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2008年2月27日 (水)

ラメント〜悲嘆と哀悼の伝統

    あなたのなかで私は生きる、あなたが側にいなくとも。
    自分だけでは死んでいる、現にここにありながら。

    ----モーリス・セーヴ、渋沢孝輔 訳----



土曜日から風邪をひき、日曜日の祝賀会で復活したと思っていたものの、月、火(昨日)と出勤しているうちに、根がサボり魔のせいか、また段々に具合が悪くなってしまいました。
昨日の火曜日は、午後の会議中に、風邪薬と抗ウツ剤の相乗作用からでしょうか、おそらくは5分くらい、眠ってしまいました・・・というより、意識がありませんでした。慌ててコンビニにホールズを買いに走り、残りを乗り切りましたが、5分間の居眠りの間も、周りの方は事情を分かって下さっているので文句一つ言わず放っておいて下さった。・・・なんだか申し訳ない限りです。
「顔も荒れているみたいだし、様子によっては明日は無理してはいけないよ」
と言って頂いてもおりました。
今朝、外に出てみたら、冷気で咳が止まりません。
前日のお言葉に甘えて、まずは1時半まで眠り惚け、娘が帰ってくるのとほぼ同時に目が覚め、昼食を軽くとりに出掛け、夕食前のさっきまで、また眠り惚けていました。
これで、あしたは大丈夫、かな?


目が覚めるたびに、チャイコフスキー「悲愴」の第2楽章を読み解く際、自分が盛んに「ラメント」・「ラメント」と繰り返し、記事の最後にその言い訳も綴っておきながら、
「ラメント、って実際なんなのか」
を、実はチャンと把握をしていないことが胸につかえてなりませんでした。

曲種としての「ラメント」と、音の定型としての「ラメント音型」との混同もあります。

・・・で、夕べから手近な事典を調べたりしていたのですが、音楽之友社の古い事典はごくあっさりとしか触れていないし、こういうときコンパクトであてになることの多い「図解音楽事典」を参照しても、体系的に分からない。この2つからだけ伺う限りでは、バロック以降に萌芽したように読み取れてしまい、私が昨日まで思い込んでいた通り、嚆矢はモンテヴェルディ、ということになります。
・・・ですが、「嚆矢はモンテヴェルディ」だと考えると、音楽之友社の旧事典が挙げているのは、私の把握していた(どうも「図解音楽事典」からの記憶だったようですが)4声のミサ曲ではなく、「アリアンナの嘆き」とされていて・・・年代は出版については確かに「アリアンナの嘆き」のほうが1623年で、ミサ曲(死後の1650年出版)より古い。しかも、この「ラメント」が含まれていたはずのオペラ「アリアンナ」は、1607年には作曲されていることが分かっています。(目が覚めたついでに手元のCDを確認したら、モンテヴェルディには他にも数曲の「ラメント」がありましたが、解説がないので由来や年代は不明です)。

これでまず、私のこれまでの認識が間違っていたことがはっきりしました。

で、これは、調べなおしてみなくちゃいかん、ということで、さっき、手持ちではいちばん記述の詳しい「平凡社音楽大辞典」(家内の形見で、普段は取り出せないのです)を引っ張り出しました。

ほほう、なるほど、でありました。



バロック期の音楽は、美術の時代区分としての「歪んだ真珠」という本来の意味には当てはまらない、ということは以前からたくさんの人が言っていますけれど、一方で、中世からルネサンス期にヨーロッパに伝わった「数秘術」の影響もあるのでしょうか、人間の様々な感情や動きを音楽の上では「動機」として定型化し、定型化された動機を様々な音楽家同士が「横流し」し合って、いわば共有財産として用いた時代でもありました。「定型化」も「美しい歪み」の一環である、と見なせば、これは美術史と軌を一にするものであって、「バロック音楽」という呼び名は決して不当なものではありません。

ところが一方、この期の音楽の一般人が目に出来る研究書は「奏法に付いて」や「演奏の様式や規模に付いて」ばかりであって、「定型化」された動機がどんなもので、どれくらい種類があるか、について纏まったものはありません。あるいは「カバラ」のように、私たちには秘せられているのかも知れません。
「図解音楽事典」でも、バッハの例を使って、ごく数例を掲載しているだけで・・・ドイツ由来の事典ですので仕方がないのかな、と、いうことでもありますし、かつ、いまは風邪を治すのが最優先でもありますから、「ラメント音型」を含む「定型」についての追求は後日の楽しみに取っておくことにしました。

その分、曲種としての「ラメント」に絞って、「平凡社音楽大辞典」の記述をよりどころに、以下、簡単にその音楽を年代順に掲載して見るに留めることにしました。
(「ラメント音型」は、これらの曲種としての「ラメント」を伴奏する音型として発展したものらしく、萌芽は15〜16世紀らしいのですが、そこまでは探求しません。早寝しなくちゃいけませんから!)。

・カトリックの聖歌「エレミアの哀歌」Lamentationes Hieremiae(Jeremiae)
  復活祭前の聖週間の木・金・土の朝課で歌われるものです。
  歌詞の各節がヘブライ語のアルファベットで始まるのが特色である由。
  15世紀中頃からポリフォニー形式での作曲例が認められるとのことです。
  作曲者例:ペトルッチ(1506出版)、ド・ラ・リューパレストリーナバード
       ヘンデルクープラン
 
・死を悼んで歌われる音楽
  最も古い作例の一つは、カール大帝の死を悼んだものだそうです。
  (この意味での「ラメント」には、plauctus,deploraion,complainte,tombeau,
   などの名称が与えられていることもありますが、ラヴェルの「クープランの墓」
   は除外して考えるべきでしょう。)
   作曲者例:ゴーティエL.クープランダングルベールパーセルロック
        フローベルガーブラームス
   *スコットランドには、一族の葬送のために用いる「ホーホーン」という独自様式
    のものがあるそうです。
        
・悲哀に満ちた情緒を持つ作品に付されたもの
  作曲者例:モンテヴェルディ他多数。「アリアンナの嘆き」はこれに属する。
  
大体、以上のようなかんじです。

今日の記事も充分とは言えません(より詳しくは、「平凡社音楽大辞典」で確認出来ちゃいます)が、こんなところで、昨日の不十分な記述の補足をし、お詫び申し上げたいと存じます。

これは、ほんのお詫びのしるし。

(1199?)。
 マンロウ/ロンドン古楽コンソート「十字軍の音楽」から。DECCA UCCD-3257
 
(1497?)
 「ザ・ヒリヤードアンサンブルの芸術」EMI CHIL-1004

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