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2008年2月10日 (日)

こどもたち

息子にとっては、災難の一日でした。

今日、娘がレッスンを入れてきていて、それが、最近ご無沙汰しているオーケストラの練習場所の近くなので、ついでだから私も久しぶりに練習を覗きたい、息子も外出させたら気晴らしになるだろう、ということで、親子三人で出掛けたのでした。

出がけは息子も元気いっぱいだったのですが、途中から、どことなく様子がおかしい。
練習場所に着いても、いつも来るはずの友だちは、我が家と違って「賢い」ご家庭なので、受験で来ていない。・・・それでさびしいのかなあ、と、私も誤解をしていました。

夕方、楽譜を仕入れる必要から出向いた店で、行方不明になりました。
いつのまにか、トイレに行って、長いこと籠っていたのでした。・・・ですが、その店のどこにトイレがあるかなんて、私も姉貴も知らないですから、店の外まで出て探しまわった。
そこへひょっこり現れた息子に、私はただアタマにきて、
「ちゃんと行くところも教えないで! いい加減にしろ!」
ゲンコツを2発食らわせました。

元気のいいときでも長トイレの傾向がある息子ですから、このときもまだ、息子の「おかしい」原因に気が付きませんでした。

食事に行ったら、いつもなら大食いの息子が、殆どご飯に手をつけません。
これでやっと、分かりました。
「無理して食べなくていいから」
と、残させました。

この1週間、学校行事の国会議事堂見学もあったし、週3回は柔道だし。
家内の生前はおろか、つい4ヶ月前まで、運動なんか全く縁のなかった・・・むしろ、家内の持っていた「息子に怪我をさせたくない」という不安感から、家内はさせたがらなかったふしもある・・・息子が、毎回、柔道は頑張って、しかも楽しんで習いに行っています。
でも、おやりになったかたならご存知の通り、柔道の事前準備の運動も、最後の仕上げにやる運動も、結構キツい。迎えに行くとき見に行っているだけで、
「あの、腕立て伏せの1回も出来なかった子がよくぞ」
と思うくらい、腹筋は他の誰よりもきっちり出来ると誉められるようになり、ジャンプもへばりつつながらもしっかり腰を落として真面目に取り組んでいます。
帰りの電車で寝かせて、少し調子をを取り戻した息子が言うには、

「(今日、調子が悪くなったのは、この1週間)いろいろたいへんだったからかなあ・・・」

そうだったのだと思います。

娘も、受験期なのに朝夕は食事の準備をしてくれる。
「おとうさんに作らせると、不味くて食えない」
のだそうで・・・

子供たちがこれだけガンバってくれているんですから、私は恵まれた「ヤモメ」です。 (T_T)



「好き」ということと「寄り添う」ことを等式では考えられない、といった内容の記事を、それぞれ綴ってきたのですが、世の中、自分の子供を「好き」ではない親も、皆無ではありません。仮に「好き」でも、妻(や、場合によっては不倫相手?)に比べると、どう寄り添ってあげたらいいのか、我が子というのは、なかなか難しい「対象」でもあります。
お子様をお持ちのかたなら、「寄り添う」とは何か、を学ぶには最も適切な「教材」が、我が子というものかも知れません。・・・我が子との関係は、夫婦とは違い、待った無しに<絶対的>だからです。

井上ひさしさんに「四十一番の少年」(文春文庫。今も新刊で手に入るでしょうか?)というのがあります。

この小説の舞台は、井上さんの知ったことではありませんが、実は、私の小学校時代、友だちが沢山入っていた、いわゆる「孤児院」施設です。親が無い子、はもちろんですが、親の経済状態が悪くて育児しきれない家庭の子たちも預けられていました。小説の冒頭に描かれた風景は、ですから、私の子供時代の、友だちと過ごした風景そのままです。

腕っ節の弱かった私には、この施設に入っている友だちが何故か多くって、他の連中にいじめられると、よくかばってもらいました。施設にも、毎日のように遊びに行きました。
遊びに行って、ある日、仲のいいこの一人がぼそりと言ったことばが、ずっと耳からはなれたことがありません。

「このごろさあ、とうちゃんから手紙が来なくなったんだ。もうさあ、3ヶ月も来ないんだ。それまではずっとくれてたのになあ・・・」

この子のお父さんは、我が子に寄り添ってあげたくなくなって、手紙をやめたのでしょうか?
・・・そうではなかったでしょう。

大人同士の「好き」と同じに考えることとも、可愛いものにほおずりしたくなることとも、全く違う「選択の難しい枝が細々分かれている」我が子という木を相手に、この子がどうしたら、風雨に耐えられる幹を供えられるか、を、親は考える義務を、否応なく負わなければなりません。
くどくなりますが、そこには、冷静な目で見れば「好き」とか「寄り添ってやりたい」とか、あるいはそれらの逆のことを考える余地は、全くありません。余地に思いを致すことは、禁じられている、と言ってもいいかもしれない。
・・・いにしえの西行法師のように、したって寄りすがってくるのを蹴落として自らは出家する、というのも、本当は、子供への「寄り添い方」の、とある一つのかたちなのだということを、知らなければならない。西行のしたことは、今の児童虐待とは全く意味合いが違うのですが、話が込み入りますので、「違う」ということについては、どうして言い切れるのか、読んで下さるかたにもご考察頂ければ幸いに存じます。



演奏会のたびに、「次」に照準を合わせなければならないので、以下、残念ながらいまはすぐ手元に資料を出せないので、正確さを欠くことしか綴れません。

ショスタコーヴィチの1945年の作品に、7曲からなる「こどもの音楽帳」というのがあります。
たしか、「わが父 ショスタコーヴィチ」の中で、お嬢さんのガリーナ自身が話していらしたことで、伝記にも出てくるのですが、この作品、ショスタコーヴィチは彼女のために仕上げたのです。で、45年のある日、父は、高級官僚の前で、この作品をガリーナに弾かせました。ガリーナは、ところがさっぱり弾けなくなって(緊張のためだったのでしょうか?)、泣き出してしまいました。結局、ショスタコーヴィチが官僚たちに上手いこと言い訳をして、彼女に代わって演奏をした。

ショスタコーヴィチが、娘と寄り添うために作った音楽。
いじらしくて、私も好きな音楽ですが、その中から、のちに有名な「祝典序曲」のモチーフとして使われることになる「誕生日」を、ショスタコーヴィチ自身の演奏でアップして、この記事を終えます。なお、この録音の冒頭に入っているのは、ショスタコーヴィチ自身の声です。


  1946年録音 DOREMI DHR-7787

・・・明日は、尊敬するダスビさんが、交響曲第9番と11番を演奏するのです。
・・・行きたかった。でも、娘の受験日なのです!

ダスビの皆さん、(お読みにはならないかとは思いますが)応援してます!
昨年の15番のような好演を、きっと成し遂げられるものと信じております!

Book四十一番の少年 (文春文庫)


著者:井上 ひさし

販売元:文芸春秋
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コメント

「ダスビの人」です。激励ありがとうございます!!
今年は(も?)、異様なテンション全開です。よろしければ、次回もありますので、来年はおいで下さいませ。

投稿: らん♪ | 2008年2月10日 (日) 23時49分

あ、うれし!

ほんとに、ガンバってくださいね〜〜!!

来年は絶対行きますからね〜〜!

投稿: ken | 2008年2月10日 (日) 23時57分

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