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2008年3月30日 (日)

忘れ得ぬ音楽家:7)ズデニェク・コシュラー

TMFのかた向けに今日の練習記録をとらなければならないところですが、それは簡単にとどめます。



1)ミヨー「フランス組曲」
これは、「フランス人の歩きかたは六拍子だよね」という比喩を忘れないこと、フランス語の発音をお聴きになれば音楽作りのヒントになるだろうこと、のみ申し上げれば充分かと思います。

・・・ を聴いてみて下さい!

参考になります?
ちなみに、この会話の内容はは次のうち、どれが正解でしょう?
a.さまざまな言葉が話されている国や地域
b.子供が行ってみたい国
c.世界の国と首都
(白水社「コレクションフランス語6 聞く」)
・・・じつは、私、フランス語はそんなに知りません! でも、この問題の答なら、多分誰でも分かります!

いや、答えが分かることがことが大事なんじゃなくて、フランス語のリズム感を感じてもらえればいいだけなんですが。中身が分かると、リズムも掴みやすいでしょ?



2)「悲愴」第3楽章
第3楽章の説明記事の最初の方をご参照下さい。結局はこのことに尽きるのだな、と、先生の指摘を受けとめましたが、如何でしたでしょうか?
この前の練習記録も(3月1日分なのでずいぶんあいてしまいましたが)第3楽章に関するものです。結局のところ先生の指摘と大差なかった(足りない点はありますが)ので、そちらをご参照の上、演奏例も是非もう一度聴き比べてみて下さい。


練習の合間に、先生と話していて、
「こないだY君(私の大学の先輩)に会ったよ」
と仰っていたので、Yさんの話でちょっとだけ盛り上がりました。
帰り道で、私たちの大学オーケストラを一度指揮しに来て下さったズデニェク・コシュラーさんのことを思い出していました。なぜなら、話題になったYさん、クラウディオ・アバドに似た人で、コシュラーさんはそのアバドと一緒に勉強していた時期があり(リンクしたWikipedia記事にも載っています)、お酒の席でYさんを指差しては「アッバード、アッバード!」と愉快そうに連呼していた記憶が甦ったからです。

詳しい経歴を存じ上げないのですが、同じお酒の席で、失礼も省みず、
「コシュラーさんはなんで背中が曲がってるんですか?」
という質問をしました。
「ナチスの収容所にいたことがあってね、それでなんだ」
と、おっしゃいました。
ユダヤ人でないはずの彼が、なぜナチスの収容所に入ったのか、は、未だに突き止めておりません。ご存知のかたがいらしたら、教えて頂きたいとも思っております。
かすかなのですが、ご兄弟で犠牲者になったかたもいらした、と伺ったように記憶しております。

たびたび来日し、親しみやすい人柄で結構好かれた人でしたのに、いま、日本で彼のことをどれだけ覚えているか、は、はなはだ心もとない状況です。
なぜなら、彼はカリスマ性を備えた人ではありませんでした。
要求する音楽は、地味なほど堅実で、チェコの大御所だったターリヒやアンチェルのような「演出」はしませんでした。その分、外国人が期待する<チェコらしさ>をチェコ音楽で表明してもいません(ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」と「タラス・ブーリバ」のCDは今でも入手しやすいもののひとつですが、他の演奏をお聴きになったあとでは、そのあまりの地味さに、<え?>と首をかしげてしまわれるのではないかと思います)。
そんな彼が、しかし、やはりそんなに極端な演出をしてきたとは思えないノイマンに比べて知名度が落ちるのは、「運」としかいいようがありません。ノイマンはスメタナ弦楽四重奏団の前身となった四重奏団の創立メンバーだったりして、チェコの音楽界では早くから「名士」でした。かつ、ノイマンの方が5つ年上でもありました。ノイマンはラファエル・クーベリックが急病のとき、そのの代役でチェコフィルの指揮台に立つ、という幸運にも恵まれ、クーベリックがチェコの共産国家化に反発して亡命した後釜にすわることに成功しています。・・・同じ頃、コシュラーさんはまだ歌劇場の方の練習指揮者で、音楽院で勉強中でもありました。
前途を、塞がれていたに等しいともいえます。

彼のバランス感覚は、しかも、先輩連中に比べると「観光チェコ」的な起伏を求めない、中庸のものでした。
ですから、チェコ以外の音楽でも、中庸を保ったいい演奏を残しています。
中庸ゆえに退屈、と感じる人には向かない演奏だった、ということも、併せていえることにはなります。

私たちの大学オーケストラは、彼に指揮を依頼するとき、
「是非ドヴォルジャークを!」
とお願いしたのですが、コシュラーさんは、
「いや、是非、ショーソンの交響曲をやりたいんだ!」
と譲りませんでした。もう一曲、彼が指揮したがったのが、モーツァルトの交響曲第40番でしたが、これについては(ト短調の激しさがどちらかというと女性的な印象を与える風潮があったからでしょう)
「これは、オトコのシンフォニーね!」
と何度も繰り返して言っていました。実際、私たちの期待した繊細な演奏を、ではなく、骨太の演奏を要求し続けました。・・・今思うと、適切だったと感じます。
なんとか妥協して取り上げてくれたのが、ドヴォルジャークの「謝肉祭」でした。スマートに仕上げさせられました。

ただし、私たちの大学で指揮するとき、来日していたスロバキア・フィルの演奏会も併せて指揮していて、そこで演奏されたドヴォルジャークの交響曲第6番は(私はこの曲をそのとき初めて聴きました)、心に残る名演でした。ブラームスの2番の影響を受けながら独自の世界を開いた作品なのですが、後にアマチュアで試奏したら、どうしても間が抜ける。理解して演奏しないと、ブラームスと違って冗長にしか思えない曲になってしまうのです。そんな作品が、コシュラーさんの棒の下では、きりりと緊張感を保っていました。

そのうちコシュラーさんの名前も聴かなくなり、来日情報もなく、どうしたのか、と思っていました。
池袋を友達と徘徊しているとき、たまたま、演奏会を終えて飲みに行こうとしているチェコフィルのメンバーに会い、ウィ−ン留学経験があってドイツ語の堪能な友人を介して
「コシュラーさん、どうしてます?」
と訊いてもらったら、
「オオ・・・彼、シニマシタ」

絶句しました。帰宅してから、涙が止まりませんでした。

1995年、ノイマンと同じ年に亡くなっていたのですね。67歳では、指揮者としては早すぎる死です。
もう少し長生きしたら、その名前も、ここまで忘れられることはなかったのではなかろうか、と、非常に惜しく思っております。

CDではモーツァルトのレクイエムが500円で出ているのが、最も手軽に手に入りますが、ケースの背面を見ないと、彼の指揮したものだとは分かりません。500円CDシリーズの中にあるのが勿体ない、よい演奏です。
指揮姿が見たくて、同じ曲がNAXOSでDVDで出ているのを知って入手したのですが、これは演奏者ではなく、風景を録画したもので・・・彼との再開は果たせませんでした。

私も家内のそばに行くのを許される時が来たら、あちらで探し出して、
「学生時代、お世話になりました! あなたは私を覚えていらしてなくても、私はあなたがとても好きです」
そうお話ししたいと思っております。

ヤナーチェク:シンフォニエッタMusicヤナーチェク:シンフォニエッタ


アーティスト:チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 コシュラー(ズデニェク)

販売元:コロムビアミュージックエンタテインメント

発売日:2007/04/18
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コメント

コシャラーさんが亡くなったことは悲しいです。私もあの時、川内記念講堂でショーソンを。懐かしいです。

投稿: AT | 2015年12月31日 (木) 21時55分

ATさん

御礼コメント遅れて申し訳ございません。
この正月、川内を訪ねて感慨に耽りました。
記念講堂はきれいに塗り直したかなにかしたはずですが、表の顔は変わっておらず、ちょっと幸せな思いでした。

投稿: ken | 2016年1月 4日 (月) 10時48分

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