« 救い・慰め・幸せ | トップページ | 聖金曜日でバッハの誕生日! »

2008年3月20日 (木)

音楽と話す:楽譜って、どんな姿?(1)

楽譜さんとの会話は、

「わたし(=楽譜)は、もともとは姿かたちが見えないものなのよ」
「へえー、そうなんですか、知らなかった!」
「でも、見えないから、誰よりも何よりも美しいのよ! お分かり?」
「ヘヘーッ!(平伏)」

という、とにかくもう、あちらさんの一方的な押しつけにただ「納得させられる・納得した振りをする」しかない状態で始まってしまいました。

「でもですねえ・・・」
そう、反論するところから、進めて行ってみましょう。

「でもですねえ」
「なんですの」
「仮でもいい、なんとか、あなたのお姿を、この目で実際拝見するわけにはいかないんですかねえ」
「難しい注文をなさるのね」
「は? そんなに大変ですか? だって、あなたの分身さんが、楽器やさんにいっぱい並んでるじゃないですか?」
「じゃあ、そこで私の姿はご覧になっているのだから、これ以上、もう御用はないでしょ。さようなら」
「あ、待って下さい、違うんです!・・・その分身が、ほんとうにあなたのすべてなのか、というと、そうじゃありませんでしょ? そこのところを、何とかお教え頂きたいのでして・・・」
「でしたら、お店で売ってる<私の分身>なるものを沢山お集めになって並べてご覧になれば、わざわざわたしから聞き出さなくたって、ご自分で分かるんじゃないですか?」
「そんなもんですかねえ・・・」
「さよなら」
「あ、だから、ちょっと待って下さい! じゃあ、こういうかたちで見せて頂くのは如何? そう、お店じゃお目にかかれない、でも<目で見られる分身>というのも、あなたはお持ちなんじゃないですか?」
「・・・まあ、なくはないかな」
「とりあえず、それでいいですから。」
「・・・なんだか失礼なもののいい方なさるかたね。まあ、いいわ。でも、それをご覧になっても、多分、私の美しさはお分かりになりませんわ」
「そんなはずありませんよ」
「本心でそう思ってらっしゃる?」
「心から!」
「仕方ないわねえ。じゃあ、とりあえず、こんなところから。これはちょっと、お店とやらではお目にかかれないものばっかりでしょうから」

そう言って楽譜さんが、空中に向かって三枚ほど、ぱあっとまいたものがありました。
4つ目だけは投げつけてきました、石の板! あぶないことするなあ!

こういうもの、です。

1番目
Hugagakukan

2番目
Huutaieguchi

3番目
Husou

最後
Hugreek

「・・・???・・・」
「どう?」
「これ、楽譜さんの分身なんですか?」
「そうよ。なにかご不満でも?」
「字、バッカリですね」
「だって、私を目に見えるようにするために、人間という連中が最初にやったのは、このかたちからですもの」
「・・・でも、ちっとも分からない」
「分かりたかったら、それぞれに専門に携わっている人間さんがいらしゃるから、そう言うかたに教わりに行きなさい。私からは紹介してあげられないから、自分で探してね」
「むう・・・」



「書かれた楽譜」の起こりは、音楽の起源同様、分かっていませんよね。
ですが、音楽の起こりよりは少々推測しやすいのは、「歌う」に当たって、歌の姿を「何とか書きとめておきたい」もしくは「書きとめておいて欲しい」という欲求・要求が起きる、何らかの事態があったからだ、ということは言えるでしょう。

今日あげたサンプルは「文字譜」で、普通に言葉を表現するための文字(漢字、仮名、アルファベット)を、読み方に特別な約束事を設けて「音楽を表現する」ことにしたものであり、「音楽を書きとめる」という面ではいちばん最初に思いつきやすそうな方法がとられています。(<楽譜さん>の言葉にも関わらず、こうした「文字譜」が、本当にいちばん最初の楽譜なのかどうかは分かりません。研究者の方もご存じないことだと思います。エジプトの壁画に、合奏の場面が描かれたものがあって、そこに指揮者のような人が立っていることが多いそうなのですが、この指揮者風の人の手の位置がある音を表している・・・なので、合奏の壁画自体が楽譜なのだ、という説もあったりします。)

選んだ図版は、古代ギリシアのものを除き、「古い例」ではありません。で、各々に、
・単に日常の文字を使うだけでなく、音の長さや高さを表す補助手段を併記している
という特徴があります。これは、古いものをたどって行くと、今回載せたものほど細かい記号の記入がなかったりします。

私は専門家ではなく、正しいことは分かってはいませんので、それぞれについては、ご興味に応じて、<楽譜さん>の仰る通り、専門のかたにお聴きになったり、手引書をお読みになるのがよろしいかと思います。

概略だけ申し上げておきます。

最初のものは日本の雅楽で最も有名な「越天楽(平調のもの・・・越天楽には幾つかの違った旋法を用いたものがあり、それぞれ現代の私たちには全く別の音楽に聞こえますが、これは黒田節のもとになった最も知られている旋律のものです)」。その管楽器のパートを横並びで記したものが「はじめての雅楽」(笹本武志著 東京堂出版)に掲載されていたので、それを引かせて頂きました。
いちばん右に、曲のタイトルや調(旋法)、拍子(テンポ)について記されています。調や拍子については、高価ですが「雅楽 伝統音楽への新しいアプローチ」(増本喜久子著 音楽之友社)が、素人でも出来るだけ詳しく知りたいという時には、今なお最も分かりやすい本です。
・・・で、それぞれの楽器。
篳篥(ひちりき)と龍笛はカタカナと漢数字が使われているのですが、大雑把に言えば、この組み合わせで音程と抑揚が分かる。「でも、長さは分からないんじゃないか?」と思われるか知れません。これは、仮名の表記と右側の点(五線譜などの小節線に当たります)で分かるようになっています。
右端の笙の譜だけ、漢字のようで漢字でないですね。笙は和音を鳴らす楽器ですから、決まった和音を出すための指の押えかたについて記号が決めてあって、それが譜に書かれているのです。その記号が、この、漢字のようで漢字でないものの正体です。

二番目のものは、能楽の「謡(うたい)」のもの(謡本【うたいぼん】)です。能の場合は振り付け用の本も別にあって、見かけは非常に似ていますし、残っている世阿弥の直筆の本には両方が入り交じっている様子が見て取れたりします。この混在型の方が本来は「プロ」用で、「能本」と呼ぶそうです。
「謡本」は、能の台詞が書かれた右に「ゴマ」と呼ばれる点が付されていますが、数種類あることがお分かり頂けると思います。この「ゴマ」によって、フシとリズムが付けられているわけです。謡本の登場は室町後期だそうです。なお、ゴマの他に、抑揚や曲想を示す注記がある点にもご注目下さい。(図版の引用、説明の参考資料とも、三浦裕子「能・狂言の音楽入門」音楽之友社

三番目のものは、中国宋代の楽譜で、右側に五線譜への翻訳がありますが、私には対応関係が理解出来ていません。ただ、二行単位であることは読み取れます。右側の行が、<燕楽半字譜>という、唐代には既に用いられていた音高と長さを表す記号で記されたものです。・・・分からない理由ですが、この譜例では翻訳譜とは長さが必ずしも合理的に知り得ず、詩の韻律の決まり事を併せて知っておかないと読譜出来ないところにあるのではないかと思っております。
(たとえば「介」の記号は音高は西欧で言うAですが、翻訳譜ではこの点では一貫しているものの、付点二分音符にしてあるものと付点のない二分音符にしてあるものがあります。ちょっと細かく言えば、付点が付くのは音楽がそこで区切れる場合のようですが、付点が付かない時にAを表す記号がもうひとつある【人、に似たもの】ので、もうひとつ、西欧で言う「小節」の後半にあるA、もしくは音楽を区切るAを指すのは「介」で、小節の前半のAを表すのは「人」らしい、ということは伺われます。)
柘植・植村「アジア音楽史」音楽之友社

最後のは、皆川達夫著「合唱音楽の歴史」(全音楽譜出版社)に掲載されてた古代ギリシャの文字譜ですが、何の曲を表しているのか説明がありません。・・・で、二行目にあるギリシャ語を現代の五線譜の翻訳譜と対比してみて、ここに掲載された曲のものである、ということがわかりました。・・・でも、あとは元図の二行目以下が翻訳譜の6小節目までの歌詞、ということ以外、読み取れておりません。・・・音程は、どこに刻まれてるんだ?(文字上部の小さな記号だとは思うのですが、手元資料で翻訳譜と対照が上手く出来ません。リズムと複合する要素もあると思いますし、ギリシアの詩の律の知識も必要なようです。)
Hugreekipt

(翻訳譜は白水社「図解音楽事典」による。)

いかがですか?



楽譜さんも曰く、
「どう?」
私、
(うーん・・・そんなに美しかねえなあ・・・)
「何か仰いまして?」
「いえ、別に。」

|

« 救い・慰め・幸せ | トップページ | 聖金曜日でバッハの誕生日! »

コメント

楽譜の歴史もとても奥が深いものですね。Kenさんの記事を拝読して、こちらの浅学非才ぶりが露呈してしまいました(苦笑)。

「越天楽」や栄代などアジアの文字譜を見られるだけでもおもしろいのですが、古代ギリシャの文字譜とその「解読譜」まで存在するとはびっくりです。ご紹介されていた皆川先生の本もさっそく読まなければ…。自分の読書は、いっときなにかに興味がわくと、そちらのほうに偏ってしまうという悪い癖があります。もっと幅広く読まないといけませんね(反省)。本人も自覚しないうちに、最近ではグノーシス主義文書の「ユダ福音書」関連本がたまってしまいました。

閑話休題。もうすぐ、NHK教育で「ヨハネ」全曲放送がはじまります! これはぜひとも見なくては!! 
happy01

投稿: Curragh | 2008年3月21日 (金) 21時34分

Curraghさん、ありがとうございます!
ヨハネ、早速見ます!

ギリシア音楽の翻訳については、理屈は皆川さんの本のほうではなく、「図解音楽事典」のほうに載っています。この件は皆川さんの本には出ていません。
・・・ただ、翻訳譜は皆川さんの本のほうが3種載っていますし、harmonia mundiのCD "Musique de la Grece Antique"で音も聴けますので、いいかもしれませんね。
(他のメーカーの「古代音楽」CDは、怪しげなものが多くて、困ります。)


投稿: ken | 2008年3月21日 (金) 22時38分

> harmonia mundiのCD "Musique de la Grece Antique"で音
> も聴けますので、いいかもしれませんね。

おおッ、なんとCDまであるのですね! まったく知りませんでした。こちらのほうも貴重な情報、ありがとうございます。m(_ _)m

自分もオランダ・バッハ協会による「ヨハネ」を視聴したあとで拙記事を綴ったのですが、Kenさんの鋭い記事を見まして、すこしばかり手を入れたくなりました(笑)。「ヨハネ」や「マタイ」といったバッハ畢生の受難曲は、近寄りがたい神々しさと同時に、その音楽は聴いているわれわれの心にもまなざしを向けている。バッハという天才は、まさにこの「天に向かうまなざしと、弱い人間(わたしたち)への計り知れない慈愛」とが互いに対立せずに一心同体になった、奇蹟のような音楽だと思います…とまあ、そんなようなことを追記しようかな、と思っています。

投稿: Curragh | 2008年3月22日 (土) 22時13分

再々、ありがとうございます。

「ヨハネ」は、Curraghさんの記事にある通り、祈りの合唱で終わるところが心を打ちますよね。「マタイ」より、まだういういしい気持ちで受難曲に取り組んでいる気がします。

テレマンの受難曲はお聴きになったことがおありですか?
一作しかCDを見つけていないのですが・・・当時のスター作曲家であったテレマンと、ちっとも有名ではなかった名人バッハのスタンスの違いが分かって、これも面白い聴きものです。
ただ、今、手に入るのかなあ?

投稿: ken | 2008年3月22日 (土) 23時11分

テレマンは一度だけ、「バロックの森」にて「救世主」と「雷のオード」という作品を聴きましたが、たしかそれよりも前に、ヘンデルほか3人との合作と伝えられる通称「ブロッケス受難曲」という作品を聴いた憶えがあります(うろおぼえで申し訳ありませんが)。^^);

ヘンデルにしてもテレマンにしても、聴いた作品はいずれもなるほど、とは思うけれども、やはり…という感じでした。大バッハはあまりにも大きすぎますね。つい比較してしまう悪い癖があります。

投稿: Curragh | 2008年3月23日 (日) 02時54分

テレマンやヘンデルは彼らの「才能」で書いたのでしょうが、バッハ作品は「神が作らさせたもうた」・・・そのあたりの違いなのでしょうね。。。

最近、バッハをもってバロックの代表者だと見なすのは間違いだ、とのお説もあり、バロック音楽と言う時代の区切りを設けること自体誤りだ、とも言われることがありますが・・・どちらも「机上の学者さん」の発想で、聴いている人たちは「バロック」を聴いているのではなくて「バッハ」を聴いているのだ、と百も承知しているのだし、バロックという区分があると私ら素人には分かりやすいから用語を受け入れているだけであって、音楽に時代の区切りが有るだなんてこともそもそも思っていない。

比較して「大きい」とお思いになっていらっしゃることは、感性として「真」なのだから、宜しいのではないでしょうか?

投稿: ken | 2008年3月23日 (日) 10時19分

本当に、一体いつ頃、人は楽譜を綴ることを始めたのでしょうね?
またサンスクリットの話になってしまうのですが(だってそれしかネタがない…笑)、西洋では、たぶん同じ詩であっても、朗読と歌ではとても分かたれた次元に存在するものだと思うのですが、サンスクリットでは、これが繋がっているんだな、とこの頃発見しまして。
繋がっている、というのが正しい表現なのかはわかりません。
つまり朗読から、少々メロディカルな詩吟、のような? 歌(短歌)を詠み上げるのに少し近い、でも聞かせることを目的としていないのであのように朗々とはしていない、そういうレベルがあって、その上にメロディカルな、歌、がきます。
例の南部出身の先生の歌い方を観察・模倣しようとしているうちにわかってきたことです。
つまり、あくまで中心にあるのは言葉で、それをどのように読み上げるかというのは堅固なものではない、という伝統なのですね、たぶん。基本的なメロディは何パターンか受け継がれているようですが(それが楽譜に書き下ろされているかは、ちょっとわかりません)
そうすると、楽譜という概念自体が、ここではたぶん違う、ひょっとしたらほとんど意味の無いものなのかもしれないと。そんなことをこの頃は思っています。(楽譜さんには石を投げられそうですが……)

投稿: ふね | 2008年3月24日 (月) 21時11分

西欧音楽についても
「この音楽が美しく響く事が大切だ、とは、(歌の)作曲者は考えていなかったはずだ。彼が第一としたのは、<言葉がいかに伝わるか>だったに違いない」
と発言する人がいます。
言葉を伴う音楽について、これは正しい考え方だと思います。
(器楽も、18世紀あたりまでは「歌を元とせよ」と言っている音楽家のほうが多かったようです。)

朗詠と歌を「明確に区分して考えよ」と言っているのはイスラム教だけで(そのため、コーランの朗詠は「音楽」と捉えてはいけないのだそうですし、当然楽譜もありません)、カトリックのグレゴリオ聖歌も、仏教の声明も、朗詠か音楽かということに関して明確な主張はなかったと思います。
ただ、声明には今回上げたような文字譜はあります。
グレゴリオ聖歌になると、音程を記した楽譜の上に、言葉のイントネーション(高低と強弱がない交ぜになっていますが)を曲線で記したりしています。この点、宗教と直接繋がってはいませんが、ペルシャ音楽は記された楽譜がつい最近までなかった(最近と言っても百年前ですが)。
なんとなく、の印象ではあるんですけど、キリスト教や仏教は、言葉の違う民族に自らを受け入れさせたい、という大きな運動がありました(カロリングルネサンスや、大乗仏教運動)。そのため、聖歌の類いについて「異邦人」の理解を促すために、どうしても記譜という行為が必要になったのではないかと思うのです。
ヒンズーは、そんなことを考えたことがない宗教なのではないかしら。
イスラムは、アラビア語の習得を強制し、アラビア語を知っていることを前提としましたから、口承で朗詠・朗誦法が決まっているようです。
ヒンズーには、サンスクリットを知っているべき人というのはバラモンに限られていたのでしょう?・・・間違いでしたらご教示下さい・・・ですから、一般の人にまで強制すべきものは何もなかったのでしょう。当然、記された楽譜も不要だった、ということなのでしょうか。ヴェーダの内容が、信仰者にどこまで理解されることを意図しているのか、逆に理解されないことを意図しているのか、によって、この点はどう捉えるべきかが違ってくる問題ではありますけれど。

リグ・ヴェーダの一部を採譜したものが事典に載っているのは見つけましたから、もしかしたら採譜された資料は存在するのかも知れません(ただし、その事典の譜例の出典はMMGという有名な音楽事典の記事のようですから、孫引きということになります)。
ただし、これはペルシャ音楽を西洋風の五線譜に書いたのと同じで、譜面を見ただけでは実際の朗詠(朗読と歌の結びつき、と言った方が適切なのでしょうか)はどんなものなのか、皆目分からない、というのが実感です。

ふねさんの「体得」環境は、きっと、<楽譜>さんは最もうらやましがるんじゃないかなあ・・・

投稿: ken | 2008年3月24日 (月) 23時55分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/95716/11573292

この記事へのトラックバック一覧です: 音楽と話す:楽譜って、どんな姿?(1):

« 救い・慰め・幸せ | トップページ | 聖金曜日でバッハの誕生日! »