商人たちでも、このころにはまだ、南アフリカ(赤道以南)については「熱暑で人が住めない」と思い込んでおり、したがって、その方面の知識は持ち合わせていなかったことです。
また、インドや東南アジアの形状、中国との分離具合についても、把握がされていません。これは、中央アジアからチベットにかけての「陸路」とインド洋側の諸国を遮る峻険な地形(砂漠やヒマラヤ山系など、およびヴェトナム・チベット・中国を分け隔てる高原)の存在により、ユーラシアの大陸北部と南部の関係も、東西の関係も、地理的視点からの融合がなしえなかったためではないか、と推測しております。

インド洋沿岸部の正確な地形は、ヴァスコ・ダ・ガマのインド洋遠征でも把握されえず、それからさらに半世紀を経て、ポルトガル人によって測量されたことから、ようやく明確になったのでした(『世界地図の誕生』参照)。

そうしたことはさておいて、マルコの情報などをもとにヨーロッパ人がイスラム圏を介さない、すなわち、イスラム圏という1次・2次問屋に利益を持っていかれないで稼げる、直接的な「インド洋貿易」に乗り出すまでの間に、ヨーロッパ人でも把握していなかった広範な地理的知識に基づいて交易を進めていたイスラム商人の逞しさには、ただ目を見張る思いがします。

マルコは直接でかけていませんから、ザンジバルやマダガスカルについては伝聞による知識を語ったものと思われますが、これら東アフリカ地域も、インド洋貿易の中では香辛料の供給などに非常に重要な役割を果たしていたことを、私たちは念頭に置かなければならないでしょう。

アフリカは、かつてカルタゴが栄えたりエジプトやモロッコ王国が存続したり、さらにはイスラムが直接支配した北アフリカ方面を除き、中世でもまだ、他地域からはその歴史を垣間見るチャンスがない場所でした。それがなおかつ、いわゆる「大航海時代」・「帝国主義時代」を通じ、主にヨーロッパ人によって、この大陸のほぼ全土が植民地化されてしまったが為に、20世紀までには、アフリカ各国で独自にあまれていたはずの歴史記録は散逸してしまい、20世紀末期になってようやく、その再構築作業が少しずつ軌道に乗り始めたばかりだとのことです。
決して、他の大陸に劣る未開地だったわけではないのは、南アメリカや南太平洋諸国と同様です。

そうした次第で、中世に起源を求める出来るものではありませんが、マルコに縁があった場所のもの、ということで、今回はマダガスカルの音楽を1曲お聴き頂いておきましょう。


  「アフリカの音楽」ビクター VICG-41140所収

<COLEZO!>アフリカの音楽/オムニバス[CD]

この他、有名なピグミー族のポリフォニーや、おそらく由来が古いであろう西アフリカの仮面劇の音楽などもあるのですが、これらについては別に触れる機会を設けるべく、少し私も勉強を進めておこうと思います。

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