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2008年3月12日 (水)

生甲斐の喪失は父母の死よりも重い(いつか、子供達へ・・・)

一庶民のブログですから、読んで下さると想定しているかたの数も限られていますし、個人の恣意で綴っているものですから、あとあと残るようなものでもない、と思いつつ、日々綴っております。偶然読んで下さる方にはお礼を申し上げます。想定しているお仲間には、もしかしたら、突拍子もない中身になるかもしれませんので、先に「ま、いつものとおりなんで!」とウィンクしちゃっておきます。
ただ、自分の子供達には(実は遺言書は作ってあるのですが、法的に有効なものだけの内容になっていますので・・・あ、貧乏なので財産云々は期待できる中身じゃないです)、いずれ
「あのバカオヤジは、こんなことを考えて生きていたのか。しょうもねえなあ」
と思ってもらえるよう、そして
「あれまあ、ken、こんな投げやりなことでどうするの!」
(・・・本人は投げやりなことを申し上げようとは決して思ってはいないのですが・・・)
とコメントで皆様にご叱責を頂いた場合には、それも含めてウチのガキどもに伝わるよう配慮をしたいと思っております。・・・今回は、そんな気持ちで、綴ります。

でも、かなりくそ真面目に綴ったので、お口直しは用意して置いて下さい。

きょとんチャン。Bookきょとんチャン。


著者:細川 貂々

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今回は特に、こっちの本だけ読んで、私の文なんか読まなくてもいいですヨ!


本当は「生甲斐」のところは「伴侶」という言葉にしたかったのですが、そうしてしまうと意味が「夫婦」に限られる印象になってしまうので、標題のようにしました。文中では、「伴侶」という言葉を使います。

生甲斐、というと、まずは
・「何がなくてもこれさえあれば・あいつさえいれば」という<モノ・ヒト、すなわち相手>
・「他のことはさておいても、これさえやっていれば」という<スルコト、すなわち行為>
という2通りがあるでしょう。
次には、相手や行為に対する、「生甲斐」の程度の「重さ」というものがあるでしょう。
「生甲斐」と言いながらも、それがなくなったり、出来なくなったりしたから生きていけなくなる、というほどのことはない、というものは、振り返ってみれば結構あります。愛酒家、それも単純に、ではなく、ブランドに凝って「聞き酒」チャンピオン歴数十年だったのに、健康を損なったのがきっかけで禁酒を強いられたとします。でも、
「お酒って、やめても、結局何ともなかったなあ。やめて、生きている今の自分のほうの命が大切だ」
ってかたもいらっしゃる。
そんなかたにとって、お酒は過去の「生甲斐」ではあったかもしれませんけれど、「生」より重いものではなかった。
「いや、死んでも酒は手放せない(・・・アル中患者は想定していませんヨ!)」
そうであったなら、このかたにとって、お酒は「生」よりも重い「生甲斐」なのです。

そういう、「生よりも重い生甲斐」を指して、私はここから「伴侶」という言葉を使いたいのです。



でもまず、狭い意味での伴侶=夫婦(但し、上の定義【大層な!】に当てはまる意味で、に限ります・・・くどい、ですか? 世の中にはそうではない夫婦もありますから)に限って、相方を失ったときに、のこされたほうはどう振舞ったか、の事例を見ておきましょう。

一般に、妻が死ぬと夫は生きつづけられないのに、夫の方が死んでも妻の方は平気だ、と言われています。これが「伴侶」としての夫婦に当てはまるかどうかの検証は、なかなかに難しい。実感としては、本当は男女差はないんじゃなかろうか、と思うのです。

知ることのできる女性の側の例が少ないのは確かですが、以下のようなものはあります。
イギリスのヴィクトリア女王は、父君アルバート公の逝去後は、自身の死まで生涯を喪服で過ごし、公の場にも殆ど姿を現さなくなっています。
個人の例ではありませんし、「強要された」ケースもかなりの数にのぼるようですが、中世期のインド・スリランカには、夫が死ぬと、その遺体を火葬する火に妻が飛び込む、という習慣がありました。それが習慣だから、というのではなく、本心からそうしたであろう妻も、その数は、おそらく少なくはなかったろうと思っております。(「ムガル帝国誌」・「東方見聞録」)
古くからの多くの戦争の記録には、夫が戦死した知らせを聞いて自殺した妻の話が必ずといっていいほど出てきます。

男の方の例は、20世紀まではあまり多くの例を見受けませんが、これは一夫一婦制が定着するまで、男はあまり妻を拠り所にする精神構造をもっていなかったからではないかと思います。・・・ただし、それは「多妻が認められていたから」ということからよりも、むしろ、「自分のほうが(武人なら)戦死や(商人なら)強盗の手で殺されることで、妻より先に死ぬ確率が絶対に高い」という観念がはたらいていたからではないか、と考えます。それというのも、たとえば有名なタージ・マハルはムガール帝国の王シャー・ジャハーンが、たくさんいた中でも最愛の妻の為にわざわざ作った廟なのでして、これを作ることに「拠り所」を転訛しなければ、彼にはその後の「生」など、考えることも出来なかっただろうと感じられますから。

日本の夫達の中で、近年、妻を亡くしたあと「からっぽ」になってしまった有名な例は二つあります。
お一人は、江藤淳さん。ご夫妻共の病気という複雑な事情は絡んでいたにせよ、奥さんの亡くなった1年後に自殺なさいました。
もうお一人は城山三郎さん。
「え? だって、<そうか、もう君はいないのか>というすばらしい遺作を残されたではないですか」
と言われるかも知れませんが、そう思っているかたには、城山さんの遺著に綴られた文の文体が、彼の書いてきた小説に比べていかに空虚であるかを、読み取ってみていただきたいと思います。



夫婦ではない「伴侶」というものは、では、あるのでしょうか?
あるのだとしたら、喪失によって死に至った人物の例は、果たして見当たるのでしょうか?

人間同士のペアは「夫婦」だけとは限らないのですから、自分というものと「伴侶」との組み合わせは、当然、いろいろあります。自分にとって絶対に失えない相手・モノ、その人がいなかったら、そのモノがなかったら、と信じられる相手・モノは、充分「伴侶」と呼ぶに値する。

「それでも地球は回る」と言ったガリレオ・ガリレイ像は多分に理想化されたものではありますけれど、自分の積み重ねてきた観測から確信を持って裏打ちしてきた地動説への信念を、教会の裁判で破棄するよう求められた彼は、以後、もぬけの殻状態だった。ガリレイにとって、「地動説」は「伴侶」だったのです。(同じ「地動説」論者でも、コペルニクスはずるくって、その説が自分の死後出版されるように取りはからっていたそうですが【これはその通りかどうかは確認していません】、これが事実だとしたら、コペルニクスにとっても地動説は本当に生涯をかけるに値するものだったからこそ、それを生前に公にしてしまって命を犠牲にすることと、隠しおおせて生き抜くこととを天秤にかけたのかもしれません。同じく地動説を支持したブルーノにとっては、事情は違うでしょう。彼の「伴侶」は<信仰のあり方>であって、地動説そのものではなかった。ですから、地動説はブルーノの伴侶ではなかった。彼は己れの「信仰」と生死を共にすることを是としたから、火刑に処せられても何ともなかった。ブルーノは、「伴侶」を失うことはなかったのです。刑で死ぬことは、生きる力を失って死ぬこととは全く意味合いが違います。)
生涯をかけて確信し証明してきた自説という「伴侶」を失ったがゆえに、生命力を失う・・・科学者にはそういう事例が少なくないとの印象を持っております。

音楽を「伴侶」とした作曲家の例では、ベートーヴェンはともかく、R.シュトラウスを挙げたら、意外でしょうか?
ベートーヴェンにとっての「伴侶」は、間違いなく音楽でした。その他の伴侶を得ようとした彼の努力は、彼の性格も手伝って、ことごとく失敗していました(妻を得ること、養子カルルを音楽家に育てること)から、なおさらです。さらに、晩年には完全に耳が聞こえなくなったことも手伝い、ほとんど完全と言ってもいいほど、音楽以外の「伴侶」は求め難くなっていました。
最後まで、彼はこの「伴侶」に賭けよう、と思いつづけたことは、諸伝記から伺われます。ですが、大作は「交響曲第9番」と「荘厳ミサ」を最後に手がけることがありませんでした。彼自身が明言したものは残っていないようですが、まず後者の販売が思うように伸びなかったこと、「交響曲第9番」にしても、初演の拍手は同情的なもので、翌日からの上演では会場は空に近かったこと、といった事実があります。それ以後「注力した」と言われる最後の弦楽四重奏群は、今でこそ絶賛されていますけれど、今の人も本当にそれらの価値をベートーヴェンが感じた通りに捉えて高く評価しているのか、というなら、答えは「ノー」ではないかと思います。・・・これらの作品の本質は、非常に空虚です。聴けば明らかなことです。であるにもかかわらず、これを、批評家は誉め言葉で「浄化された音楽」と述べて憚らない。・・・「浄化」=「空虚化」だとは、誰も言っていない。本質は、「空虚化」です。それによって不純物がなくなった、という意味では、副次的に「浄化」と言う分には構わないのでしょうけれど。
R.シュトラウスは、ドイツの第二次世界大戦敗北で廃墟と化した自国を眺めつつ、「メタモルフォーゼン」を作りました。この曲の最後は、ベートーヴェン「エロイカ」第2楽章の葬送行進曲を引用することで終わっています。これ以後の作品数も非常に少なく、「最後の4つの歌」が、文字通り最後の代表作となります。この2作品も、やはり、本質は空虚・・・喪失感です。
上の二人の作曲家とも、最晩年の空虚な作を残してほどなく死去しているのは、愛好家のかたがご承知の通りです。



「伴侶」が配偶者であれ信念であれ、その喪失によってもたらされる「死」は、決定的なものです。
この「死」は、精神上は即座に私たちを支配するにも関わらず、肉体の上には時をへだてて現れることが多く、その分、傍目には
「慰めれば、励ましてやれば、何とかなるだろう」
と見えますし、実際に慰めや励ましを実行しようとする良心的な・優しい「外野」は少なくない。

でも、「慰め」? 「励まし」? 「伴侶」がいないのに・・・こちらの体は生かされたまま、命だけは奪われてしまったのに、そんなもの、「死んでいる」その人にとって、どれだけの意味をなすというのでしょう?・・・何の意味もなしません。

以上のことは、本来言うべきことを逆の立場から綴ってきたものです。
「伴侶」を喪失した事例・・・そうなってしまうと、大切な自分は「死んでしまう」という事実。

だから、たとえばこのたび私が家内を失って、皆様にいろいろお励まし、お慰めを頂いたことが「無効」だった、という主張ではありません。
そうは言っても、そうお読みになられてしまう恐れはあります。
今の私は半分は「死んで」いますから。
ですので、せっかくお言葉を下さりつづけたかたには、大変な失礼を述べてきたわけでして、その点はお詫びをしておきます。かつ、「お許し下さい」とは、あえて申し上げません。充分に罰して下さい。

が、本当に言いたいことは、この先です。・・・伝えたい相手は、これからを生きていく子供達、そしてまた、いま「貴重な伴侶を持っていらっしゃるかた」、「伴侶があるのかないのかよく分からないでいるかた」です。



あまりに大括りかもしれませんが、つくづく思うに、
「<伴侶>とは、こちらから言葉を発せずとも自ずとこちらの心が伝わり、あちらから何をしてもらえずとも自ずとあちらの心が伝わってくる」
・・・そんなものである、と思います。

家内が死んで、私は途方にくれましたが、
「それでも何とか埋葬を無事に済ませなければ」
「家内が子供達と見た夢は、その通りかなうように努めなければ」
この二つに「伴侶」を転訛することで、なんとか命を繋いで来ました。
一つ目はともかく、二つ目は、まだ完了したわけではありません。それでも、娘が家内と見学してきていちばん気に入った高校へは無事入学が果たせるところまでたどり着きましたし、家内が何とかダイエットさせたがっていた息子は、柔道を始めることで肥満から遠のいた上に体も心も丈夫になりました。

そうなってみて、私に、いま、一瞬の空白が訪れています。

家内がいなくなってみると、楽器という道具は、「伴侶」と呼ぶには私にはそれにふさわしいだけの技量で相手に出来るモノではありませんでした。
音楽そのものはどうか、ということに、かろうじてしがみついていますが、まだ結果が見えません。
それ以前に、自分自身の「心」がどんなものであるか、を外側から見つめる目が、今はありません。

結局のところ、なんだかんだ、あれこれ知識だの力量だのを開陳してきたところで、それは「伴侶」である何かの後押しがなければ、上っ面なものでしかなかった。知識が不足しているところを突かれてもなんともなかったり、力量の及ばないことに気づかずにいてもまったく平気だったりしたのは、「伴侶」があってこそでした。

「音楽がそれだ」というのであれば、私はそれを通じて、家内の死を今ごろはしっかり受け入れるだけの度量が無ければならなかった。・・・そうではありませんでした。

私が育った貧乏長屋が取り壊される前に、たったひとり一緒に見納めに行ってくれた家内。
新婚当時はボロボロのプレハブだった私の勤務先を見ても「充分じゃん」と言い切ってくれた家内。
「うつ」になっても「大丈夫だよ、無理して頑張らなくても」と言いつづけてくれた家内。

私の方からの元気付けが、いつでも無条件に効いた相手も、家内だけでした。いろいろありましたが、よく耐えました。あえて例はあげません。

私の「伴侶」は、こんな次第で、狭い意味での、「妻という存在」だけだった。
それを思い知らされました。

子供達や、またお読み下さるかたのなかで、とりわけ独身のかたには、
「こうであってはいけない」
と言って置きたい。

いつかは誰でも「精神の死」を迎えます。
ただし、「精神の死」は、「肉体の死」とは違い、回生可能でもあるのです。

それは、「伴侶」の持ち方によって決まるでしょう。
どういう持ち方がよいのか、は、私の現状がこのようであるからには確言できるものは用意できません。自分で見つけてもらうしかありません。

言えるとすれば、生きる、ということは、喜びでなければなりません。

それが、永遠に近いほどの期間、保ち続けられる。
そんな「伴侶」選びを、どうか、よく考えて下さい。

試行錯誤の段階では、この模索は「辛苦」でしかないかも知れません。
ですが、考え抜いた上での選択であれば、きっと、あなたの選んだ「伴侶」は、間違いなくあなたの生涯の柱となるでしょう。

私にとっての、今唯一の支えは、妻が回りの人にことごとく
「ウチのは、優しいんですヨ」
って(社交辞令もあったんでしょうけれど)言いつづけて歩いてくれたらしいことです。
どこへ行っても、
「お宅の奥さん、いつもそう言ってたよ。なかなかないよ、そういう夫婦。」
そのように言って頂けます。

そんな次第で、家内という「伴侶」に、私が間違いなく愛されていたことを、信じることができるから、半死ではあっても、何とか生きています。

子供は親が死ねば悲しいでしょうけれど、親が死んだから自分も死ぬ、なんてことを普通は考えません。

でも、「伴侶」を失ったら、そのときは自分自身の「死」を、必ず思いの中に描くのです。

あなたに本当にふさわしい「伴侶」を見つけることが、幸せへの最大の鍵なのです。
ですから、「伴侶」を見つけたら、絶対にそれを失ってはいけない。

私が死んでも、子供達はそこまでは必ず乗り越えられます。
私にできることは、せいぜい、子供達の幸せを願うところまでであって、私自身が子供達の「幸せ」ではないのですから。

だから、あなたはあなたの「伴侶」を、全力で探し、捕まえ、失わないようにしなければなりません。

「伴侶を失うことは親の死よりも重い」のは、あなたの幸せを握る鍵が、親にではなく、あなたが探し当てた「伴侶」の手中にあるからです。

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