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2008年3月 7日 (金)

音源市場の中のクラシック

ベレゾフスキーさんの「つくばノバホール」でのコンサートは3月9日です。・・・ホンモノのピアノを聴きたい方は、是非!



ある方にご紹介頂いた「タイアップの歌謡史」(速水健朗著 洋泉社 新書y)は、音楽関係の本としては久しぶりに刺激的なものでした。
しかも、受ける「刺激」の質が、違いました。
それは、この本が「音楽のつくり」を扱ったものではないからです。(歌謡曲のつくりを丁寧にフォローしたものは小泉文夫氏の著作にあり、今も平凡社ライブラリーで手軽に読むことが出来ます。)
だからといって、「タイアップの歌謡史」は音楽の<内容>を語っていない本、というのでもありません。
著者に従って大括りに言ってしまうと、放送媒体(ラジオ・テレビ)登場後の「歌謡曲」が、どんな伝達媒体・伝達手段を通じて<流通>したか(放送に限らない)を丁寧に追いかけたレポートであり、論考になっています。
お読みになれば「そうだったのか!」とどなたにも頷いて頂ける内容ですし、私には上手に要約出来ません。税込819円ほどの本ですから、できましたらご自身の目で中身をお確かめ頂ければ、と思います。

タイアップの歌謡史 (新書y 167)Bookタイアップの歌謡史 (新書y 167)


著者:速水 健朗

販売元:洋泉社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

と言いつつ、「これが著者自身による要約だろう」と受けとめ得る発言は<終章>の最後の節でなされていて・・・この本はチャンと順番通りに読んだ私ですから(!)、
「そうか、この人の視野はここまで広がっていたわけだ」
と、大きく頷かされてしまいました。

引用します。

 中世のルネサンス期の音楽家たちを囲い、下支えしたのはメディチ家だった。音楽の父と呼ばれたバッハや天才モーツァルトは宮廷音楽家として作品を作り続けた。中世の音楽家たちは王族や貴族たちをパトロンにすることで、世に出ること、後世に作品を残すことを可能にしたのだ。それ以前の時代には音楽家たちのパトロンは教会だったと言われる。
 王族や貴族が中心の世の中から、民主主義や資本主義が中心となる現代へと移行し、音楽家たちのパトロンはマーケットであり広告業界となった。その両者をつなぐ架け橋として機能しているのがタイアップと言う仕組みなのだ。(中略)その時代にはその時代が生んだ音楽家が生まれ、その時代に即した仕組みがそれを下支えし、新しい音楽を作り出す。
 クラシック音楽の歴史を語るには、その時代に音楽が作り出された背景、つまり宮廷がスポンサーとなり、王族や貴族たちを対象にした演奏会や舞踏会のために音楽が必要とされたという事実を省くわけにはいかない。むしろ、そこにこそクラシックの本質があるのではないか?(後略)

「クラシック」の専門家さんから見れば「正確さ」には欠ける部分も目だつでしょう。
が、音楽の享受のされかたを、歴史を遡って辿ったとき、主旨としては、上の引用での言葉は、実に的を得ていると思います。



このブログは、たまたま結果的に、でもあり、かつはおのれの主観が抜けきれないままにではありますが、主に自分が最も長年親しんだクラシック音楽を軸として「西欧に地域限定しない音楽の歴史を探ってみたい」・「時代の端境期に花開いたモーツァルトという存在をフォローしてみることを通じて、時代と音楽の関係をもう少し身近に感じてみたい」という試行錯誤を常時念頭に置きつつ、その狭間に雑件をなるべく「自分の外の目から」考えてみたい、という思いで綴り続けています。
考えつつ、
「うーん、着眼点として何が足りないのだろうか」
という疑問は、常に抱いております。
そこへ、タイトルからだけですと本来は私の範疇外のようではありながら、実はそうではない本があって、足りない目の一つを与えてもらった、ということは、非常に有り難いことです、

「音源市場の中の」、と、タイトルに付しましたが、文化としての、という大きい輪の中に「ビジネスとしての」、あるいは「流通としての」音楽というものは、人の営みである以上、他のものと変わらずに存在するのでした。・・・そんなの当たり前、と言われれば当たり前なのですが、どっぷり「クラシック好き」にハマってしまうと、ともすれば「クラシック」作品を純粋な結晶としてだけ考え(「音楽と話す」カテゴリにまとめている記事は、そうしたものになるでしょう)、その歴史的意味付けは忘れないように、と用心したとしても(「曲解音楽史」カテゴリ)、「では、なぜ歴史として成立し得たのか」という根本のところ・・・まず「営み」ありきなのだ、というところを、実際にはやはり見落としていることになる。
これが「タイアップの歌謡史」を読んで、痛切に反省させられたことです。

などと言いながら、それでもかつ、私は「ビジネスとしての音楽」というのは極力避けて通りたい感情の持ち主でもあります。

そこを敢て踏ん張って、「ビジネスとしての音楽」というものを見つめなおす試みを、少しだけしてみようか、と、ちょっとした市場調査を試みてみました。
使った時間が少ないために、きちんと統計的な数字では出せませんが(評価するだけでも手間を取り過ぎ、今の生活環境では、残念ですが、そこまで出来ません)、まずは「クラシックCDの売れ筋」を傾向の違うサイトの代表的なもので比べ、大まかな傾向だけは掴んでみよう、というものです。
本当は、時代が時代ですから「ダウンロードされている音源の売れ筋」まで含めて観察したかったのですが、いちおうCDに限ったのは
・市場規模がポップ系に比べて小さいのは間違いないようだが、どのくらい違うのか把握出来なかった
・で、当然、普通のダウンロードベストテン、みたいなものは、ポップとは違い、調べられなかった
ということで、そこまでは諦めました。
また、急に思いついたことなので、「タイアップの歌謡史」の背景に著者が周到に用意したような、大量且つ適切な過去の蓄積も持ち合わせていません。

で、3月5日現在の、とある2サイト(おそらくマーケティング手法が正反対に近いほど違うと推測されるもの)の「ベスト100」までを観察した結果、目についた特徴を申し上げるに留まりますが、まずはこんなところでご容赦下さい、と、事前に申し上げておきます。

なお、ライヴ(ライヴ録音、ではなくて、ライヴそのもの。コンサート、と呼んでしまうと意味が狭まります。要は、お客の前で実演される、ということ)については、また他をあたっている最中でもありますし、後日別途考えてみたいと思っております。



まずは、「クラシック」CDの、音楽CD市場の中での規模を想定しておきましょう。
ただし、元の意図が大雑把ですから、この想定も、極めて大雑把な方法によります。
本当は、「web上での市場規模」で見なければいけないのですが、目に見える材料がないので、私が通う「数少ない」店舗で「クラシック」の棚がどれくらいの割合を占めているか、から推測します。DVD分を控除していません。というのは、最近ではCDとDVDが混在するのが当たり前になっているからです。概算ですが、
・新宿のタワーレコード〜4フロアの売り場のうちの、2分のⅠフロア=12.5%
・池袋のHMV〜全売り場のうちの、5分の1=単純だ、20%
・近所の新星堂〜棚8つのうちの、3分の2棚くらい=18.75%
・同じく近所のタワレコ〜棚7つのうちの、5分の3棚分くらい=8.57%
で、各店舗の面積比が分からないし、人の動きも分かりませんので、標準偏差だの何だのと言う難しいことは一切考えないことにすると、だいたい15%というのが、全音楽CD購入者に占めるクラシックCD購入者の割合、ということになります・・・強引。(でも、いい線いってる値のような気もする。)


以下、すごく大雑把ですが、<調査の方針と結果>(なんて言っちゃうと、随分大層に見えますねぇ!)
を記します。


マーケット規模の仮想
・音楽CD全体の15%程度と考えるのが妥当か?
・1ヶ月あたりの全CD売上枚数の15%〜?枚
・それぞれの「小売」手法により、違った傾向があるので、代表例をHMVとAMAZONのサイトに求めた。

CD全体の月間売上枚数のデータがないので、枚数予想は次のように(かなりいい加減に)見込もうかな、ともくろみました。しかし、これは以下の理由から断念しました。

※仮想モデルを次のようにしてみるとします。
・販売中のクラシックの年間総タイトル数=(少な過ぎかもしれないけれど)3000タイトル
(CD市場全体では月間20,000タイトルと想定したことになります。)
・年間クラシック購買人口=300万人(市場全体で2000万人・・・うーん、過小だなあ!)
・年間クラシック販売枚数=600万枚(市場全体で4千万枚として、ですね。これじゃあ市場が成り立たないかも・・・諸経費を差し引いて、利益【経常利益】で、いちばん楽観的に見て40億未満【30億は期待したいところですが】という市場だというモデルです。)
・年間最上位の販売枚数〜ポップ系が100万枚だとしたら、クラシックは15万枚がいいとこか。

※市場全体の1タイトルあたり平均売上枚数は、4000万枚÷2万タイトル=2000枚
※同じ方式でクラシックを出すと、同じになっちゃうんですよね。。。
 ですので、本来、これではモデルとしてあまりにいい加減だ、ということが判明します。
 でも、これで行っちゃってみる、と考えてみましょう。
 で、逓減率を一律ということにしてしまうと、
 トータル販売枚数600万枚、最高位の販売枚数が15万枚で、タイトル数は3000だから、0.975。
 ところが、これでは実は501位以下は1枚も売れていないことになってしまうので、
 この算数は成り立たない。・・・かといって、数学的モデルを出すだけの能力も暇もありません!
 (現実には、マイナーな商品でも年間で最低50枚から100枚程度は売れることを見込まないと
  ・・・これでもビジネスとしてはとんでもない少数ですけれど・・・ラインアップされないと思うので、
  逓減率にはどこかで大きな屈折点があるのではないかと思います。)

従って、ランクだけのお話とします。ご容赦下さい。別途手順を見つけたら、再施行しましょう!
(・・・しないだろうな。)



定義:
個人盤〜個人アーティストに限っての演奏を収録した「企画盤」
企画盤〜イベント・ドラマ等一定の企画性を意識して作成されたもの
オムニバス盤〜選曲・演奏者に一貫した企画性が薄いもの
無定義〜「曲」を売りにしていると想像されるもの


以下の二つのサイトでは、「どこまでをクラシックに含めるか」という点での発想も異なっていることが明確であるが、どう明文化するかは難しい。



結果です。

HMV:作曲家別にランク付け得るが、他の点でのランク付けはほとんど出来ない。

(作曲家別売上総数でのランク)
1位:バッハ(14品目)
2位:ベートーヴェン(11品目)〜但し、上位10位以内に「交響曲・序曲全集」2.8位と11位に「第9」。
3位:モーツァルト(10品目)
4位:マーラー(8品目)〜但し、うち4品目が「交響曲第6番」
5位:ブラームス、シベリウス(各5品目)

※10位までのランキングしか見ることの出来ないタワーレコードでは、これらの作曲家は全部入っています。

*個人盤の最上位は33位。(アルゲリッチ&フレンズ)
*企画盤の最上位は19位。(「イン・ア・ステイト・オブ・ジャズ」〜むしろ「個人盤」?)
*オムニバス盤の最上位は78位(「魔法のメロディ」)

*個人盤で登場する回数の最も多いのはカラヤン(生誕100年)だが、4品目に限る。



AMAZON:企画的商品がアーティスト個人に依存する商品が上位を占め、作曲家による明確な「売れ筋」というのはないに等しい。

(作曲家別売上総数でのランク)
1位:モーツァルト(10品目、但しうち3品目は<音楽療法>という「企画盤」)
2位:ベートーヴェン、チャイコフスキー(各5品目)
 &:ラフマニノフ(5品目)〜但し、全てピアノ協奏曲(必ず第2番を含んでいる)
5位:ショパン(3品目)

*個人盤の最上位は1位。(次点は13位)。最上位、次点とも、サラ・ブライトマン。
*企画盤の最上位は2位。以下、オムニバス版が出てくるまでの上位に位置するものの中の3〜5位、7〜8位、10位、11位。
*オムニバス盤の最上位は14位。

※個人アーティストでは、100位以内にはカラヤンが5品目、サラ・ブライトマンが4品目入っている。
 ただし、カラヤンの「個人盤」と見なせるものは1品目(85位、「カラヤンベスト100」)
※企画盤では、「のだめ」が4品目、上位100位以内に入っている。

※「カスタマレビュー20件以上」に見る、AMAZONの「売れ筋」との関連性(数字はランク【順位】)
 個人盤=1(サラ),8(秋川「千の風・・・」),13(サラ),17(グールド),93(フジコ・ヘミング)
 企画盤=5(のだめ)、23(のだめ)、24(ディズニー)、30(音楽療法モーツァルト)、62(同左)、
       75(「ブラバン甲子園!」・・・カスタマレヴューは2件しかないが、「ブラバン甲子園!2」
       はランク3位となっている)、90(「ファイナルファンタジー」)
 無定義=19(ラフマニノフ〜アシュケナージ)、51(ラフマニノフ)、52(ショパン〜アシュケナージ)、
       73(チャイコフスキー交響曲全集、ムラヴィンスキー)



たったこれだけのことから、どれだけ大言壮語がはけるか!?

・2対極の典型として観察してみたHMVとAMAZONの「クラシック」小売戦術には、次のような差がある。
 HMVは、「曲として売れる」ものを中心に据える傾向がある
 AMAZONは、企画盤や「アーティスト」を売りにする傾向がある

・上記の差異は、(パッと見の印象で恐縮ですが)HMVとタワーレコードに、またAMAZONとiStore(Apple)に類似性が見られるので、現時点での「クラシック」の売り方の2大典型ではないか、ということが想像される。

・ただし、音源販売ビジネスとしては、「クラシック」に大票田を求める意図は、おそらくいずれにもないし、音源提供者側にもないだろう(推測)。それでも、クラシックの顧客が安定した数であるという前提があるとすれば(これに対する裏づけは何もないのですが、ポップ系の諸ジャンルに比べれば定着度は高いだろう、との主観から)全提供者の純利益で約3億を見込む「保険的な」ビジネスとして、「クラシック音源販売」ビジネスは生息を続けているのではなかろうか???

・・・まあ、こんなもんですねぇ。。。
   つまらんことに凝ってしまったかもなあ。。。後悔。

本当は、少なくともHMVとAMAZONの、「クラシック」だけでの収益の実数をつかめれば、もっと確かなことが言えるのですが、そこまでの材料を手軽に入手するすべが分かりませんでした。

ということで、この記事の内容は、甚だ信憑性の薄いものだとご了解下さいませ。



収穫の認められない御報告となってしまいましたけれど、それでも面白いのは、

・最近店舗で「生誕100年」の大きな看板を掲げているカラヤンのCDが、HMV、AMAZONとも100位以内に4,5タイトル入っている。〜旧式のキャンペーン的な宣伝ではありますが、効果をあげていることが伺われます。

・企画モノを前面に押し出していると思われるAMAZONでは、CM便乗型は見当たらないが、ドラマとのタイアップ(「のだめ」)が4品目、上位に入っている。(一方で、ドラマ中にクラシックを多用した「SP」とタイアップ関係を見出せるような曲目は・・・リストまでは載せないが・・・無きに等しかった。)

・個人盤も同じく「企画盤」の一環と考えてよいかと思うが、AMAZONでサラ・ブライトマンが100位以内に4つも入っている理由は、やはり何らかのタイアップ戦略が生きていることを伺わせる。

・AMAZONのカスタマ・レヴューの数が20以上あるもの、およびその関連商品が17品目、上位100位以内に入っている。
(HMVにもあるのですが、個別にしか見られないので分かりませんでした。)
カスタマ・レヴューは誰でも自由に記入できるものではあるが、ここで伺われるのは、企業との、ではなく、「一般人とのタイアップ」が売れ行きに貢献しているという側面である。

サラのケースを少し詳しくフォローしてみること、及び、数の多いカスタマレヴューが「どういう要因で綴られているか」(おそらく、純粋に個人的な動機からの記入ではない、何らかの「力学」があるのではないかと思います。「千の風になって」や、フジコ・ヘミングはテレビ媒体で流行したことはご承知の通りです。が、一方で「ブラバン甲子園!」のヒットには、中学高校に多数あり、かつコンクールの体制もしっかり整った吹奏楽という環境のもとで、なんらかの連繋したコミュニケーションが販売に貢献したことは十分に考えられます)の2点に着目すると、今回のように「ザル」方式で市場の動向を推論してみるより、はるかに興味深い「何か」が見つかるのではないかと・・・そんな気がします。サッカー? ポケモン? ・・・この人は大きいイベントによく採用されますしね。

以上は、AMAZON方式が「タイアップの歌謡史」にある延長の商法をとっていることが確認できたところに一つの意味はあると思います。
ですが、その対極にあるHMV(やTowerRecord)の小売方法は、「タイアップ・・・」とは別の路線を辿っていることも伺われます。こちらの「ビジネス」としての参考になる書籍は「一枚のレコードに」や「アナログを甦らせた男」といったものがあるのですけれど、如何せん、著者が技術面にウェイトを置いた記述をしているために、AMAZON方式ほどクリアには
「どうしてクラシック音源ビジネスを成り立たせているか」の経済原理は漠としか分かりません。
(日本の場合、ジャズにも、HMV系の売り方のほうが主流ではないか、との感触もありますので、こちらのほうが一層興味深くはあります。)

結論にしては半端ですが、
・現状、ネットに乗ってのビジネスとしては、「クラシック」は「ポップ(歌謡曲)系」と同手法を原則としていると思われる。
・一方で、「ポップ系」路線とは一線を画する独自のビジネス展開も、「クラシック」(及び「ジャズ」)には存在すると思われる。・・・これについては別途、向きを変えてアプローチしてみなければならない
なんてことは言えそうです。

・・・と、偉そうに言って、ごまかして退散します。

ホント、無内容な記事をお読みくださった方、心から御礼とお詫びを申し上げます。

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コメント

おすすめした本が参考になったようで嬉しいです。少なくとも20世紀後半の音楽を考える上で、この本に著されているような観点は抜きにできませんね。クラシック畑だと「巨匠神話」?という本も以前読んだような。。。渡辺裕氏の著書の観点も、こういう社会学的発想の中にありますし、今後ますます音楽の経済学もしくは資本主義における音楽の権力性といった問題は議論が進むんじゃないでしょうか。

さてそのような構造の中で私たちはどうやって音楽と向き合うのか…。

投稿: キンキン@ダイコク堂 | 2008年3月10日 (月) 21時42分

キンキンさん、ありがとうございます。

「ちょっと日本では同じ考え方では行けないんじゃないか」と思っていた『芸術の売り方』(ジョアン・シェフ・バーンスタイン著、コトラーが序文を寄せている、英治出版)という本があり、立ち読みしただけで通り過ぎていたのですが、「タイアップの歌謡史」が引き金になって、今読み始めているところです。
実感としては・・・この本の中での「売り方」は徹頭徹尾資本主義的、というより、(私はこう言ういい方の方が合っている気がするのですが)損益主義的で、やはりどうも納得が行きません。渡辺さんが仰っていたところの方に原点を近づける方法を模索する方が正しいのではないかと思うのですが、まさにその対極です。当面の「現実」はこの本に近くなって行く気はするのですが、長い目で見ると負の要素も多いと感じるのです。・・・もしお読みになる機会がおありでしたら、ご感想を拝聴出来ると嬉しく存じます。

日本の経済活動そのものが「損益重視」を脱し得ないのは、アメリカとはまた理由が違いまして、『過去の財産がなかった」わけではなく、『過去の財産を復興せずに自己否定してしまった」ところにあると思っております。
この点では、ドイツあたりに、また違った観点の著述を求めたいところですが、彼らは空気をもとの奇麗さに戻すような自然な感覚で「過去の財産を復興して来た」ので、そもそもこうした著述をすること自体、考えつきもしないのでしょうか。

もう少し幅広く、世界各地の「文化観」を比較しておき、せめて浅く広くでも一覧化出来れば、次の世代の人たちに少しでもいいバトンタッチが出来るのでしょうか・・・そこから、新しい芽が、どうにか生まれてくれるように祈りつつ。

一庶民でも、それくらいの使命感は持って、残りの生涯を過ごしておかなければ、と思う今日この頃です。

投稿: ken | 2008年3月10日 (月) 22時20分

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