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2008年3月10日 (月)

音楽と話す:相手を変えましょう!(楽譜)

さて、今までこのカテゴリでは、「音楽さん」に話のお相手をして頂きました。

でも、この「音楽さん」、ガラが思ったよりよろしくない上に(!)、仰ることが非常に難しい!
で、しばらくの間、お話相手を変えてみようかと思い立ちました。

で、話題は、「聴き方」ではなく、「歌い方・奏で方」の方に転じてみたいとも思いました。

「音楽」には、私の思い込んでいる限りでは、演奏するのには二種類の道具がいる。
・・・「楽譜」と「楽器(声も含む)」です。

そこで、この二種類の、どちらと先に接触してみようか、と考えました。

「歌うにしても、楽器を使うにしても、まず<楽譜>ありきだよなあ・・・」
安易な発想で、
「じゃあ、まず<楽譜>さんのところへ行ってみよう!」
ということにしました。

・・・これがまた、とんでもなく面倒くさい相手になるとは、予想もしていませんでした。。。



どうやったら楽譜さんと会えるのか、実は、全く見込みもないまま出かけてきたのです。
で、大声をあげても恥ずかしくない、ひろーい空き地を何とか探し出し、呼んでみました。
「楽譜さん、楽譜さーん!」
「どなたぁ?」

誰かの応えてくれる声がしました。
でも、私の耳が悪いのでしょう、どこから声がしたのか、見当がつきません。広場の横、上、下・・・360度ぐるっと見渡しましたが、どんなものの、どんな影も形も見えません。

「あのー、名乗るほどのもんではないんですが・・・」
「なんか用なの?」
「いや、お美しいとご評判のあなたに、是非サインを頂きたくて」
「あら、わたし、サインなんか差し上げるようなガラじゃあないわ・・・あなた、何か変なことたくらんでるんじゃないの?」
「いや、確かに変人ですが・・・変なことってどんなことです? 何もたくらんじゃいませんよ」
「ホントに?」
「ホントに! ただ、わたし、音楽が心から好きでして」
「まあ、いいことですわね」
「で、音楽をいちばん美しく表現していらっしゃるのは楽譜さんだ、と伺ったものですから」
「あら、おじょうずですこと!」
「いや、伺って、心から、そのとおりだと思ったんです。ですから、そのお美しさを、ただ一目でも拝見できれば・・・それだけでいいんです」

「わたし、そんなにキレイ?」
声は、します。
「・・・あの、そう仰られても・・・どこにいらっしゃるんですか? 見えないんですけれど」
「あらまあ、失礼ね!」
「失礼でしたか、ごめんなさい。 でも、どこに?」
「いるじゃない!」
「え?」
「あなたの目の前に」

・・・呆気にとられるしか、ありません。本当に何も見えないんですから。



楽譜さんとの本格的なお話は、また先になります。
でも、見えない理由だけは述べて、今回の話を区切っておきます。

有名な歌手の方でも、「楽譜が読めない、書けない」って人がいますよね。
カラオケの上手い人でも、楽譜なんか読めない人、いっぱいいますよね。
ここで「読めない」と言われている<楽譜>は、書かれているものを前提にしています。
ですが、<楽譜>を<読めない>人が、どうしてステキな歌を歌うことができるのでしょう?

それは、書かれてはいなくても、ステキな歌を歌う人の心の中には、その人なりの、音符や記号や文字ではない<楽譜>が、実はあるからなのではないか、と、私は思います。

小鳥は当然<楽譜を書く>などということは出来ません。
ですけど、種類が決まっていると、その種類に応じて、きちんと決まったメロディの「歌」を歌うことが出来ます。

人間にとっても、音楽は、本来「書かれたもの」ではありませんでした。
いまでも、書かれた楽譜などというものの存在しない伝統音楽は、世界各地に広がっています。
それは人間が文字を手にする遥かに前から、父母や祖父母や長老、あるいはみんなから「あいつは上手い」と認められた名手によって、あるいは口伝えで、あるいは手取り足取り体全体を使って後進に教えられながら、ずっと歌い継がれ、奏で継がれてきたものです。

では、小鳥の歌、書かれたもの無しで伝わりつづけている音楽・・・これらは<楽譜>に無縁なのでしょうか?

<譜>というものが記号を意味する文字である以上、あるいは英語でもそれがNoteとよばれるものである以上、書かれたものでなければ<楽譜>ではない、というのが、学問的には正しいのかもしれません。

そこをあえて、私は「違うんじゃないですか?」と言ってみたいのです。

そう、本来、<楽譜>は耳に伝わってくる音そのものを「真似る」方法を指すものなのであって、かたちを問わないのではないでしょうか、と・・・かなり無茶な話ではありますが・・・とりあえず今回は仮定しておいて見たい。

そうすると、
「カラオケは好きなのに楽譜は読めないんだよな」
なんて悩みが、ある意味ではどれだけ的外れか、についても<楽譜>さんと話を進めやすくなると考えているからです。

身振り手振りを習うのも、口真似も、<楽譜>のうち。



ということで、今回のお話のまとめは、極めて簡単。

「わたし(=楽譜)は、もともとは姿かたちが見えないものなのよ」
「へえー、そうなんですか、知らなかった!」
「でも、見えないから、誰よりも何よりも美しいのよ! お分かり?」
「ヘヘーッ!(平伏)」

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