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2008年3月22日 (土)

聖金曜日でバッハの誕生日!

Curraghさんが昨日の記事にコメントを下さったので、NHK教育テレビでバッハの「ヨハネ受難曲」全曲演奏をやることを知りました。
これを綴り始めた時間(22:40頃)は、貴重な解説が終わりかけで・・・娘のレッスンで出掛けており、夕食をとって帰ってきたので、聞き逃した部分が残念です。
でも、なんとか本編には間に合いました。

・・・実は、現存するJ.S.バッハの2つの受難曲では、私は「マタイ」よりは「ヨハネ」が好きでして、先日Curraghさんのブログの記事に、その旨コメントさせて頂いておりましたので、非常に嬉しいニュースでした。・・・今始まりました。
初来日のオランダ・バッハ協会合唱団・管弦楽団(1922年以来活動を継続している団体だそうです、すごいですね!)で指揮はヨス・ファン・フェルトホーベンというかた。いわゆる「古楽」の団体です・・・ただし、フェルトホーベンさんも、多分アピールのために「古楽」という言葉をお使いなのでしょうが、「古楽」はもはや死語と言っていいでしょう。
この演奏で試みられているのは、現代の私たちが知りうる限りでの<バッハ当時の規模>で、<バッハ当時の演奏様式>で「ヨハネ受難曲」を響かせる、ということです。
で、冒頭を聴いただけで、この試みは、充分成功していると思います。
近代的な唱法では苛烈になりすぎやすいこの受難曲の冒頭部が、音型そのものに込められた静かな「悼み」の感情を良く表現しています。
ご覧になれなかったかたのために、また放映して欲しい・・・始まったばかりなのに、そう思っております(番組は0時40分までで終わってしまいます)。



「受難曲」はヨハネについては自分が伴奏に参加するチャンスが目前で頓挫したきりで、ナマで聴いたことがありません。
「ロ短調ミサ」は、ドイツ在住の知り合いが加わった、今日の放送よりも大きな規模の「古楽オーケストラと合唱」でナマを聴いています。

惜しいのは(これは日本ではやむを得ないのですが)、「教会」ではなく、「小さめのホール」での演奏であることでしょうか? 加えて、今、電波を通じてしか私は触れていない。

ブログをはじめてから、大バッハその人のことを綴るのは初めてです。
「ヨハネ受難曲」を巡って、私の手元で分かる限りのことを、少しだけ知ったかぶりさせて頂きましょう。



まず、標題を「聖金曜日でバッハの誕生日!」としましたから、そのことについて。


ヨハン・セバスティアン・バッハは、1685年3月21日にアイゼナハというところで生まれています。アイゼナハは、ワーグナーの「タンホイザー」の舞台として有名なヴァルトブルクの麓にある町です。父のアンブロジウスは、この町で1671年10月1日からオルガン奏者と宮廷楽団員を勤めており、奉職するとすぐに、アイゼナハで最も高く評価される音楽家となりました。
ヨハン・セバスティアンはその8番目の子供(末っ子)です。1番上の兄は1670年に生まれて7ヶ月で亡くなっており、2番目の姉(アンブロジウスの6番目の子)は1680年に生まれて、セバスティアンの生まれた翌年に6歳で亡くなっています。他に、3番目の兄、4番目の兄が、十代で亡くなっていますし、他の兄弟姉妹も、最も長い人で51歳で亡くなっており、結果として65歳で死んだセバスティアンがいちばん長命でした。・・・セバスティアンが10歳の時に父が死去し、セバスティアンは次兄のもとで音楽教育を受けたエピソードは有名ですね(セバスティアンの息子、クリスチャンも似た境遇で育ったのでした・・・)。以降のことも簡単な伝記類ですぐ分かりますから、ご存知の方も多いと思いますので、省略します。


聖金曜日については、ご存知かも知れませんが、イエスがゴルゴタの丘で磔刑に処せられたのを記念する日です。それゆえまた、毎日ミサを行うのが通例であるカトリック教会・修道院は、一年のうちでこの日だけはいっさいミサをあげないそうです。イエスが十字架にかけられたのは午後1時、息を引き取ったのは午後3時ということになっています。で、教会によっては、この時間帯に、飾りのいっさいない(ロウソクも灯されず、音楽も演奏されない)聖堂で黙想を続けるのだそうです。
聖金曜日は、イースターの前7日の「聖週間(受難週)」に含まれていて、それが何月何日になるかは年によって変わります。これは、西暦325年の「第1回ニケア公会議」の決定に基づくもので、イースターは「春分の次の満月後の最初の日曜日」とされたことによります。今年の春分の日は3月20日(西暦)で、満月は・・・たしか、今日だったっけ? いずれにしても、ですから23日の日曜日がイースターなので、遡って今日が聖金曜日、ということになるわけです。
ただし、これも現状では東方教会と西方教会で差があります。イースターを決める暦が、東方教会では古くからのユリウス暦であり、西方教会ではグレゴリウス暦であることがその理由で、それぞれで春分の日の決め方が違うのです。すなわち、それぞれの暦で言う「春分の日」は、実は天文学的な春分の日とは違っているのです。ユリウス暦の方が、現時点ではグレゴリウス暦と13日の差があるそうですし、日付は3月21日に固定している(「第1回ニケア公会議」を遵守している)ため、東方教会での春分の日は今年はグレゴリウス暦を元にした普通のカレンダーで言うと、4月4日(3月21日の13日後)になります。で、そのあとの満月は4月19日となりますから、東方教会の聖金曜日は、今年は4月17日なのです。・・・ややっこしい話で、スミマセン・・・何で謝らなくちゃならないか分からないけど。


さて、『ヨハネ受難曲』
曲の解説は、よしておきましょうね。お好きならCDの解説なんかでお分かりになりますし、解説なんて出来るほど曲そのものを私が知っているとは、とても言えませんので。リンクしたWikipediaの記事あたりをご覧頂ければよろしいでしょう。
おおまかなことだけ述べます。
初演は1724年4月7日(当然、聖金曜日でした)、場所はライプツィヒの聖ニクラウス教会。
バッハは当初、別の教会(聖トーマス教会)で初演すると思い込んでいたらしいのですが、これは次のような事情で変更されました。
ライプツィヒでの受難曲演奏は、少なくとも1721年以来、聖トーマス教会と聖ニクラウス教会で一年交代でなされていました。1721年にはクーナウの『マルコ受難曲』が聖トーマス教会で、翌1722年(クーナウはこの年に亡くなります)には同作品が聖ニクラウス教会で演奏され、1723年にはまた場所を聖トーマス教会に戻して演奏されていました。(クーナウのこの受難曲は断片的にしか残っていないそうですが、式典にふさわしい出来だとして市参事会の支持を受けるだけの高い質は伺われるとのことです)。バッハはおそらく、その辺の事情を何らかの理由で認識していなかったのでしょう。『受難曲』を担当するのが初めてだった、ということに起因することだったのかも知れません。とにかく、『ヨハネ受難曲』は、バッハにとっては『受難曲』デビュー作だったわけです。
なお、ヨハネ受難曲には翌25年に改変された版が残されており、再演されたことが明らかです。このあと再演されたと推定されているのは、1732年、1749年です。それぞれの年に、やはり改変版が存在する、というのが推定の根拠です。
『マタイ受難曲』は1727年の初演のあと、36年、42年の再演があった、と、こんにちでは考えられています。1731年作の『マルコ受難曲』は、残念ながら完全なかたちでは残っていません。音楽は1727年作のBWV198を転用した、と信ずるに足る資料があるので、復元が可能ではあるとのことです。学生時代、レコードで聴きましたけれど、印象に残っていません。バッハの「死亡記事」では、彼は5つの受難曲を作ったということになっていますが、現時点までの研究では、1曲については全く分からず、残る1曲は、もともと他人の作である「ルカ受難曲」にバッハが手を加えたものであろうと考えられています。)

なお、今日・・・あ、日付が変わって昨日になってしまった! シマッタ!・・・の小規模な演奏がなぜこの規模を選択したのかは、解説を聞き損ねたので分かりません。
史実としては、バッハは初演までに合唱人員、器楽演奏人員をできるだけ増やす工作をしていますが、当初市参事会が想定した人数がどれくらいで、バッハはそれをどの程度の人数まで拡大したかったのか、手元資料では確認出来ませんでした。
ですので、弦楽器(リュートを除く)が5、6名、という今回放映された演奏は、もしかしたら「切り詰め」過ぎなんじゃないだろうか、というのが、正直な感想です。

それでも、美しい演奏でした・・・って、綴り始めたときはまだ演奏を聴きながら、見ながらだったんですけれどね・・・もうすぐ終わっちゃう!

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コメント

> 惜しいのは(これは日本ではやむを得ないのですが)「教
> 会」ではなく、「小さめのホール」での演奏であることで
> しょうか? 

もしあのちんまりした編成の会場が、聖マリア大聖堂だったら…また受ける印象はがらりと変わったかもしれませんね。実演に接した方の感想をすこしばかり読みましたが、あそこのホールは席種によってはかなり聴きづらい――とくに20名くらいの小編成では――らしいです。

聖週間については、おっしゃるとおりです。東方教会と西方教会で――部外者から見ればどういうわけか――肝心かなめの「主の復活した日」の日取りがちがうというのは、たしかにややこしいことです。西方教会内で、分裂した片割れみたいに日取りが大きく異なるのはローマ教皇の沽券にかかわる(?)とばかりにウィットビーの…とこれはもうご存知ですね。ケルト教会派は、以後、ローマ式を採用する道を選びます(完全な移行にはまる1世紀かかりました)。

…というわけで、明日は西方教会で言うところのイースター。ウサギと卵が活躍する日です。

投稿: Curragh | 2008年3月22日 (土) 22時49分

・・・いえいえ、ちっとも「ご存知」までの域には達していません!
まだチャンと勉強を終わっていないので。
(間違っていなかったことが確認出来てホッとしています!)

ともあれ、ほんとうに、いい教会の聖堂で聴きたい響きでしたねえ。。。
きっと、全然違ったでしょうね。

投稿: ken | 2008年3月22日 (土) 23時14分

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