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2008年3月 6日 (木)

空転の使者だった?NewYorkフィル

Maazel533

NY-webを数日眺め、最近、「音楽の享受される環境」について興味深い本をご紹介頂いたものを読みながら考えてみて、つくづく感じました。

で、以下の内容を政治向きの記述にしてしまったところで無意味です。

ニューヨークフィルの北朝鮮訪問は、旧弊な呼び方でいえば「西側」にあたる連中が事前に期待したような「北朝鮮への使者」たる使命は果たせなかったようです。
それに失望して真面目なことを綴った方もいらっしゃいましたけれど、結局これで終わってしまったのは、単純に、「何か転機をもたらすのではないか」という、北朝鮮の一部の政治屋さんの抱いた思惑が・・・アメリカに対してはインパクトを持ち得たものの、諸事情を総合的に勘案した時に、
「音楽は外交に使えない」
と、北朝鮮の首脳陣が最終判断した、ということを表しているにすぎないと思われます。

そう言う意味では、がっかりしてもしかたのないことです。

「音楽」は、「音楽」として純粋に楽しまれるためには、その音楽の性質に合った「純粋」な環境が整っていることが最小限の条件なのでしょうね。

・・・ヨーロピアンクラシックでは、北朝鮮にその環境を求めるのが無理だった、ということだけ、なのではないでしょうか?

彼らを取り囲んだ現地の記者数は少なく、中国とロシアの記者の方が「やや多かった」ということだけが、記事の本文に書かれていました。ロシアはもちろん、19世紀後半にはヨーロッパ音楽の強力な一翼をになっていました。中国には、ヨーロッパの音楽を取り入れたことが、間接的にではありますけれど、こんにちの上海などの経済成長に刺激を与えた実績もあります。ですので、この両国の記者が北朝鮮でのニューヨークフィルに興味津々だった・・・あるいは、自国も北朝鮮という(アメリカにとってよりは身近でありながらもなお)「異境」との間に新たな接点を見いだす糸口を掴める可能性に期待を抱いたかも知れないのは、自然な成り行きです。

結果的に、アメリカがどうだったかは別として、北朝鮮は、そうした中国やロシアにも肩すかしを食わせた恰好をとった。・・・「音楽は世界の共通語」なんかじゃない、ということを示してみせることで、自分たちの対面を守ることのほうを大切にした。
国際世論がどうであろうと、それがあの国の人たちの選択したことです。
その結果に対して責任を負っているのも、あの国の人たちです。

寂しいけれど。

NY-webには、マゼールが指揮した北朝鮮の国立オーケストラのワーグナー「マイスタージンガー」前奏曲の音も入っていました。これを聴くと、彼らは彼らなりに、実はすでに西欧音楽の何たるかを理解はしていることが伺えます。・・・エンディングがいかにも東洋調、であることを除けば、音程も、表情付けも、少なくとも日本人が理解している「クラシック」と大きな差はなく、音程はむしろ、日本人よりずっといい。
でも、音の上に掲載されている写真での、マゼールの表情は、厳しくて暗いものでした。演奏しているかの国の人たちの表情には、音楽の喜びがありません。かつ、いちおう黒系のスーツで服装を統一しようとしたあとは伺えますが、違う色のスーツの人ももちろんいますし、ネクタイとなると、全く統一感がありません。

そこから、しかし、私たちは何を察することができると言うのでしょう?・・・メディアによる、ごく僅かな断面からは、まだ真相は見えない。

かの記事から「音楽の無力」を知るべきなのか、ゆっくりと進むであろう何らかの希望を読み取るべきなのか、すべてはまだまだヴェールの向こう側です。
Pyongreception

以下、どれくらいの期限で残るかどうか分かりませんが、関連記事へのリンク。

New York Philharmonic in Asia: After the Big Event, Off to Seoul

New York Philharmonic in Asia: Maazel Conducts the State Symphony

New York Philharmonic in Asia: Random Observations

New York Philharmonic in Asia: A Rare Outsider’s Glimpse of North Korea

New York Philharmonic in Asia: English Lessons in Pyongyang

New York Philharmonic in Asia: Let Us Now Praise Minders — and Great Men

New York Philharmonic in Asia: A Reception in Sounds

New York Philharmonic in Asia: Messengers of Sound
 ※この記事に付帯したインタヴューに答えているNYPHのメンバーの話している内容が、
   決して否定的ではないところには、正直な「耳」で受けとめてよいものがあるとは思っ
   ております。

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